交通事故の賠償問題では、当事者の示談交渉がうまくいかずに裁判になったときでも、裁判所が当事者の話し合いで解決するよう和解を促してくることが多くあります。
この記事では、交通事故裁判での和解について、和解案を受け入れたときと受け入れなかったときの事例、被害者にとって良い条件が和解案として出されやすい方法や和解案に納得できない時の対処法を説明していきます。
目次
交通事故裁判は、一般的に被害者が加害者に対して損害賠償金の支払いをさせることを目的に提起されます。
最終的に加害者の不法行為責任とこれに応じた賠償金の支払い義務があるか否かを裁判所が判断して判決を言い渡すことになるのが通常の民事裁判の流れです。
ただ、交通事故裁判の審理では当事者が自分の主張と相手方への反論、これらを裏付ける証拠資料の提出を繰り返して進行しますが、当事者の主張が出尽くして争点と証拠の整理ができてくると、判決の言渡し前までに裁判所から当事者双方が譲歩するような内容の和解案が提示されることが多くあります。
これは、判決によらず当事者の合意によって問題を解決する「和解の試み」と呼ばれ、当事者双方が提示された和解案に応じるか、これを叩き台にして更に話し合いを進め、合意に至ることで和解が成立します。
そして、和解が成立したときは、当事者の合意した内容が記載された和解調書が作成され、裁判が終了することになります。
また、和解が成立した後は、これを覆したりすることが不可能または著しく困難なことになりますので、和解に応じることには慎重な判断が必要になります。
交通事故裁判では、当事者に対して裁判所から和解案が提示されて、話し合いによる解決を促されることが一般的です。
そして、裁判官から当事者の主張と提出された証拠から和解案を起案した理由などについて説明する「心証開示」がなされることもあります。
この心証は、裁判官が判決を起案するときにも影響を与えるため、和解案と判決が言い渡されたときの内容が類似する可能性があるといわれています。
ここでは、実際の事例をもとに、交通事故裁判で裁判所から提示された和解案と仮に判決が言い渡されたときの考察について紹介していきます。
信号機のない交差点で起こった自動車同士の出会い頭の事故について、被害者は、加害者が一時停止義務違反をして交差点に直進したことが事故の原因であるとして、過失割合90:10をもとに自分の損害30万円のうち27万円の賠償を求めた裁判を提起しました。
被告(加害者)は、一時停止をした後に交差点に進入したところに原告(被害者)が減速せずに直進してきたことが原因であるとして、過失割合55:45で自身の損害20万円のうち9万円を賠償金から相殺するようにと反論しました。
どちらにもドライブレコーダーなどの映像記録がなく、目撃者もいないといった状況で、相手方の過失を強く立証できる証拠が提出できないでいたところ、裁判所から和解案として被告が原告に対して和解金として15万円を支払うことが提示されました。
そして、裁判官から原告に対して過失割合について心証開示があり、新しい証拠が提出できない限り、加害者の過失は60%から70%程度しか認定できないと伝えられたので、原告が和解を受け入れることにしました。
仮に和解が成立せずに判決の言い渡しがあったとしたら、過失割合は60:40から70:30で認定される可能性が高いので、原告が受け取れる賠償金は次のとおりとなります。
過失割合 | 被告の負担額 | 原告の負担額 | 原告へ支払われる額 |
---|---|---|---|
60:40 | 18万円 | 8万円 | 10万円 |
65:35 | 19万5千円 | 7万円 | 12万5千円 |
70:30 | 21万円 | 6万円 | 15万円 |
なお、原告・被告の負担額とは、相手方の損害のうち自身の過失割合に応じて支払わなければならない賠償金のことで、ここでは過失相殺した残額が原告へ支払われることになります。
人身事故の被害者が後遺障害等級の認定を受けて、加害者に対して賠償金2500万円(治療費、慰謝料、休業損害、逸失利益)を請求したところ、休業損害と逸失利益の算出の根拠となる基礎収入が高すぎるとして示談金700万の提示から交渉決裂となり、被害者が加害者に対して2500万円の賠償金の支払いを求めて裁判を提起しました。
被害者は、自営業を開始したばかりであったため、基礎収入の根拠を前年度の年収ではなく事故直前の実際の収入を根拠に休業損害・逸失利益を算出していました。
