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高次脳機能障害とは、画像診断や身体所見に基づいた運動障害、感覚障害、認知能力の低下などでは説明できない中枢神経系の障害による言語、認知、運動動作の障害を指します。
そして、主に脳卒中や頭部外傷により脳実質に損傷を受けた患者が外表上は回復しているのにもかかわらず、認知障害や行動障害、人格変化などの症状が長期にわたって残存すると言われています。
さらに、最近の統計によると、高次脳機能障害の発症数は1年間に人口10万人につき2.3人と言われています。
また、その診断の困難さから、交通事故による外傷性脳損傷を生じて高次脳機能障害を生じた患者およびその家族は「障害がわかりにくい」、「診断がつかず社会的支援が受けられない」と国に救済を訴え、2001年4月に厚生労働省は高次脳機能障害支援モデル事業研究班を立ち上げモデル事業として試験的に支援を開始した経緯があります)。
ここでは、交通事故による高次脳機能障害の症状、発症の原因、そして発症後の対応やリハビリテーションについて医師の観点から説明致します。
高次脳機能障害の症状の特徴としては、一般的な運動障害、感覚障害、認知力の低下よりも人格の変化といった医学的に客観的な判断が難しい症状を呈することが多いと言われています。
頭部外傷後、急性期を過ぎた時期から記憶・記銘力障害とともに不穏・狂騒状態、脱抑制などがみられ、表情も険しいことが多いことがあります。
このような症状を急性錯乱状態と呼ぶことがあります。
発する言語は当初は無言のことが多く、しゃべり始めても発語は不明瞭であることが多いです。
軽症では次第にそういった症状は改善し、元の人格に戻っていくが、重症では回復が遅れ認知障害や情動障害、人格変化が残存すると言われています。
知的障害としては近時記憶障害がメインとなる記憶・記銘力の低下、判断力の低下、遂行機能障害などを含む全般的認知障害を認めます。
これらは失語症や失行症といった一般的な大脳の損傷による巣症状とは異なることが特徴です。
これらに加え、情動コントロール障害として人格や性格の変化を認めることがあり、感情易変、不機嫌、攻撃的、暴言・暴力、幼稚な発言、羞恥心の低下、自発性の低下、病的嫉妬、被害妄想、反社会性などが指摘されます。
重症では人格レベルが崩壊し、家族も精神的に追い込まれることがあります。
これらの知的障害と人格や性格の変化は合併して認められることが多く、社会生活に適応する能力を著しく低下させます。
その人の知能自体が正常範囲にあっても人格変化により社会生活が困難となることもあります。
以下に高次脳機能障害による症状の一覧を示します。
1)前向性健忘
発症後に新たに経験したことが思い出せなくなる状態です。
例)事故前の記憶、例えば自分や家族の名前は問題なく思い出せるが、事故後に新しく出会った人物名前が覚えられないなど。
2)逆行性健忘
事故前に経験したことが思い出せなくなった状態です。
例)事故後、新しく出会った人物の名前は問題なく覚えられるが、事故前から記憶にあった自分や家族の名前を思い出せないなど。
1)短期記憶障害
日常生活の中の短い時間の記憶が障害される。
例)さっき食事したことを忘れて、「ごはんまだ?」と聞いてしまう。
2)長期記憶障害
今までの長い経験に基づいた記憶が障害される。
例)会社から自宅までといった、通い慣れた道順が分からなくなる。
注意障害には主に4つの症状が見られます。
1)覚醒度低下
表情が乏しくなりぼーっとした雰囲気になり、あらゆる場面で反応が遅くなる状態。
2)持続力低下
別の方に注意が向いてしまい、物事に集中して取り組めなくなる状態。
3)転導性低下
2)とは逆に、一点に集中し別の行動へうまく移れなくなる状態。
4)転換性注意力低下
その時の状況に応じた注意の変換ができず、同じような行動を繰り返す状態。
遂行機能障害とは、言語・記憶・行為などの高次機能を有効に活用できない障害です。
遂行機能障害は次の4つに分類されます。
1)目標設定の障害
未来の目標を明確に設定できない。
2)計画立案の障害
目標を達成させるための計画を立てられない。
3)計画実行の障害
企画した計画を開始・持続できない。
4)効果的・効率的な行動の障害
目標に対して自分の行動を評価、修正できない。
