近年では、交通事故の加害者に対して厳罰化の傾向があることは報道などでも知られるところです。
しかし、事故態様によっては、被害者の処罰感情も虚しく交通事故の加害者に対して必ずしも厳罰が下るとは限りません。
いったいなぜなのでしょうか?
「罰金だけで済まされるなんて到底納得いかない。」
そう思われるのも無理もありません。
略式裁判、起訴、不起訴、起訴猶予など似たような用語が溢れておりわからないことがたくさんあるのではないでしょうか。
「略式裁判」は正式な裁判ではないだろうということはなんとなく想像がつきます。
しかし、いったいどのようにして決められるのでしょうか?
今回は、疑問だらけの交通事故問題の刑事手続き「略式起訴」と「不起訴」に関することを解説していきます。
ご参考になれば幸いです。
目次
交通事故に遭ってしまうと、それまでの日常生活は大きく変わってしまいます。
被害者だけではなく、場合によっては加害者は身柄拘束されてしまうため今までどおりの生活はできなくなります。
被害者は、怪我の治療に始まり、示談交渉に向けたやり取り、会社や学校とのやり取りなどに日々追われます。
これらは、民事上の損害賠償に関わる示談交渉の手続きに必要なものです。
一方で、加害者に対しての「処罰」に関してはどうでしょうか。
これらは、民事上の問題ではなく刑事上の問題となります。
被害者が加害者に対して「厳罰を下して欲しい」と願い出てもそれだけでは叶えることはできません。
“起訴されるか否か”
交通事故が発生し、警察による捜査が行われると、「検察官」に対し事件の報告を行います。
これを「送致」といいます。
事件が送致されると、検察官へと引き継がれて検察官による取り調べなどの捜査が行われます。
十分な捜査が行われ、その結果をもって起訴するか否かの判断が下されます。
加害者だけではなく、被害者にとっても非常に関心の深い事柄であることは間違いありません。
次に、起訴・不起訴について確認しておきましょう。
「起訴」とは、検察官により「刑事裁判」で事件が審理されるべきと判断されることです。
検察官が“起訴をすべきである”と判断し起訴が決定すると「起訴状」が裁判所に提出されます。
次に、「刑事裁判」へ移行し審理されることとなります。
いったいどのような基準で起訴が決定されるのでしょうか?
「犯罪を犯したことが証拠により明白であり、刑事責任で事件が審理されるべきであるか否か」
また、起訴・不起訴の判断は「検察官」のみに与えられた権限です。
一律に決められた基準はなく、検察官により精査され個々の事件の内容により異なります。
加害者が刑事罰を受ける必要があるのか、あるとすればどのような刑事罪を下すのかを検討するために裁判所に訴えるわけですから、十分な捜査と慎重な判断が求められるわけです。
「不起訴」とは、検察官により「刑事裁判」で事件が審理される必要がないと判断されることです。
つまり、刑事裁判にならずに済むということです。
不起訴になると、加害者はどうなるのでしょうか?
裁判を受けないということは、罪に問われることがなくなるわけです。
不起訴の基準に関しては、起訴の場合と同様で、個々の事件の内容により異なります。
強い処罰感情を抱いていた被害者からみれば、不起訴の判断は納得がいかないでしょう。
続いて、起訴された場合についてみていきましょう。
起訴された後は、刑事裁判に移行し審理されることがわかりました。
誰が誰に対して裁判を提起したのでしょうか。
「検察官」が「加害者」に対して裁判所に訴えを提起したのです。
ここで注意したいのは、訴えを起こしたのは検察官であるということです。
被害者が提起したわけではありません。
民事裁判では、示談交渉が決裂してしまうと最終的には民事裁判で決着をつけることになります。
しかしながら、刑事裁判では“刑事罰を受ける必要性やどのような刑事罰を下すのか”を決めるためのものです。
被害者ではなく、検察官(国家機関)が加害者を訴える必要があるのです。
また、起訴には種類があります。
どのような種類があるのでしょうか?
最近では、特に高齢者が加害者となる交通事故が多くみられます。
そのようなケースでは「略式起訴」と呼ばれる起訴となることが多いですが、いったいどのようなものなのでしょうか。
「起訴」にはどのような種類があるのかを確認しておきましょう。
交通事故に限らず他の事件でも「略式起訴」の形が取られることがあります。
報道などで一度は見聞きされたことがあるのではないでしょうか?
