

東京弁護士会所属。
メーカー2社で法務部員を務めた後、ロースクールに通って弁護士資格を取得しました。
前職の経験を生かし、実情にあった対応を心がけてまいります。 お気軽に相談いただければ幸いです。

目次
高齢者ドライバーによる交通事故は全国的に増加しており、社会全体の課題になっています。警察庁の統計によれば、令和6年における65歳以上の交通事故死者数は1,513人で、全体に占める割合は56.8%と高い水準にあります。
また、年齢層別の状態をみると、高齢者は歩行中の死者数が特に多く、80歳以上では人口10万人あたりの死者数が全年齢層平均(0.78人)を大きく上回る状況です。このことから、高齢者は運転中だけでなく、歩行者としても交通事故に遭うリスクが高いといえます。
たとえば、2019年4月に東京都豊島区で発生した「池袋暴走事故」では、当時87歳の男性が運転する車が交差点に突入し、母子3人を含む計11人が死傷しました。裁判ではブレーキとアクセルの踏み間違いが原因と認定され、この事故を契機に高齢者ドライバーへの関心や免許返納の動きが全国的に広がりました。
また、2021年11月には大阪府狭山市のスーパー駐車場で、89歳の男性が運転する車が暴走し、買い物客3人が死傷(うち1人が死亡)する事故が発生しました。停車中にサイドブレーキをかけず、足の力が緩んだことをきっかけに車が動き出し、誤ってアクセルを踏み込んでしまったのが原因とされています。
高齢者ドライバーの事故には、いくつか特有の原因があります。代表的なものは次のとおりです。
年齢を重ねると視力や聴力が弱まり、信号や標識の見落とし、周囲の車や歩行者への気づきの遅れが起こりやすくなります。また、反射神経の衰えによりブレーキを踏むまでの反応時間が長くなり、事故を回避できないケースも増えます。
注意力や判断力が落ちると、交差点での進路判断を誤ったり、優先道路を勘違いするなどのミスが増えます。特に認知症の初期段階では本人が自覚しづらく、周囲も対応が遅れやすいため、事故のリスクが高まります。
高齢ドライバーに目立つのがブレーキとアクセルの踏み間違いです。交通安全白書の統計では、75歳から79歳の死亡事故原因に占める踏み間違いの割合は4.8%で、65歳未満の0.4%と比べて明らかに高い数字となっています。85歳以上になるとその割合は7.1%とさらに高くなります。
糖尿病や心疾患、パーキンソン症候群といった持病、あるいは突然の体調不良も事故原因となります。運転中に意識を失う、動作が遅れるなどの症状が出れば、事故を避けるのは困難です。
高齢者が交通事故を起こした場合でも、基本的な法的責任は若い世代と変わりません。ただし、年齢や生活状況に特有の事情が影響し、被害者との示談や責任の負い方に違いが出ることがあります。ここでは、法的責任を「民事責任」「刑事責任」「行政責任」の3つに分けて整理します。
高齢者が交通事故を起こした場合、まず問われるのは民事責任です。民事責任とは、被害者に生じた損害を金銭で補う義務のことを指します。
対象となる損害は、治療費や通院交通費などの実費に加え、働けなくなったことによる休業損害や将来の収入減を補う逸失利益、そして精神的苦痛に対する慰謝料など多岐にわたります。これらを総合した金額が「損害賠償請求」として求められるのが一般的です。
補償はまず自賠責保険で最低限が支払われ、足りない分は任意保険でカバーする仕組みになっています。ただし、任意保険に未加入、もしくは補償額が十分でない場合には、加害者が自己負担で支払わなければなりません。高齢者は年金生活者や無職であることが多いため、十分な支払い能力を持たないケースも少なくありません。
その結果、被害者が必要な補償を受けられず、泣き寝入りにつながる可能性があります。このような場合には、「政府保障事業」と呼ばれる制度を利用することで、最低限の補償を受けられる仕組みが用意されています。
高齢者が交通事故で人を死傷させた場合は、刑事責任を負います。刑事責任とは、国から科される罰のことを指し、状況に応じて拘禁刑や罰金刑などが科されます。
交通事故の多くは運転上の不注意が原因となるため、過失運転致死傷罪が適用されます。この場合、7年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金が科される可能性があります。
一方で、飲酒運転や大幅な速度超過、無免許運転など悪質な事情があるときは、より重い危険運転致死傷罪が適用されます。この罪では最長20年の拘禁刑が科される可能性があります。
