目次
相続があった場合、相続人が取得した財産について相続税が課税されるか否か、また、相続税が課されるとしてもその税率は、相続財産の評価額がいくらかという事情に左右されます。
相続財産の評価において問題となるものの一つとして回収の可能性のない債権をどのように評価するかという問題があります。
今回は、この問題について考えてみたいと思います。
1.相続財産の評価額の影響
すでにご存じの方も多いと思いますが、まずは相続財産の評価額が相続税に対してどのような影響を持っているかを確認しておきましょう。
(1)相続税が課税されるか否かの基準
相続税は、相続があったすべての場合に課税されるのではなく、相続財産の評価額が基礎控除額を超えた場合に限って課税されます。
逆に言うと、相続財産の評価額が、基礎控除額よりも少ない場合には、相続税を納める必要はないということになります。
そのため、相続税対策として、相続財産の評価額をいかにして減らすことができるか、ということが相続財産対策の主たるものになるのです。
(2)相続税率
相続財産の評価額が基礎控除額を超えるため、相続税を納めなければならない場合でも、その税率は超累進課税となっています。
つまり、相続財産の評価額が多ければ多いほど税率田が高くなります。
具体的に見てみましょう。
基礎控除額を控除した後の相続財産の評価額に対する税率は以下の通りです。
評価額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
1,000万円以下 | 0.1 | なし |
1,000万円を超えて3,000万円以下 | 0.15 | 50万円 |
3,000万円を超えて5,000万円以下 | 0.2 | 200万円 |
5,000万円を超えて1億円以下 | 0.3 | 700万円 |
1億円を超えて2億円以下 | 0.4 | 1,700万円 |
2億円を超えて3億円以下 | 0.45 | 2,700万円 |
3億円を超えて6億円以下 | 0.5 | 4,200万円 |
6億円を超える場合 | 0.55 | 7,200万円 |
これを見てわかるとおり、相続財産が1,000万円以下の場合は税率は10%にとどまるのに対して、6億円を超える場合には税率が55%となっており、相続財産の評価額が多ければ多いほど税金が多く取られる仕組みになっています。
このことから、相続税対策の第一歩は、相続財産の評価額をいかにして低くするかということになります。
2.相続財産の評価
相続財産の評価額を低くすることが相続税を節税するための基本であるとして、具体的に相続財産がどのように評価されるかですが、これについては、国税庁が出している財産評価基本通達が定めています。
そこでは、貸付金債権の評価額としては、「貸付金の元本の価額」と「利息の価額」の合計金額によって評価することとされています(財産評価基本通達第204)。
例えば、被相続人が知人や、自らが運営している会社に対して1億円を無利息で貸し付けていた場合、この債権はその元本額である1億円として評価されることになります。
そうすると、これだけで、相当の相続税が課せられることになってしまいます。
3.回収困難な貸付金債権の評価
評価基本通達は、上記の原則に対して、債権の回収が困難と認められる場合について、例外を定めています(財産評価基本通達第205)。
そこでは、「債権金額の全部又は一部が課税時期において次に掲げる金額に該当するときその他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるときにおいては、それらの金額は元本の価額に参入しない」としています。
つまり、債権の元本のうち回収が困難又は不可能と見込まれる額については、相続財産の評価額に算入しないということです。
そして、回収が困難又は不可能と見込まれる金額の例としては、以下の場合を掲げています。
- ・①銀行取引停止処分、会社更生法、民事再生法、特別清算、破産、業績不振のために事業を廃止または6か月以上休業している債務者に対する債権の額
- ・②更生計画・再生計画等の認可決定、債権者会議により債権の切り捨て又は5年を超える据え置き期間が定められた債権額
- ・③金融機関のあっせんなど、当事者間の契約により申請に成立した契約による債権の切り捨て、又は、5年を超える据え置き期間などが定められた債権額