ここでは「略式起訴」についてみていきます。
「略式起訴」とは、端的にいえばその名のとおり“簡単な手続きで行う裁判の形式”で起訴することです。
書面審査のみ(公判手続きなし)で最終決定が下される(略式命令)手続きで、被疑者の同意のもとで行われます。
本人による出廷も必要ありません。
そして、有罪・無罪という判断ではなく「有罪」として手続きが進められます。
被疑者は「罰金」(略式罰金)または科料さえ支払えば釈放されるため刑務所に収監されることはありません。
また、簡単な手続きで行う裁判(略式裁判)であっても、必ず「前科」がつくことになります。
以下の3つの条件を満たすことが必要となります。
どのようなケースの事件が該当するのかが気になるところではないでしょうか。
ひき逃げや飲酒運転、あおり運転など、よほど悪質な事件でないケースでは、罰金または科料という比較的甘い処分で終わってしまうことが多いのが実情です。
次に、略式起訴と不起訴の違いについてもみていきましょう。
略式裁判では、必ず「前科」がつくことがわかりました。
加害者側からみれば、たとえ簡易な手続きである裁判であっても「前科」がつくのですから略式起訴されるのは拒否したいと思うでしょう。
ここでは、被害者側からの視点で略式起訴と不起訴の違いについてみていきましょう。
違いを理解するためには、前提として「不起訴」を理解することが必要です。
前述のとおり、検察官の判断により刑事裁判での審理を求める必要がないと判断されれば「不起訴」となります。
不起訴の理由は3つにわかれています。
「嫌疑なし」 | 被疑者に対して「犯罪」を犯したとは認められない場合。 |
---|---|
「嫌疑不十分」 | 完全には「犯罪」の疑いが晴れたわけではないが、客観的な証拠が不十分であるため刑事裁判で“有罪”の証明をすることが難しいと考えられる場合。 |
「起訴猶予」 | 刑事裁判において「犯罪」を犯したことは明らかだが諸般の事情を鑑みて、検察官の裁量により不起訴となる場合。 ※諸般の事情とは、犯罪後の状況(示談成立か否か)や被疑者の年齢や性格・犯罪の軽重・境遇などです。 |
略式裁判で「前科」がつくと、記録が残るだけではなく資格取得や就職に影響をおよぼしたり海外渡航の際に手続きが必要となります。
これに対して、不起訴では前科ではなく「前歴」がつきます。
「前歴」がつくと、刑事捜査の対象になったことがあるという記録が警察や検察の記録に残ります。
また、不起訴となれば、前科が付かず身体拘束から解放されて日常生活を取り戻すことができます。
資格取得や就職、特定の国家資格(医師、弁護士、教師など)を剥奪される心配もありません。
不起訴の場合は、刑罰に問われることはありませんが、略式裁判では罰金刑もしくは科料の刑罰を前提として行われます。
つまり、たとえ略式裁判であっても不起訴とならない限りは刑罰(罰金もしくは科料)が下されることになるのです。
残念ながら、起訴・不起訴は国家機関である検察官が諸般の事情を考慮して決めることです。
被害者の処罰感情のみではどうにもなりません。
また、起訴されたとしてもよほど悪質な事故のケースではない限り、略式起訴になる可能性が高いことも覚悟しておかなければなりません。
なにかよい方法はないのでしょうか?
