重度の認知症の人がいる場合は、相続手続において注意しなければならないことがあります。
まず、重度の認知症の人は遺産分割協議にそのままでは参加できません。
自分の行為の結果を弁識し判断できる精神的な能力(意思能力)を欠く人の行為は法的に無効となるからです。
だからといって、認知症の人を除外して遺産分割協議をしても、それも無効となります。
遺産分割協議は相続人の全員が参加する必要があり、認知症の人も相続人であることに変わりないからです。
この記事では、認知症の相続人に代理人を立てることを中心に、相続手続に関してまとめていきます。
相続人に認知症の人がいると遺産分割協議ができない
遺産分割協議は、遺産の配分やどの遺産を誰が相続するのかなどを決定します。
遺産分割協議決定書がなければ、現預金の引き出しさえもできません。
しかし、相続人の中に認知症の人がいると遺産分割協議で遺産分割方法を決められないのです。
遺産分割協議を有効にするためには民法9、13、15、17条の要件を満たす必要があります。
認知症の相続人には代理人が必要!
認知症の相続人には代理人を立てることによって、通常の場合と同じように相続手続きを進められます。
代理人を立てずに相続手続を進める方法もありますが、遺産分割協議が必要なケースでは代理人が用意しなければいけません。
そこでまず、代理人とは何か、どうやって代理人を立てればいいのかという点についてご説明します。
認知症の相続人には「成年後見人」を立てる
意思能力を欠く重度の認知症の人には成年後見人を立てられます。
成年後見人には、被後見人の財産に関する法律行為について包括的な代理権があります。
法律行為とは、意思表示した内容どおりの法律的な効果を発生させる行為のことです。
売買契約、消費貸借契約、賃貸借契約などの財産的な「契約」はすべて法律行為に街頭します。
遺産分割も遺産という財産に関する相続人間の契約なので、成年後見人が代理人として遺産分割協議に参加できる仕組みです。
ただし、遺産分割のために成年後見人を立てる場合は、誰を成年後見人として立てるかが重要な問題となりますが、その点はあとで説明します。
成年後見制度は任意後見と法定後見の2種類ある
成年後見制度には、任意後見制度と法定後見制度の2種類があります。
任意後見制度は、本人の判断能力がある間に、将来に備えて任意後見人を選び公正証書で任意後見解約を結ぶ制度です。
任意後見制度の場合は、本人と任意後見人の間で契約がかわせれますので、本人の意志が反映させやすくなります。
一方、法定後見人制度は、本人の判断能力がすでに不十分な場合に、家庭裁判所によって後見人が選任される制度です。
本人に代わって、権利や財産を守り、本人を法的支援します。
法定後見人が専任されることにより、消費者被害や特殊詐欺などの不利益や犯罪による被害を被る可能性が軽減されます。
法定後見は3つの種類に分けられる
法定後見制度には、後見・補佐・補助の3類型があります。
この類型によって後見人に与えられる権限と職務が異なります。
また、本人が被後見人となることで、失う資格権利やにも違いがあるので、下表で確認してください。
法定後見の種類 | 項目 | |
---|---|---|
後見 | 対象となる判断能力 | 判断能力が全くない人 |
申立対象者 | 本人・配偶者・4親等以内の親族・検察官・市町村長など | |
後見人に与えられる権限 | 財産管理の代理権・日常生活の行為を除く取消権 | |
申立により与えられる権限 | なし | |
被後見人が失う権利など |
・選挙権・被選挙権 ・印鑑登録抹消 |
|
被後見人が失う地位・職業・許可など |
・医師・会社役員・医療法人役員・弁護士・司法書士・税理士・国家公務員・自衛隊員・社会福祉士・介護福祉士など ・質屋の許可・高圧ガスや火薬類の製造販売許可・武器製造許可など |
|
保佐 | 対象となる判断能力 | 判断能力が著しく不十分な人 |
申立対象者 | 本人・配偶者・4親等以内の親族・検察官・市町村長など | |
後見人に与えられる権限 | 民法13条1項にあげられる行為の中で、借金・相続承認・家のリフォームなどの特定事項及び日常生活の行為を除く取消権 | |
申立により与えられる権限 |
