東京弁護士会所属。
交通事故の被害者にとって、弁護士は、妥当な慰謝料をもらうための強い味方になります。
特に、加害者の保険会社との示談交渉がうまくいかず悩まれていたり、後遺症が残ってしまい後遺障害慰謝料請求を考えていたりする方は、 ぜひ検討してみてください。
交通事故の治療費というとまず示談金が頭に浮かぶ方も多いかもしれませんが、実は健康保険や労災保険の適用によるカバーも重要です。治療費の上限などを考えると、自賠責保険ではなく健康保険や労災を利用したほうが、被害者に有利なこともあります。世間で誤解されていることと異なり、被害者の観点でみると、交通事故も健康保険の対象になりますし、通勤中や労働中の交通事故であれば、労災による補償が受けられます。健康保険や労災の使い方によっては、示談金額に影響することもありますので、使い分けについてはよく頭に入れておきたいところです。
この記事では、示談金額に影響する健康保険と労災保険について、受けられる補償内容と提出書類についてご説明します。
誤解されている方も多いのですが、交通事故の被害による怪我の治療についても、被害者の立場としては、通常の治療と同様に健康保険証を使って入院・通院して治療を受けることができます。
健康保険制度についてご説明しますと、日本では、全ての国民が、職業に応じてなにがしかの公的な医療保険に加入することとなっています。大企業であれば、会社の健康保険組合をもっていますし、業界ごとにIT健保などの健康保険組合が結成されていることもあります。
普段怪我や病気などで病院にいくと、会計の際に必ず健康保険証の提示をしていると思いますが、これによって患者本人の負担は3割、高齢者には2割までに抑えられ、残りは加入している保険組合が支払ってくれることになります。このような健康保険制度のおかげで、私たちは医療費の負担をそれほど心配せずに健康な暮らしを維持することができています。
多くの傷病が、健康保険の対象の診療となりますが、例外として健康保険制度の支払い対象とならないような災害が3つあります。
1つ目は、業務上の災害となり、これは労働者の保護を趣旨とする労災保険によりカバーされます。そのため、被害者側には自己負担額はなく、健康保険の適用はありません。
2つ目として、飲酒運転や無免許で運転して事故を起こすという法令違反による怪我も、健康保険の対象外です。この場合は、怪我をした人自身に責任があるので、公的医療保険が助成する必要性に欠けるからといえるでしょう。
3つ目が、第三者の行為による怪我です。交通事故による怪我は、第三者である加害者の危険な運転が原因ですので、これに該当します。第三者の行為による怪我の治療費は、加害者が負担するべきものとされているので、公的な健康医療保険ではカバーされません。しかし、一切健康保険が絡まないとなると、治療費は一時的に患者である被害者が病院で立替払いをしなくてはならないので、全額請求されてしまい、被害者に酷であるといえます。10割負担となるとかなり金額も大きくなるので、手持ちがない場合、被害者は満足のいく治療を受けられないということになります。これでは、本末転倒ですね。
そのような不都合を避けるために、被害者としては、一旦は健康保険証を使って公的医療保険により、自己負担3割で治療を受けることができます。健康保険は加害者の代わりに一時的に7割部分を負担することになりますが、のちのち健康保険から加害者に請求をするということになります。
このように、交通事故の怪我についての健康保険の立替は、健康保険制度全体から見ると例外的なものですので、通常に保険証を提示するだけではなく、事前に特別な手続きが必要になります。まずは、被害者から加入している健康保険組合に連絡をして、この手続きのための必要書類を取り寄せるということになります。必要書類には「第三者行為による傷病届」などが含まれます。
この必要書類を提出すれば、被害者サイドとしては無事に健康保険を利用して怪我の治療ができるということになります。
