東京弁護士会所属。新潟県出身。
破産してしまうかもしれないという不安から、心身の健康を損ねてしまう場合があります。
破産は一般的にネガティブなイメージですが、次のステップへのスタート準備とも言えます。
そのためには、法律上の知識や、過去の法人破産がどのように解決されてきたかという知識が必要です。
法人破産分野を取り扱ってきた弁護士は、こういった法律・判例や過去事例に詳しいため、強い説得力をもって納得のいく措置をとることができます。
PROFILE:https://vs-group.jp/lawyer/profile/kawasaki/
書籍:この1冊でわかる もめない遺産分割の進め方: 相続に精通した弁護士が徹底解説!
Contents
会社は、従業員に支払う給料の額に応じて一定の割合で計算した「社会保険料」を支払う必要があります。
しかし、最近では社会保険料が支払えず、滞納している会社が増えています。
以下のような理由で、経営状態が悪化している会社が増加しています。
経営が赤字であっても、従業員へ給料を支払う必要があるのと同じように、社会保険料も支払わなければならず、会社の資金繰りが悪化しても、社会保険料の支払い義務は免除されません。
しかし、会社は社会保険料の他にもさまざまな支払いに迫られていますので、社会保険料の支払いが後回しになって滞納してしまうケースも多いようです。
最近は会社員として働くのではなく、自分で起業する人が増えてきましたが、社会保険に関する知識に乏しいために未加入のままというケースも増えています。
法人を設立すると、社員が社長一人であっても社会保険に加入し、保険料を支払う義務があります。
個人事業主であっても、常時5人以上を雇用する場合は社会保険に加入しなければなりません。
こうした知識がないまま小規模の会社や個人事業を起業している人が増えているのです。
まずは、社会保険について基本的なことをおさらいしておきましょう。
社会保険とひと口にいっても、「社会保険」というひとつの保険があるわけではありません。
社会保険には以下の5つの種類があります。
加入義務がある社会保険
ほとんどの事業者に社会保険への加入義務がありますが、なかには例外もあります。
どのような事業者がどの社会保険に加入する義務があるかについては、以下の表をご覧ください。
社会保険の種類 | 加入義務がある事業者 |
---|---|
健康保険 | ・法人 ・常時5人以上を雇用する個人事業主 |
介護保険 | 〃 |
厚生年金保険 | 〃 |
雇用保険 | 雇用保険の対象となる人を雇用する事業主 |
労災保険 | 常時1人以上を雇用する事業者 |
なお、個人事業主については、一部のサービス業について例外的に社会保険への加入義務が免除されています。
また、個人事業主が農林水産業を営む場合、常時雇用する従業員が5人未満であれば雇用保険への加入は義務ではありません。
次に、どのような人が社会保険の加入対象となるのかをみていきましょう。
社会保険の種類 | 加入対象となる人 |
---|---|
健康保険 | ・事業主(経営者) ・常時雇用する従業員 |
介護保険 | 健康保険に加入する人のうち、40歳以上の人 |
厚生年金保険 | ・事業主(経営者) ・70歳未満の従業員 |
雇用保険 | 31日以上雇用され、週20時間以上勤務する従業員 |
なお、健康保険・介護保険・厚生年金保険の対象となる「従業員」とは、原則としてフルタイムで勤務する人を指します。
ただし、フルタイムに準じた働き方をする人や、週30時間以上勤務する人も含まれます。
支払わなければならない社会保険料の金額は、従業員へ支払う給料の額に一定の割合をかけて計算されます。
健康保険・介護保険・厚生年金保険については事業者と従業員とで折半します。
労災保険は、事業者の全額負担とされています。
従業員の負担分は給料から天引きしたうえで、事業者が支払うのが一般的です。
社会保険料の負担割合をまとめると、次の表のようになります。
ただし、負担割合は地域や業種によって異なりますし、随時改定されるため、この表は一例として参考にしてください。
社会保険の種類 | 事業者の負担割合 | 従業員の負担割合 |
---|---|---|
健康保険 | 4.955% | 4.955% |
介護保険 | 0.825% | 0.825% |