・民法13条1項にあげられる行為以外の事項についての同意権・日常生活の行為を除く取消権 ・特定の法律行為についての代理権 |
|
被後見人が失う権利など |
・選挙権・被選挙権 ・印鑑登録抹消 |
|
被後見人が失う地位・職業・許可など |
・医師・会社役員・医療法人役員・弁護士・司法書士・税理士・国家公務員・自衛隊員・社会福祉士・介護福祉士など ・質屋の許可・高圧ガスや火薬類の製造販売許可・武器製造許可など |
|
補助 | 対象となる判断能力 | 判断能力が不十分な人 |
申立対象者 | 本人・配偶者・4親等以内の親族・検察官・市町村長など | |
後見人に与えられる権限 | なし | |
申立により与えられる権限 |
・民法13条1項にあげられる行為以外の事項についての同意権・日常生活の行為を除く取消権 ・特定の法律行為についての代理権 |
|
被後見人が失う権利・地位・職業・許可など | なし |
成年後見人を立てるための手続
成年後見人を立てるためには、被後見人の住所地を管轄する家庭裁判所に「後見開始申立」を行います。
成年後見人になるために必要な資格などは特にありません。
しかし、誰でも希望すればなれるわけではなく、家庭裁判所で審判を受けて選任される必要があります。
申立ての際には、戸籍謄本、住民票、後見登記されていないことの証明書など公的な必要書類の他、医師の診断書も添付します。
その他にも、本人の状況や申立ての目的、後見人候補者の状況などを記載した書類や、本人の財産目録や収支状況を記載した書類などの作成も必要です。
家庭裁判所では、まず提出された書類を精査して、その後に後見人候補者との面談による調査が行われます。
面談調査は「家庭裁判所調査官」という職員が行います。
しかし、場合によっては審判官(裁判官)との直接の面談が設けられる場合もあるので覚えておきましょう。
さらに、必要に応じて医師による精神鑑定が行われることもあります。
以上の調査を経て後見開始の審判がくだり、その審判が確定すると、選任された成年後見人が本人の代理人として法律行為を行うことができるようになります。
申立てから審判が下るまでの期間は事案の複雑さなどによって異なりますが、1~3ヵ月が目安です。
費用としては、申立費用と添付書類の収集費用を合わせて1万円~1万5千円程度ですが、精神鑑定が行われるとさらに5~10万円がかかります。
必要な書類など | 書類などの内容 | 入手先 |
---|---|---|
収入印紙 | 800円~2,400円 ※ケースによって異なる |
郵便局・法務局・コンビニなど |
郵便切手 | 合計3,700円分 | 郵便局・コンビニなど |
登記用収入印紙 | 2,600円分 | 郵便局・法務局・コンビニなど |
鑑定費用 | 約10万円 | 必要な場合に裁判所から連絡あり |
住民票又は戸籍の附票 | 本人・後見人候補者それぞれ1通 | 市町村役場 |
戸籍全部事項証明書 | 本人分 | 市町村役場 |
後見・保佐・補助開始等申立書 | 家庭裁判所から取得し記入して提出 | – |
申立事情説明書,親族関係図,親族の意見書,後見人等候補者事情説明書 | 家庭裁判所から取得し記入して提出 | – |
後見登記されていないことの証明書 | 本人分1通 | 法務局 |
診断書 | 本人分 | 病院など |
本人情報シート | – | 病院など |
本人の財産目録 | 家庭裁判所から取得し記入して提出 | – |
本人の収支予定表 | 家庭裁判所から取得し記入して提出 | – |
本人の健康状態に関する資料 | 介護保険被保険者証,療育手帳,精神障害者保健福祉手帳,身体障害者手帳などの写し | – |
誰を後見人に立てればいいのか
成年後見人は本人の財産上のあらゆる法律行為を見守らないといけません。
そのため、通常は日頃から本人の面倒を見ている近親者を後見人に立てるのが望ましいと言えます。
しかし、そうとは限らないケースもあります。
成年後見制度は本人の財産を守ることを目的とした制度なので、本人と近親者の利益が相反する場合には、第三者を後見人に立てなければならない場合もあるのです。
遺産分割は、まさに相続人間で利益が相反する可能性がある場面です。
