物損事故では、当て逃げ事故を除いて、一般的に事故から早い時期に示談が成立することが多いといわれています。
これは、事故の相手方と事故による損害が分かりやすいことと、当事者のトラブルを早く解決してしまって気持ちを楽にしたいという思いの表れだと考えられます。
しかし、トラブルの解決を急ぐあまり、不利な条件や誤った認識で示談を成立させてしまうと、後になって取り返しのつかないことになってしまうおそれもあります。
この記事では、物損事故の示談について、示談書に記載しなければならない事項と作成する上での注意点を具体的な記入例を示して説明していきます。
物損事故では、加害者が任意保険に加入していればその保険から賠償金が支払われることになりますので、保険会社が用意した示談書を使用することが一般的です。
ただし、加害者が任意保険に加入していなかったり、保険適用を拒否していたりすると、当事者が示談書を用意しなければならないこともあります。
この示談書には決まった書式はありませんが、一般的に記載しておかなければならない事項があります。
事故の詳細として、交通事故の発生日時、発生場所を明確にして、どの交通事故についての示談なのかを特定しなければなりません。
また、事故の発生状況は、特に重要な事項で、具体的に「Aが信号待ちで停車しているときに、後方から前方不注意のBが衝突した」などと記載する必要があります。
交通事故の当事者の氏名・住所と事故車両の登録番号(ナンバープレート)を必ず記載しなければなりません。
また、事故車両の所有者と事故当事者である運転者が異なるときや、事故当事者が未成年者のときは、所有者や親権者が示談交渉の相手方となりますので示談当事者として別途記載する必要があります。
交通事故の当事者それぞれの具体的な損害額を記載しますが、物損事故では、慰謝料を請求することができませんので、事故車両の修理費や代車費用などの実費の相当額が該当します。
過失割合は、示談金の額にかかわってくる過失相殺の根拠となる重要な事項のため、明確に記載する必要があります。
ただし、事故発生状況について当事者双方で主張が違うときには、過失割合が定められずに示談交渉そのものが難航してしまうおそれがあります。
示談の条件としては、具体的な金額のほか、支払い方法、支払い期限などの特約があれば記載します。
示談金額は、全体の損害額から過失割合による負担額を差し引いた(過失相殺後の額)とする計算式(算出の根拠)を記載することが一般的です。
また、支払期限、分割払いや支払い遅延の違約金などの定めがあれば、これも記載しておく必要があります。
清算条項とは、この示談書に記載された当事者の交通事故の賠償問題について、後になって当事者の双方が追加請求を行わないとする取り決めです。
具体的には、次の様な記載をします。
示談書の作成が済んだら、当事者が署名押印をすると示談が成立しますが、一般的には、示談書を2通作成して、当事者の双方が各1通を保持します。
また、署名押印する者としては、次のとおりとなります。
なお、示談書の作成の日付は、署名押印に併せて必ず記入してください。
物損事故の示談書の書式は損害保険会社によって異なりますが、記入すべき内容に大きな違いはありません。
ここからは、示談書の記入例を項目別に説明します。
交通事故を警察へ届け出ると、交通事故証明書を発行してもらえますので、その記載から正確な情報を記入していきます。
事故当事者の氏名と事故車両の登録番号を記入します。
一般的に過失が大きい方(加害者)を「甲」と記すことが多いようです。
当事者双方が被った具体的な損害額を記入します。
なお、当事者双方の負担額の計算のため甲の数値に①、乙に②を付記しています。
当事者で算定した双方の過失割合(事故の責任割合)を記入しますが、この書式では%表示で表しています。
なお、当事者双方の負担額の計算のため甲の数値に③、乙に③を付記しています。
示談条件として、損害額と過失割合から負担額を計算して記入します。
甲の負担額は上記②(100万円)×上記③(80%)=80万円、乙の負担額は上記①(100万円)×上記④(20%)=20万円と算出できますので、これを記入します。
示談条件
なお、支払額の算出のため甲の数値に⑤、乙に⑥を付記しています。
決済方法
注1.自損自弁とは、交通事故の当事者が双方とも保険を適用せずに自分が被った損害を自己負担することです。
注2.支払期限、分割払いなどの約定があれば、その他の欄に記入します。
清算条項は、保険会社が用意した示談書に記載されていることが一般的なので、当事者が特に記入する必要はありません。
例えば以下のような文章が清算条項として記載されています。
双方協議の結果、上記の通り示談が成立しました。
本件に関しては、今後いかなる事情が発生しても、双方とも裁判上、裁判外問わず一切異議申立て、請求を行わないことを誓約します。
示談書作成の日付を記入し、示談当事者、運転手(事故当事者)が署名押印して示談が成立したことになります。
ここでは、物損事故の当事者だけで示談交渉をして、示談書を作成するときの注意点を説明します。
交通事故の示談交渉では、事故による損害が確定した時から交渉を始めることが一般的です。
この「損害が確定した時」とは、修理費などの具体的な金額が判明したことで、修理前であれば見積書、修理後であれば請求書や領収書を根拠にして損害額とします。
物損事故の相手方に対して損害賠償の請求ができる期間は、加害者及び損害が確定してから3年という短期消滅時効が法定されています。
この期間が過ぎて相手方から時効の援用がなされると、賠償金や示談金などを支払ってもらうことができなくなりますので注意してください。
過失割合とは、交通事故当事者の事故原因につながる過失について数値化したもので、6対4や9対1(60%対40%や90%対10%)などと表し、数値が大きい方が加害者の過失となります。
具体的な数値は、事故処理をした警察が定めるものではなく、過去の裁判例を基準にした資料(判例タイムズ、日弁連交通事故相談センター発行の実務書)を参考に、当事者が示談交渉の中で定めることになります。
過失割合は、賠償金や示談金の額に影響を与えるものなので、安易に判断して定めてしまわないよう注意してください。
過失割合が定められると10対0で被害者に過失がないときを除いて、被害者の過失については加害者から賠償される金額から差し引く取り扱いがなされます。
これを過失相殺とよびますが、被害者の過失割合が高くなるほど受け取れる賠償金や示談金が減額することになります。
交通事故の被害者は、事故によって身体に損害を負ったときにのみ加害者に対して慰謝料の請求ができます。
物損事故で慰謝料を請求しても特別な事情がない限り認められることはありませんので、無駄な請求をして交渉決裂とならないよう注意してください。
示談書は、当事者が署名押印をすれば示談が成立したことになり、後になって損害賠償を追加請求したり、内容を覆したりすることはできません。
署名押印前には、必ず示談書の記載内容を確認することを忘れないでください。
示談書は、当事者が示談内容について合意した事項を私文書にしたものですが、相手方の支払いの約束に不安のある場合、示談書を「強制執行認諾条項」を入れた公正証書にすることをおすすめします。
もし、支払いの不履行があったときには、公正証書に基づいた強制執行によって示談金を回収することができます。
ここまで、物損事故の示談書の作成について説明してきましたが、事故当事者だけで示談書を作成して賠償問題を解決することは、損害額が低いときや過失割合に争いがないケースが殆どでしょう。
少しでも不安のある方は、交通事故の処理に精通した弁護士を頼ることをおすすめします。