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交通事故により体がいろいろなケガを負うことがあります。
自然経過や手術などによりそれらのケガが治ると、ほとんどの方は日常生活に戻ることができますが、まれにコミュニケーションがとれない状態がずっと続く方がいます。
ここでは、遷延性意識障害について解説していきます。
遷延性意識障害とはいわゆる『植物状態』のことです。
以前、臓器移植の問題について、脳死と植物状態に関する議論が起こったことが記憶にある方も多いでしょう。
脳死というのは脳が完全に機能を失っている状態であり、人工呼吸器をはずすと呼吸することもできませんし、2週間もすればいくら人工呼吸器をつけている状態でも完全に亡くなってしまいます。
一方、植物状態というのは、「覚醒はしているが、認知していない状態が少なくとも3ヵ月以上継続している」状態です。
認知していないという点がわかりづらいと思いますが、遷延性意識障害について日本脳神経学会は以下のように定義しています。
交通事故で脳に強い障害が起きた際は、通常すぐに昏睡という意識がない状態になります。
そして、病院に救急搬送され、通常は人工呼吸器により呼吸をするという状態になります。
それがやがて目を開けるようになり、呼吸も安定します。
人工呼吸器を使用している間は苦痛をとるために、医療用の麻薬を使用するので少しぼーっとしています。
はっきり意思疎通できなくても、薬の影響によるものなのかそうでないのかがわかりません。
ただ、呼吸が落ち着けば人工呼吸器は使わなくてもよくなるため、人工呼吸器をはずして自力で呼吸をするようになり、医療用の麻薬なども使わなくてよくなります。
そうなって目を開けているにもかかわらず周りが全く理解できないと、薬の影響によるものとは考えにくくなります。
その状態で3ヵ月以上続くと、遷延性意識障害ということになります。
遷延性意識障害は、考えたり動いたりする指示を出す部分である大脳に障害が起きてうまく働かないにもかかわらず、目を覚ましたり呼吸したりなどといった生命機能を制御する脳の部分である視床下部と脳幹が働き続けているような状態になったときに起こります。
交通事故などの頭の外傷で起きることが多いのですが、脳に酸素が不足している状態が続くことで起こることもありえます。
基本的には、同じような状態になる他の病気を否定したうえで、最後に残るのがこの診断になります。
つまり、頭のMRIやCTで他の原因となるものがないかどうかを検査したり、脳波検査でけいれん発作が起こっていないかを確認します。
施設によって、もしその検査が可能であれば、PET検査やSPECT検査といったことをやる場合もあります。
ただ、最近の研究では、例えば話しかけた時に脳の反応が全くないわけではなく、MRIやCTで脳の機能の反応は見られるものの、実際に反応としての行動が見られないなどのこともあるようです。
鑑別すべき他の病気としては、脳梗塞や脳出血、脳腫瘍などがあります。
基本的に確立された治療方法というものはありません。
ただ、自然経過の中で回復してくるケースもあります。
もちろん、受傷してからの期間が短い方が回復しやすい(1年以内)ですが、10年近く経過して回復してきたケースの報告もあります。
ただ、いくら回復するといっても、歩けるようになったり、仕事ができるようになったりするケースはほとんどありません。
実際に回復した方でみられるのは、以下のような状態のことが多いです。
もちろん、ご家族にとっては非常に大きな変化であり、これらのことは介護などに対する心の支えとなることは間違いありません。
この方法は、もともと疼痛性感覚異常(CRPS)に対して行われていた治療です。
遷延性意識障害の患者さんへの効果はまだ確立しておらず、あくまで試験的な治療であるため、健康保険は適用できず自費の治療になってしまいます。
疼痛性感覚異常の記事も参考になるかと思いますが、具体的には全身麻酔を行ったうえで、電気刺激用の電極を首の後ろ側から背骨の中に埋め込み、刺激装置を胸やお腹の皮膚の下に埋め込みます。
その後、毎日時間を決めて電気刺激を行うということを数ヵ月から数年程度行います。
この治療で特に効果がでやすいのは、ケガから1年以内、頭へのケガが原因、若い、脳の血流が十分保たれていることといわれています。
特に効果があったのは、1割、少し効果があるのが3割程度といったところのようです。
非常に効果があった人の例として、家族がわかるようになったり、簡単な会話ができるようになったという報告もあります。
また、脊髄ではなく、脳の深部の覚醒を促す部分に電気刺激を行ったケースもありますが、どの程度効果がみられるかははっきりしていません。
通常、遷延性意識障害になった方は、肺炎や尿路感染症になって亡くなるケースが多いです。
周囲の方でできることは、そのようなことを予防することになります。
食事をとることはできないため、胃に直接チューブをつなぎ栄養剤を入れる「胃ろう」という方法で栄養補給をします。
また、長時間同じ姿勢でいると、床ずれができたり、筋肉や関節が硬くなったり、足の静脈に血の塊ができやすくなることがあります。
それを予防するために、定期的な姿勢の変更をしたり、関節が硬くなるのを予防するために手や足を動かしたりするようなことが必要になります。
通常は大半の方は半年以内に亡くなります。
死因としては肺炎や尿路感染症、多臓器不全などが多いです。
残りの患者さんの期待余命としては、2~5年のことが多いですが、若く受傷された方の中にはまれに数十年生存される方もいます。
この病気は本人の介護が何年にもわたることもあり、ご家族の精神的なケアも非常に重要になってくることがあります。
それぞれの地区ごとにもあるところもありますが、全国的なものとして『全国遷延性意識障害者・家族の会』という会がご家族の支援を行っています。
もし困ることがあれば、以下のサイトを参考にしてみてください。
参考:全国遷延性意識障害者・家族の会HP 「http://zsk.life.coocan.jp/」
遷延性意識障害はまだわかっていないことも多く、ちゃんとした治療法というものは確立していません。
唯一可能性があるものとしては脊髄刺激療法になりますが、それでも元の生活に戻ることはできません。
ご本人の状態はもちろんですが、いかにご家族がその状態を受け入れ、ご本人へのケアを行っていくかということが重要になってきます。
もし困った場合は、遷延性意識障害者・家族の会などでの相談を考えてみるのもいいのではないでしょうか。
イニシャル:O.M
診療科目:整形外科
医師経験年数 10年
平成5年 大阪大学医学部附属病院整形外科 勤務
現在 大阪市住吉区長居の北脇クリニックにて院長を務める
日本整形外科学会・専門医/脊椎脊髄病院/麻酔科標榜医
日本ペインクリニック学会所属
骨折・むちうち・捻挫・脱臼などの症状から背中や首の痛み・手足のしびれ・肩こり・腰痛・関節痛などの慢性的な症状まで、整形外科に関するあらゆる症状に精通する。
地域のかかりつけ医として常に患者の立場に立った診察には定評があり、治療内容や医薬の分かりやすい説明をモットーとしている。