この記事でわかること
- 中小企業が多く抱える役員借入金とはどのようなものかわかる
- 役員借入金は役員側から見るとどのような取り扱いになるかわかる
- 役員借入金がある場合にすべき相続対策を知ることができる
中小企業の中には、金融機関以外からの借入金を抱えている会社が少なくありません。
中でも、会社の役員からの借入金を有する会社は多いと言えるでしょう。
会社が借入金を抱えているということは、逆の立場から見れば、会社に対する貸付金があるということになります。
この「会社に対する貸付」が、個人にとって思わぬ課税につながることがあります。
役員借入金がある会社や、会社に貸し付けをしている役員がすべきことについて解説していきます。
役員借入金とは
役員借入金とは、会社がその会社の役員から負っている借入金のことです。
役員借入金が発生する理由には、いくつかのケースがあります。
まずは、会社が現金による支払いをほとんど行っていないため、わずかな現金払いを役員のポケットマネーで行う場合です。
この場合は会社にお金がないために役員借入金としている訳ではありません。
次に、金融機関からの借り入れができないために、役員が私財を会社に投入している場合です。
この場合は会社に十分な資金がないことが想定されます。
これと似たケースで、資金繰りが苦しいために役員報酬を未払いとした場合も、役員借入金が発生することとなります。
役員借入金は相続財産に含まれる
前述したように、役員借入金という言葉は会社が役員から借り入れをしていることを表しています。
これは、役員の立場から見れば会社に対して貸し付けを行っていることを意味しています。
貸し付けを行っている場合、その貸付金は財産となります。
現在は手元にないお金であっても、将来的には利息を付けて回収することができるためです。
もし回収できていない利息の額がある場合、その未収利息の額もまた財産となります。
そのため、会社に貸付を行っている役員が亡くなった時には、この貸付金や未収利息の額は相続財産となるのです。
貸付金や未収利息をその後きちんと回収することができるのであれば、何の問題もありません。
しかし、役員借入金が発生するのは会社が資金繰りに苦労している場合や、金融機関から借り入れできない場合がほとんどです。
そのため、会社に貸し付けたお金が全額返済されるとは限りません。
実際には、1円も返済できないというケースもあるくらいです。
会社に対する貸付金があるが、返済されないままその役員が亡くなってしまうと大変なことになります。
返済される見込みのない、形だけの財産を相続財産に含めて相続税の計算を行わなければならないためです。
その結果、相続税の負担は増えることとなります。
一方で、貸付金を回収することができない場合には、手元の資金が不足することとなります。
相続税の納税資金を相続財産から調達することができず、相続人が自ら納税資金を準備しなければならなくなることもあります。
しかも相続後も回収見込みのない貸付金は、次の相続でもそのまま残り続ける可能性もあるのです。
役員借入金が相続財産に含まれないケース
前述したように、役員借入金がある状態でその役員が亡くなると、会社に対する貸付金の額は相続財産に含まれます。
このことは会社からの回収見込みが低い貸付金であっても、財産として取り扱われることを意味します。
ただ、中には会社から貸付金を回収することが法的に不可能となる場合もあります。
たとえば、会社が倒産して清算手続きを行っているような場合、会社は特定の債務者だけに返済を行うことは禁止されています。
どう見ても会社の経営が破綻しており、回収の見込みがまったくない状況で役員借入金を役員個人の財産とするのは矛盾しています。
そこで、会社が一定の状況にある場合、役員借入金は役員個人の財産とはみなさないとする税務上の取扱いが定められています。
具体的に役員借入金が役員個人の財産とされないのは、債務者である会社が以下のような状況にある場合です。
- (1)手形交換所で取引停止処分を受けている場合
- (2)会社更生法による更生手続開始の決定があった場合
- (3)民事再生法による再生手続開始の決定があった場合
- (4)破産法による破産手続開始の決定があった場合
- (5)業況不振などのため事業を廃止または6か月以上休業している場合
また、更生計画認可の決定や再生計画認可の決定などにより、債権の切捨てや棚上げなどが行われることがあります。
この場合、切捨てられる部分の金額や、弁済までの据置期間が5年を超える場合の金額は財産とはなりません。
これらの内容にあてはまるものであれば、役員借入金は役員個人の財産とはなりません。
ただし、ここに挙げられている要件を見てもわかるように、会社の経営が苦しいというだけでは認められません。
会社が赤字である、あるいは会社の現預金が大幅に減少しているというだけでは認められないのです。
