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交通事故の示談で弁護士を立てるといえば、通常は加害者側が十分な損害賠償金を支払おうとしない場合に被害者が弁護士に依頼するケースをイメージされることでしょう。
しかし、加害者側にとっても損害賠償金をいくら支払うのが正当であるかということは重要な問題です。
そのため、場合によっては加害者側が弁護士を立ててくることがあります。
加害者側が弁護士を立てると、その弁護士から被害者の自宅などに「受任通知」という書面が送られてきます。
では、受任通知とはどのようなものなのでしょうか。
受任通知とは、弁護士が依頼者から事件処理の依頼を受けたことを相手方に通知するための書面です。
依頼を受けた弁護士はいきなり相手方に電話連絡などをするのではなく、自分の氏名や事務所の所在地、電話番号などを記載した書面を相手方に送付します。
そうすることによって、依頼者から正式に依頼を受けたことを相手方に正しく告知しているのです。
弁護士から送られてくる受任通知には、その弁護士が交渉の窓口となることと、加害者や保険会社には以後連絡をしないようにとの注意書きが記載されています。
加害者が交通事故の示談を弁護士に依頼すると、以後は弁護士が加害者の代理人として示談交渉を代行することになります。
したがって、以後は示談に関する連絡はすべてその弁護士にする必要があります。
もっとも、受任通知を受け取った後に被害者が加害者や保険会社に連絡をしても処罰されるわけではありません。
しかし、加害者や保険会社は、もし加害者から連絡があった場合には「弁護士に連絡してください」と告げるように指導されているため、被害者が加害者や保険会社に連絡しても話し合いを進めることはできません。
円滑に示談交渉を進めるためには、受任通知を送ってきた弁護士と話し合いをするべきです。
受任通知には、加害者側が考える示談案が記載されていることもよくあります。
「損害賠償金〇〇万円を支払うことで示談したい。異議がある場合は2週間以内に意見を書面で返送するように」などと書かれていることがあります。
しかし、このような提案は加害者側の一方的な意見に過ぎず、法的な拘束力はありません。
内容証明郵便で受任通知が送られてくることも多いため、法的拘束力があるのかと思ってしまう方も多いですが、気にする必要はありません。
加害者側の弁護士は、単に重要な書類だから内容証明郵便で送付しているに過ぎません。
被害者としては、加害者側がわざわざ弁護士を立てることに納得できない場合も多いことでしょう。
ここでは、加害者側が弁護士を立てる理由や、立てられやすいケースなどについてご説明します。
加害者側の目的
加害者側が弁護士を立てることには、以下のような目的があります。
示談交渉には手間と時間がかかりますし、交通事故の相手方と話し合いをする精神的負担も大きいものです。
この点では、被害者も加害者も同じです。
そんなとき、弁護士に依頼すれば示談交渉を一任することができて、自分で相手方と対応する必要がなくなります。
示談交渉の手間を省略するために弁護士に依頼する加害者は、意外に多くいます。
示談交渉を適切に行うためには、専門的な知識が必要です。
素人同士で交渉しても慰謝料としてどれくらいの金額が正当なのかはわかりにくいものです。
金額を取り決めたとしても、口約束だけでは「言った・言わない」の問題でトラブルが発生するおそれもあります。
そんなとき、弁護士に依頼して専門的な見地から示談交渉をしてもらえれば、正当な内容で円滑に示談することが期待できます。
加害者としては、正当な金額の示談金を支払うことは覚悟していても、やはりできる限り有利な条件で示談したいと考えるものです。
交通事故に詳しい弁護士の専門知識とノウハウを活用すれば、正当な範囲内で示談金を減額できる場合もあります。
そのため、少しでも示談金を抑える目的で弁護士に依頼する加害者もいます。