また、加害者は、被害者の自営業開始前、無収入であった期間が含まれている前年度の年収を根拠に著しく低い金額を算出していたため、当事者の主張が折り合うことはありませんでした。
しかし、裁判所が被害者の基礎収入として賃金センサスの平均賃金を根拠とした休業損害、逸失利益を算出して、和解金1500万円とする案を提示してきたところ、被害者、加害者がこれに応じました。
仮に和解が成立せずに判決の言い渡しがあったとすれば、争点となっていた基礎収入については、賃金センサスという統計情報が用いられることが一般的なので、被害者がこれよりも収入が高いことを証明できない限り、希望どおりの賠償金額になる可能性は著しく低いといえます。
裁判所から提示される和解案は、訴訟を提起した被害者である原告にとって、賠償金の減額など自分の請求が譲歩させられる内容となりますので、原告よりも被告を有利に扱っているという印象を受けます。
しかし、裁判所は、決してその様に扱うことはなく、これまでの当事者の主張と提出された証拠資料などから裁判官が客観的に判断した上で当事者双方に譲歩を求めた和解案になります。
もっとも、原告の主張と提出した証拠資料が裁判官を納得させるものではないときは、圧倒的に被告にとって有利な内容になる可能性もあります。
和解案が原告にとって有利な内容、また良い条件になるように、次のとおり対応することをおすすめします。
交通事故裁判では、被告から被害者である原告の過失割合が高いと主張がなされて、過失相殺による賠償金の減額を求めてくることがあります。
そういった場合に必要になるのが、原告に有利になる証拠です。
人身事故であれば、過失割合を判断する証拠資料として、警察の捜査資料である実行見分調書や供述調書が証拠としての認定が可能です。
また、物損事故では、加害者が当て逃げしたときを除いて警察の捜査が行われないため調書を証拠資料として提出できませんので、被害者がドライブレコーダーや事故現場周辺の防犯カメラなどの映像、事故当時の目撃者からの証言を積極的に集めて裁判所へ提出する必要があります。
人身事故の被害者は、加害者に対して通院治療費や休業損害、通院慰謝料を請求できますが、事故によるケガで後遺症があれば、後遺障害等級の認定が受けられると後遺障害慰謝料と後遺障害逸失利益も併せて請求できます。
後遺障害等級は、被害者の症状に応じて1級から14級に分けられていますので、少しでも重い方の等級が認定されると請求できる賠償金も増額されます。
また、認定された後遺障害等級について不満があるときには、不服申立ての手続きや訴訟で争うことも可能なので、一度認定を受けた等級が更に重い方の等級に認定される可能性もあります。
和解案は、当事者が主張、立証した事実を裁判官が客観的に判断して起案、提示されたものなので、和解が成立せずに判決が言い渡されるときでも、和解案と判決内容が類似しているケースが多くあります。
和解案の内容が原告に有利になるよう対策をとるということは、判決の内容についても原告に有利になる可能性があるといえます。
和解から判決までを踏まえて訴訟手続きを進めることは、専門知識や訴訟技術が必要になってくるため、被害者だけでは非常に困難であるといえますので、交通事故の問題解決に実績のある弁護士へ依頼することが得策です。
交通事故裁判の当事者は、たとえ裁判所から提示された和解案であっても、これに応じる義務はなく、和解を蹴って判決を求めることもできます。
特に被害者である原告にとっては、自分の請求している損害賠償金について減額される内容になることが多いので、簡単に応じられるものではなく慎重な判断が求められます。
しかし、被害者である原告が和解に応じずに判決を求めることには、次の様なリスクがあることも理解しておく必要があります。
ここまで交通事故裁判について和漢案と判決の関係、少しでも被害者に有利になる和解案を引き出すための対処法を説明してきました。
和解に応じるか判決を言い渡してもらうかを判断することは、被害者にとって大変に重要な選択となりますので、少しでも不安のある方は専門家に相談することをおすすめします。
交通事故の賠償問題は、示談交渉が上手くいかなければ裁判所の手続きを選択しなければならないことも多く、一人で悩まずに交通事故に精通した弁護士への依頼を検討してみてください。