この記事でわかること
- 相続では借金や負債などのマイナスの財産も引き継ぐことがわかる
- 相続人全員が相続放棄をすることは可能であることが理解できる
- 相続放棄の期限がわかる
- 全員が相続放棄をしたときの借金を整理する人や仕組みが理解できる
- 相続放棄の際の、他の相続人への連絡、財産の管理責任などで注意すべきことがわかる
身内が負債を抱えて亡くなった場合、妻や子などの相続人は、そのままにしておけば、相続した借金を返済しなければならない立場に追い込まれます。
多少でもプラスなら限定承認を選択する方法もありますが、借金や負債が多いことが確実なら、相続放棄以外に選択肢はないといえるでしょう。
全員が相続放棄をすれば、遺族が借金や負債の犠牲にならないで済みます。
相続放棄された借金や負債がどう整理されていくかが分かれば、安心して相続放棄の道を選ぶことができ、元の穏やかな生活を取り戻すこともできます。
なお、相続放棄をするためには3ヶ月の期限があり、放棄した際にも気を付けるべきことがありますので、その点は注意してください。
借金や負債などのマイナスの財産も相続されてしまう
遺産は、プラスの財産だけとは限りません。
事業を手掛けていた場合などは、経営資金の債務を抱えていることや、法人融資の際に保証人になっていることも珍しくありません。
亡くなった方の財産上の権利義務はすべて相続
「相続」は、死亡した個人が保有していた財産に関する権利と義務を、どのように引き継ぐかを決める手続きです。
権利と義務を単純に表現すれば、権利はプラスの財産、義務は借金などマイナスの財産を意味します。
個人の死亡によって始まる相続では、資格や免許、年金受給権など故人だけに属する権利や義務を除き、相続人が全てを引き継ぐこととされています。
なお、相続は開始する場所にも決まりがあり、亡くなった方の住所で始まります。
このため、相続に関する事件については、基本的に亡くなった方の住所地を管轄する裁判所が担当します。
また、相続税を管轄する税務署についても、亡くなった方の住所地が基本となります。
マイナスが確実な財産を受け継がないためには相続放棄
多額なマイナスの財産が相続されるケースを考えてみてください。
突然、身内の借金を背負わされることになれば、自身や家族の生活が壊れてしまうことにもつながりかねません。
このような場合に選択できる相続の方法が、「相続放棄」です。
相続放棄をすると、財産を放棄するというより、相続する権利を放棄して相続人ではないことと同じ扱いになります。
つまり、相続の一切に関わらないことになり、借金だけでなく、プラスの財産があっても当然、相続できません。
ポイント:相続放棄と限定承認
相続財産に借金がある場合でも、総額がどの程度のマイナスになるかが不明確で、プラスになる可能性もある場合などは、限定承認を選択する方法もあります。
しかしながら、マイナスの財産であることが確実な場合で、特別に引き継ぎたい財産がないようなケースでは、相続放棄を選択することが一般的です。
相続人全員が相続放棄をすることは可能
負債を抱えて亡くなった方の遺族が、借金の取り立てや返済から免れるためには、「相続放棄」が有効な手段となります。
相続放棄は、相続人に認められる権利で、全員がその権利の対象です。
それでは、だれが相続人となれるのでしょうか。
相続人候補者はだれ?