また、刑の重さは事故の結果にも左右されます。被害者が死亡した場合や後遺障害が残るような重傷を負った場合は、処分が厳しくなる傾向にあります。
高齢者が交通事故を起こした場合は、刑事責任や民事責任に加えて、行政処分として運転免許に関するペナルティを受けます。
行政処分とは、免許の停止や取り消しなどを指します。事故の内容や違反点数に応じて、一定期間の免許停止になることもあれば、重大事故では免許取り消しとなることもあります。免許を取り消された場合は、再び運転するには学科試験や実技試験を受け直す必要があります。
さらに、75歳以上の高齢者は免許更新の際に認知機能検査や高齢者講習が義務付けられています。検査で認知機能の低下が確認された場合や、事故歴がある場合には、更新を認められないこともあります。
高齢者が事故を起こした場合も、基本的な対応の流れは他のドライバーと変わりません。まずは、被害者の救護、救急車の手配、警察への通報が最優先です。これを怠ると「救護義務違反」「報告義務違反」となり、刑事処分が一層重くなります。
その後は、保険会社や家族への連絡を行い、事故状況を正確に記録することが重要です。高齢者の場合、記憶違いや判断ミスが生じやすいため、現場で写真を撮る、目撃者の連絡先を控えるなど、客観的な証拠を残すことがトラブル回避につながります。
また、高齢者が加害者となった事故では、運転を続けるべきかどうかが大きな課題となります。事故の原因に認知機能や身体能力の低下が関わっている場合、本人や家族は免許返納を含めて今後の運転について真剣に検討する必要があります。
交通事故の責任は、運転態度や状況によって重さが変わります。高齢者ドライバーの場合、次のようなケースでは特に責任が重くなる傾向があります。
たとえば、医師から運転を控えるよう指示されていた、または家族からも止められていたのに運転した場合には、社会的な非難が強まり責任が重くなることがあります。
このように、高齢者は加齢に伴う認知機能や身体能力の低下といった特有の事情が絡むことで、事故の責任がより大きく問われやすくなります。本人だけでなく、家族も「安全に運転を続けられるかどうか」を日常的に見守り、必要に応じて免許返納を検討することが重要です。
高齢者が交通事故の被害に遭った場合、年齢や健康状態などの影響により、けがの治療や損害賠償の認定に独自の問題が生じることがあります。ここでは、代表的な4つの注意点を解説します。
高齢者は骨や筋肉が弱くなっているため、同じ事故でも若年層より重症化しやすい傾向があります。車を避けたことによる転倒で寝たきり状態になってしまうケースや、軽いけがでも回復までに数カ月以上かかるケースも少なくありません。
治療が長引けば医療費や通院交通費も増えるため、保険会社との交渉では「必要な治療期間」をしっかり主張することが重要です。
高齢者には心疾患や糖尿病、骨粗しょう症などの持病を抱えている方が多く、事故によるけがと持病との関係が争点になることがあります。「事故で悪化したのか」「もともとの病気の影響なのか」が不明確だと、賠償額が減らされる可能性があります。
この場合には、主治医の診断書や医療記録をもとに「事故が原因で病状が悪化した」ことを明確に示すことが大切です。
高齢者はすでに退職している人や年金生活者が多いため、休業損害や逸失利益が低く評価されやすい傾向にあります。その結果、若い被害者と比べて賠償額が少なくなるケースもあります。
ただし、家事労働を担っていた専業主婦や、自営業を継続していた場合には、一定の休業損害や逸失利益が認められた裁判例もあります。
交通事故では「どちらにどの程度の責任があるか」を数値化した過失割合が損害賠償額に直結します。高齢者の場合、反応の遅れや判断ミスが影響しやすく、「過失が大きいのではないか」と相手方から主張されることがあります。
そのため、現場の写真やドライブレコーダーの映像など、客観的な証拠を残すことが極めて重要です。過失割合で争いになった場合には、弁護士に相談して適正な割合を主張することが被害回復につながります。
高齢者が関わる交通事故では、損害賠償や慰謝料の算定をめぐって争いになることが少なくありません。特に、高齢であることが休業損害や逸失利益の認定にどう影響するのかは、被害者・加害者双方にとって気になる部分でしょう。
ここでは、実際の裁判例を取り上げ、高齢者に特有の判断がどのように下されているのかを確認します。
事例
概要
判決
症状固定までの363日の休業損害として191万円を認めた(名古屋地方裁判所 令和2年7月1日判決)。
事例
概要
判決