第三者による行為は最終的に健康保険の対象外となることから、病院の受付担当者などが健康保険は使えないというふうに誤解していることもあり、窓口で保険証は使えないと言われてしまうことがいまだにあるようです。また、病院側の視点からは、健康保険による治療は健康保険を使わない自由診療と比べると、病院側が受け取ることができる治療報酬額が低いため、意図的に、健康保険は交通事故による怪我には使用できないという方針としている病院があるようです。
しかし、法律上、交通事故に健康保険が利用できないという定めはありません。法律も健康保健が使えることを前提とした書きぶりとなっていますし、上述のような手続きにより利用可能であることは、健康保険制度の管轄行政庁である厚生労働省の公式見解でもあります。そのため、病院で間違った見解を伝えられたとしても、その旨をきちんと説明して、健康保険による治療を受けましょう。
なお、健康保険を使わずにうっかり自由診療で受けると、自己負担額が全額となるので、自賠責保険の支払限度額である120万円は比較的簡単に使い果たしてしまうこともあります。特に、被害者側にも過失があり、治療費が過失相殺されてしまう場合は、120万円まで治療費がおりません。過失相殺とは、示談金を決めるために、加害者と被害者の過失の割合を数値にして計算するものです。加害者としては、被害者の過失部分までは慰謝料を支払う必要がないからです。このような場合は、自賠責保険では保証を十分に得られないため、特に健康保険を必ず利用したほうがよいといえるケースでしょう。
健康保険が使えないと、医療費は思ったより高額になります。まず、病院による治療費は健康保険制度では、算定方法が決まっており、治療に必要となる診療報酬の点数を1点10円で計算します。一方、自由診療といって健康保険が適用されない医療行為の場合は、1点当たりの単価にそのような制限がないので、病院が自由に設定することが出来ます。たとえば、病院が1点20円で設定している場合は、健康保険を使った治療と比較すると倍以上お金がかかることになります。美容皮膚科など健康保険がかからない医療行為が高額となるのはこのためです。
もちろん自由診療でかかった金額も、最終的には加害者が負担するので、被害者としてはかまわないという考え方もありますが、被害者にも過失があり、治療費が過失相殺された場合は余分にかかった治療費は被害者の負担にもなってしまいます。 過失割合は比較的加害者と被害者の意見が食い違うことも多く、そのため、健康保険を使ってリーズナブルな治療を行い、抑えられる医療費は抑えたほうが被害者にも結局はメリットがあるといえるでしょう。過失割合がゼロだと思って医療費を自由診療で使っていたら、最終的には相手の主張が認められて思ったより自分の過失割合も高かったという可能性もあります。では、過失の無い事故なら健康保険を使わなくてもいい?と思われるかもしれません。
また、仮に被害者の過失割合はゼロで事後的にすべて請求できる場合であっても、治療費があがりすぎて加害者やその保険会社の負担があがりすぎると、そのほかの損害賠償の項目についての支払い余力がなくなってしまう可能性も否定できません。そのため、健康保険を利用することで治療費はなるべくおさえて、慰謝料や休業補償などほかの項目で加害者からその分きちんと回収する方が効果的かもしれません。
参照:交通事故の被害者になってしまったら…「やるべきこと」と「やってはいけないこと」を教えます。
健康保険はどの時間帯での事故にも使えますが、労働時間中の事故にのみ特別に補償を受けられる労災保険という制度があります。
交通事故が通勤中や勤務中の場合、たとえば営業の外回りをしているときに車をぶつけられて怪我をした場合、労災の適用はあるのでしょうか。
労働者災害補償保険、通称、労災とは,業務上の理由や、通勤中の労働者の怪我、障害、疾病、死亡などについて、保険金が下りる制度です。そのため、交通事故による怪我が、被害者が勤務中または通勤中だった場合は、労災から保険金を受取ることができます。労災は一般会社員が対象ですが、公務員についても同様に、国家(地方)公務員災害補償法による補償が定められています。
