この記事でわかること
- 借家権の仕組みがわかる
- 借家権割合と相続税の関係を理解できる
- 借地権割合による節税効果が数字でわかる
- 賃貸住宅を使った相続税対策の注意点がわかる
土地を多く所有している方はさまざまな活用で収益化できますが、同時に相続税対策も考えておく必要があるでしょう。
相続税対策には不動産活用が効果的といわれますが、税金が安くなる具体的な仕組みまで理解している方は少ないようです。
特に建物賃貸事業へ適用される借家権割合は不動産の評価額を大幅に下げる効果があり、相続税対策をしたい人にとっては有利な制度です。
一般的になじみの薄い制度であるため今回は「借家権」や「借家権割合」について解説し、実際に計算しながら相続税の節税効果を検証します。
借家権割合は一律30%
借地権と混同しそうな権利に「借家権」があり、簡単にいうと借りた建物を使う権利です。
「しゃくやけん」または「しゃっかけん」と読み、賃借人を手厚く保護しているため建物所有者に正当事由がない限り退去させることはできません。
不動産活用の自由度が損なわれるため土地・建物の所有者にとって借家権は不利な制度といえますが、実は相続時に大きな節税効果をもたらします。
賃借人が住む土地や建物は他の用途に転換しづらくなり、更地と同じ評価はできないため、借家権割合として全国一律30%の評価減を適用します。
アパートなどの賃貸事業では借家権割合が節税効果に繋がるため、相続税対策を検討する際にはぜひ覚えておきたい制度です。
借家権が設定されている貸家の相続税評価方法
賃貸アパートやマンションなどを建てた土地は「貸家建付地」と呼ばれ、借家権割合も含めさまざまな減額要素を適用できます。
借家権以外にも土地・建物の評価額を下げる要素があるので一つずつ紹介し、最終的に借家権割合を反映させた計算方法を解説します。
手順を押さえれば誰でも計算できますので、相続財産に土地が多い方はぜひ参考にしてください。
土地の相続税評価額は路線価で計算する
売買などの土地取引では実勢価格や公示地価を基準にしますが、相続税の計算では路線価を基準とし実勢価格等の80%が相続税評価額になります。
路線価は国税庁のウェブサイトで確認できますが、道路に設定された価格のようなものであり「300E」などの数字とアルファベットで表示されます。
仮に「300E」と表示があれば1,000倍の30万円が路線価であり、その道路に面した土地は1㎡あたりが30万円として評価されます。
数字に続くアルファベットの意味は次に解説しますが、路線価300Eに面した400㎡の土地であれば以下のように評価します。
計算例
相続税評価額:400㎡×30万円=1億2千万円
実勢価格は1億5千万円なので3,000万円の減額となり、現金資産を保有するより相続時には有利となります。
路線価のない土地は倍率方式で計算
市街地から離れた山間部など路線価が設定されていない場合、固定資産税評価額と倍率表を使った倍率方式で評価額を計算します。
国税庁のウェブサイトに掲載される倍率表には「宅地:1.1倍」などの倍率が表示されており、不動産の固定資産税評価額に乗じて計算します。
不動産の固定資産税評価額が1,000万円であれば、1.1倍の1,100万円が相続税評価額となります。
借地権割合により土地の評価額は下がる
路線価に表示される記号(アルファベット)は借地権の割合を示しており、次のように分類されます。
- ・A:90%
- ・B:80%
- ・C:70%
- ・D:60%
- ・E:50%
- ・F:40%
- ・G:30%
- ・空欄:20%
貸家建付地は借地権割合に応じて減額されるため、各パーセンテージ分を評価額から差し引いて計算します。
一方、自分で使用している土地を「自用地」をいいますが、特に何もしていない更地には評価を下げる要素が少なく相続の際に不利となります。
農地は固定資産税評価額が低いため相続税も安いと思われがちですが、相続税評価額が何十倍~何百倍に跳ね上がるケースも珍しくありません。
作り手のいない田畑などを所有している場合、貸家建付地への転用も検討しておくべきでしょう。
アパートなどの建物評価額は建築費の70%程度
自宅などの評価額は固定資産税の納税通知書に課税明細として記載されますが、アパートなどを建てた場合は建築費の70%程度で評価されます。
建築費に1億円を投資しても相続時には70%オフの7,000万円が相続税評価額となるため、同じ金額でも現金より有利な資産となります。
さらに賃貸アパートやマンションでは1戸あたり200㎡(約60坪)までの部分に「小規模住宅用地の特例」を使えます。
小規模住宅用地の特例では固定資産税の課税標準を1/6、都市計画税の課税標準を1/3まで軽減できるため、土地の維持コストでも有利になります。
ちなみに課税標準とは税額を計算する上での基準額(課税標準×税率=税額)であり、ここでは「固定資産税評価額=課税標準」と解釈していただいて構いません。
不動産の評価額に影響する賃貸割合
貸家建付地には賃貸している部屋の面積に応じた「賃貸割合」も適用され、満室時の専有面積を100%として計算します。
延床面積300㎡のアパートなどで3戸(1戸20㎡)の空きがある場合、実際に人が住んでいる専有面積や賃貸割合は以下のようになります。
計算例
専有面積:300㎡-(20㎡×3戸)=240㎡
賃貸割合:240㎡÷300㎡=80%
賃貸割合を反映させた相続税評価額は以下の計算式で求めます。
- ・土地:自用地の評価額×(1-借地権割合×借家権割合×賃貸割合)
- ・建物:固定資産税評価額×(1-借家権割合×賃貸割合)
相続発生時に貸していた戸数が多いほど評価額は下がるため、賃貸割合は100%が理想となります。