このような場合、家庭裁判所は近親者を後見人として認めず、弁護士や司法書士などの法律に詳しい第三者を後見人に選任することになります。
弁護士や司法書士が後見人に選任されると、本人の財産の中から報酬を支払わなければなりません。
報酬の額は本人の財産状況に応じて家庭裁判所が決めますが、少なくとも1ヵ月あたり2~5万円になります。
原則、本人が亡くなるまで報酬を支払い続けなけければならず、れは大変な負担になるのは事実です。
費用麺を考えると「できるだけ近親者を後見人に立てたい」という方も多いですが、慎重に検討する必要があります。
特別代理人を立てることもできる
遺産分割において、認知症の相続人と後見人である近親者の利益が相反する場合には、遺産分割協議についてだけ特別代理人を立てられます。
特別代理人を選任するにも家庭裁判所での審判が必要で、結果として弁護士や司法書士が選任される場合が多いです。
特別代理人に選任された弁護士や司法書士には報酬を支払わなければなりませんが、この場合は一度だけ支払えば済みます。
本人が亡くなるまで報酬を支払い続けなければならない後見人の場合に比べると、格段に負担が軽くなります。
しかし、この方法では、先に認知症の相続人の後見人として近親者を選任してもらい、その後に特別代理人を選任してもらうという順番になるので注意が必要です。
なぜなら、先の後見開始の審判の段階で家庭裁判所が弁護士や司法書士を後見人として選任してしまうと、どうしようもなくなるからです。
これを避けるためには、後見開始の審判の段階で以下について説明することが大切です。
- ・後見人として近親者が最適であること
- ・利益が相反するのは遺産分割についてだけであとは全く問題がないことなど
場合によっては、弁護士や司法書士に依頼して書類を書いてもらったり、面談に同席してもらったりしないと難しいかもしれません。
本人の生存中ずっと弁護士や司法書士の後見人に報酬を支払い続けなければならない負担を考えると、後見開始の申立手続を弁護士や司法書士に依頼してでもこの方法をとる価値はあると言えます。
関連情報:令和2年 成年後見関係事件の概況
成年後見人と本人との関係では、配偶者を含む親族が成年後見人に専任されたケースは全体の約19.7%となっています。
親族以外の人が成年後見人専任されたケースが80.3%ですので、成年後見人は、親族以外が専任されるケースが多いことがわかります。
詳細は、以下の表で確認してください。
被後見人との関係 | 割合 |
---|---|
親族 | 19.7% |
親族以外 | 80.3% |
被後見人との関係 | 割合 |
---|---|
弁護士 | 26.2% |
司法書士 | 37.9% |
社会福祉士 | 18.4% |
社会福祉協議会 | 4.9% |
税理士 | 0.2% |
行政書士 | 3.6% |
精神保健福祉士 | 0.1% |
市民後見人 | 1.1% |
その他法人 | 6.9% |
その他個人 | 0.7% |
参考:最高裁判所事務総局家庭局:成年後見関係事件の概況|調査データ令和2年1月~12月
成年後見人制度を利用する場合の注意点
成年後見人制度を利用する場合には、注意点があります。
ここでは、代表的な注意点を4つ解説します。
希望した人が成年後見人になるとは限らない
成年後見人選任の申立は、家庭裁判所に行います。
その際に、親族や知人などが後見人候補者として立候補することも可能です。
これは、あくまでも立候補であり、たとえ配偶者や子などの近親者であっても選任されるとは限りません。
家庭裁判所は、本人の財産額や本人との関係や経緯などを総合的に判断して成年後見人を選任します。
前途したように親族以外が成年後見人なる確率は約80%あります。
職務は本人が死亡するまで続く
成年後見人に選定されると被後見人が亡くなるまで職務が続きます。
原則として、途中で職務を辞められません。
しかし、正当な理由があれば、途中で辞任することも可能となります。
正当な理由とは、成年後見人の健康上の理由や海外赴任などです。
親族以外になった場合は費用がかかる
親族以外の法人を含む第三者が成年後見人に選定されると、第三者へ報酬を支払うことになります。
