令和2年4月1日より新たな権利として配偶者居住権が導入されてから6年以上経過しました。配偶者居住権を取得した配偶者が老人ホームに入居するために消滅させる、配偶者に相続が発生するなど、新たなフェーズに入ってきています。
配偶者居住権を取得した配偶者に相続が発生した場合、配偶者居住権は消滅しますので相続税の課税価格には算入されませんが、配偶者が老人ホームに入居するなどの理由から生前に配偶者居住権を合意解除する場合、配偶者居住権や、配偶者居住権の目的となっている建物の取得費や所有期間はどうなるのでしょうか。
今回の記事では、配偶者居住権を合意解除する場合について確認していきます。
目次
配偶者居住権を合意解除して金銭を受け取った場合
配偶者居住権を合意解除して受け取る金銭は総合譲渡所得
配偶者居住権は譲渡することができない(民法1032条)とされていますが、配偶者居住権の目的となっている建物およびその敷地を所有する所有者(以下、子とします)は建物等を売却することが可能です。
建物等を売却するために配偶者居住権を合意解除するにあたり配偶者が子から金銭を受け取った場合、実質的には配偶者居住権の譲渡に該当することとなり、受け取った金銭は譲渡所得に係る収入金額に該当するとされています(所得税基本通達33-6の8 配偶者居住権等の消滅による所得)。
配偶者居住権は3,000万円の特別控除は使えない
配偶者居住権の合意解除により受け取った金銭は総合課税となります。
措置法第31条《長期譲渡所得の課税の特例》・第32条《短期譲渡所得の課税の特例》共通関係にある、分離課税とされる譲渡所得の起因となる資産の範囲に含まれないからです。
- (1)土地若しくは土地の上に存する権利又は建物及びその付属設備若しくは構築物(以下「土地建物等」という。)
- (2)事業又はその用に供する資産の譲渡に類するものとして措置法令第21条第4項第2号に掲げる株式等(措置法第32条第2項に規定する株式等をいう。)のうち措置法令第21条第3項各号に掲げるもの
配偶者居住権を合意解除して金銭を受け取らなかった場合
配偶者が対価を受け取らなかった場合
配偶者が子から対価を受け取らずに配偶者居住権を消滅させた場合、子は配偶者居住権が消滅する直前の価値相当額を配偶者から贈与されたと考えます。
よって、子には贈与税が課税されます(相続税法基本通達9-13の2 配偶者居住権が合意等により消滅した場合)。
配偶者が著しく低い価額の対価を支払ったときも同様に贈与とされます。
評価額によっては、子は贈与税申告が必要となる可能性があります。
配偶者居住権の計算要素
配偶者居住権の所有期間の判定は?
配偶者と被相続人は年齢が近く、5年経たずに配偶者の相続が開始することもあります。
この場合、配偶者居住権は短期譲渡所得となるのでしょうか。
所得税基本通達60-4 「配偶者居住権等を取得した時」の意義にて、配偶者居住権を取得した時は配偶者居住権が設定された時とされています。
配偶者居住権の設定時期は、民法第1028条第1項第1号の規定に該当する場合(遺産の分割により配偶者居住権を取得)は遺産の分割が行われた時、民法第1028条第1項第2号の規定に該当する場合(遺贈により取得)は相続開始の時(相続税法基本通達23の2-2 「配偶者居住権が設定された時」の意義)とされています。
とすると、短期譲渡所得となりそうですが、国税庁ホームページ「No.3152 譲渡所得の計算のしかた(総合課税)」において、所有期間が5年以内の場合でも被相続人がその配偶者居住権の目的となっている建物及び建物の敷地の用に供される土地等を取得した日からの所有期間が5年を超える場合長期譲渡所得となるとされています。
被相続人の所有期間を引き継ぐことになりますので、たいていのケースが長期譲渡所得に該当するのではないでしょうか。
配偶者居住権の取得費
配偶者居住権の取得費は、まず、被相続人が配偶者居住権の目的となっている建物(以下、居住建物とします)を購入した購入代金をもとに、購入時から配偶者居住権の設定日までの償却費相当額を控除して居住建物の配偶者居住権設定時に居住建物の取得費となる額を計算します。
設定時の居住建物の取得費となる額を居住建物の相続税評価額で除し、配偶者居住権の相続税評価額を乗じることで設定時の配偶者居住権に対応する取得費を計算します。
設定時の配偶者居住権の取得費から配偶者居住権を取得した時から消滅した日までの配偶者居住権の減価分を控除して消滅時(譲渡時)の配偶者居住権の取得費を求めます。
このとき、6月以上の端数は1年とし、6月に満たない端数は切り捨てます。
配偶者敷地利用権の取得費も同様です。
上記の計算のほかに、配偶者居住権を合意解除により受け取った収入金額の100分の5に相当する金額を取得費として譲渡所得を計算しても認められます(60-5 配偶者居住権等の取得費)。
配偶者居住権を消滅させた後、子が居住建物を売却した場合の取得費と所有期間
居住建物を譲渡した時におけるその居住建物の取得費の額として計算される金額(購入価額-償却費相当額)から配偶者居住権の消滅時の取得費とされた金額(上記「配偶者居住権の取得費」により計算した金額)を控除した金額に、配偶者居住権を消滅させるために支払った対価の額から設定から消滅までの償却費相当額を控除した金額を加算します。
配偶者居住権が消滅した後に子が居住建物を売却した場合、その建物の所有期間は配偶者居住権の消滅の時期にかかわらず、被相続人がその居住建物を取得した日から譲渡した年の1月1日における所有期間で判定します。
配偶者居住権者が子から居住建物を購入し、その後その居住建物を売却した場合の取得費と所有期間
配偶者が子に支払った居住建物の対価の額に配偶者居住権の消滅時の取得費とされた金額(上記「配偶者居住権の取得費」により計算した金額)を加算し、配偶者居住権が消滅してから売却までの償却費相当額を控除した額を取得費とします。
居住建物を配偶者が取得し、その後売却した場合、その建物の所有期間は配偶者居住権の取得の時期にかかわらず、被相続人がその居住建物を取得した日から譲渡した年の1月1日における所有期間で判定します。
おわりに
令和2年の制度導入から時間が経過し、高齢化に伴うライフスタイルの変化や老人ホームへの入居などによって、配偶者居住権を生前に合意解除するケースが今後はさらに増えることが予想されます。
配偶者居住権の合意解除にあたっては、以下の3つの重要なポイントを常に念頭に置いておく必要があります。
- 金銭の授受がある場合:配偶者に「総合課税の譲渡所得」が発生しますが、居住用財産の3,000万円特別控除は適用できないため、税負担への配慮が必要です。
- 金銭の授受がない(または著しく低い)場合:建物所有者である子に「贈与税」が課税される可能性があります。
- 税額計算の複雑さ:長期・短期の判定で被相続人の所有期間を引き継ぐことはできますが、取得費の計算は非常に複雑です。
配偶者居住権は、遺された配偶者の生活を守るための有益な制度ですが、「手放すときの出口戦略」を誤ると、想定外の課税トラブルを招きかねません。
合意解除を検討される際は、自己判断で進めず、事前に相続や不動産税務に強い税理士などの専門家へ相談し、シミュレーションを行うことをお勧めします。

