東京弁護士会所属。新潟県出身。
破産してしまうかもしれないという不安から、心身の健康を損ねてしまう場合があります。
破産は一般的にネガティブなイメージですが、次のステップへのスタート準備とも言えます。
そのためには、法律上の知識や、過去の法人破産がどのように解決されてきたかという知識が必要です。
法人破産分野を取り扱ってきた弁護士は、こういった法律・判例や過去事例に詳しいため、強い説得力をもって納得のいく措置をとることができます。
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会社が倒産してしまった場合、労働者にとって気になるのは未払賃金の受け取りができるかどうかです。
会社の経営が苦しいとは言え、これまで働いた分の賃金を受け取れないとなると、労働者も路頭に迷うことになりかねません。
このような場合に、労働者やその家族を救う制度として「未払賃金立替制度」があります。
会社が賃金を支払うことができなくても、国がその賃金を肩代わりしてくれます。
未払賃金立替制度によって、労働者は生活を安定させつつ、次の就業先を探すことができるでしょう。
Contents
この記事では、未払賃金立替制度の申請を検討している方に向け、立替の対象となる賃金や適用要件、申請の流れについて詳しく解説します。
未払賃金立替制度とは、会社が倒産した際に、賃金が支払われないまま退職する労働者が利用できる制度です。
法律に基づき、独立行政法人労働者健康安全機構が運営しています。
労働者と家族の生活を守るためのセーフティーネットとして欠かせない存在と言えます。
原則として賃金の未払いは労働基準法違反ですが、倒産するほど経営に困難を抱えている会社では、労働者に対してすぐに賃金を支払うのは難しい場合があります。
会社と労働者が共倒れになることを防ぐため、国が会社に代わって賃金の支払いを実施するものです。
厚生労働省が取りまとめた2022年度の未払賃金立替払事業の実施状況によると、「未払賃金の立替払総額は約49億円」でした。
企業数、支給者数、立替払額のいずれも前年と比べて大幅増加の結果となりました。
(参考:厚生労働省「未払賃金立替払事業(令和4年度)の実施状況について」)
なお、未払賃金立替制度はあくまでも「立替」であり、本来の支払義務は倒産した会社に残ります。
労働者健康安全機構は肩代わりした金額につき、会社に求償する権利を代位行使できます。
倒産した会社で働いていた労働者は、未払賃金立替制度を利用できる可能性があります。
未払賃金立替制度では、対象となる賃金や上限額を明確に定めており、必ずしも賃金の未払い分全額を受け取れるわけではないことに注意が必要です。
「賃金は立て替えてもらえるから」と思い込んでいると、想定よりも受取額が少なく、生活に困ってしまう可能性があります。
制度の申請をする前に、いくらもらえるかを確認しておくとよいでしょう。
未払賃金立替制度の対象となる賃金と、対象外のお金の一覧は下記の通りです。
対象となる賃金 | 対象外のお金 |
---|---|
・定期賃金 ・退職金 | ・賞与(ボーナス) ・総額2万円未満の定期賃金・退職金 ・賃金以外のお金(福利厚生給付や事務用品代など) |
未払賃金立替制度の対象となる賃金は、「定期賃金」と「退職金」の2種類に大別されます。
ただし、定期賃金や退職金の未払いがあっても、その総額が2万円を下回る場合には、制度の対象となりません。
さらに、福利厚生の支給金、事務用品代など賃金以外のお金や賞与(ボーナス)も対象外です。
定期賃金とは、労働者が定期的に受け取る給与のことです。
一般的には1カ月に1度支払われる月給を指し、その額は労働契約で定められています。
定期賃金には基本給の他、通勤手当や住宅手当、時間外手当などの各種手当が含まれています。
手取りではなく、税金や社会保険料を控除する前の額面が対象です。
なお、月給制であっても月の途中で退職に至った場合には、出勤した日数に応じた日割り額が対象となります。
日割り額は「月給額(定額支給の手当含む)÷所定労働日数×当月の出勤日数」の計算式で求めます。
退職金とは、労働者が会社を退職した際に支給される給付金のことです。
退職金の有無や算出方法は、原則、就業規則や賃金規則に規定されています。
一般的に、労働者の勤続年数に応じて退職金の額が加算されます。
未払賃金立替制度の対象となる退職金は、会社都合の退職であり、自己都合の退職金よりも高くなる傾向があります。
未払賃金立替制度の対象となるのは、退職日の6カ月前から請求日の前日までに未払いとなっている定期賃金・退職金です。
なお、請求する賃金の支払期日が到来していなくてはなりません。
たとえば、退職金の支払日は就業規則等に定められているため、その支払日の翌日以降に請求を行う必要があります。
未払賃金立替制度で請求できるのは、未払賃金総額の8割です。
ただし、退職日の年齢に応じて立替額の上限が設定されています。
未払賃金の総額が下記の金額を超える場合には、規定された立替払の上限額が支払われます。
退職日の年齢 | 未払賃金総額の限度額 | 立替払の上限額 (左記限度額の8割) |
---|---|---|
45歳以上 | 370万円 | 296万円 |
30歳以上45歳未満 | 220万円 | 176万円 |
30歳未満 | 110万円 | 88万円 |
参考:独立行政法人労働者健康福祉機構「未払賃金の立替払制度のご案内」
未払賃金立替制度を利用するには、適用要件を満たさなくてはなりません。
適用要件は「使用者の要件」と「労働者の要件」に分けられます。
使用者(会社)側の要件としては、次の3つがあります。
一部の農林水産業を除いて、ほとんどの会社が労働保険の適用事業です。
このうち、1年以上事業を行っている「事業主」が対象となります。
