遺言書のある相続では、原則、遺産は遺言書に指定された通りに分けることになります。
しかし、一部の相続人には最低限の遺産を引き継ぐ権利である「遺留分」が認められています。
そのため、遺言書によって特定の人が遺産のすべて(または大半)を相続した場合、遺留分権利者は遺産の受取人に遺留分の範囲の財産を請求することができます。
今回は、遺留分についての概要と、実際に遺留分侵害請求を行うときにどのような手続きをとる必要があるのかについて解説させていただきます。
目次
1. 遺留分とは?
遺留分(いりゅうぶん)とは、法律で定められた一定の相続人に保障される最低限の相続財産の割合のことです。
この制度は被相続人の死後に相続人の生活を保障する目的で設けられています。
相続において、被相続人の意志を尊重することは大切ですが、相続人には法律で保障された最低限の財産を相続する権利である遺留分があり、この遺留分は遺言より法的に優先されます。
ただし、遺留分は自動的に保障されるものではなく、相続人自身がその権利を主張し請求する必要があります。
2. 遺留分が認められる人
遺留分が認められるのは、法定相続人となった被相続人の配偶者、子ども(孫)、両親(祖父母)にあたる人です。
しかし、兄弟姉妹は法定相続人であっても遺留分は認められません。
遺言書に従って相続した結果、一部の相続人が自身の遺留分を下回る財産しか受け取れなかった場合、その相続人は遺留分に不足する金額を遺産を多く受け取った人に請求することができます。
この請求のことを「遺留分侵害額請求」といいます。
3. 遺留分の割合
遺留分は通常、法定相続分の半分の金額と定められています。
しかし、例外として相続人が両親や祖父母などの直系尊属のみの場合、遺留分は遺産総額の1/3(複数人いる場合は人数で案分)の金額と定められています。
相続人 | 遺留分の合計 | 各相続人の遺留分 | |||
---|---|---|---|---|---|
配偶者 | 子ども | 父母 | 兄弟姉妹 | ||
配偶者のみ | 1/2 | 1/2 | |||
配偶者と子ども | 1/2 | 1/4 | 1/4 ※ | ||
配偶者と父母 | 1/2 | 1/3 | 1/6 ※ | ||
配偶者と兄弟姉妹 | 1/2 | 1/2 | なし | ||
子どものみ | 1/2 | 1/2 ※ | |||
父母のみ | 1/3 | 1/3 ※ | |||
兄弟姉妹のみ | なし | なし |
4. 遺留分計算の具体例
それでは、具体的な遺留分の計算例を見ていきましょう。
配偶者と子ども2人が法定相続人の場合
遺産が1億円で、法定相続人が配偶者と長男・次男の3人の場合、遺留分は以下のようになります。
相続人全員の遺留分の合計 | 1億円×1/2=5,000万円 |
---|---|
配偶者の遺留分 | 5,000万円×1/2=2,500万円 |
長男の遺留分 | 5,000万円×1/2×1/2=1,250万円 |
次男の遺留分 | 5,000万円×1/2×1/2=1,250万円 |
配偶者と父が法定相続人の場合
遺産が1億円で、法定相続人が配偶者と父の2人の場合、遺留分は以下のようになります。
相続人全員の遺留分の合計 | 1億円×1/2=5,000万円 |
---|---|
配偶者の遺留分 | 5,000万円×2/3=3,333万円 |
父の遺留分 | 5,000万円×1/3=1,666万円 |
父母が法定相続人の場合
遺産が1億円で、法定相続人が父と母の2人の場合、遺留分は以下のようになります。
相続人全員の遺留分の合計 | 1億円×1/3=3,333万円 |
---|---|
父の遺留分 | 3,333万円×1/2=1,666万円 |
母の遺留分 | 3,333万円×1/2=1,666万円 |
5. 遺留分を侵害する遺言も無効とはならない
遺留分は遺留分権利者が実際に遺産を相続した人に対して請求することで初めて認められ権利です。
そのため、遺言書の内容が「遺産のすべてを愛人に相続させる」というような、明らかに法定相続人の遺留分を侵害する遺言であっても、無効とはなりません。
ただし、実際の相続の現場では、訴訟などのリスクに避けるため、遺産分割協議の段階で遺留分を考慮した分割を行うケースが多いです。
6. 遺留分の請求には時効がある
遺産を相続したひとに遺留分を請求することを遺留分侵害額請求といいます。
この請求ができるのは、自身の遺留分が侵害されていることを知った日から1年間です。
また、遺留分が侵害されていることを知らなくても、相続発生から10年が経過した場合、時効により遺留分侵害額請求権は消滅し、遺留分の請求ができなくなってしまうことにも注意が必要です。
7.遺留分を計算するときの財産の範囲
遺留分を計算するときには、被相続人が亡くなった時点で残されている財産に加えて、過去1年間に被相続人が贈与を行った財産を加算します。
これに加えて、贈与に関わった人が「遺留分の権利がある人の権利を害することを理解した上で行った贈与」がある場合には、たとえ1年以上前の贈与であったとしても遺留分計算を行う際の相続財産に含めなくてはなりません。
ただし、どの財産が相続財産に含まれるのかに関しては遺留分を請求する側が立証する必要がありますから、必要に応じて弁護士などの専門家に相談するようにしましょう。