被害者としては、加害者が交通事故を起こしてこちらに損害を与えておきながら弁護士を立ててくると「反省していないのではないか」とつい思ってしまうかもしれません。
しかし、加害者が弁護士を立てたからといって反省していないわけではありません。
たしかに、反省していない加害者もなかにはいるでしょう。
しかし、多くの加害者は深く反省した上で、上記のようなメリットを求めて弁護士を立てているのです。
相手が反省していないと思ってこちらが感情的になると、示談交渉が円滑に進まなくなるおそれがあります。
加害者が弁護士を立てても正当な示談金を請求することは可能なので、冷静に弁護士と示談交渉を進めるように心がけましょう。
加害者側が弁護士を立てることが多いケース
加害者側に弁護士を立てられやすいケースには、ある程度の共通点があります。
以下のようなケースでは、加害者側の保険会社が弁護士を立ててくることが一般的です。
示談交渉は被害者の治療が終了してから行われます。
しかし、症状によっては被害者が「やっぱりまだ痛むので治療を続けたい」などと言って、まとまりかけた示談を白紙に戻してしまうこともあります。
むちうちなどのケースでこのようなことが起こりがちです。
そのため、むちうちなどで示談交渉がもつれることが予想される場合は、早い段階で保険会社が弁護士を立ててくることがよくあります。
保険会社は被害者の治療費をいつまでも負担するわけではなく、途中で打ち切ってくることがよくあります。
むちうちの場合は、治療開始からおおむね3ヶ月が経過すると治療費の打ち切りを被害者に打診します。
そして示談交渉を始めるか、治っていない場合は症状固定として後遺障害等級認定を申請するように勧めてきます。
しかし、3ヶ月が経過してもまだ治療が必要なケースは少なくありません。
それでも、被害者が打診を拒否して治療を続けようとすると、保険会社は弁護士を立ててくるのが通常です。
そして、弁護士から改めて治療費の打ち切りを打診されることになります。
被害者の中には、保険会社にとって対応が難しい人も少なくありません。
担当者が話し合いをしようとしても感情的に怒鳴るばかりで建設的な話し合いができない人や、事故車両の修理が相当なのに新車への買い換えを要求して譲らない人などです。
これらのいわゆる「クレーマー」に対しては保険会社の担当者が対応することは困難であるため、弁護士を立ててくることになります。
「こちらの要求額を保険会社が支払わないのなら、不足分を加害者に請求する」など言ってトラブルを起こしそうな場合も、このケースに含まれます。
いわゆる当たり屋など、保険金詐欺ではないかと疑われるような場合も同様です。
被害者の言動が粗暴な場合や、暴力団関係者など反社会的勢力であると思われるような場合は、示談に関してトラブルが発生する可能性が高いといえます。
このような場合、保険会社はトラブルを回避するために早い段階で弁護士を立てるのが一般的です。
加害者が任意保険に加入している場合、通常は保険会社の判断で弁護士を立ててくるものです。
しかし、なかには保険会社ではなく加害者本人の希望によって弁護士を立ててくることもあります。
典型的なケースは、人身事故の加害者が刑事処分の対象になっていて、軽い処分や不起訴処分を強く望んでいる場合です。
軽い処分や不起訴処分を獲得するためには、刑事処分が決まる前に被害者と示談しなければなりません。
このような場合、加害者本人の希望で弁護士を立てて、早急に示談を成立させようとしてきます。
ここからは、加害者側が弁護士を立ててきたときに、被害者としてどのように対処すればよいのかをご説明します。
まずは、加害者側が弁護士を立てた後にどのような流れで示談交渉が進むのかを見てみましょう。
示談交渉の進め方は、保険会社や加害者と交渉する場合と変わりません。
話し合いをする相手が弁護士に代わるだけです。
慰謝料の金額や過失割合など示談の条件について話し合い、お互いが納得して合意に至ったら示談が成立します。
示談が成立すると、弁護士が作成した示談書の内容を確認してサインをします。