労災に該当するために労災から給付を受ける場合は、健康保険は利用できません。いわゆる二重取りのようになってしまうからです。このことは、健康保険法55条1項によって、法律で定められています。もし交通事故が業務中や通勤中の災害である場合は、健康保険ではなく労災を利用するようにしましょう。
労災保険を、交通事故の怪我の診療に使用する場合,患者である被害者には、窓口で負担するべき自己負担額がありません。療養給付といって治療行為そのものが与えられるためです。そのため、被害者としては、無料で診療を受けているような感覚で治療することができます。特に事故直後には手術が必要だったり、足しげく病院に通わなければいけなかったりと、自費で立て替えると懐具合が不安になってきますが、労災であれば安心です。
また、労災を利用すると、治療費のほかにも、仕事を休んだぶんの逸失利益の補償がおります。労働災害の治療のために入院や通院などで会社や仕事を休まなければいけない休業期間の逸失利益を補填するために、事故前の平均賃金の60%分の休業補償給付と,その20%分の休業特別受給金の支給があります。
上述の2つの支給のうち休業特別受給金については,別途任意保険などにより加害者側からもらう損害賠償額から控除されません。つまりダブルでもらえるのです。そのため、被害者としては、休業の逸失利益として、休業補償給付分60%を控除した40%分を,プラスで加害者の自賠責保険に対して請求できます。
そのため、被害者は,労災保険と慰謝料を合算すると、休業損害額の120%もの給付を受けられます。
労災保険でカバーされる交通事故の怪我の補償の種類には、療養補償給付,休業補償給付,傷病補償給付,障害補償給付や介護補償給付があります。
療養補償給付とは、怪我の治療のための費用の給付のほかに、現物給付として病院での療養そのものが給付されます。療養給付は給付されるものですので、労働者は自己負担なく治療をすることができます。療養費用の中には、薬や手術代のほか、介護者をつける場合はその人件費や交通費なども含まれます。
休業給付は、従業員が怪我の療養のために働けない日数分、収入が減ってしまうことについての補償となります。休業補償給付は、休業4日目からしか給付されませんので、怪我による休業が開始してから3日間は、雇用主である会社が補償を負担します。この3日間を待機期間といいます。具体的な給付額としては、働けない期間について、1日につき労働基準法上の平均賃金相当額である給付基礎日額の6割相当額をかけた分の金額が支払われます。上述のように、休業補償給付とは別に、休業特別支給金という名目で、さらに給付基礎額の20%が支給されるため、トータルの給付額としては、給付基礎日額の80%となります。
障害補償給付と障害給付は、自賠責保険でいう後遺障害慰謝料のような性質をもつ給付です。怪我の治療後も、完全に治癒しない後遺症が残った場合に、支払われます。障害補償給付には二種類あり、障害補償年金と障害補償一時金があります。年金は、障害等級第1級から第7級までの重症な後遺症について支払われ、障害補償一時金は,第8級から第14級の後遺症が残った場合に支払われます。
金額としては、一番等級が重い第1級に相当する後遺症の場合は、給付基礎日額の313日分、一番等級が軽い第14級の場合は給付基礎日額の56日分が支給されます。
交通事故の治療をはじめてから1年6ヶ月経過後もなお傷病が残存しており、厚生労働省令で定める傷病等級1級から3級の傷病であった場合は、傷病補償年金が受給できます。労働基準法の災害補償への上乗せとなる労災保険オリジナルの給付です。なお、同じ内容ですが、業務中ではなく通勤中に事故にあった場合は、傷病年金とよびます。
被害者である労働者は,労災保険から上述の保険金を受取ることができるほか、労働福祉事業の被災労働者等援護事業からも特別受給金をもらうことができます。
特別受給金の中には、上述の給付基礎日額20%分である休業特別支給金のほか、後遺症が残り障害補償給付や障害給付を受ける場合は、障害特別支給金という一時金も受けとることができます。なお、細かくいうと、後述する傷病特別支給金の支給を受けている場合は、一定額の調整がなされます。一時金の額は、最も等級が重い第一級で342万円、最も等級が低い第14級で8万円となります。
