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最終更新日:2023/7/13

正しい相続手続きVOL20 被相続人が相続人の一人に金銭支援していた場合の平等な遺産分割とは

弁護士 中野和馬

この記事の執筆者 弁護士 中野和馬

東京弁護士会所属。
弁護士は敷居が高く感じられるかもしれませんが、話しやすい弁護士でありたいです。
お客様とのコミュニケーションを大切にし、難しい法律用語も分かりやすくご説明したいと思います。
お客様と弁護士とが密にコミュニケーションをとり協働することにより、より良い解決策を見出すことができると考えております。

PROFILE:https://vs-group.jp/lawyer/profile/nakano/

親が亡くなり、子どもが2人以上いる場合には、通常同じ金額を相続します。

しかし、親から金銭的な援助を受けた子どもが、他の子どもと同じ金額を相続することは、公平性に欠けてしまいます。

そこで、相続人の一人だけが被相続人から金銭的支援を受けていた場合の遺産分割について、詳しくご説明いたします。

特別受益とは?

複数の相続人(遺産を引き継ぐ人)がいる中で、ある特定の相続人が、被相続人(遺産を残した人)から生前に財産をもらったり、結婚や仕事に関して金銭的援助をしてもらったりした場合には、被相続人が亡くなり、残された相続財産を相続人で受け継ぐときには、その分を考慮して相続をすることがあります。

このように、ある相続人が他の相続人と違って、被相続人から生前に、特別に利益を受けたという意味で、「特別受益」と言う呼び方をします。

民法で決められた相続財産の分け方で、そのまま相続人が遺産を受け継いでしまうと、特別受益を受けた相続人と、受けていない相続人との間で不公平感が生じますから、その点を配慮して、相続財産を分けることになります。

具体的な計算方法ですが、まず相続開始時における被相続人の財産に、特別受益分(生前贈与を受けた金額)を足したものを相続財産とみなします

そして、この相続財産に対して、法定相続分などを適用して、それぞれの相続人の仮の相続財産額を算定します。

それから、特別受益を受けた相続人については、先ほど算定した仮の相続財産額から特別受益の金額を引くことになるのです。

これを具体的な金額で、説明します。

相続人は、姉と妹の二人で、姉は大学、大学院にいくための学費「1,000万円」を親に出してもらっていて、妹は高卒で、大学、大学院の学費援助は受けていないとします。

そして親が亡くなり、3,000万円の財産を残した場合には、通常であれば、民法の規定である「法定相続分」に従って、姉と妹は半分ずつ、つまりそれぞれが1,500万円ずつを受け取ることになります。

しかし、姉だけが親から1,000万円の特別受益を受けていますから、まず相続財産額の3,000万円にこの1,000万円を足します。

「(3,000+1,000)=4,000万円」となり、この金額を法定相続分(2分の1ずつ)で分けます。

「(4,000÷2)=2,000万円」となり、姉と妹、それぞれが2,000万円を受け取ることになりますが、姉には1,000万円の特別受益がありましたら、実際に受け取るのは、「(2,000-1,000)=1,000万円」となります。

以上が、特別受益があった場合の計算方法です。

もう一つ例を挙げてみましょう。

父親が亡くなり、相続人は母親と長男、次男の三人だとします。

長男は、生前父親から、事業を始めるために、1,000万円の援助を受けました。

しかし、次男はそのような援助を受けていません。

一方で、次男は、生前父親から、結婚する際に、結納金、結婚資金として、500万円の援助を受けました。

長男はそのような援助を受けていません。

そして、父親が6,500万円の財産を残して亡くなったとします。

本来であれば、民法の法定相続分に従い、母親(2分の1)、長男(4分の1)、次男(4分の1)となり、母親が3,250万円、長男が1,625万円、次男1,625万円を相続することになります。

しかし、長男、次男に「特別受益」がありますから、まず相続財産に特別受益の金額を足します。

つまり、「(6,500+1,000+500)=8,000万円」となります。

次にこの金額を法定相続分で分けます。

したがって、母親が4,000万円、長男が2,000万円、次男が2,000万円となります。

そして最後に、特別受益分を引きます。

そうなると、母親はそのまま4,000万円、長男は「(2,000-1,000)=1,000万円」、次男は「(2,000-500)=1,500万円」ということになります。

特別受益の条件

特別受益は、何度も繰り返しますが、生前に被相続人から高額な贈与を受けた相続人と、そのような贈与を受けていない相続人との間で、公平性を図るための制度です。

贈与を受けていない相続人からすれば、不公平感が解消されますから、贈与を受けた相続人との間でのトラブルを回避することになります。

ただ、この特別受益を過度に適用した場合、少しの贈与、例えば数万円の援助、ちょっとしたお小遣いまでもが、その対象となってしまいます。

例えば、長男が500万円の事業資金の援助を受けていたとして、次男がそのことを長男に指摘した場合、素直に聞いてくれれば問題ありませんが、長男が「そう言えば、(次男は)300万円の車を買ってもらったはずでは」と、やり返す可能性があります。

