東京弁護士会所属。
「専門性を持って社会で活躍したい」という学生時代の素朴な思いから弁護士を志望し、現在に至ります。
初心を忘れず、研鑽を積みながら、皆様の問題に真摯に取り組む所存です。
目次
交通事故は「人身事故」と「物損事故」に分けられます。
「人身事故」とは、交通事故によって人の生命・身体に損害を発生させた場合をいい、「物損事故」とは、生命・身体への被害はなく、自動車や建物などの物にのみ損害を発生させた場合をいいます。
つまり、人身事故と物損事故は、人の生命・身体への被害があるかどうかによって区別されます。
また物損事故と人身事故では、その後の扱いが違ってきます。
主な違いは、以下の表にまとめました。
人身事故 | 物損事故 | |
---|---|---|
刑事罰 | 過失運転致死傷罪等に問われる可能性がある | 過失運転致死傷罪等に問われる可能性はない |
免許 | 必ず点数の加算あり | 原則として点数の加算なし |
保険 | 自賠責保険が適用される | 自賠責保険が適用されない |
賠償の 対象 | 治療費、休業損害、逸失利益、慰謝料 等 | 修理費、代車使用料、評価損 等 |
それではそれぞれ詳しく見ていきましょう。
人身事故の場合、加害者は過失運転致死傷罪や危険運転致死傷罪等の刑事罰に問われる可能性があります。
物損事故については、自動車を傷つけていることから器物損壊罪にあたると思われるかもしれませんが、器物損壊罪は故意によることが要件となっており、過失によって起こる交通事故では器物損壊罪は成立しません。
そのため、物損事故であれば、加害者は刑事罰に問われないことになります。
人身事故を起こした場合、加害者には必ず免許の違反点数が加算されます。
一方、物損事故の場合、原則として免許の違反点数が加算されません(他に道路交通法違反や建物の損壊がある場合をのぞく)。
そのほか物損事故における違反点数や罰金等については「徹底解説します!交通事故の「罰金、点数、生じる責任」」こちらの記事もご参照ください。
人身事故に対しては、自動車損害賠償保障法(自賠法)に基づいて自賠責保険が適用され、賠償額が自賠責保険の限度額を超えた部分のみ、加害者の加入する任意保険または加害者自身によって賠償されることになります。
もし加害者が任意保険に加入していないような場合でも、自賠責保険の限度額までは加害者の懐事情にかかわらず確実に賠償を受けることができます。
しかし、物損事故には自賠責保険が適用されません。
そのため、加害者が任意保険に加入していた場合には任意保険によって賠償されることになり、賠償額が任意保険の限度額を超える場合や加害者が任意保険に加入していない場合には、加害者本人が賠償責任を負うことになります。
このとき、加害者がきちんと賠償をしてくれれば問題はないのですが、加害者に財産がなかったり、そもそも支払う気がないような場合には、賠償が全く受けられない可能性もでてきます。
詳しい自賠責保険の詳細については「自賠責保険とは?自賠責保険と自動車保険の違いについて」こちらの記事をご参照下さい。
人身事故と物損事故では、損害賠償として認められる対象が異なります。
人身事故では、けがの治療費はもちろん、治療中働けなくなった分を補填する休業損害や、後遺症によって将来的に収入が減ると見込まれる分を補填する逸失利益に加え、慰謝料も請求できます。
しかし、物損事故では、自動車の修理費や代車使用料、事故車となったことによる評価損を請求することはできますが、慰謝料が認められることはほとんどありません。
また、休業による損害については、タクシーや運送会社の車両など、事故によって損壊した自動車が仕事に使われていた場合のみ認められます。
このように、人身事故と物損事故では損害賠償の対象が大きく異なりますので、認められる賠償額も違い、多くの場合は物損事故の賠償額は人身事故の賠償額より低くなります。
刑事罰や免許の違反点数をみると、物損事故として処理した方が加害者にとっては明らかに有利であることがわかります。
たとえば加害者がタクシーやトラックの運転手といった自動車を仕事で使用している人の場合、人身事故で事故処理をすると免許停止や刑事罰の対象となれば仕事を失う可能性があります。
