東京弁護士会所属。
メーカー2社で法務部員を務めた後、ロースクールに通って弁護士資格を取得しました。
前職の経験を生かし、ビジネスの実情にあった対応を心がけてまいります。 お気軽に相談いただければ幸いです。
新型コロナウイルスの感染拡大により、小売業や飲食業は壊滅的な影響を受けています。
また、観光業や宿泊施設なども非常に大きなダメージを受けており、今後すぐに回復する見込みもない状況となっています。
事業者としては資金繰りの問題もありますが、新型コロナウイルスの感染が落ち着いたときに備えて従業員の雇用を確保しておきたいとか、簡単に辞めさせるわけにはいかないという思いがあるでしょう。
そのような場合、従業員に対して休業手当を支払った事業者に対して、その大部分を助成する「雇用調整助成金」の制度を利用することができます。
複雑な計算や必要書類の多さから躊躇している方も、もう一度ここで解説した内容を踏まえて利用を検討してみましょう。
「雇用調整助成金」とは、経済的な理由により事業の縮小を余儀なくされた事業主や法人が、雇用の維持を図るため、労働者に対して一時的な休業、教育訓練または出向を行い、労働者の雇用の維持を図った場合に、休業手当などとして支給した金額の一部が助成されるものです。
新型コロナウイルスの感染拡大の影響で創設された制度ではありませんが、新型コロナウイルスの影響を受けて利用できる事業主の範囲を拡大し、また複雑な手続きについても一部簡素化する措置が実施されています。
経済的な理由により事業を縮小せざるをえない場合とは、具体的にどのような状況をいうのでしょうか。
また、実際に支給される助成金の額はいくらなのでしょうか。
ここでは、従来からある雇用調整助成金の内容について確認しておきましょう。
雇用調整助成金の始まりは、1975年から旧労働省により創設された「雇用調整給付金」の制度です。
その後、1981年に名称が「雇用調整助成金」となり、現在に至っています。
雇用調整という名のとおり、事業主が事業の縮小を余儀なくされた場合にも従業員の雇用を維持することができるようにする狙いがあります。
景気の悪化などの経済的な理由があっても、事業主が事業の縮小をしたからといって従業員を簡単に解雇することができません。
しかし、業績が悪化している中で従業員の雇用の維持に力を注いでいると、事業の継続に大きな影響が出て、最悪の場合、倒産や廃業せざるをえない状況にもなりかねません。
そこで、事業主は残業時間を抑制したり従業員を配置転換したりして雇用調整を行い、人件費を抑えようとします。
また、従業員に対して休業措置をとったり、スキルアップを目指して教育訓練を受けさせたり、ほかの会社などへ出向させるなどの対策を行うことがあります。
このような対策を行った事業者に対しては、事業者が申請を行うことで、国から雇用を維持するための支援を受けることができるのです。
中小企業と中小企業に該当しない大企業とでは、助成率が異なります。
中小企業の場合の助成率は2/3であり、大企業の助成率は1/2となっています。
なお、中小企業に該当するのは、下記の資本金の額あるいは常時雇用する従業員の数のいずれかの基準を満たしている事業者です。
業種 | 資本金の額 | 従業員の数 |
---|---|---|
小売業・飲食店 | 5,000万円以下 | 50人以下 |
サービス業 | 5,000万円以下 | 100人以下 |
卸売業 | 1億円以下 | 100人以下 |
その他の業種 | 3億円以下 | 300人以下 |
従業員を対象に休業を実施して休業手当を支給した場合、その休業手当相当額に助成率を乗じて計算した金額となり、1人あたり日額8330円が上限となります。
従業員に対して教育訓練を実施した場合は、支給対象者に支給された賃金相当額に助成率を乗じて計算した金額に加えて1人あたり1日1200円が上乗せされます。
出向を実施した場合は、出向元事業主の負担額に助成率を乗じて得た金額が支給されます。
また、1年間で最大100日、3年間で最大150日までという支給日の上限が定められています。
雇用調整助成金を受給できる事業者には、いくつかの条件があります。
事業所設置後1年以上が経過した雇用保険の適用事業者であること、そして売上高や生産量などの事業活動を示す指標が最近3か月間の平均値で前年同期比10%以上減少していること、雇用保険被保険者と受入派遣労働者数からなる雇用量を示す指標の最近3か月間の平均が前年同期比で一定以上増加していないことといった条件を満たす必要があります。