それを受けて、今度は次男が「そう言えば、(長男は)○万円の○○を買ってもらったのでは…」とさらにやり返すことも考えられます。

もはやこうなると、水掛け論、泥仕合のようになってしまい、冷静な相続の話し合いが難しくなってきます。

そうなると相続手続きの進展が望めず、お互い感情的になってしまい、相続人との間でトラブルになりかねません。

せっかく公平を図るために設けられた制度が、仇になってしまいます。

そこで民法では、「特別受益」になるための条件を次のように、限定して定めています。

  • 婚姻・養子縁組のための贈与
  • 生計の資本のための贈与

特別受益の具体例

条件の一つ目、婚姻・養子縁組のための贈与とは、例えば、結婚の際の結納金、結婚式の費用などです。

兄弟姉妹が2人以上いて、親がその一人に結納金や結婚式の費用を出し、他の子どもには出さなかった場合には、明らかに「特別受益」に当たります。

もちろん、子ども全員に対して、親が結納金、結婚資金を出した場合には、「特別受益」には該当しません。

また、子どもの中に養子がいて、その子どもを養子として迎えるために、親が贈与を行った場合でも、「特別受益」に該当します。

条件の二つ目、生計の資本のための贈与とは、例えば、長男が事業を始めるために、会社を作る際に資金的援助を行ったとか、職業で必須となる資格を取るための学校に行くための学費を出してあげたとか、資金援助をすることで、その後の生計の糧になった場合は、「特別受益」に当たります。

例えば、子ども全員が大学にいくため学費を親が出した場合は、当然「特別受益」にはなりません。

しかし、例えば、親が会社員で、子どもの一人が医科大学にいくための学費を出して医者になった、しかし他の子どもは医学部以外の大学を出て普通の会社員になった、という場合は、医科大学に行った子どもの「生計の資本」のために、高額な学費を援助したことになり、「特別受益」に該当する可能性があります。

特別受益と時効

ところで、子どもがかなり前に親から贈与を受けた場合、何年前までの贈与まで反映されて、「特別受益」となるのでしょうか?

例えば、30年前に長男が親からの援助を受け、3,000万円の家を購入したとします。

30年後に援助した親が亡くなった場合、その3,000万円は「特別受益」に当たるのでしょうか、また30年間で物価がかなり変動していますが、それは考慮しなくていいのでしょうか?

結論から言えば、「特別受益」に時効はありません

また、物価の変動を考慮に入れることは現実的ではありません。

あくまでも贈与を受けた時点での金額を基に、相続の計算を行うべきです。

特別受益の注意点

兄弟姉妹のうち、子どもの一人だけに対して、借金の肩代わりをした場合は、「特別受益」に当たるでしょうか?

例えば、子どもが二人(長男と次男)いて、事業に失敗した長男に3,000万円の借金があるとします。

見るに見かねた親が、その借金を代わりに払い、長男は債務を免除された場合、これが「特別受益」に当たるかどうかは、難しい問題です。

次男からすれば、「3,000万円ものお金を援助してもらったのだから、相続の際にそれを考慮しないのは不条理だ」と考えるでしょう。

感情的にはそのとおりなのですが、先ほど説明した「特別受益の条件」に該当するかは、甚だ疑問です。

条件の二つ目には、「生計の資本のための贈与」とありますが、長男が親に借金の肩代わりをしてもらった行為は、「生計の資本」が目的とは言い難いのではないでしょうか。

「生計の資本」とは、生活の基盤を築くため、あるは維持するための資金を意味します。

これに、借金の肩代わりを当てはめることは、やはり無理があります。

また、借金を代わりに弁済したのですから、厳密には「贈与」ではありません。

少し難しい話になりますが、債権者(お金を貸して、借金の返済を請求できる人)に対して、債務者(お金を借りて、借金を返済しなければならない人)の債務(借金)を別の人が支払った場合、代わりに支払った人を「代位弁済者」と言います。

先ほどの例でいえば、長男が債務者、親が代位弁済者です。

代位弁済者は、債務の肩代わりをしたことで、債権者に利益をもたらしたのではありません。

多くの人がそう考えると思いますが、法律では代位弁済者は債務者に対して、代わりに支払った金銭の「求償権」を得たと解釈します。

「求償権」とは、「私があなたの代わりにお金を払ったのだから、その分を私に支払ってください」と、相手方に請求できる権利です。

例えば、ある会社員が仕事上で相手方に損害を与えた場合、まず会社が相手に損害賠償金を支払わなければなりません。

そして、会社は、その会社員に重大な過失、あるいは故意があった場合、支払った賠償額の全部、または一部を支払ってもらう権利があります。

これが求償権です。

話を戻しますが、親が長男の借金を肩代わりしたことで、あくまでも親に求償権があり、長男は求めに応じて弁済する義務があるだけのことです。

この時点で、長男は決して利益を得ていることにはなりませんから、「特別受益」にも該当しないということになります。

ただ、親が長男に対して、肩代わりした借金の弁済をこれ以上求めないとすれば、この時点で長男は利益を得たことになり、「特別受益」に該当する可能性があります。

つまり、親が子どもの借金を肩代わりしただけでなく、「自分に返さなくて良い」と宣言しないといけません。

ただ口頭では、証拠として残りませんし、次男にもわかりませんから、「債務免除通知書」などを作成しておく必要があるでしょう。

トラブルにならないために

「特別受益」でトラブルにならないためには、どうしたらいいでしょうか?

トラブルを起こさない最適の方法は、被相続人がきちんと遺言書を残すことです。

生前贈与した相続人がいれば、その他の相続人に配慮した内容の遺産分割を記載しておけば、全員の相続人の了承は得やすいはずです。

現在、「終活」がブームとなっていますが、自分の財産をどのように遺していくかを考える機会になるはずです。

その際に、どの子どもにいくら、どのような理由で援助したかをまとめれば、おのずと相続人の誰に何をどのように相続させるかが見えてくるはずです。

まとめ

「特別受益」は、相続人における不公平感を解消する手段としては、かなり有効な制度です。

しかし、色々なものを「特別な受益」だと解釈すると、かえって相続に混乱を来します。

条件に合った贈与を適用するべきです。

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