相続人になることができる者を、「相続人候補者」と呼びます。
亡くなった方の配偶者や子、直系尊属と呼ばれる両親や祖父母、兄弟姉妹までが相続人候補者です。
ただし、正式な婚姻関係にあった配偶者は、相続発生時から常に相続人です。
「相続人候補者」は、相続が発生しても、全員がいっせいに相続人となるわけではありません。
相続人にも順位があり、子がいない場合は直系尊属、さらに、直系尊属がいな場合は兄弟姉妹の順に、相続人になります。
同じ順位の相続人が複数いる場合、つまり、子や兄弟姉妹が2人以上いる場合は、それぞれが相続人となって、共同で相続します。
なお、相続人候補者であるかどうかは、戸籍に基づいて判断します。
より厳密に言えば、相続人候補者には、代襲相続人が含まれ、相続の欠格に該当する者や、相続人から廃除された者は除かれます。
つまり、この相続人候補者は、相続人になった段階で、相続する権利と同時に、放棄できる権利を持つことになるのです。
相続放棄は、相続人それぞれの判断で決めることができますが、放棄すれば借金は別の相続人が背負うことになってしまいます。
したがって、借金の相続を免れるために、全員が相続を放棄することができます。
この際、相続人が配偶者と子なら、相続放棄を選択したければ、ほかの相続人には関係なく手続きを行えます。
ただし、親や兄弟姉妹など順位が後の相続人は、前の順位の相続人が手続きを終えた後でなければ、申請できないことに注意が必要です。
相続放棄は単独でできる
相続放棄は、家庭裁判所で手続きを行う必要があるのですが、この手続きは相続人が個々に行えます。
したがって、相続放棄をするかどうかは、借金を背負うことになる相続人全員ではなく、それぞれの相続人が単独で判断できます。
子に借金を相続させたくないと思う親が、子に相続放棄させることや、複数いる子どものうち未成年の子についてだけ放棄させることもできます。
なお、親が子に放棄させるケースでは、親が子の権利を害する可能性もあるため、特別代理人が子の代理となります。
相続放棄の期限は「3か月」
相続放棄を選択するには、家庭裁判所での手続きを「3か月」の期限内に行わなければなりません。
では、この「3ヶ月」とは、一体いつからのことを示すのでしょうか。
相続放棄は「自己のために相続の開始があったことを知った時から」3か月以内
この「3か月」とは、いつからのことを示しているのか、正確に知っている方は少ないでしょう。
これを正確に知っておくことは重要ですので、法律を確認しておきましょう。
この期限については、民法915条に「相続の承認又は放棄をすべき期間」として規定されています。
条文には、「相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない」と記載されています。
相続が被相続人の死亡日に始まるのに対し、相続放棄は、「自己のために相続の開始があった」ことを「知った時」と、2つの条件が加わります。
「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは?
「自分のために相続の開始があったことを知った時」という時期は、どのように理解すればよいでしょうか。
これは、相続順位によって異なります。
配偶者と第1順位の子は、自分たちよりも先の相続人がいないため、「被相続人が死亡した」ことを指します。
これに対して、第2順位と第3順位の相続人は、「順位が前の相続人が相続放棄した」ことを意味します。
さらに、「知った時」との条件が加わるため、自分が相続人の死亡の事実を知らないでいた場合には、まだ「3か月」が始まっていないことになります。
つまり、配偶者と子は、「被相続人の死亡を知った日」から、3カ月が相続放棄のです。
第2順位と第3順位の相続人は、「相続放棄があって自分が相続人になったことを知った日」から3カ月を数えることになります。
たとえば、兄弟姉妹にとっては、被相続人が死亡し、配偶者と子が相続放棄手続きを終え、その後に親も相続放棄手続きを終えたことを知った日が、3カ月の開始日です。
したがって、離れて暮らしているケースや連絡をもらえなかったケース、疎遠になっているケースなど、それらの事実を知らなかった場合には、相続放棄の期限を逸してしまうことはありません。
いずれの場合も、連絡を受けた日か、人から聞くなどして知った日が開始日になり、客観的な証拠がない場合でも、確からしい説明ができれば認められることが一般的です。
期間内でも認められないケースがある
相続放棄が認められる期限内の場合でも、相続放棄が認められないケースがあります。
相続財産を一部でも処分した相続人は、相続を承認したものとみなされるため放棄が認められず、借金を相続しなければなりません。
また、財産としての価値があるものは形見分けの対象にならず、遺産隠しと判断されることがあります。
このような遺産隠しが発覚した場合も、放棄が認められません。
期間の延長が認められるケースもある
被相続人が多額の事業負債を背負っていることや、遺産の総額がマイナスになることなどは、会社の財産を調べて初めて分かることも珍しくありません。
このような財産調査に、相続放棄の期限以上の期間がかかるケースもあるため、このような場合は、3か月の期限について延長を認める制度もあります。
全員が相続放棄をしたときの借金の行方は?
