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私たちは相続が生じたときには、民法によって定められた法定相続分のルールを基準として遺産の分配を検討していくことになります。
ここで、被相続人から遺言により財産を譲り受けていた場合、もしくは生前に贈与を受けていた場合が考えられます。
この場合、もしこのような財産の分配がなかったとしたら、他の相続人はさらに多くの財産分配を受けることができたであろうという結果を期待することができます。
これを緩和するために、「特別受益」という制度が設けられています。
相続による分配を適正に調整する特別受益とは、どのような制度なのでしょうか?
誰がどの程度相続することができるのか個別に検討していきます
例えば、相続人が3名いるとします。
この中に特別に被相続人から気に入られていた人がいた場合、もしかしたら、その人は生前にいくらかの金銭的援助を受けている可能性があります。
よくよく考えると、もしこの人が金銭的援助を受けていなければ、他の相続人はもっと多くの相続財産額に対して分配を受けることができたはずです。
ここで、本来平等の地位にあるべき相続人が他の相続人と平等の地位を得るために、相続前に受領した財産の分配を「特別受益」であると指摘し、実際の相続の場面で譲り受ける金銭等を調整するよう働きかけます。
特別受益のように、元々有していた法定相続分の割合を調整した相続分のことを「具体的相続分」と呼ぶことがあります。
具体的相続分の計算の仕方は、ケースによってさまざまですが、例えば特別受益があった場合を考えてみますと、以前より相続分を譲り受けていたのですから、初めにこれを相続財産額に加え、後に特別受益を受けた者の相続財産額より控除するという対応が取られることになります。
それでは、実際のケースで考えてみることにしましょう。
相続人の数は3人(妻、子供二人)。
妻が被相続人である夫より生前に生前贈与として500万円の金銭を受け取っていたとしましょう。
そうすると、相続財産2,500万円に対して次のような調整をかけられることになります。
(1)具体的相続分を考慮した相続分
2,500万円 + 500万円 =3,000万円
よって、この特別受益を考慮した相続分で相続分配を行うことになります。
(2)妻に対する相続分配
(3,000万円 × 1/2 )― 500万円 =1,000万円
したがって、妻は本来1,500万円(=3,000万円 × 1/2)もらえるはずですが、すでに特別受益としての生前贈与を受けていますので、ここから500万円を差し引いた金額を相続することになります。
ちなみに、二人の子供は、750万円(=3,000万円 × 1/2 × 1/2)ずつ受け取ることができます。
しかしながら、特別受益の判断は複雑で、これは本当に特別受益であったのかという紛争が生じることも少なくないようです。
特別受益の考え方について
ここでは、特別受益について改めて考えてみたいと思います。
もう一度、その定義について確認をし、具体的なケースを述べながら説明いたします。
特別受益の意味について
ここで、改めて「特別受益」について整理をしてみたいと思います。
特別受益というのは、本来被相続人となる人が亡くなり、それと同時に平等に相続財産を分けるはずが、それよりも前に被相続人から金銭的援助を受けていた者がいる場合に、その者と他の相続人との調整を図るために行われるものです。
つまり、特別受益は本来相続時に分配されるべき財産の移転が生前に行われたと解釈して、合計相続財産から控除をするという取り扱いをすることになります。
特別受益が問題となる具体例を考えてみましょう
特別受益の意味合いについて理解したところで、実際の例と共に考えていきたいと思います。
特別受益が問題となるのは、「遺贈」と「贈与」のケースです。
前者の「遺贈」は非常に分かりやすく、遺言書に記載された財産の移転であれば、すべて遺贈であると解釈されるために疑義が生じる可能性は極めて少ないと考えられます。
しかしながら、後者の「贈与」の場合には、しばしば争いが起きてしまいます。
すなわち、特別受益であったと言えるほどの事情を立証して、相手方の具体的相続分を減少させるほどの贈与があったといえるかどうかについて紛争が生じがちということです。
毎日の生計のための援助ということであれば、正当な贈与として認められていますので、これを特別受益として考えることはできません。
例えば、相続人となる者が複数いた場合に、そのすべての者に金銭的援助を受けていたとしましょう。
ここで、それぞれが受けていた金銭額に隔たりがあったとして、これに対して平等を主張して特別受益を認めるよう働きかけてもそれは難しいということになります。
また、ずいぶん昔の過去にこの人が多くの金銭的援助を受けていたのを知っているから、特別受益として相続の際のその人の取り分を少なくして、などと主張することにも現実的に無理があります。
残念ながら、寄与分と同様に、特別受益が認められたというケースは極わずかということですので、これも寄与分同様に主張を検討されるような場合には、相続手続きを見越して証拠等をきちんと残しておくのが賢明ではないかと思われます。
特別受益の調整における例外的取り扱い
先ほど、特別受益が認められれば、その方の実際の相続時における取り分が減少するということをお伝えしましたが、この取り扱いについて実務的には例外があります。
つまり、特別受益があったことは認めるとしてもこれによって、相続時の取り分には何ら影響はないとして、改めて存在する相続財産から分配を行うことを意味します。
これを「特別受益の持ち戻しの免除」と言います。
この特別受益の持ち戻し免除が認められるためには、その旨をきちんと意思表示しておくことが必要です。
ところが、実務的には、この特別受益の持ち戻し免除の意思表示として、必ずしも遺言書の中に記載をすることまで要求されている訳ではありません。
そうでなくても、ご存命の頃から、特別受益の持ち戻し免除の意思があることを黙示的に推定することができたような場合には、これが認められることになります。
ところが、きちんと法的な証拠が残されていなければ、やはり後々争いが生じることになりかねません。
そのため、紛争予防の観点から、きちんと法的書面で残されておいた方が残された方にとってはありがたいかもしれません。
なお、遺言書を作成するときに最も気を付けなければいけないことの一つとして、「遺留分」があります。
この遺留分について計算を行う場合には、すべての生前贈与等の財産を加味して計算が行われますので、仮に特別受益の持ち戻し免除等の意思表示をされていた場合にも、適用がないことになりますから、その点は十分ご注意いただければと思います。
まとめ
今回は、特別受益が行われた場合の相続手続きについて解説をさせていただきました。
特別受益があった場合には、他の相続人との関係をかんがみて、特別受益のあった者が実際に相続をする財産額から控除が生じることになります。
これについては、特別受益の持ち戻し免除の制度もありますので、こちらもあわせて再度ご確認いただければと思います。
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