また、傷病補償年金または傷病年金を受けている人には、傷病等級に応じて、第1級が114万円、第2級が107万円、第3級が100万円の一時金が支払われます。
会社によっては、給与の他にボーナスがでる会社もあると思いますが、3ヵ月以上の期間ごとに支払われるボーナスについて、事故前1年間のボーナスを算定基礎年額として365日で割った算定基礎日額をベースとして、障害特別年金、障害特別一時金、傷病特別年金が支払われます。
労災保険を利用するためには、厚生労働省が指定する労災指定医療機関である必要があります。怪我で受診する病院や主治医に、労災保険を適用したい旨を申し出ましょう。怪我の治療を受けている労災指定医療機関等に提出する書類は2種類あります。業務中の事故の場合は、療養補償給付たる療養の給付請求書という書類を、通勤中の事故の場合は療養給付たる療養の給付請求書を提出すれば、労災から支給を受けることが出来ます。なお、この請求書は、医療機関ごとに必要になります。そのため、診察の結果、処方箋をだされて病院外の調剤薬局で薬を出してもらう場合は、請求書は2通必要になります。
交通事故にあった際は、最寄りの病院に運ばれると思いますので、搬送先が非労災指定医療機関であることもあります。この場合は、現物給付により治療を受けることが出来ないので、被害者は一旦治療費を立て替えたうえで、後日労災に対して支払った診療費の払い戻しを請求するということになります。この場合は、その非労災指定医療機関に対して、業務中の事故の場合は、療養補償給付たる療養の費用請求書を提出し、通勤中の災害の場合は療養給付たる療養の費用請求書を提出して必要事項を記入してもらいましょう。
後日、上述の書面に立替払いした診療費の領収書等を証憑として添付して、労働基準監督署の労災課に提出します。そうすることにより、数ヶ月後に、立て替えた診療費が全額払い戻されることになります。
労災保険の保険者である労働基準監督署に対して、給付対象の怪我が、第三者での行為によるものであることを報告する必要があります。具体的には、第三者行為災害届、交通事故証明書,加害者と慰謝料についての示談が成立している場合には示談書、保険金支払いを受けている場合は損害賠償金等支払証明書や保険金支払通知書を提出します。
労災保険を使うにあたって注意しなければいけないこととしては、被害者が加入している
労災保険と加害者が加入している自賠責保険を両方受取ることはできません。どちらを請求すべきかというと、自賠責保険とは違い、労災には治療費の上限がないので、労災が使える場合であれば、まず労災保険を請求するのが正解といえるでしょう。また、労災には過失相殺がなく、被害者に過失がある場合であっても全額保険金が給付されますので、過失相殺が適用されてしまう場合も、労災保険のほうがよいです。
いかがでしたでしょうか。ご自身の交通事故について、健康保険を適用するべきか、労災に該当するのかということについては、正しい選択をしなければ、最終的に被害者が受取ることができる金額が大きく異なってしまいます。複数の制度があり、それぞれの適用条件や申請のための書類、申請先が異なるので、初めて交通事故の被害にあわれた方などは混乱してしまうかもしれません。
もしご自身の交通事故については、健康保険や労災についてどのように申請すればよいか迷われた場合は、交通事故の取り扱い実績が豊富な弁護士に相談してみることをおすすめします。弁護士というと、弁護士費用が不安になる方もいらっしゃると思いますが、加入している任意保険に弁護士特約という特約が付けられている場合は、弁護士費用は300万円までカバーされます。1人で悩まれている方は、初回無料相談などを実施している事務所などもありますので、まずは気軽に相談してみましょう。
詳しく知りたい方は、「交通事故にあってしまったら 弁護士に相談するタイミングを教えて」を参照してください。