「事業主」には、法人だけでなく、個人やNPO団体も含まれます。
要件のひとつである「倒産」には、法律上の倒産と事実上の倒産の2種類があります。
会社が倒産したと言うためには、いずれかに該当する必要があります。
法律上の倒産とは、法律に基づいて倒産の手続きを行っていることを指します。
通常、裁判所が会社に対して決定や命令を下します。
法律上の倒産には、次の4つが含まれます。
中小企業に限り、裁判上の手続きを経ずに「倒産」と認めてもらえる可能性があります。
これを事実上の倒産と呼び、下記の要件に該当していることについて労働基準監督署長の認定が必要です。
事実上の倒産の要件 | 具体的な内容 |
---|---|
中小企業である | 資本金3億円以下、労働者300人以下の会社 ※卸売業、小売業、サービス業の場合は要件が緩和される |
事業活動が停止した | 事業場の閉鎖や労働者の解雇により、もはや事業活動を継続していないこと |
再開の見込みがない | 事業主に再開する意思がないこと 会社の清算手続きに入っていること |
賃金支払能力がない | 賃金を支払うだけの資産がなく、借入の見込みもないこと |
労働者側の要件は次の2つです。
労働者とは、雇用契約などによって会社に雇われ、労働の対価を受け取っている人のことを指します。
正社員はもちろん、派遣社員やアルバイト、パートタイマーも含まれます。
ただし、役員報酬を受け取っている方や事業主の同居家族などは、労働者として扱われない可能性があります。
労働者は倒産の日の6カ月前を起点として、2年以内に退職している必要があります。
倒産の日とは、裁判所等に申立てをした日(法律上の倒産の場合)、または、労働基準監督署長に対して認定申請をした日(事実上の倒産場合)を指します。
未払賃金の支払いを受けるには、一定の手順に従って申請をする必要があります。
ここでは、具体的な申請の流れや必要書類について解説します。
具体的な申請の流れは、法律上の倒産と事実上の倒産によって異なります。
法律上の倒産の場合、裁判所や証明者から未払賃金の証明書を発行してもらいます。
「証明者」は倒産手続きの種類によって異なります。
倒産手続きの種類 | 証明者 |
---|---|
破産法に基づく破産手続 会社更生法に基づく更生手続 民事再生法に基づく再生手続(※) | 管財人 |
会社法に基づく特別清算手続 | 清算人 |
※再生手続において、管財人が選定されていない場合は「再生債務者」が証明者となる。
証明書を入手できたら、所定の請求書・退職所得申告書に必要事項を記入して労働者健康安全機構に提出します。
事実上の倒産の場合、「倒産」したことについて、労働基準監督署長から認定を受ける必要があります。
認定の申請は、退職した労働者のひとりが行えば足ります。
労基署長から「事実上の倒産」の認定を受けることができれば、退職した労働者全員がその効果を受けます。
未払賃金立替制度を利用する労働者は、労基署長から「認定通知書」を受け取り、未払賃金総額等の確認申請をします。
確認申請時には、未払賃金を証明する書類の提出を求められます。
労基署長から「確認通知書」を受け取ったら、所定の請求書および退職所得申告書に必要事項を記入し、労働者健康安全機構に提出します。
労働者健康安全機構への申請に必要な書類は、それぞれ下記の表の通りです。
法律上の倒産 | 事実上の倒産 |
---|---|
・裁判所や証明者が発行する倒産の「証明書」 ・所定の請求書・退職所得申告書 | ・事実上の倒産を認定する「認定通知書」 ・未払賃金総額を示す「確認通知書」 ・所定の請求書・退職所得申告書 |
未払賃金立替制度は法律で定められた手続きのため、誰でも自由に利用できるものではありません。
制度を利用するにあたっては、次の4点に注意するようにしましょう。
未払賃金の支払いを受けるには、以下の期限内に請求をする必要があります。
制度の利用を希望する場合、期間内に申請を行わなければなりません。
たとえ未払賃金が残っていても、請求期限を過ぎてしまうと1円も支払われないため、注意しましょう。
労働者が請求を行う際には、未払賃金の存在を証明する必要があります。
未払賃金総額の証明方法は、法律上の倒産と事実上の倒産で異なります。
法律上の倒産の場合、裁判所等から未払賃金の総額を証明する「証明書」を入手できます。
一方、事実上の倒産の場合、労基署長から未払賃金総額の確認を受けるにあたって、労働者は証明書類を提出しなければなりません。
未払賃金の証明書類としては、次のようなものが挙げられます。
未払賃金の確認が取れなければ、想定よりも支払額が減ってしまう可能性があります。
証拠集めに不安がある方は、あらかじめ弁護士などの専門家に依頼することをおすすめします。
未払賃金立替払制度により支払われた賃金は、すべて退職所得として扱われるのが原則です。
退職所得には税金が課されますが、労働者からの申告があれば控除が受けられます。
多くの場合は非課税となるため、忘れずに申告するようにしましょう。
未払賃金総額や退職日を偽るなどの不正受給をした場合、受給額の返還に加えて、それと同額の納付が必要です。
つまり、不正受給した額の2倍の金額を支払わなければなりません。
また、刑法上の詐欺罪として、刑事告発の対象になります。
詐欺罪は10年以下の懲役に科されます(刑法246条)。
会社が倒産してしまい、定期賃金や退職金の支払いを受けられなかった労働者は、未払賃金立替払制度を利用できる可能性があります。
一般的には未払賃金総額の8割が支払われ、次の仕事が見つかるまでの生活資金として活用できます。
ただし、制度の利用には一定の要件を満たす必要があります。
倒産の種類によっても手続きの進め方にも違いがあるため、事前によく確認しておきましょう。
手続きに不安がある方は、最寄りの労働基準監督署または弁護士などの専門家に相談すると安心です。