通達では、これらの事情の場合に限定するという表現にはなっておらず、再献金額の全部又は一部がこれらの「金額に該当するときその他その回収が不可能又は著しく困難であると認められるとき」に元本の価額への不算入を認めています。
つまり、上記の列挙事由に該当した場合はもちろんですが、それ以外でもその回収が不可能又は著しく困難である場合には、元本への不算入が認められそうな規定となっているのです。
しかし、現実の取り扱いでは、この要件は非常に厳格に取り扱われています。
その理由としては、
- ・債権として法律上請求可能である以上、回収可能性があると考えられること
- ・課税の公平性という観点から、貸付先の個別的事情についての斟酌は、できる限り限定的に行われるべきであるということ
によります。
4.具体的な対応策
(1)事後的な対策はないのが現実
すでに債権者が亡くなって相続が開始してしまった場合には、残念ながら、もはや具体的な対応策というのはありません。
あとは、財産評価基準第205に該当すると争うしかありません。
現実に、国税不服審判所に対して不服申し立てを行い、争うしかないといえるでしょう。
この手続きは非公開ですので、明確にはわかりませんが、その中には相続人側の主張が認められた例もいくつかはあるようです。
個人に対する債権について、相続財産への不算入が認められた具体的においては、債務者の以下の事情が考慮されたものがあります。
- ・債務者が過去数年にわたって市民税が課されていない状態であったこと
- ・債務者は不動産などの資産、預金債権などの金融資産を有していないこと
- ・他の債権者に対しても多額の債務を負担しており、著しい債務超過の状態に陥っていたことが確実であること
- ・現実に催告書などを受領した後においても弁済を行った事実が認められず、債権者である被相続人も債務者に弁済能力がないと認識していたと思われること
ただ、この例は、債務者が個人であった場合です。
債務者が被相続人の同族会社等で、被相続人がそれらの同族会社に貸し付けを行っていた場合には、より厳格な対応がなされ、現実的に相続財産への不算入が認められることは、難しいと言わざるを得ないでしょう。
(2)事前の対策
事後的に対応することができないとするならば、債権者が亡くなって相続が開始する前に対応を講じておかなければなりません。
その方法としては、何らかの形でその債権を消しておくということになります。
方法としては、以下が考えられるでしょう。
債権を放棄する(債務免除)
もっとも典型的かつ明確な対応方法です。
債権を放棄することにより債権自体が消滅しますので、それを相続財産に含める必要もなくなるわけです。
債務の放棄をする場合には、その旨の意思表示を明確に行い、記録に残しておく必要があります。
そうでないと、真実、債権を放棄したのか否かが不明確となり、後日のトラブルの原因となる可能性があるからです。
また、同族会社に対する債権を放棄する場合などには、それによって、債務者である会社が債務の減少により黒字になってしまう場合が考えられます。
そうすると、債務者について法人税が課される可能性が出てきますので、債権を放棄した場合に債務者が黒字にならないかを確認しておく必要があります。
債権の譲渡
債権を減少させておく方法としては、債権を贈与しておくという方法が考えられます。
贈与税の基礎控除の範囲内であれば贈与税もかかりません。
また、相続時精算課税制度を利用しての贈与ということも考えられるでしょう。
同族会社等への貸付金による現物出資
これは、貸付金を現物出資として、債務者から株式の発行を受け、これによって債権を株式に変更させる手続きです。
その結果、債権は株式としての価値に代わることになり、相続財産の評価額も、債権の額面の金額ではなく、当該現物出資により発行された株式の評価額となるため、その評価額は債権として保有していた場合よりも低い評価額となると考えられます。
まとめ
債権については、基本的にその元本額で評価されるため、実際にその回収が見込めないと考えられるときには、できるだけ早くから対応を考えておく必要があります。
財産評価基本通達上は、回収不能債権について、相続財産に算入しないでいい場合を定めていますが、現実にはその適用は極めて限定的にしか認められないため、そのようなリスクを取らなくてもいいように、相続開始前から専門家などへの相談も含めて、適切に対応するということを心掛ける必要があるといえます。
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