法的に、あるいは誰が見ても会社が借入金の返済をすることはできないという状態でなければなりません。
そうでなければ会社から役員に対する返済能力はあるものとみなされ、財産としての価値も否定されることはないのです。
役員借入金があるときにすべき相続税対策4つ
会社に役員借入金がある状態で相続を迎えてしまうと、貸付金が相続税の対象となってしまいます。
会社に貸付をしたままの状態で相続を迎えても、その貸付金の額を減らすことはできません。
また、会社に特別な事情がない限り、貸付金がないこととすることもできません。
そこで、相続を迎える前に会社の役員借入金を減らす努力をする必要があります。
役員借入金の額を減らすことができなければ、相続税が余分に発生することも考えておかなければなりません。
役員借入金を減らすためにできることには、どのようなものがあるのでしょうか。
役員報酬を減らして返済を行う
会社から役員に対して支払っている役員報酬の額を減らして、その分を会社から役員に対する借入金の返済とします。
こうすれば、会社からの支払額を増やすことなく、役員に対する借入金の返済を行うことができるのです。
この方法は、将来的に相続税が減少するだけでなく、役員報酬を受け取ることで発生する所得税や住民税の額も減少します。
そのため、役員報酬の支払いを減らして同額を借入金の返済にあてた場合、結果的に手取り金額を増やすことができます。
ただ、役員報酬の額を減らすこととなれば、会社としての税負担は増えることとなります。
また、そもそも役員報酬の額がそれほど大きくなければ、役員借入金の額も大きく減らすことができません。
貸付金を相続人に贈与する
会社に対する貸付金を子どもに贈与すれば、相続が発生してもその貸付金は相続税の課税対象にはなりません。
そのため、子どもに貸付金を贈与して、相続財産を減らすのです。
この場合、相続税が減る代わりに贈与税の負担が発生します。
贈与税の税率は一般的に相続税より高く、税負担がかえって増えてしまうのではと考える方もいるかもしれません。
貸付金を贈与する場合に重要なのは、贈与する貸付金の額を贈与税の基礎控除である年間110万円以内にすることです。
ただ、1年あたり110万円の贈与では多額の役員借入金がある場合、簡単に子どもの名義に変更することはできません。
この方法を選択するならば、相続の心配がいらないような早い段階から計画的に贈与を行うようにしましょう。
債権放棄を行う
会社に対して、役員が貸付金の債権放棄を行います。
こうすることで、役員個人として認識すべき財産は消滅することになります。
一方、役員借入金を有していた会社は、債務免除益という利益が計上されます。
この利益に対しては、会社の法人税等が課税されるため、個人の負担が減少しても会社の負担が増えることが想定されます。
もともと会社が赤字で、債務免除益が発生しても黒字にはならない場合は積極的に利用することができます。
また、会社に繰越欠損金があるため、債務免除益を計上しても税金が発生しないという場合も利用しやすいといえるでしょう。
デット・エクイティ・スワップを行う
デット・エクイティ・スワップとは、債務(デット)と資本(エクイティ)の交換(スワップ)を意味します。
会社の借入金などの債務を資本に振り替えることで、会社の債務の返済義務が消滅するのです。
具体的には、会社で計上されている役員借入金の額を資本金勘定に振り替えます。
こうすることで、従来は返済義務があった借入金の額を返済の必要のない自己資本とすることができるのです。
この時、会社に対する貸付金を有していた債権者は、貸付金が消滅する代わりに会社の株式を取得することとなります。
この場合、会社の株式も個人の財産となり、相続税の課税対象となります。
しかし、会社の財政状態が悪化しているなどの理由で株式に価値がなければ、株式を取得しても相続税は増加しません。
ただ、注意点が1つあります。
それは、会社の資本金の額が増えることにより、法人税や法人地方税の負担が増えてしまう可能性があることです。
資本金の額により、中小法人の特例の適用の有無が変わり、自治体に納付する均等割の額や税率が変動します。
そのため、資本金の額が大きくなるほど会社は税負担が増えることとなるのです。
いくら資本金が増えるとどれくらい税負担が増えるのか、あらかじめ確認しておくようにしましょう。
まとめ
会社が有する役員借入金の額が役員個人にとっては財産になることは、意外に盲点となっている場合があります。
そのため、会社の経営状態が苦しくて報酬をもらっていない役員の相続人にとって、相続時に思わぬ大きな負担となることがあるのです。
相続が発生してから慌てることのないよう、まずは会社の決算書を確認して役員借入金の有無を確認しましょう。
その上で、役員借入金がある場合はその額を少しでも減らせるように対策を行っていきましょう。