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電車や道端で電動車椅子に乗っている人をみたことがあるでしょうか。
その人たちの中には、交通事故などで脊髄損傷を起こし手足をうまく動かせなくなった人たちが含まれている可能性があります。
脊髄は脳と手足をつなぐ神経の通り道であり、人にとっては非常に大切なものです。
脳からの運動の命令を手足へ伝えたり、手足に触れる物の感覚や痛み、温度、あるいは手足の位置感覚を脳へ伝える働きをしています。
そのため脊髄を損傷すると、脳自体の手足を動かすような命令や、手足にものが触れる感覚自体は残っているにも関わらず、それらができなくなったり、わからなくなったりしてしまいます。
つまり大事な神経の通り道が機能しなくなってしまうため、手足が動かない、感覚や痛みがわからないといった状態になってしまうのです。
脊髄損傷と脊椎損傷が誤った使い方をされることがありますが、脊椎損傷とは脊髄という神経自体の損傷ではなく、神経の通り道になっている周りの骨が折れることです。
いわゆる背骨といわれるもので、首であれば頚椎、背中であれば胸椎、腰であれば腰椎にわけられます。
脊髄損傷と脊椎損傷とは合併することもありますが、合併しないこともあります。
骨が折れてもそのずれ方が少なければ神経までは損傷されず、もともと神経の通り道が狭ければ骨が折れなくても神経の損傷をきたすこともあります。
特に高齢者は加齢変化により神経の通り道が狭くなっていることがあるため、衝撃がそれほどひどくなく骨が折れなかったとしても、脊髄損傷をきたすことがあります。
特に首で起こりやすく、完全に麻痺まではいかなくてもうまく歩けない、お箸が使えないといったことになることがあります。
脊髄損傷による運動や感覚の麻痺は、その程度と麻痺がおこっている範囲が重要になってきます。
麻痺は完全麻痺と不全麻痺にわけられます。
その程度としてFrankel分類というものが使われることが多いです。
Aは完全麻痺であり、Aになるほど重篤です。
BからEは不全麻痺で、Eになるほど軽度です。
特にC以上だと日常生活への支障が強くでてきます。
分類をみると、感覚よりも運動の麻痺の方が重篤になりやすいということがわかります。
Frankel分類
A Complete 感覚、運動ともに完全麻痺。 B Sensoryonly 感覚はある程度温存されているが、運動は完全麻痺。 C Motoruseless 運動機能はある程度あるが、実際には役に立たない。 D Motoruseful 有用な運動機能が温存されており、補助歩行ないし独歩が可能である。 E Recovery 感覚、運動ともに正常である。異常反射が残っていてもよい。 (書籍:標準整形外科学第13版より引用)
運動や感覚の麻痺の範囲は、受傷した部位で決まってきます。
特に運動の神経は、脳からの命令を手足に伝えるため、上から下に走っています。
そのため上の方で障害された時ほど麻痺の範囲は広くなりやすく、下の方で障害された時ほど麻痺の範囲は狭くなりやすくなっています。
わかりやすい例でいえば、頚髄損傷では両手・両足の麻痺(四肢麻痺)となり、胸髄損傷では両手は動くが両足が動かないという麻痺(対麻痺)となることが多いです。
そして頚髄損傷では、部位により生活動作に違いが出てくるため、補助具や車椅子、住宅の改修などが人により必要になります。
第3頚髄 人工呼吸器が必要。 第4頚髄 呼吸は可能。舌や顎、首の動きでコントロールする電動車椅子が必要。 第5頚髄 手で動かす電動車椅子が使用できる。自助具を使えば食事や文字もかける。 第6頚髄 普通車椅子が利用できる。自助具を使ったり、障害者用家屋に改築すれば自宅生活がおおむね可能。 第8頚髄 自助具なしで生活が自立できる。 (書籍:標準整形外科学第13版より引用)
受傷した直後は脊髄ショックといわれる状態になり、筋肉に力が入らない弛緩性麻痺という状態になり、完全麻痺と不全麻痺の区別はつけにくいことが多いです。