厚生年金保険 | 9.15% | 9.15% |
雇用保険 | 0.6% | 0.3% |
労災保険 | 0.30% | - |
合計 | 15.83% | 15.23% |
ある程度の規模の会社であれば、中小企業でもほとんどの会社は社会保険に加入しています。
しかし、小さな会社や同族会社、個人事業主などでは社会保険に加入していないケースも少なくありません。
ここでは、社会保険未加入によってどのようなペナルティを課せられるのかをご説明します。
社会保険に加入していないことが発覚すれば、行政庁から速やかに加入するように注意を受けます。
社会保険に加入すれば、その時点から社会保険を支払えばいいのかというと、そうではありません。
未加入期間の社会保険料についても、最大で過去2年分に遡って請求されてしまいます。
このとき、原則として事業者は従業員の負担分も全額を負担し、支払わなければならないことにも注意が必要です。
未加入期間の社会保険料を支払ったとしても、本来支払うべきときに支払っていないため、追徴金が課されます。
追徴金の金額は、未加入期間の社会保険料(最大で過去2年分)の10%です。
ただし、納付すべき追徴金の金額が1,000円未満の場合は徴収されません。
社会保険への未加入には、刑事罰も用意されています。
悪質な場合は、社会保険の種類に応じて以下のような刑事罰を科されるおそれがあります。
実際のところ、立件されるのはよほど悪質なケースに限られますが、行政庁から社会保険に加入するように注意されたときは、速やかに加入するようにしましょう。
社会保険に加入していても、保険料の支払いを滞納すると以下のようなデメリットがあります。
まず、社会保険料を滞納すると速やかに納付するよう督促を受けます。
通常は、本来の納付期限の約1ヵ月後に督促状(納付書)が送られてきます。
この督促状に記載された納付期限までに滞納金を支払えば、特に問題はありませんが、滞納を続けているとさらに督促状が送られてくる他、状況次第では電話で催促されたり、担当職員が自宅を訪問して催促することもあります。
督促状に記載されている期限までに滞納金を支払えなければ、延滞金がかかります。
延滞金の金額は、次の計算式によって求めます。
延滞利率は、次のように決められます。
特別基準割合は変更されることがありますが、平成30年以降は1.6%のまま変わっていません。
そうすると結局、延滞金利率は次のようになります。
督促を受けても滞納金を支払わなければ、財産調査を受けることになります。
年金事務所の担当職員が自宅や職場を訪れ、財産や財務状況に関する聞き取り調査が行われます。
調査対象となる財産は、主に現金や預貯金の他、所有不動産や取引先に対する売掛金などです。
経営者・事業主への聞き取り調査によって差押えが可能な財産が見つからなかった場合は、捜索によって強制的に調査が行われます。
捜索の場合は主に以下のようなことが行われ、対象者が拒否することはできません。
捜索で行われること
以上の調査や捜索の際、故意に虚偽の回答をしたり財産を隠蔽したりすると刑事罰の対象となります。
したがって、財産調査を受けた場合は正直に対応しなければなりません。
財産調査の結果、差押えが可能な財産が見つかった場合は、最終的に差押えを受けます。
差押えを受ける主な財産は、現金や預貯金、所有不動産、取引先に対する売掛金などで、これらの財産について強制的に換価され、滞納金の支払いに充てられます。
差押えを受けると強制的に財産を失うため、資金繰りがさらに苦しくなり、事業の継続が困難となる可能性が高いといえるでしょう。
財産を差し押さえられても、その財産が換価されて滞納金の支払いに充てられるのであれば、計算上の損失はありません。
しかし、差押えを受けてしまうと、単に財産を強制的に換価されるだけでは済みません。
その他にも以下のようなデメリットがあり、さまざまな意味で今後の事業の継続が困難となってしまいます。
預貯金が差し押さえられると、社会保険料を滞納していることが銀行に知られてしまいます。
会社の財務状況が悪化していることが銀行に知られると、今後はその銀行から融資を受けることは難しくなります。
融資を受けられなくなると設備投資や販路開拓なども難しくなりますし、業績が悪化したときに融資を受けて乗り切るということもできなくなってしまいます。