報酬の額は、成年後見人の職業や財産管理などの難易度によって異なりますが、目安として年間24万円~72万円とされています。
報酬の内訳は、基本報酬と付加報酬に分かれていて、基本報酬は、本人の財産総額によって変動するため、確認するようにしましょう。
成年後見人は遺産分割の代理などはできない
成年後見人に選任されると、本人の財産管理を全て引き受けることになります。
しかし、、本人の財産を減少させる行為は許されていません。
そのため、遺産分割協議の代理なども担えません。
遺産分割を目的として親族が成年後見人となる場合は、家庭裁判所から非合理的とみなされることが多いです。
したがって、親族が認知症患者の成年後見人として認められる可能性は稀です。
仮に成年後見人に専任されたとしても、成年後見人として遺産分割協議に参加できず、家庭裁判所に申立てて、特別代理人を専任する必要が生じます。
その他、成年後見人は以下のような行為の代理ができません。
- ・相続対策としての不動産活用や生前贈与
- ・必要性が低い不動産の売却
- ・投資行為(不動産、株など)
代理人を立てずに相続手続を進める方法もある
実は、代理人を立てなくても認知症の相続人について相続手続を進める方法もあります。
遺言のとおりに相続する方法と、法定相続分どおりに相続する方法です。
遺言のとおりに相続する方法
被相続人の遺言の中に遺産の分割方法が書かれている場合は、そのとおりに相続するのであれば遺産分割協議は必要ありません。
遺言による相続は相続人が行う法律行為ではないので、意思能力がない認知症の相続人であっても、代理人を立てることなく遺産を受け取れますす。
ただし、この方法にも問題はあります。
まず、被相続人が有効な遺言を残さずに亡くなってしまうと、この方法は取れないと言うことです。
事前の対策としては非常に有効なのですが、亡くなってからでは遅いです。
次に、遺言書が残っていたとしても、法律的に有効な遺言と認められるためにはいろいろな要件がありますが、現実的とは言えません。
また、法律的に有効な遺言書だったとしても、遺産の全てについて漏れなく分割方法を指定している遺言は多くないです。
遺言書の中に書かれていない遺産や、分割方法が指定されていない遺産については、別途、遺産分割協議が必要になってしまいます。
その段階で、結局、代理人を立てるかどうかを検討しなければならなくなります。
法定相続分どおりに相続する方法
法定相続分どおりに相続する場合も、遺産分割協議は必要ありません。
相続人が行う法律行為ではないので、認知症の相続人も法定相続分どおりであれば遺産を受け取れます。
しかし、この方法もあまり実際的な方法だとは言えません。
遺産の中に不動産があれば、相続登記をする必要があります。
正確には、相続を原因とする所有権移転登記です。
法定相続分どおりに相続するのなら、相続人全員の共有名義に登記しなければならないのです。
相続人の人数が少なければそれでもいいと思うかもしれませんが、その不動産を売るときには、認知症の相続人について代理人を立てる必要があります。
共有財産を売ることも法律行為だからです。
売らずに所有し続ける場合は、認知症の相続人以外の相続人の誰かが亡くなれば、その相続人全員をさらに共有名義に加える必要があります。
下手をするとネズミ算式に共有者が増えていき、収拾がつかないことになりかねません。
結局、「早い段階で代理人を立てておけば良かった」となる可能性があります。
まとめ
相続人のなかに認知症の人がいるときは、上手に代理人を立てて手続を進めるのが、多くのケースでおすすめの方法になります。
認知症の人がいても黙っておけばバレないという考えで、遺産分割協議書に他の相続人が代筆でサインすればいいと考える人もいるかもしれませんが、これはしてはいけません。
本人の有効な了解なく財産上の法律行為に関する文書に代筆でサインすることは私文書偽造などの犯罪にあたる可能性があります。
遺産分割は、後に問題が残らないように、法律に則って手続を進めましょう。
相続に詳しい弁護士や司法書士に相談すれば、ケースに応じて解決策を考えてもらえます。
困ったときは、一度相談してみるのがおすすめです。
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