あとは保険会社から示談金が振り込まれるのを待って、事件は解決します。
弁護士が提示する示談案に被害者が納得できず、交渉を続けても話し合いがまとまらない場合も少なくありません。
そのような場合、以前は弁護士の方から「債務不存在確認」の調停や訴訟を起こしてくることもよくありました。
債務不存在確認とは、加害者側に損害賠償義務がないことを確認することを意味し、そのための調停や訴訟を起こされることがあったのです。
ただ、現在では加害者側からこのような法的手段をとってくることはあまりなくなりました。
その代わり、弁護士から「納得できないのであれば、そちらから裁判を起こしてください」と言われて放置されるケースが増えています。
ただ、長期間放置すると、損害賠償請求権が時効で消滅するおそれがあることに注意が必要です。
時効期間は、原則として交通事故が発生した翌日から物損については3年、人身損害については5年です。
消滅時効が完成するまでに示談が成立しない場合は、被害者側から損害賠償請求訴訟を提起しなければなりません。
訴訟では、被害者が受けた損害を具体的に主張し、証拠で証明する必要があります。
証明に成功すれば勝訴し、勝訴判決で言い渡された金額を加害者側の保険会社が支払うことになります。
訴訟を提起すると、保険会社は示談交渉段階で依頼していた弁護士に引き続き訴訟への対応を依頼するのが一般的です。
それでは、加害者側が弁護士を立ててきた場合、被害者としては具体的にどのように対処すればよいのでしょうか。
加害者側の弁護士が提示した示談案が相当なものかどうかは、一般の方にはわかりづらいものです。
そのため、被害者も弁護士に相談して、相手方から提示された示談案の内容が妥当かどうかについてアドバイスを受けるべきです。
妥当なものであればそのまま示談すればよいですし、不当なものであれば反論すべきです。
反論すべき内容についても弁護士のアドバイスを受けておきましょう。
アドバイスに従って反論することで条件が変更され、示談できる場合もあります。
相手方が提示する示談案の内容が不当で、自分で反論しても条件の変更に応じてもらえない場合は、弁護士に依頼した方がよいでしょう。
被害者側が弁護士に依頼するだけで加害者側が譲歩し、示談できることもよくあります。
それでも示談できない場合は損害賠償請求訴訟が必要になります。
引き続き弁護士に依頼すれば、訴訟手続きを代行してもらうことができます。
加害者側が弁護士を立ててきたのであれば、多くの場合、被害者側も弁護士を立てた方がよいということになるでしょう。
しかし、場合によってはわざわざ弁護士を立てる必要がないこともありますし、弁護士を立てることでかえって損をしてしまうこともあります。
ここでは、被害者側が弁護士を立てるべきケースと立てるべきではないケースをご紹介します。
交通事故による損害が大きいケースでは、被害者も弁護士を立てた方がよいでしょう。
特に以下のケースでは弁護士を立てることで慰謝料が大幅に増額される可能性が高いので、弁護士を立てるべきといえます。
一方、交通事故による損害が軽微な場合は、弁護士に依頼しても損害賠償金が大幅に増額されるわけではありません。
そのような場合に弁護士に依頼すると、弁護士費用を支払うことで費用倒れになってしまうため、弁護士を立てるべきではありません。
ただし、ご自分が加入している自動車保険に弁護士費用特約がついている場合は費用倒れの心配はありません。
その場合は、少しでも損害賠償金を増額できる見込みがあるのなら弁護士を立てるとよいでしょう。
なお、相手方が提示する示談案の内容が妥当で納得できる場合は、わざわざ弁護士を立てる必要はありません。
加害者側が弁護士を立ててくると被害者は戸惑ってしまうものですが、弁護士が冷静に対処するため、かえって示談交渉が円滑に進むこともよくあります。
ただ、弁護士の持つ専門知識とノウハウによって示談金が低く抑えられてしまうケースが多いのも事実です。
示談で損をしないためには、被害者も適宜弁護士に相談しつつ、冷静に対処することが大切です。