8. 遺留分にかかわる不動産評価額の算出方法
遺留分の具体的な割合については上で解説しましたが、実際の相続では「遺産の金額はいったいいくらなのか」が問題となることがあります。
遺産が現預金のようなわかりやすい形で残されている場合には問題となりませんが、土地や建物のような価値が変動する資産の形で残されている場合には、「いったいこの遺産はいくらなのか?」が問題となるのです。
不動産の評価額の算定方法としては、次のようなものがあり、おおよその金額相場が決まっています。
評価方法 | 評価額 |
路線価 | 時価の8割程度 |
固定資産税評価額 | 時価の7割程度 |
地価公示価格 | ほぼ時価と同じ |
遺留分の計算を行う際の不動産の評価額の算定は、「時価」で行いますので、路線価を参考に話し合いを行う際には、路線価で算出した不動産評価額を8割で割り戻して時価を計算する、ということを行います。
同様に、固定資産税評価額を参考に時価を算定する場合には、固定資産税評価額の価額を7割で割り戻して遺留分算定のための不動産評価額とするわけですね。
上でも説明した通り、遺留分の実現方法としては遺産分割協議の段階の話し合いで行われることが多いですが、その際に請求できる遺留分の計算方法に間違いがあると、後でトラブルとなる可能性があるので注意しておかなくてはなりません。
9. 遺留分は「遺留分侵害額請求」がされて初めて問題となる
家族には法律上遺留分という相続割合が認められますが、実際には「遺留分侵害額請求」という手続きを行わないと自分の遺留分を確保することはできません。
遺留分侵害額請求では遺言書等で相続人とされた人を相手として話し合いを行いますが、相手が話し合いに応じない場合や主張が食い違う場合には家庭裁判所に対して調停を申し立てることができます。
遺留分減殺調停
調停というのは家庭裁判所の裁判官に間に入ってもらってお互いの主張を行い、法律のルールに従って取り分を決める手続きのことです。
話し合いとはいってもお互いの主張は裁判官を通して行いますので、相手方と顔をあわせることは基本的にありません(待合室なども別に用意されます)
相手との感情がこじれてしまって顔をあわせるとトラブルになってしまう…というような状況ではこの調停という方法を使うことで解決に向かうケースが多いです。
調停では最終的に調停調書という書類を作成することで手続きが完了しますが、もし調停を行ってもお互いの主張が折り合わないという場合には、さらに訴訟を行うことになります。
遺留分減殺訴訟
調停が不調に終わった場合の遺留分減殺訴訟は、家庭裁判所ではなく地方裁判所で行う手続きです。
訴訟は調停とは違い、最終的に話し合いに折り合いがつかなかったとしても、法律のルールに従って強制力がある形で解決が行われます。
ただし、調停のような話し合いとは違って厳密な証拠書類の提出や立証の手続きが必要になりますから、通常は弁護士などの法律の専門家に依頼する必要があります。
訴訟によりお互いの主張が出尽くしたら、最終的に判決という形で裁判所は事件の解決を行います。
裁判所の判決には強制力がありますから、一方または双方が不同意であったとしても財産の差し押さえなどの形で強制的に判決内容が実現されることになります。
なお、訴訟の途中で和解を行うことも可能です。
和解ではより柔軟に解決の仕方を決めることができますが、裁判上の和解では和解調書が作成され、もし和解の内容に従わないときには判決が出された時と同じように強制執行の手続きを行えることになりますので注意が必要です。
10. 遺留分侵害額請求訴訟の手続きの流れ
実際に、遺留分が侵害されていることが分かった場合にどのような訴訟手続きが必要になるのか見ていきましょう。
遺留分を実現するための手続きは、おおむね次のような流れで進みます。
- ①相続財産や相続人の調査
- ②遺産の範囲に争いがある場合は、遺産確定の訴え
- ③遺留分を侵害している相続人に対して、減殺請求の通知を送付
- ④訴訟外での交渉を行う:合意できるなら和解
- ⑤和解できない場合、調停の申し立て
- ⑥調停で合意できる場合、調停調書の作成
- ⑦調停不成立の場合、遺留分侵害額請求訴訟の提起
- ⑧訴訟内での口頭弁論
- ⑨裁判所の判決
以下、順番に説明させていただきます。
①相続財産や相続人の調査
自分の遺留分が侵害されていることを証明し、別の相続人に対して遺産の分配を認めてもらうためには、大前提として遺産相続の状況が正しく把握できていなくてはなりません。
具体的には、だれが相続人となり、遺産分割の対象となる遺産はどれだけあるのか、といったことを正式な資料に基づいて調査する必要があります。
遺言の内容について把握するとともに、相続人については戸籍や住民票の取り寄せ、遺産については不動産登記簿謄本の取得などが必要になります。
遺産について管理する権限を持っている遺言執行者などがいる場合には、開示請求を行うことも必要になります。
②遺産の範囲に争いがある場合は、遺産確定の訴え
上のような調査を経て、遺産の範囲が確定します。
遺産の範囲について相続人間で意見が食い違っている場合には、遺産分割の割合を話し合うことができません。
通常は遺産分割協議などの場で「どこからどこまでが遺産か」は話し合いで決まることが多いですが、争いがある場合には「遺産確定の訴え」を裁判所に提起することも考えられます。
