東京弁護士会所属。
メーカー2社で法務部員を務めた後、ロースクールに通って弁護士資格を取得しました。
前職の経験を生かし、実情にあった対応を心がけてまいります。 お気軽に相談いただければ幸いです。
目次
被害者にまったく落ち度(過失)のない事故を「もらい事故」といいます。
もらい事故の典型例は、信号待ち完全停車中の追突事故です。
今回は、もらい事故の慰謝料請求に関する注意点について、慰謝料相場、具体的計算方法を中心に解説します。
一般の当事者双方に過失のある事故の場合、被害者の保険会社は加害者の損害について被害者の過失割合に応じて支払う可能性があるため示談交渉を代行できます。
他方、もらい事故の場合、被害者に過失はないため被害者の保険会社は相手方(加害者)に対して保険金の支払いを行う可能性がありません。
相手方(加害者)に保険金を支払う可能性のない場合、保険会社は純粋に被害者のためだけに示談交渉を代行することになりますが、このような行為は弁護士法において非弁行為(法律業務を行うことができるのは原則弁護士のみ)として禁止されています。
その結果、もらい事故の場合、被害者は示談交渉を保険会社に任せることはできないため、被害者本人は弁護士に依頼しない限り、加害者の保険会社と直接示談交渉するほかないのです。
慰謝料とは精神的苦痛を慰謝するためのお金です。
そして、傷害慰謝料とは、被害者の事故を原因とする負傷により生じた精神的苦痛を慰謝するためのお金のことです。
交通事故により負傷した場合には、傷害慰謝料は必ず発生します。
交通事故により負傷した場合、その後、可能な限りの治療を尽くしても改善する見込みがなく(これを「症状固定」といいます)将来回復困難な症状が残存する場合があり、これを後遺障害といいます。
交通事故により後遺障害の残存した場合、単に負傷しただけではなく、将来後遺症を抱えて生きていかなければならないことから、その精神的苦痛を慰謝するための慰謝料が傷害慰謝料とは別に認められます。
これが後遺障害慰謝料です。
もらい事故の慰謝料を算定する基準には、①自賠責保険基準、②任意保険基準、③弁護士基準(=裁判所基準)の3つがあります。
それぞれの基準の特徴については以下のようになっています。
事故による慰謝料の額は通常、①自賠責保険基準<②任意保険基準<③弁護士基準の順に高くなります。
ただし、自賠責保険基準の場合、被害者に7割以上の過失のない限り、過失相殺により保険金の支払額を減額しないため、被害者に大きな過失のある場合には、過失相殺の適用のある弁護士基準より自賠責保険基準の慰謝料が高くなることがあります。
しかし、もらい事故の場合には被害者に過失はありませんから、慰謝料の適正額(もらうことのできる慰謝料額の最大)は弁護士基準により決まります。
もらい事故における傷害慰謝料の相場は各算定基準により額に差がありますが、共通しているのは、すべて被害者の入院・通院の期間に応じて慰謝料の額を算定している点です。
このように慰謝料を入院・通院の期間に応じて算定するのは個々の被害者の精神的苦痛の程度を詳細な事情に基づいて算定するのは現実的ではないことと算定者の主観により金額の異なること(不公平)を回避するためです。
自賠責保険基準による傷害慰謝料は、
4,200円×
a)事故日から治療終了日までの総治療期間
b)実際の入院・通院した日数の2倍
いずれか少ない日数により算定されます。
具体例を示します。
総治療日数90日、実際の入院・通院の日数40日の場合には、
実際の入院・通院の日数40日×2=80日<総治療日数90日
となり、傷害慰謝料は、
4,200円×80日=336,000円
になります。
総治療日数90日、実際の入院・通院の日数50日の場合には、
総治療日数90日<実際の入院・通院の日数50日×2=100日
となり、傷害慰謝料は、
4,200円×90日=378,000円
になります。
任意保険基準は各任意保険会社内部の基準のため一様ではなく、かつ、通常は公開されていないため、具体的計算方法の詳細は不明です。
しかし、一般的には、任意保険基準による傷害慰謝料は自賠責保険基準とあまり変わらないようです。
