令和8年8月20日に第5回取引相場のない株式の評価方法に関する有識者会議が開かれ、配布資料が国税庁のホームページに掲載されましたが、その後、令和8年9月15日に第5回の議事要旨とともに、机上配布資料として「国税庁の考える『取引相場のない株式の評価』の見直しイメージの骨子《概要》」が掲載されました。
当初公開されていた「資料」
評価に必要なものは
当初に掲載されていた資料の3頁では、株価の計算に必要なものは、①直前期末の貸借対照表と②過去数年分の損益計算書等のみと書かれていました。
そのあとに、租税回避スキーム(評価額圧縮スキーム)への対応の方向性①において、利益等の恣意的な操作による評価額圧縮への対応として、オペレーティング・リース・役員報酬・役員退職金等により、利益等を一時的に操作することで、評価額を圧縮するスキームがあるとし、評価は企業の正常利益により行い、非経常的な損益を除外して評価することにより、評価額の恣意性を排除することができないか?と記載がありました。
貸借対照表と損益計算書で済むのであれば随分と簡略化されそうですが、国税庁はそこにオペレーティング・リース・役員報酬・役員退職金等の調整を加えたいようです。
のちに公開された「机上配布資料」
9月15日に掲載された机上配布資料では、国税庁がオペレーティング・リース・役員報酬・役員退職金等の調整をどのように考えているのかがより明確となりました。
オペレーティング・リースによる利益操作については、「課税時期現在で存在するオペレーティング・リースがなかったものとした状態に引き直して評価する方法が考えられる(オペレーティング・リースに係る損益・資産の取得がなかった場合に決算内容を修正して評価するイメージ)」と記載がありました。
役員報酬等による利益操作については、「代表者の親族であり役員を務める者に対する役員報酬等は、会社の利益をコントロールする目的も排除できないことから、このような者に対する役員報酬の半額を損金から控除して評価するなどの対応が必要ではないか」と記載されていました。
「議事要旨」
議事要旨では、委員と事務局の間でどのような議論が行われたのかが記載されています。
委員から「残余利益法で用いる当期純利益の金額について、会計上の貸借対照表・損益計算書の数値か、法人税の申告書別表4の数値、どちらを用いることを想定しているのか」という問いがあり、それに事務局は次回以降の各論においてご議論していただきたいとした上で、税理士等の確認を受けている法人税申告書上の数値をベースとするのが実務上良いのではないかと返答しました。
他にも委員から「仮に会計上の数字を用いることとした場合には、評価額を下げるために、法定耐用年数とは異なった耐用年数によって減価償却を行うといったことは、法人税否認されることも厭わず、多額の役員報酬を出すといったことが行われるのではないかという懸念がある」との意見があり、「資料」の記載内容とは違って、損益計算書ではなく、法人税申告書の数値の方が優勢のようです。
オペレーティング・リースに対しては、なんらかの対処が必要と考える委員も複数いたものの、役員報酬に関しては、調整は不要とする意見、一律2分の一を加算とするような基準は評価の崖の要因になりかねないが、こういった企業であればこのくらいの役員報酬が適正というような仕組みが必要なのではないかとする意見もありました。
新たな評価方法は
残余利益モデルと国税庁モデル
本来の残余利益モデルで使用する値は“将来の”当期純利益であるところ、国税庁案では過去5年程度の利益の平均を採用しています。可能な限り毎年今後も発生すると見込まれる利益に近づけるために、過去の利益から非経常的な損益を除いて計算するとしています。
還元率については、納税者の申告手続きの簡便化を図る観点から、中小企業の株主資本コストを個別に計算することや、業種別に選択することなどは難しく、当局が金融市場から一定の株主資本コストを測定した上で公表し、それを用いてもらうことが適当ではないかと考えているとしています。
上場企業と非上場における還元率の差の問題については、しんしゃく率の議論がなされるものと考えていると述べており、国税庁モデルで計算した値をそのまま評価額とするのではなく、一定のしんしゃく率を掛けて評価額を調整する意向のようです。
「資料」には、評価に必要となるのは貸借対照表と損益計算書のみとありましたが、それでは足りず、上述のように役員報酬やオペレーティング・リースなど簿価純資産や当期純利益に調整を加え、申告書の利益を使用することから法人税申告書も必要です。このような調整はどこまで入るのでしょうか。様々な項目の調整により簿価純資産が限りなく時価純資産に近くなり、最終的には現在の純資産価額方式に残余利益(に近似値のもの)が加算された値という結果にならないでしょうか。
国税庁モデル以外の論点
国税庁モデルの他にも、第5回においては「純資産価額方式」に関する見直しの方向性にについて、「配当還元方式」に関する見直しの方向性について、「租税回避スキームへの対応の方向性について」が話し合われています。
グループ経営(ホールディングス形態等)を用いた租税回避スキームについて、国税庁(事務局)の見解・基本的な考え方は、現行の評価通達ではグループ経営に対する評価に十分対応できておらず、グループ経営を採用した方が評価額を大きく圧縮できてしまう状況が生じている、親会社が法人内で事業や資産を直接保有している場合と、グループ化(子会社化)した場合とで親会社株式の評価額が同等になるよう、企業経営のあり方に対して税制が中立的であるべきというものです。
グループ化の促進(多角化、地方インフラ維持、技術承継など)自体は租税回避目的ではない健全な取り組みであるため、これを不当に阻害・抑制する制約は避けるべきとしています。
委員からは、新方式(残余利益方式など)でグループ法人を評価する場合、親会社が保有する子会社株式を取得原価(簿価)のまま評価したのでは実態の価値を表さず、基本的には連結ベースで残余利益方式を適用すべきという意見、完全な連結計算が実務的に困難である場合は、持分法を用いるなどの簡略化手法を検討する必要があるとの指摘がなされました。
また、完全支配関係の法人だけを一体評価とすることは、操作性がありすぎるとの指摘もありました。
おわりに
国税庁は、「新方式が、現行方式よりも『企業の価値創出能力』が直接的に反映される点についていえば、先述したとおり、相続税法22条で定める「時価」として、収益力や『企業の価値創出能力』が高い企業ほどその価値が高くなるのは自然なことであると考える」と述べています。評価額が上がるのはやむなしといったところでしょうか。
国税庁モデルでは、高収益で強い企業を作ってきた優良中小企業ほど残余利益が大きく算出され、相続税額が高くなることが想定されます。日本商工会議所が一定の仮定の下で行った試算では、評価額が現行方式の2倍から5倍近くに達し、相続税負担が数千万円から数億円規模で増加する事例も確認されているそうです。
国税庁モデルが導入された場合、後継者に株式を渡す直前にあえて業績を下げる、設備投資や成長投資を抑制するといった本末転倒な経営行動の誘因になる可能性もあります。
実務面においては、貸借対照表と損益計算書だけではとても足りず、5年間の申告書の調整や、グループ法人の連結計算・持分法計算などの作業負担が膨大になり、納税者にとっても税理士にとっても計算コストが膨大になることが予想されます。
とはいえ、ホールディング化やペーパーカンパニーなどを利用して極端な租税回避が行われていることも事実であり、M&Aという第三者間での対価も存在する中で、どう落としどころを見つけるか。類似業種比準方式を捨て、新たな評価方法に切り替えるためには納税者に納得してもらわなくてはなりません。理論的正当性と実務の実行可能性をいかに着地させるか、国税庁としては難しい舵切りを迫られています。