取引先に対する売掛金が差し押さえられると、その取引先に社会保険料を滞納していることが知られてしまうため、取引先によっては取引を打ち切られてしまうこともあるでしょう。
場合によっては、社会保険料を滞納して差押えを受けた事実が業界内に広がって社会的信用を失ってしまい、他社との取引も難しくなるかもしれません。
どうしても社会保険料が支払えない場合は、猶予や分納の制度を利用できることがあります。
ただし、これらの制度を利用するためには申請が必要です。
漫然と滞納していると申請期限を過ぎてしまうおそれがあるため、支払えないことがわかった時点で速やかに対処することが大切です。
ここでは、社会保険料を支払えないときの対処法をご紹介します。
社会保険料には5つの種類がありますが、相談先は保険の種類に応じて、次のように2箇所に分かれています。
遅くとも、督促状が届いても支払えないときには該当する相談先へ相談しましょう。
社会保険料の支払いが一時的に困難となった場合は、納付の猶予を申請することができます。
納付の猶予の申請条件として主なものは、以下のとおりです。
納付の猶予の申請条件
納付の猶予が認められる場合は、本来の納付期限から原則として1年以内(最長2年)で納付が猶予されます。
猶予された金額は、猶予期間中に毎月分割で納付します。
延滞金については、猶予期間中は全部または一部が免除されます。
また、猶予期間中は財産の差押えが猶予されますし、既に差し押さえられている財産についても換価(売却などによる現金化)が猶予されます。
「納付の猶予」とは別に「分納」という制度があると考えている人が多いですが、両者は同じ制度です。
先述したとおり、納付の猶予が認められても滞納金の支払いを一定期間待ってもらえるわけではありません。
猶予期間中に毎月分割して支払っていくことが必要で、この毎月の支払いが「分納」にあたります。
分納が認められるかどうか、どのくらいの期間分納することが認められるかについては、明確な基準は公表されていません。
申請者の財産状況や収支状況に応じて、年金事務所が個別に判断することとされています。
そのため、納付の猶予・分納を相談する際には、財産収支状況書を作成し、会社の資産や負債、収支状況を正確かつ説得できるように説明することが大切です。
納付の猶予と分納は、主に滞納が発生する前または滞納が発生した直後に申請する制度です。
しかし、財産を差し押さえられてしまった後でも、差し押さえられた財産の換価を猶予してもらえる制度があるため、まだ諦める必要はありません。
換価の猶予が認められると、原則として1年以内(最長2年)、換価が猶予されます。
猶予期間中は、納付の猶予の場合と同じように滞納金を毎月分割で納付することになり、延滞金も猶予期間中は一部が免除されます。
ただし、換価の猶予が認められるためには以下の要件を全て満たす必要があります。
換価の猶予が認められる要件
つまり、換価の猶予を受けるためには滞納を放置せず、早期に誠実に相談する必要があるということです。
納付の猶予や分納、換価の猶予が受けられない場合や、受けることができても滞納金をどうしても支払えない場合は、会社の破産を検討することも大切です。
社会保険料の未納金は税金と同じく破産しても免責されないため、個人の自己破産の場合は支払い義務が残ってしまいます。
しかし、法人の破産の場合は、破産手続が終了すると法人そのものが消滅するため、社会保険料の支払い義務も消滅します。
滞納金を支払わないからといって、従業員の厚生年金の加入期間が短縮されるなどのデメリットもありません。
給料未払いや買掛金の未払いなどによって従業員や取引先に迷惑が及ぶ前に、会社の破産を検討してみてはいかがでしょうか。
社会保険料が支払えないとき、滞納を放置するのは危険です。
早期に、年金事務所などに誠意を持って相談することがまず大切です。
そして、さまざまな経営努力や猶予制度の活用をもってしても滞納金を支払えない場合は、会社の破産を選択することで解決することができます。
しかし、会社の破産には個人の自己破産の場合よりも多額の費用がかかります。
その費用を確保するためにも、破産するかどうかも早期に判断することが大切です。
社会保険料の支払いで苦労している場合は、滞納する前、あるいは滞納直後に弁護士に相談することが得策です。
早期に弁護士に相談することで、破産以外の解決方法をアドバイスしてもらえる可能性もあります。