社会的行動障害では脱抑制・衝動性、自発性の低下、複雑な社会状況での適切な反応の障害などを生じ、社会生活が阻害される原因となります。
代表的な症状としては以下の5つがあります。
1)意欲、発動性低下
覚醒度の低下に似た状態。
2)情動コントロール障害
イライラした気分をコントロールできず、怒りを爆発させてしまう状態。
3)対人関係障害
親密すぎる発言や行動、急な話題転換に対応ができない、抽象的な指示に対する理解が困難となる状態。
4)依存的行動
人格機能が低下し退行を示す状態。
5)固執
新たな問題に対応できず、1つのことがらに固執してしまう状態。
高次脳機能障害が起こる原因としては、交通事故などによる頭部外傷以外にも、脳卒中(脳梗塞、脳出血、くも膜下出血などの脳血管障害)や脳炎、低酸素脳症など、「脳組織にダメージを与える」病気や事故などが原因と言われています。
高次脳機能障害を起こす原因の内訳としては、その8割が脳卒中で、交通事故などの頭部外傷に起因した脳実質損傷は全体の1割程度にあたると言われています。
交通事故による頭部外傷に起因した高次脳機能障害の原因として特徴的なものにびまん性軸索損傷が挙げられます。
これは、大きな衝撃により回転加速度がかかった外力が頭蓋内に伝達することによって脳内の神経線維が断裂するものと言われています。
びまん性軸索損傷をきたすと受傷直後より意識障害が発生し、頭部CT画像では明らかな頭蓋内出血を認めないことが多いですが、頭部MRI画像では微小出血や脳浮腫をびまん性に認めることがあります。
びまん性軸索損傷は重症頭部外傷の大半を占めるとされており、神経線維の断裂、および脳浮腫による脳細胞の壊死から高次脳機能障害をきたすと考えられます。
一度破壊された神経線維は基本的には再生しないことが知られています。
高次脳機能障害を手術や内服薬で治療することは現代医療では不可能であり、治療のメインとなってくるのはリハビリテーションとなります。
リハビリテーションにより、ダメージを受けていない神経線維が、機能しなくなった神経線維の役割を補うようになり、失われた脳機能の回復が見込まれます。
高次脳機能障害はいわゆる後遺症であるため、故により失われた機能が全て元どおりになることはありませんが、程度の差はあれリハビリテーションによる機能回復が見込まれます。
2004年4月、厚生労働省は、診療報酬の要綱に高次脳機能障害という用語を追加しました。
その結果、高次脳機能障害そのものが早期リハビリテーションの対象として認められるようになりました。
高次脳機能障害者は本人の病識が乏しいことが多く、事故前の自分と同じような生活や仕事ができると認識していることが見受けられます。
ところが、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害が残存していると、以前のような能力を発揮することはできず失敗を繰り返すことになります。
自らの後遺症に気づいていないため、その失敗の原因がわからず社会生活がどんどん困難になっていくことが指摘されます。
交通事故による高次脳機能障害は働き盛りの若年者が占める割合が多く、このような事態を避けるためにも、早期のリハビリテーションの開始、そして就学および就労支援が必要となります。
このように、高次脳機能障害の症状は多岐に渡ります。
単に病院での治療で治癒するものではなく、各症状に応じた適切なサポートが重要となります。
そのため、適切で早期の診断、そしてその後の早期のリハビリテーションおよび支援システムの活用が重要です。
イニシャル:D.K
診療科目:脳神経外科
現在Ohio州ClevelandでNeurological SurgeryのClinical Research Fellow
平成5年 大阪大学医学部附属病院整形外科 勤務
現在 大阪市住吉区長居の北脇クリニックにて院長を務める
日本整形外科学会・専門医/脊椎脊髄病院/麻酔科標榜医
日本ペインクリニック学会所属
骨折・むちうち・捻挫・脱臼などの症状から背中や首の痛み・手足のしびれ・肩こり・腰痛・関節痛などの慢性的な症状まで、整形外科に関するあらゆる症状に精通する。
地域のかかりつけ医として常に患者の立場に立った診察には定評があり、治療内容や医薬の分かりやすい説明をモットーとしている。