このため、加害者から「物損事故として処理してほしい」と言われることがあります。
しかし物損事故にされる側である被害者にとっては、けがをしている場合はもちろん、けががない場合でも、物損事故とすることはリスクが大きいため注意が必要です。
事故直後にはけがをしているかどうかわからない場合でも、その後むち打ち症のように症状が出ることもあるからです。
加害者が「物損事故として処理してくれたら人身損害も含めて100%賠償する」と申し出たからと言って、その後きちんと賠償してくれるとは限りません。
考えたくないことですが、口約束である以上、後から前言を撤回して治療費等の人身損害の賠償を拒否する可能性は否定できません。
しかし、物損事故として処理している場合、加害者が加入する保険会社は物損についてのみの賠償しかしないのが一般的です。
そうすると、被害者が得ることのできる賠償はせいぜい自動車の修理代程度にとどまることになり、被害者は治療費すら自腹で支払うことになりかねません。
また、前述のとおり物損事故については自賠責保険が適用されませんので、加害者が任意保険に加入していない場合には、賠償自体を全く受けられない可能性もでてきます。
後から人身事故として扱うことができた場合でも、賠償額を決めるためにはいわゆる過失割合が重要な争点となります。
過失割合とは、交通事故に対する被害者の落ち度の程度を数値化したものです。
例えば、被害者側に落ち度があった場合、過失割合によって賠償額は減額されます。
この過失割合を判断するための重要な証拠として、警察が作成する実況見分調書が用いられます。
実況見分調書とは、警察が事故現場で事故の状況を詳細に記載した書面であり、事故当時の加害車両と被害車両の位置関係や、ブレーキを踏んだ場所、信号の状況などが記載された書類です。
しかし、物損事故として処理した場合には、詳細な実況見分調書が作成されず簡易な報告書で済まされることが多くあります。
実況見分調書がない場合、後から過失割合で争いとなった時に事故状況がわからないため、争いが長引いたり、本来もらえるはずの賠償額が必要以上に減額されたりするようなことが起こり得ます。
物損事故とは死傷者の出なかった交通事故です。
つまり人身事故に対して、物だけが被害を受けた場合は物損事故として処理されます。
一般的な物損事故では刑事責任や行政責任は追及されませんが、(他人の建造物を損壊したときは、例外となります)民事上の責任として損害賠償を請求することができます。
被った損害に対して次の項目が賠償金として請求できます。
以下、項目別に説明いたします。
車両の修理は以下の手順によって支払われます。
まず修理工場修理工場に車両を持ち込み、修理見積を取ります。
その見積金額を基準に相手方の保険会社と話し合いをして金額を決定します。
ただし、以下の場合には修理代金としては支払いがされない場合があります。
この二つのケースは「修理費」ではなく「買替費用」という扱いになります。
「買替費用」と言っても新車の金額を請求できるわけではありません。
中古車相場などを参考にして、事故当時の車両の時価を算定します。
なお、上の二つのケース以外にも修理費は50万円を超える場合は全損扱いとなり「買替費用」として支払われる場合もあります。
事故に遭った車両は修理をしても価値が下がってしまいます。
それを車両の評価損と言いますが、二つのケースに分けられます。
(1)評価損は物理的に欠陥が残っているので賠償が認められる傾向にあります。
しかし、(2)の事故歴による将来の売却時の評価損に対しては相手側の保険会社は多くの場合、賠償に応じようとしません。
(2)のケースでは賠償をめぐって訴訟に発展することも多いです。
判例では、高級外車、登録年度の新しい車両、走行距離の少ない車両が評価損を認められる傾向にあります。
交通事故に遭った車両が修理あるいは買替の期間中は、代車を使うのが一般的です。
当然、保険会社に支払ってもらえる経費だと思っていたら、支払いを拒絶される場合があります。
代車の費用は必ず認められるものではありません。
代車を使う必要性があるかどうかが問題になります。