このほか、休業などを実施する前にその計画書を提出すること、過去に雇用調整助成金を受給したことのある事業者については、直前の対象期間から1年を超えていること、教育訓練を受けた従業員がいる場合はその受講者が作成したレポート等を提出することが必要とされます。
さらに、事業主が不正受給により不支給となったり支給が取り消されたりしたことがある場合、その後5年間は支給を受けることができません。
また、労働保険料を納入していない事業者についても雇用調整助成金の支給を受けることはできません。
さらに、雇用調整助成金の対象となる労働者は、雇用保険被保険者であり6か月以上その事業者に雇用されている者でなければなりません。
事業を取り巻く環境が厳しく、休業を実施する場合には雇用調整助成金を受給できることは分かりました。
しかし、実際に雇用調整助成金として支給される金額は、経営体力に乏しい中小企業であっても最大2/3という助成率が決められているうえ、日額8330円という上限があるため、事業者は依然として休業手当を負担しなければなりません。
新型コロナウイルスの感染拡大や緊急事態宣言の影響で売上高が大幅に減少した事業者にとって、このような負担をするのは非常に厳しい状況にあります。
そこで、新型コロナウイルスの影響を受けた事業者を救済するため、雇用調整助成金の支給額の上限が引き上げられています。
これまで雇用調整助成金の支給額は、1人あたり1日8330円が上限とされていました。
しかし、この金額では休業手当を支給する事業者に対して十分な助成を行うことができず、そのことが結果的に労働者に対して十分に休業手当が支給されないという悪循環につながっている可能性があります。
そこで、休業手当を支給する事業者に対して十分な助成を行うことができるように上限額が1人あたり1日15,000円に引き上げられました。
支給額が最大15000円となるのは、大企業・中小企業といった規模に違いはありません。
2020年4月1日から9月30日までの期間に行った休業や教育訓練が対象となっています。
雇用調整助成金の制度は、事業規模を縮小する事業者が従業員の雇用を確保しながら、徐々にその従業員を他の事業にシフトし、あるいは従業員の方から自発的に転職することを促すようなイメージです。
そのため、事業者は休業等の計画書を事前に提出する必要がありますし、支給対象の日数には上限があり、さらに前回受給してから1年間は支給されないといった決まりもあります。
しかし、この制度を新型コロナウイルス対策として利用しようとした場合、制約が多すぎて臨機応変に対応できず、また事業者を救済しきれないという不満もありました。
そこで、従来からの雇用調整助成金の制度は残したまま、その特例措置が設けられています。
ここでは、その特例措置の内容を確認していきましょう。
通常の雇用調整助成金を受給する場合、事業所設置後1年以上経過した事業主でなければ申請することができませんでした。
しかし、特例措置ではこの条件が適用されないこととなっています。
その結果、2019年12月までに事業所を設置している事業主であれば、雇用調整助成金の申請をすることができるようになりました。
また生産性の指標として、これまでは売上高等の指標が3ヶ月間の平均で、前年同期比10%以上下落していることが求められていましたが、この数値も大幅に緩和されています。
具体的には、最近1か月間の売上高や生産量などの指標が、前年同月比5%以上下落していることが条件となります。
これに加えて、新型コロナウイルス感染症の影響により経営環境が悪化し、事業活動が縮小していること、そして労使間の協定に基づいて休業などを実施し休業手当を支払っていることが必要な点は変わりません。
実際に休業や営業時間の短縮などを実施していれば、ほぼすべての事業者が、売上高等の前年同月比5%以上減少という条件に該当することとなると思われます。
従来からの雇用調整助成金は、雇用保険の被保険者となる人で6か月以上継続して勤務を行った従業員を対象として支給されるものでした。
しかしこの場合、就職したばかりの従業員は対象にならないほか、そもそも雇用保険の被保険者となっていないアルバイトなどの非正規雇用者についても対象外となっています。
そのため、対象外となった人たちにも休業手当が支給されるのか、あるいは対象外となった人たちに休業手当を支給した事業者はすべて負担しなければならないのかといった不安がありました。