③遺留分を侵害している相続人に対して、減殺請求の通知を送付
遺言によって相続人に指定されている相続人に対して、「私の遺留分がこれだけ侵害されているので、話し合いをしたい」と求める通知を送ります。
様式には決まったものはありませんので、口頭であってもかまいませんし、書面で通知しても良いです。
訴えの相手方としても訴訟まで発展することは望まないケースが多いでしょうから、話し合いには応じてもらえる可能性が高いでしょう。
④訴訟外での交渉を行う:合意できるなら和解
この段階での話し合いで合意が形成できるのであれば、合意の内容を和解契約として書面にします。
和解契約書は公正証書の形で残すとより証拠としての確実性が高まります。
もちろん、話し合いは一度で済ませるのではなく、段階的に合意を形成していくケースがほとんどです。
その際、話し合いごとに合意した内容を証拠と残すため、音声録音などを残しておくのが良いでしょう。
⑤和解できない場合、調停の申し立て
話し合いで和解ができない場合には、裁判所を利用した手続きに移行しなくてはなりません。
相続関連の訴えでは、訴訟手続きに入る前に、裁判所に間に入ってもらって話し合いを行う「調停」の手続きを経るのが一般的です。
いきなり訴訟を申し立てた場合も受理はされますが、裁判所の職権で調停に回される可能性が高いです。
調停の申し立てを行う場合、「遺留分減殺調停の申立書」を家庭裁判所に対して提出する必要があります。
⑥調停で合意できる場合、調停調書の作成
遺留分減殺調停の申立書が裁判所に受理されると、実際に裁判所に出向いて話し合いが行われます。
ただし、話し合いとはいっても相手方と顔を合わせることはありません。
それぞれ別室で待機するように指示され、相手方と順番に調停室に入って裁判官に対して主張を申述します。
裁判官は両方の主張を聞いて調停案を提示してくれますので、納得できる内容であれば調停調書を作成します。
調停調書にはこれを根拠にただちに強制執行をかけられる効力が与えられます(こうした効力を債務名義としての効力と呼びます)
⑦調停不成立の場合、遺留分侵害額請求訴訟の提起
調停によって合意ができない場合、いよいよ訴訟を提起することになります。
遺留分侵害額請求訴訟を提起するためには、訴状を作成して裁判所に提出しなくてはなりません。
争う金額が140万円を超えない場合には簡易裁判所に対して申立書を出し、140万円を超える場合には管轄の地方裁判所に対して申立書を出します。
⑧訴訟内での口頭弁論
訴状が受理された後は、裁判所が指定する期日に答弁書を提出したり、出頭して意見を述べたりといった口頭弁論の手続きが始まります(実際には書面でのやりとりがほとんどです)
ただし、すでに訴訟手続きに進んでいても、途中で和解するように裁判官から提案されることも少なくありません。
ここでも和解ができないとなると、裁判所による判決によって事件の解決が図られることになります。
⑨裁判所の判決
裁判所による判決が出た後は、その内容に基づいて遺産の再分割が行われることになります(一審の内容に納得がいかない場合には上訴することも可能です)
もっとも、判決が出ても相手方がその通りに分割に応じないことも考えられます。
その場合には、別途強制執行の手続きを行う必要があります。
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ここからは専門家に相談するメリットを紹介します。
相続トラブルを避けられる
遺留分侵害額請求をすると、他の相続人と話し合いをしなければいけません。
自分の相続分を主張すると、その分他の相続人にとっては自分の取り分が減ることになります。
スムーズに遺留分を認めてくれる場合もありますが、相続トラブルになる可能性も高いです。
親族だけで話し合いを進めてしまうと、感情的になり余計にトラブルになるかもしれません。
そこで第三者に介入してもらうことで、冷静に話を進められます。
「すでに相続トラブルに発展しており、自分たちで解決できない」という場合は、弁護士に依頼しましょう。
弁護士は交渉のプロなので、双方の意見を聞きながら、落とし所を作ってくれます。
面倒な手続きを任せられる
遺留分侵害額請求するためには、相続財産を調査したり、遺留分侵害額請求の通知を送付したりする必要があります。
例えば相続財産に不動産が含まれている場合は、評価額を算出しなければいけません。
不動産に対する知識があれば問題ありませんが、知識のない状態で正しく不動産の評価額を出すのは難しいです。
その他にも書類の準備、他の相続人に通知を送付したりと、手続きが大変です。
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相続に精通している専門家であれば、安心して手続きを任せられる。
中には取り寄せが面倒な書類、ミスすると修正が大変な申請などもあるため、専門家に任せるのが確実でしょう。
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遺留分侵害額請求が認められて、遺留分の財産を相続できたとします。
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