以上より就労の蓋然性を認め、賃金センサスにおける女性学歴計65歳以上平均303万5,800円につき、就労の機会および得られる収入が少ないことを考慮して5割減じて基礎とし、生活費控除率50%として7年間分の逸失利益を認めた(大阪高等裁判所 平成16年2月17日判決)。
事例
概要
判決
以上を考慮し、約10カ月分の入通院慰謝料306万円、慰謝料3,200万円が認められた(さいたま地方裁判所 平成28年10月12日判決)。
高齢者ドライバーによる事故は、本人だけでなく家族にとっても大きなリスクとなります。しかし、日常的な工夫や制度の活用によって、そのリスクを減らすことは可能です。ここでは高齢者による事故を未然に防ぐための3つの方法を紹介します。
運転中に「視界がぼやける」「とっさの判断が遅れる」といった不安を感じたら、免許の自主返納を検討すべきタイミングです。自主返納を行えば、自治体によっては公共交通機関の割引やタクシーチケットの交付など、移動をサポートする制度を受けられる場合があります。事故を起こしてからでは取り返しがつかないため、早めの判断が重要です。
75歳以上の高齢者は免許更新時に「認知機能検査」や「高齢者講習」を受けることが義務付けられています。これらを単なる通過点とせず、自身の運転能力を見直すきっかけとすることが大切です。検査や講習で注意を受けた場合は、その内容を真摯に受け止め、運転を続けるかどうかを考える判断材料にしましょう。
運転を続ける場合には、安全運転を徹底するための工夫が必要です。夜間や悪天候の運転は避ける、交通量の多い時間帯は控えるといった運転環境の工夫が有効です。
また、運転支援システム(衝突被害軽減ブレーキや誤発進抑制機能)が搭載されたセーフティやサポートカーに乗り換えるのも効果的です。家族が同乗して運転状況を確認するなど、周囲のサポートも事故防止に役立ちます。
相手が高齢者でも、事故に関する法律上のルールは変わりません。損害賠償の請求や慰謝料の算定は、加害者が若年者であっても高齢者であっても同じ基準で判断されます。ただし、高齢者は任意保険に加入していないケースや、十分な資力を持たないケースもあり、その場合には被害者が補償を受けにくくなるリスクがあります。
慰謝料は年齢だけで決まるものではなく、家族構成や生活状況によっても変わります。一般的に、高齢者が死亡した場合の慰謝料は若年層より低めに算定される傾向がありますが、弁護士基準では、80歳前後でも約2,000万円から2,500万円程度が目安とされています。ただし、同居家族の有無や扶養関係によって金額は上下します。
原則として、事故を起こした本人が責任を負います。家族だからといって自動的に責任が及ぶことはありません。ただし、家族が車を貸したり、明らかに運転に不安があると知りながら同乗させた場合などは「運行供用者責任」や「監督義務違反」として責任を問われる可能性があります。
免許返納は義務ではなく、あくまで任意です。ただし、75歳以上は免許更新時に認知機能検査や高齢者講習を受けることが義務付けられています。検査で認知機能の低下が確認された場合には、更新が認められないこともあります。運転に不安がある場合は、事故を未然に防ぐためにも自主返納を検討することが望ましいといえます。
加害者が無保険で資力もない場合、被害者が十分な補償を受けられないおそれがあります。そのようなときには、国の制度である自動車損害賠償保障事業(政府保障事業)を利用すれば、最低限の補償を受けられます。
さらに、不足分については民事裁判で請求することも可能です。被害者として泣き寝入りしないためには、弁護士に相談して補償の可能性を探ることが大切です。
高齢者による交通事故は、加齢による身体機能や認知機能の低下が背景にあり、ほかの世代とは異なる特徴を持っています。任意保険に未加入であったり、加害者本人に資力がないケースでは、被害者が十分な補償を受けられないおそれもあります。逆に高齢者が加害者の場合は、免許返納の判断や今後の生活設計など、家族を含めた対応も求められます。
このように高齢者の交通事故には複雑な要素が絡むため、自己判断で対応すると不利益を受けかねません。被害者として適切に損害賠償を受けたい場合も、加害者やその家族として責任の範囲を確認したい場合も、早めに弁護士へ相談することが最も確実な解決への近道です。
相談先に迷ったら、交通事故で豊富な実績を持つ「VSG弁護士法人」までぜひお気軽にご相談ください。

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