その後、72時間程度で徐々に筋肉に力が入りすぎて抜けない痙性麻痺という状態になってきます。
その間に徐々に麻痺が改善することもあるため、麻痺の程度を厳密に診断するのは1週間程度必要になります。
その他の症状として膀胱直腸障害、自律神経障害というものがあります。
膀胱直腸障害は、膀胱や直腸の力がうまくはいらなくなるという状態であり、自分の力で排尿を行うことができなくなったり、排便を我慢することができなくなります。
そのため、1日数回自分で排尿するための管を尿道にいれるという操作が必要になったり、それができない人はバルーンという排尿のための管をずっと留置する必要があります。
排便に関しては、オムツを使う必要があります。
また自律神経とは内臓を支配する神経ですが、それも同時に障害された場合は、自律神経障害がでることがあります。
交感神経が障害されることにより副交感神経が優位な状態になり、痰が多くなったり、腸がうまく動かなくなったりすることがあります。
そのため、肺炎や麻痺性イレウス、胃潰瘍などをおこすことがあります。
その他の合併症として、体をうまくうごかせず1か所に力が集中することにより褥瘡などがおこったり、バルーンという管を膀胱に留置しておくためそれに伴う感染症をおこすことがあります。
脊髄や脳は中枢神経といわれるものであり、手足などの末梢神経と違って再生しないとされてきました。
そのため基本的な治療方法としては、いかに神経の障害を悪化させないかということと、残っている機能をうまく使うというリハビリテーションが主なものになります。
外から力が加わると骨折部位で神経の障害が悪化することがあるため、骨折による不安定性を抑えるために手術を行う場合があります。
ただ、脊髄損傷の方は頭や肺、おなかにも障害があることが多いため、全身麻酔をかけるリスクも非常に高い場合が多いです。
すぐ手術をするか、しばらく期間をおいて手術をするかはその人の全身の状態によります。
すぐ手術をしない場合は装具などを使用してできるだけ安定させるように抑えることが多いです。
姿勢により神経の障害が悪化することはないため緊急で手術を行うことはありません。
通常は神経障害部位での炎症を抑えて症状が悪化することを抑えるため、ステロイドの大量投与を2日間程度行うことが一般的でした。
しかし最近ではステロイド大量投与により有効性よりも副作用が多いという報告もあり、一律に決まっているわけではありません。
また高齢者などでもともと神経の通り道の狭窄がある場合や若い人でも神経の通り道の靭帯が骨のように硬くなり狭窄があるような場合は、少し時間がたってから神経の通り道を広げるような手術を行うこともあります。
なお日本国内の大学病院の中には、再生医療を行っている病院もあります。
再生医療とは本来再生しないとされている脊髄そのものに治療を行うという方法です。
例えば大阪大学は自分の鼻腔から細胞を取り出して脊髄に移植する方法、札幌医科大学は自分の骨盤の骨から採取した骨髄細胞を培養して増やし点滴する方法、慶応大学ではiPS細胞から作成した神経前駆細胞を脊髄に移植する方法などです。
いずれも基準があるため全ての患者さんに行えるわけではなく、また研究の段階であるためどの程度の改善が見込めるかに関しても、今後の課題といえます。
イニシャル O.M
診療科 整形外科
医師経験年数 10年
平成5年 大阪大学医学部附属病院整形外科 勤務
現在 大阪市住吉区長居の北脇クリニックにて院長を務める
日本整形外科学会・専門医/脊椎脊髄病院/麻酔科標榜医
日本ペインクリニック学会所属
骨折・むちうち・捻挫・脱臼などの症状から背中や首の痛み・手足のしびれ・肩こり・腰痛・関節痛などの慢性的な症状まで、整形外科に関するあらゆる症状に精通する。
地域のかかりつけ医として常に患者の立場に立った診察には定評があり、治療内容や医薬の分かりやすい説明をモットーとしている。