会社員で自家用車を土日祝日ぐらいにしか乗らないのに、平日もレンタカーを借り続けるなどは論外です。
車の使用頻度が頻繁であっても、自家用車を2台保有している場合もそうです。
車を業務で使用している場合は、賠償を認められる傾向にあります。
また、代車費用が請求できるのは次の経費についてです。
代車費用としてこれらが認められたとしても、ガソリン代は認められません。
自分の車両が事故に遭わず、乗っていた場合にかかったであろう費用だからです。
仕事に使うトラックやタクシーなどが事故に遭った場合、レンタカーなどですぐに代替え車両の用意ができないこともあります。
その間はこれらの車両が使えず営業ができません。
このような営業上の損失を休業損害と言います。
本来ならその車両を使って得られたはずの利益を休車損害として請求することができます。
休車損害の計算式は次の通りです。
1日当たりの日金売り上げは3か月以上の期間を繁忙期、通常期、閑散期と稼働率などを総合的に考慮して算定されます。
必要経費は休車の間は車両を使いませんから、燃料費・通行費などの浮いた経費です。
また、稼働していない遊休車を保有していた場合には休車損害は認められません。
車両の破損だけでなく、積荷も損害賠償請求の対象になります。
車両同士の場合、破損個所の照合などによって、車両が破損した原因が事故であることが比較的容易にわかります。
積荷の場合、積荷が壊れた事実を指し示すだけでは足りない場合があります。
相手側の保険会社から「事故前から壊れていたのではないか?」、「壊れたのは本当に、事故が原因か?」などの反論が出る場合があります。
被害者側が事故が原因で積荷が破損した因果関係の証明をしなければなりません。
現場や破損した積荷の写真などが因果関係の証明に役立つ場合がありますので、写真で記録を残すようにしましょう。
また、積荷以外の衣類や腕時計なども賠償請求の対象となり、購入価格でなく事故時点での時価が賠償額です。
物損事故が起きたとき、事故発生から示談交渉までの手順を誤ると法律違反をしてしまったり、保険が下りなかったり、示談金が減ってしまったりすることがあります。
そのため正しい手順に沿って対応対応することが重要です。
物損事故の事故発生から示談交渉までの流れは次のようになります。
物損事故の事故発生から示談交渉までの流れ
以下、流れに沿って解説していきます。
事故が起きた場合、必ず警察へ通報しましょう。
警察への通報は道路交通法によって義務付けられています。
軽微な事故だから報告するまでもないとか、事故相手から警察へ連絡しないでほしいとお願いされる場合があるかもしれません。
しかし、警察への通報を怠った場合は、報告義務違反として3ヶ月以下の懲役または5万円以下の罰金などの罰則が科される場合があります。
また、保険金支払い手続きに必要な事故証明書が作れず、保険金が支払われない事があります。
軽微な事故であっても、事故相手から懇願されても必ず警察へ通報しましょう。
警察官が事故現場に着けば、お互いの連絡先などの確認がされます。
しかし、加害者が警察官の到着前に現場を立ち去る可能性があります。
警察官が到着するまでに、こちらの名前と連絡先を伝えるとともに、相手の氏名、住所、電話番号を聞き、メモを取ってください。
可能なら免許証をスマートフォンなどで撮らせてもらいましょう。
相手先の名前も連絡先もわからなければ、保険会社への連絡や示談の交渉が困難になってしまいます。
多くの保険会社は事故後60日以内を連絡期限としています。
期限内に連絡すれば問題ありませんが、事故現場で警察官の事故対応が終わり次第、保険会社に連絡するのが良いでしょう。
保険会社への連絡を後回しにすると、失念してしまうことがあるからです。
事故の記憶が新しいうちに保険会社に連絡すると、より詳細な事故状況を伝えることができて、その後の対応がスムースに進展する可能性があります。
相手方の保険会社から連絡が入り、示談交渉が始まります。
損害賠償額や双方の過失割合について話し合いが行われます。
物損事故の示談金の内容は車の修理費や、代車など実費なので領収書等によって金額が確認出来るので争いに発展することはあまりありません。