全員が相続放棄すれば、相続人は借金を支払う必要がなくなりますが、その代わり、融資をした人が泣き寝入りしなければならないのでしょうか。
相続人に返済義務がなくなっても、借金が消えてなくなるわけではありません。
借金の行き先が決まるまで相続財産管理人が管理
全員が相続放棄すれば、相続人が誰もいないことになってしまいますから、このままでは誰も遺産を処分することができません。
このような状態では、善意で融資した債権者が全く返済を受けられないことになってしまいますから、そのような事態を避けるために、第三者が遺産を管理できる制度が設けられています。
民法上、相続放棄などによって「相続人があることが明らかでない」財産については、特別な手続きなしで自動的に法人化され、「相続財産法人」として扱われます。
この相続財産を処分するためには、債権者など利害関係者が家庭裁判所に申し立てを行う必要があり、申し立てが認められると相続財産管理人が選任されます。
この相続財産管理人は、借金の行き先が決まるまで相続財産を管理することになり、多少でもプラスの財産があれば、債権者はそこから借金を回収することができます。
借金については相続財産から債権者に弁済
相続財産管理人は、他の相続人がいないことや、債権者などからの請求額について、官報に公告して相当な時間をかけて確定していきます。
確定した債権者などへの支払については、相続財産管理人が、家庭裁判所の許可の下で相続財産を現金化し、弁済の手続きを行います。
なお、請求者には、遺産を取得できる優先順位があり、債権者、遺言によって財産をもらい受ける受遺者、特別縁故者、遺産の共有者などの順とされています。
つまり、借金は、遺産の中から優先的に債権者に弁済される仕組みとなっています。
なお、債権者が複数の場合は、債権額に応じて按分して配当されます。
借金は連帯保証人が支払い義務を負う
相続放棄された遺産も、借金を返済するには少なすぎるような場合、債権者が相続財産管理人の選任を申し立てないこともあります。
回収できる可能性があれば別ですが、家庭裁判所へ申し立てをする場合にも費用がかかるため、財産が少なく回収の見込みが立たなければ、借金は宙に浮いてしまいます。
このため、相続財産から弁済を受けられない場合は、債権者が連帯保証人に支払いを請求する可能性があります。
相続人が連帯保証人になっている場合は、相続放棄すれば借金の返済義務からは免れるものの、連帯保証債務から免れることはできません。
たとえば、死亡した親が遺した借金について、子が連帯保証人になっていれば、その子は相続放棄をした場合でも、自分の財産から借金を返済する義務を負います。
借金の支払いができなければ、債務整理などを考えなければいけないケースも発生することになります。
相続放棄をした際の注意点
相続放棄した場合でも、手続きが終わればすべてが終わるわけではありません。
最低限の配慮や義務などが残りますから、注意が必要です。
他の相続人に連絡する
相続放棄の手続きが終われば、借金の督促や返済義務もなくなり、相続発生前の生活に戻ることができます。
しかしながら、他の相続人がいれば、放棄した借金は、残る相続人が背負うことになってしまいます。
自分が免れた借金の督促も、今度は次の順位の相続人が受けることになるのです。
このため、他の相続人への配慮として、自分が相続放棄したことを連絡する必要があります。
相続放棄したことが自動的に連絡されるわけではないため、たとえ疎遠になっているような場合でも、円満な解決を心がける配慮が大切です。
相続財産の管理責任
放棄した相続人は、無条件に相続財産と無関係になることはできません。
「放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない」
との民法の規定が根拠です。
相続放棄が認められても、次の相続人や相続財産管理人が決まるまでは、遺産を自分の財産同様に注意を払って管理する義務が残ります。
たとえば、被相続人名義の自宅があれば、火事や不審者の侵入、隣家への迷惑防止などについて管理する責任を負うことになります。
撤回は認められない
相続放棄の申し立てを行い、認められた後の撤回は、例外を除いて認められません。
相続財産を調べた結果、相続放棄が認められた後で、被相続人に多額の財産があることがわかったとしても、その財産を相続することは、基本的にできません。
撤回が認められるのは、他の相続人からの強要や脅迫によって相続放棄を強いられた場合など、例外的なケースに限定されます。
まとめ
突然発生する相続では、被相続人の遺産を正確に把握することが難しいケースも多いのが実態です。
特に、会社経営を行っていたような場合は、債権者からの連絡によって、はじめて多額の借金や負債などの存在を知らされることが一般的です。
逆に、あとから多額の財産があることが判明することもあり、相続放棄を判断する際は、適切な財産調査を行うことも重要なポイントです。
確実に負債が大きい相続なら、相続人全員で協力して放棄手続きを行うことにより、負の遺産から解放されることができるでしょう。