そのため、ほとんどの場合、交通事故の被害者は相手方の保険会社の提示書面にそのままサインしてしまうと適正額の慰謝料を受け取ることができないことになります。
裁判における傷害慰謝料は一般的に「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」という本(カバーの色から「赤い本」と言われています)に記載された算定表を用います。
赤い本の算定表には「別表Ⅰ」「別表Ⅱ」の2種類があります。
原則別表Ⅰを用いますが、画像所見・検査異常のないムチウチなどの軽症の場合は別表Ⅱを用います。
どちらも見方としては、横軸は入院期間、縦軸は通院期間となっており、実際の入院・通院期間に応じた横軸と縦軸クロスする部分に記載された額が慰謝料になります(なお、入院のみ・通院のみの場合はその期間に応じた横軸・縦軸に記載された額になります)。
また、基礎になる通院期間は実通院日数ではなく、総治療日数ですが、別表Ⅰ・別表Ⅱに共通して、総治療期間が長期の場合には負傷の内容・程度、治療内容などに照らし、基礎にする通院期間を実通院日数の3.5倍程度(別表Ⅰの場合)あるいは3倍程度(別表Ⅱの場合)とされてしまうことがあります。
後遺障害慰謝料の場合は認定された後遺障害の等級に応じて金額が決まります。
もらい事故の慰謝料相場は個々の被害者の事故により生じるさまざまな精神的苦痛をカバーするものとして算定されます。
しかし、被害者の中には、交通事故により相場の慰謝料額ではカバーすることのできない精神的苦痛を負うことがあり、その場合には、相場の慰謝料より高い金額の慰謝料を請求できることがあります。
具体的には、加害者の飲酒運転、ひき逃げ(救護義務違反)、著しいスピード違反、責任回避のための虚偽供述、被害者の流産・中絶、廃業(自営業者)、特別な職業の断念(たとえばプロスポーツ選手など)といった事情のある場合です。
後遺障害慰謝料は、交通事故により後遺障害の残存した場合に限り、請求することができます。
しかし、単に被害者が「〇級相当の後遺障害が残った」と主張しても、保険会社は対応してくれません。
そこで、後遺障害慰謝料を請求するには、事故による後遺障害の残存とその等級につき、後遺障害等級認定を申請して、その認定結果を保険会社に示す必要があるのです。
この認定結果について不服のある場合には異議申立することができ、それでも納得のできない場合には裁判を起こして裁判官に後遺障害の残存とその等級について判断を仰ぐこともできます。
なお、法律事務所の中には、この後遺障害等級認定の申請の手続から代行してくれるところがありますから、もらい事故により後遺障害の認定の可能性のある被害者は治療を終了した時点で弁護士に依頼することを検討してみてもいいでしょう。
もらい事故の場合、被害者の保険会社は示談交渉を代行できません。
他方、保険会社は通常被害者との直接の示談交渉では適正額の慰謝料を払ってくれません。
そこで、もらい事故の被害者は、適正額の慰謝料を獲得するため弁護士に示談交渉を依頼する必要があるのです。
ただし、弁護士に示談交渉を依頼すれば、当然のことながら弁護士費用が発生しますから、費用対効果に注意して弁護士依頼を検討することになります。
なお、被害者の保険に弁護士費用特約を付帯している場合には、通常300万円までの弁護士費用を保険会社が負担してくれるため、いわゆる費用倒れを気にすることなく弁護士に示談交渉を依頼することができます。
もらい事故とは被害者に過失のない事故です。
もらい事故による慰謝料の算定基準は①自賠責保険基準、②任意保険基準、③弁護士基準の3つあります。
このうち弁護士基準により算定される慰謝料が被害者の受け取るべき慰謝料の額(適正額)となります。
もらい事故では被害者の保険会社は示談交渉を代行してくれません。
他方、加害者の保険会社は独自の算定基準により裁判所基準により算定される慰謝料(適正額)より低額の支払提示をしてきます。
そのため、もらい事故の被害者は慰謝料の相場を知ったうえで、費用対効果に注意しながら弁護士に示談交渉の依頼を検討することをおすすめします。