物損事故の示談で主に交渉されるのは、過失割合についてです。
交通事故の場合、加害者だけでなく被害者にもある程度の過失や落度があるのが一般的です。
その責任の割合、すなわち過失割合について交渉されるのです。
示談内容が合意に至れば示談書が作成され、保険金が支払われます。
ただし、加害者が保険を適用すると等級が下がり保険金が上がるのを嫌って自費で支払うことを選ぶ場合があります。
その時は加害者から賠償金が支払われます。
以上で見てきたように、物損事故として処理することは、物損事故にされる側の被害者にとって、大きなリスクがあります。
このため、すでに物損事故としてしまった場合には、すぐに人身事故に切り替えるのがよいでしょう。
まずは、警察に人身事故への切り替えを依頼しましょう。
このとき、必ず用意するのが病院の診断書です。
診断書には、事故日(受傷日)・初診日・治療期間・交通事故とけがとの因果関係が記載されている必要があり、特に重要なのは、交通事故とけがとの因果関係です。
このため、病院を受診する際には、交通事故によってけがをしたことがわかるように医師に説明し、その旨を記載してもらいます。
診断書を入手したら事故処理を行った警察署に連絡し、物損事故から人身事故へ切り替える手続きを行うための訪問日時を予約し、あわせて持ち物等を確認します。
事故から日数が経過している場合には、当事者の記憶が薄れていたりブレーキ痕などの現場の状況がすでに消失していたりするため、警察としても人身事故として状況を捜査しなおすことが困難となります。
したがって、交通事故発生からできるだけ早い段階で、物損事故から人身事故への切り替えを行うことが重要です。
目安としては、事故発生日より1週間~10日程度で切り替えの手続きを行うことが望ましいでしょう。
物損事故から人身事故への切り替え期限については、「交通事故で物損事故から人身事故への切り替えはいつまで可能?」の記事をご覧ください。
警察で物損事故から人身事故への切り替えが完了したら、次は加害者が加入する保険会社にその旨を連絡します。
そうすると、保険会社からの賠償についても人身事故としての扱いに変更されます。
では、交通事故の発生から日数が経過していて状況がわからない等の理由により、警察で物損事故から人身事故への切り替えをしてもらえなかった場合はどうすればいいのでしょうか。
この場合は、保険会社に人身事故証明書入手不能理由書を提出しましょう。
フォーマットは各保険会社が用意しているはずですので、保険会社に確認してください。
ただし、人身事故証明書入手不能理由書を提出しても、保険会社が人身事故への切り替えを拒否することもあり得ます。
このような場合には、裁判を起こさざるを得ないことになります。
裁判では交通事故とけがとの因果関係が主な争点となります。
ここでも病院の診断書が重要な証拠となります。
裁判で人身事故であると認められれば、治療費等といった人身損害に対応する賠償を得ることができます。
交通事故で裁判を起こすときの手続きの流れや費用については、「交通事故裁判 弁護士が教える!裁判の流れと手続き費用や期間など押さえておきたいポイント」の記事で詳しく説明していますのでご覧ください。
これまで見てきたように、交通事故を人身事故として処理するか、物損事故とするかによってその後の賠償に大きな違いが生じてしまいます。
多くの場合、物損事故として処理することは被害者にとってリスクが大きいといえます。
たとえ事故直後にけがをしていないようにみえる場合でも、人身事故として処理することをおすすめします。
万が一、すでに物損事故として処理してしまった場合は、その後の対応方法を確認し、一日でも早く人身事故への切り替えを行った方がよいでしょう。
特に、けがやむち打ち症などの身体症状がすでに出ている場合は、切り替えは必須といえます。
身体症状が発生している場合に、警察や保険会社との間で交渉や手続きを自分自身で行うことは、心身にとって大きな負担になることもあるでしょう。
警察や保険会社との間で人身事故への切り替えができなかった場合に、裁判となる可能性があることも見据え、早い段階で交通事故に詳しい弁護士に相談しておくと安心です。