相続時における空室の考え方
空室がある状態で相続が発生した場合、以下の条件を満たしていれば一時的な空室として賃貸しているものと認められます。
- ・相続発生前から継続的に賃貸されていた
- ・空室となった際には速やかに賃借人を募集し、空室期間中は他の用途に使っていない
- ・空室期間が一時的であること(相続発生前後の1カ月程度であるなど)
- ・相続後の一時的な賃貸ではない
各条件に該当するかどうか微妙なケースであれば税務署へ問い合わせるとよいでしょう。
また一括借上げで家賃保証しているサブリース業者の場合、建物全体を業者へ転貸している状態になるため、賃貸割合は常に100%となります。
借家権が設定された不動産の相続税評価額
ここまでに紹介した減額要素に借家権割合を反映させ、以下の条件で貸家の相続税評価額を計算してみます。
・土地の評価額:1億2千円(路線価から算出)
・建物の評価額:7,000万円(建築費1億円)
・借地権割合:60%
・借家権割合:30%
・賃貸割合:100%
- (1)土地の相続税評価額:1億2千万円×(1-60%×30%×100%)=9,840万円
- (2)建物の相続税評価額:7,000万円×(1-30%×100%)=4,900万円
単純に土地と建物の評価額を合わせると1億9千万円になりますが、借家権割合などが適用されるため相続税評価額は1億4,740万円に減額されます。
4,260万円の差額となるため借家権割合などの影響は大きいといえます。
借家権が設定されている貸家が相続税対策に有効な理由
貸家建付地では土地・建物それぞれに借家権が設定され、他の減額要素も合わせると評価額は大幅に下がります。
所有地を活用した相続税対策として有効ですが、土地を所有していない方でも現預金などが多い場合は資産の組み換えで節税効果を期待できます。
ここからは最終的な相続税額を計算し、借家権が設定されていない不動産との差を検証してみます。
更地と貸家建付地の相続税を比較
借家権が設定される土地や建物の相続税評価額が下がることはわかりましたが、実際の相続税はいくらになるか計算してみます。
なお、相続人は1人で基礎控除額は3,600万円とし、課税遺産総額に応じた税率や控除額を適用させています。
計算例
更地の相続税:(1億2千万円-3,600万円)×30%-700万円=1,820万円
貸家建付地の計算方法も同じですが、アパートなどの建築費が借り入れであった場合は負債として相続財産から控除できます。
自己資金で建築した場合も現金が1億円減るため効果は同じであり、基礎控除額3,600万円も合わせると貸家建付地の相続税はゼロ円になります。
更地との差額は1,820万円なので納税負担の差は歴然といえるでしょう。
貸家建付地には小規模宅地等の特例が使える
貸家建付地には小規模宅地等の特例を使えるため、以下の条件を満たすと200㎡まで50%の評価減となります。
- ・相続税の申告期限までに貸家建付地の相続人が決まっている
- ・相続人(取得者)が相続税の申告期限まで貸家建付地を継続して保有している
- ・相続税の申告期限までに相続した貸家建付地で不動産事業を継続している
なお、小規模宅地等の特例は自宅の敷地にも使えますが、併用可能面積に限度があります。
どのように使うと有利になるかは、相続に強い税理士に相談するとよいでしょう。
入居者用の駐車場も貸家建付地になる
賃貸アパートなどの建物と入居者専用の駐車場が同一敷地内であれば、駐車場の部分も貸家建付地になるため借家権割合が適用されます。
建物と駐車場が道路で分断されている場合は入居者専用の駐車場であっても貸家建付地にはなりません。
また同一敷地内であっても一部をオーナーが使っている場合は自用地として判定されます。
相続税対策に賃貸住宅を利用する際の注意点
賃貸アパートやマンションなどの相続税対策では不動産の評価減になる条件が重要であり、誤った解釈では十分な節税効果を期待できません。
また建物賃貸の事業である以上さまざまなリスクも伴うため、次に紹介する3つの注意点に気を付けてください。
使用貸借の場合は自用地になる
貸している土地や建物は評価が下がるという点を拡大解釈し、親族などに無償で貸している場合は「使用貸借」になり自用地として評価します。
また維持管理費などを下回る賃料の場合も、貸家建付地に判定されないので注意してください。
一時的な空室に注意
条件を満たせば相続時の一時的な空室は賃貸中とみなされますが、オーナー自ら募集している場合は広告や修繕費などの領収書を残しておいてください。
相続後に税務調査が行われた場合の証明書類になります。
経営リスクがある
賃貸住宅には空室リスクや家賃下落リスクなどがあり、長期スパンでの収益性確保が重要となります。
相続税対策のためだけに賃貸事業を始めると失敗したときの損害が大きいため、他の節税方法がないか十分に検討する必要があるでしょう。
まとめ
貸家建付地の土地や建物には借家権割合が影響するため相続税は大幅に安くなります。
資産価値が高いほど評価額の減額率も大きくなるため、相続財産に土地の多い方は検討する価値が十分にあるでしょう。
また現預金が多い方も、土地を購入して貸家建付地にすれば有効な相続税対策になります。
ただし、土地の条件によっては貸家建付地に向かない場合もあり、相続税対策としては有効でもその後の事業が続かないケースもあります。
相続人に不動産を引き継ぐ意思がない場合は、せっかくの相続税対策も無駄になってしまうため、1人だけで相続税対策を考えないことも重要です。
相続税対策はあらゆる視点から検討する必要があるため、相続に強い税理士など専門家への相談をおすすめします。