そこで、特例措置では雇用期間が6か月に満たない従業員についても、助成金の支給対象にすることとされました。
また、雇用保険の被保険者でないアルバイトなどに対する休業手当についても新たに創設された「緊急雇用安定助成金」を併用することで、雇用調整助成金と同じように助成金を受けることができるようになりました。
もともと雇用調整助成金は、経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされた事業者が休業などの措置を行う場合に支給されるものです。
特例措置が適用される条件には、新型コロナウイルスの感染拡大により経営環境が悪化したすべての業種の事業者が対象となることが明記されています。
新型コロナウイルスの感染拡大を防止するために発令された緊急事態宣言やそれに伴う休業要請のために売上が大幅に減少した飲食店、海外からの旅行客が減少したことによりインバウンドの影響がなくなってしまった小売店、海外からの部品や材料の輸入が思いどおりにできずに生産や工事がストップした製造業や建設業など、その影響は多岐にわたることと思われます。
雇用調整助成金の支給額は、1人あたり1日8330円が上限とされていました。
しかし、この金額では十分に従業員に対する休業手当をまかなうことができないケースもあることから、特例措置ではその上限額が1人あたり1日15,000円となり、以前の倍近くの金額にまで引き上げられました。
なお、1人あたりの助成金の額は事業者の平均賃金をもとに計算するため、「助成額=平均賃金額×休業手当の支給率×助成率」として計算されます。
しかし、小規模事業主についてはより簡素に助成金の額を計算できるように計算式が変更され、「助成額=実際に支払った休業手当×助成率」となります。
この場合の小規模事業者とは、従業員数が概ね20人以下の事業者をいうものとされています。
この計算式を利用すれば、これまでより簡単に助成金の額を計算することができるようになります。
また、助成率についてもこれまでの中小企業2/3、大企業1/2から引き上げられ、原則として中小企業は4/5、大企業は2/3となりました。
さらに、従業員の解雇などを行わず雇用を維持している事業者についてはさらに助成率が引き上げられ、中小企業については10/10(全額)、大企業の場合は3/4とされました。
これまでの雇用調整助成金には、原則として1年間で100日、3年間で150日という支給日数の上限が決められていました。
しかし、特例措置の適用に伴ってその日数も見直しが行われ、2020年4月1日~9月30日に実施した休業等については、この支給限度日数の適用を受けないこととされました。
過去3年以内に雇用調整助成金の支給を受けている場合は、新型コロナウイルスの影響により休業を実施しても、過去に支給した実績があるため支給を受けることができないというケースが考えられましたが、特例措置が実施されることでそのような不利益を被ることはなくなったのです。
また、過去に雇用調整助成金を受給している場合、その対象となった期間から1年以上経過していないと、新たに雇用調整助成金を受給するための申請ができないこととされています。
この期間のことを「クーリング期間」といいます。
特例措置ではクーリング期間が撤廃されるため、過去1年以内に雇用調整助成金を受給していても、新型コロナウイルスの影響により新たに雇用調整助成金を受給することができるのです。
雇用調整助成金を受給するためには、休業を開始する前に労働局などに休業等計画届を提出しなければならないこととされていました。
これは、事業者が突発的に従業員を休業させたり他の事業者に出向させたりしても、雇用調整助成金の対象にはならないとすることで、従業員が不当な扱いを受けないようにするためのものと考えられています。
しかし、新型コロナウイルスの感染拡大による経済への影響は、非常に速いスピードで進行してしまいました。
その結果、休業を実施する前に休業等計画届を提出することが現実的にできない状態となっていたのです。
そこで、新型コロナウイルス感染症に伴う特例として、2020年1月24日~6月30日までに実施する休業については、休業等計画届の提出は2020年6月30日までの事後提出でよいこととされていました。
ただ、これでも対応が難しい事業者もいるため、さらに手続きを簡略化するために、特例措置では休業等計画届の提出自体を不要としたのです。
特例措置に関する法律が正式に成立したのは、2020年6月12日のことです。