結論をいえば、弁護士に依頼して適切な方法で検察官に対し主張することです。
一般の刑事事件とは異なり、交通事故の捜査は在宅捜査として行われることが多いものです。
身体拘束を伴う捜査とは違い、刑事手続きのスピードが異なるため検事に対して「起訴」を願い出ることができる可能性が高まります。
しかしながら、被害者が加害者相手に「厳罰を望みます」という処罰感情だけでは検察を動かすことは難しいのが現実です。
適正な手続きを踏み、法的に適正な方法で検察官に対して訴える必要があります。
これまでもみてきたとおり、交通事故問題は民事上の問題だけではなく、刑事上の問題もあります。
すべてを解決するにはかなりの根気と交渉が必要です。
「弁護士費用が高いのでは?」
「弁護士に頼んだことがないからとにかく不安」
「なんとなく敷居が高く頼みづらい」
など、敬遠される理由も理解できます。
しかし、弁護士に依頼することで得られるメリットは大きいので勇気を出して一歩踏み出されてみてはいかがでしょうか。
もし、ご自身の保険に「弁護士費用特約」が付帯されていればご活用されることをおすすめします。
実質自己負担なしで問題を解決することができるからです。
民事上の問題を解決するには「示談交渉」を避けてとおることができません。
保険に関する難しい専門用語や法律用語などを一つ一つ調べながら対処していかなければなりません。
しかし、現実的には被害者本人が自力で行うことは難しいのではないでしょうか。
治療を行い、仕事や学校の調整も行い、家事、育児、介護など人により事情が異なりますが、両立しながら行わなくてはなりません。
示談交渉だけでもかなりの労力や精神的なストレスがかかります。
威圧的な保険会社であればなおさらのことではないでしょうか。
そのようなときに、心強い味方となってくれるのが弁護士です。
また、示談交渉の際に必ずといってよいほど争点となるのが「過失割合」です。
この過失割合の大きさにより慰謝料額が減額されるか否かが決まるため慎重に対応しなければなりません。
また、慰謝料額の算出にも注意が必要ですが、一般の方で「慰謝料額の算出基準」について詳しい方はあまりいません。
「弁護士基準」別名「裁判基準」と呼ばれる基準で算出した慰謝料額が最も高額となります。
しかし、保険会社が提示してくる基準は「任意保険基準」と呼ばれ、最低限度の補償を目的とした「自賠責保険基準」とあまり変わらない金額なのです。
このことを知らずに保険会社の提示してきた示談金で合意してしまうことは、被害者にとって不利益以外の何物でもありません。
任意保険基準で算出された金額の2〜3倍ほどの増額が期待できます。
たとえ、弁護士費用を払っても得られる示談金の額がアップすればメリットが大きいといえるのではないでしょうか?
刑事事件はもちろんのこと民事事件においても、裁判手続きは煩雑かつ厳格な手続きであることは想像できるのではないでしょうか。
不備があれば受け付けてもらえないこともあり、その訂正だけでも時間がかかってしまいます。
被害者本人が自力で行うことを否定しているわけではありません。
しかしながら、間違った手続きをしてしまいやり直しが効かなくなり後悔してしまうリスクも伴うということを念頭においてください。
弁護士に依頼し、すべての手続きを任せてしまえば法的に正しい手続きをしてもらうことができるので安心です。
これは、最も大切なポイントとなるでしょう。
本来であれば、どのようにして事件を解決したいのか、きちんと要望を伝えていくことが理想です。
その上で、どのような手続きを踏めばよいかリードしてもらう必要があります。
ですが、現実に交通事故の被害者となり重症のお怪我を負われている場合などは、自らの意向をうまく伝えられなくて当然です。
重症でなくとも、ほとんどの被害者は感情がたかぶりパニック状態になります。
何から手をつけてよいかわからず、どうしたらよいかわからなくなってしまうものです。
弁護士に依頼すれば、被害者の気持ちに寄り添い、冷静に状況を分析しながらうまく意向をくみとってくれることでしょう。
不備なく効率よく問題解決に導いてもらうことができます。
略式手続で裁判が終結してしまうと、その事件に関して裁判を行うことはできなくなってしまいます。
刑事訴訟法では、特定の有罪事件について有罪または無罪の判決などが下され「確定」すると同一の事件について再度「公訴提起」(刑事手続き)することはできません。
これを「一事不再理」といいます。
略式裁判は、簡易な手続きの裁判ではありますが、刑事手続きであることに変わりはありません。
また、そこで決定されたことは通常の裁判で出される判決と同じものです。
そのため、たとえ被害者に時間がなくて検察官に対し「起訴」の主張ができなかったとしても、裁判のやり直しはできません。
つまり、罰金刑や科料の刑罰ではなく「厳罰」を望むのでしたら、略式手続きが決定される前に検察官に対し「起訴」を訴えることが必要です。
具体的には、検察官に対して上申書を提出する、担当検事に対して直接面会を希望するなどの方法が考えられます。
よほど悪質な違反をしていなければ、厳罰が下されることはなく比較的甘い処分で終わってしまうことがおわかりいただけたのではないでしょうか。
これは、交通事故の加害者が事故を起こしたことが故意ではないことや、経済的な罰がすでに課せられていることが理由の一つとして考えられています。
経済罰とは、損害賠償金や慰謝料の支払いのことです。
これらの経済罰を支払うには、加害者にしっかりと支払えるだけの財力がなければなりません。
一般社会の中において働き収入を得ることが不可欠です。
そのため、その他の事情も考慮して罰金または科料のみを着地点とすることが現実には多いのです。
被害者感情が収まらず、厳罰を望むのであればお早めに弁護士に依頼し適切な方法で行動に移すことをおすすめします。