しかし、その時点ではすでに新型コロナウイルス感染症の影響が広く拡大しており、すでに雇用調整助成金の申請・受給を済ませていた事業者も多くいました。
上限額の引き上げや支給上限日数の実質廃止など、支給額が拡大する特例が制定されたのは喜ばしいい限りですが、すでに申請を済ませている事業者にとっては損をしたような形になりかねません。
そこで、2020年4月1日以降に申請を行った事業者については、従来の制度と特例措置との差により助成金の額が少なくなることのないよう、特例措置が成立する前に申請した分についても、特例措置の内容をさかのぼって適用されることとなりました。
この遡及適用を受けるために改めて労働局やハローワークで手続きする必要はありません。
雇用調整助成金の支給を受けるためには、どのような書類を準備する必要があるのでしょうか。
ここでは申請に必要な書類について、その申請の内容ごとに分けて解説していきます。
従業員の数が概ね20人以下の会社・個人事業主については、以下のように雇用保険被保険者分と雇用保険被保険者以外分とに分けて申請を行う必要があります。
休業を実施する前に提出する休業等計画届は提出不要とされています。
雇用調整助成金の支給を申請する際に提出する書類は、
の3種類となります。
また、この3種類の申請書類のほか、売上高がわかる書類(売上帳簿、レジの集計表など)、休業させた日や時間がわかる書類(タイムカードや出勤簿など)、休業手当や賃金の額がわかる書類(給与明細や賃金台帳など)、役員名簿が必要です。
雇用保険被保険者以外の従業員について休業させた場合は、緊急雇用安定助成金の支給を受けることができます。
緊急雇用安定助成金の申請を行う際には、
の3種類を提出しなければなりません。
参考:休業実績一覧表(雇用保険被保険者以外(アルバイト等)の分)
小規模事業者以外の会社や個人事業主についても、雇用保険被保険者分と雇用保険被保険者以外分とに分けて申請を行います。
雇用保険被保険者を休業させた場合に雇用調整助成金の支給を申請する際の必要書類は以下のとおりです。
なお、小規模事業者以外の場合も、休業実施前に休業等計画届を提出する必要はありません。
これらの書式はいずれも厚生労働省のホームページからダウンロードすることができます。
また、生産指標の低下を示す書類(売上帳簿や客数のデータ・客室の稼働率など)、労働組合の組合員名簿か労働者代表選任書、事業所の規模を確認する書類、労働・休日の実績に関する書類(出勤簿やタイムカードなど)、休業手当・賃金の実績に関する書類(賃金台帳や給与明細など)が必要となります。
緊急雇用安定助成金の支給を受けるために必要な申請書類は以下のとおりです。
これらの書式は、上記厚生労働省のホームページの「中小・大企業の方向け(雇用保険被保険者以外の方の休業用)」からダウンロードすることができます。
これまで雇用調整助成金を受給するためには、事業所を設置してから1年以上経過していることが条件とされていました。
それは、売上高などの生産指標が前年同月と比較できる必要があったためです。
しかし今回の特例措置で、2020年1月24日の時点で事業所設置から1年未満の事業者でも、2019年12月の指標と比較して5%以上減少している場合には支給されることとなりました。
その代わり、2019年12月の指標は必要となるため、2019年12月までに事業所を設置している事業者が対象となるのです。
雇用調整助成金の対象となる「休業」とは、所定労働日に従業員を休ませることをいいます。
通常であれば営業しているはずの店舗を開けないことは、ここでいう「休業」には該当しません。
休業を実施した場合、その休業期間は1~3か月という期間で会社が任意に決定することができます。
休業の期間が終了したら、原則としてその日から2か月以内に申請しなければならないとされていますが、2020年1月24日から5月31日の間に休業した場合の申請期限は8月31日まで認められます。
事業者にとって、雇用の確保は事業継続を左右する重要な問題です。
一方で、このたびの新型コロナウイルスの影響は非常に大きく、事業を継続できなくなるほど経営を圧迫しているケースも少なくありません。
雇用調整助成金は、そのような事業者の悩みを解決してくれる制度です。
当初はその複雑な計算の方法や、書類の多さに申請をためらう事業者の方もいましたが、手続きが簡素化されてそのような悩みも解消されています。
改めて雇用調整助成金の申請にチャレンジし、少しでも新型コロナウイルス感染拡大の悪影響を軽減できるようにしましょう。