この記事でわかること
- 遺言信託の仕組みについて理解できる
- 信託銀行が行う遺言信託のメリット・デメリットを理解できる
- 信託銀行が行う遺言信託の流れがわかる
死後、残された家族に相続で迷惑をかけたり、親族間でのトラブルの原因となったりするのは避けたいものです。
生前整理をはじめとする終活ブームを背景に、最近では遺言書を準備する人が増えてきました。
一方で、遺言書の書き方がわからない、記載事項の不備によりせっかく作成した遺言書が無効になってしまったなど、有効な遺言書を作成するにはけっこうハードルが高いのも事実です。
信託銀行が行う遺言信託では、遺言書作成の相談から遺言書の保管、遺言執行までの一連の手続きを代行してくれますので、遺言書を作成したいけれどどのようにしたらよいかわからないという人には便利な制度です。
ここでは、最近利用者が急増している遺言信託の仕組みやメリット・デメリットを詳しく説明します。
目次
遺言信託とは?
遺言は知っていても、遺言信託という言葉は聞きなれない人も多いのではないでしょうか。
遺言信託とは、本来、遺言という手段を使って「信託」を行うことをいいます。
信託は信託法という法律に定められた行為で、自分の財産を信頼できる人に託して管理または処分などを行ってもらうことです。
金銭を信託する行為の代表例として、個人投資家がファンドマネジャーなどの専門家に資金の運用を委託し、その運用利益の分配を受ける投資信託があります。
信託にはさまざまなタイプのものがありますが、遺言信託のように個人の財産の管理や承継を目的とするものは「民事信託」または「家族信託」とよばれ、最近は遺言書や成年後見制度とともに財産相続の生前対策のひとつとして注目されています。
遺言信託の仕組み
遺言信託では、通常の遺言と同様に、自分の財産を誰にどのように承継するかを遺言で定めます。
加えて、死後自分に代わって財産の管理や承継に必要な行為を実施してもらう人(遺言執行者)を定めます。
遺言の方法で行われるため、遺言信託は委託者の死亡時に信託が開始します。
信託では、遺言信託をする人を「委託者」、本人に代わって財産の管理などを行う人を「受託者」、財産の承継などを受ける人を「受益者」といいます。
この他、受益者のために受託者の行為を監督する「信託監督人」、受益者に代わって受益者の権利を行使する「受益者代理人」、受益者がいない場合に受益者の権利を行使する「信託管理人」などの受益者保護関係人と呼ばれる人たちもいます。
たとえば、重度の障害のある子どもがいる場合、自分が死んだ後も残された子どもが安心して生活できるよう自宅と預金を残したいとします。
面倒見がよく信頼できる姪を受託者とし、自宅と預金の管理をしてもらうことを遺言信託することで、子どもは親の死後も従前と変わりなく自宅に住み続けられるようになります。
民法に従えば親の財産は子どもに相続されるため、上記のケースではあえて遺言信託という難しい方法使う必要はないと思われるかもしれません。
しかし、子どもに重度の障害があり意思能力が不十分な場合は、相続財産である預金を使うことにも制約が生じます。
また、通常の遺言では、親の兄弟などの相続人によって故人の遺志に反した遺産分割が行われることを防ぎきれませんが、遺言信託をすることで相続人を廃除し、故人の遺志に沿った財産の承継を確実にすることが可能となります。
なお、遺言信託は自筆証書遺言であっても可能ですが、残された親族が遺言の真偽を争うことを避けるため、公正証書遺言で行うのが通常です。
信託銀行が行う遺言信託のメリット
信託銀行は、預金や貸付などの通常の銀行業務に加えて、「信託業務」と「併営業務」を行っている銀行です。
信託業務とは、個人や企業などの財産を信託によって信託銀行に移転して管理・運営する業務です。
金銭や不動産のほか、有価証券や金銭債務など、財産的価値のあるものすべてについて信託を設定することができます。
また、併営業務とは、遺言書の保管や死後の遺言執行業務、不動産売買の仲介業務、証券代行業務などをいいます。
実際の取扱業務の範囲は信託銀行によって異なります。
ここでは、信託銀行が行う遺言信託について解説するとともに、信託銀行の遺言信託を利用するメリットとデメリットについて詳しく説明します。
信託銀行の遺言信託とは?
信託銀行が行う遺言信託とは、遺言書作成の相談から遺言執行まで相続に関する手続きを信託銀行がサポートするサービスをいいます。
そろそろ相続対策が必要と考えており、相続に関して不安があるため専門家に相談したい人におすすめです。
遺言信託の具体的な内容は信託銀行によって若干異なる場合もありますが、個々の財産状況に応じた遺言書作成に関する相談に応じてくれるほか、公正証書遺言作成の支援および証人として立ち会い、作成後の遺言書の正本および謄本を保管してくれます。
公正証書遺言の作成後も、遺言の内容や財産、相続人の変更などがないか信託銀行から定期的に照会があり、必要に応じて変更の手続きの相談にも応じてくれます。
本人の死後は、信託銀行が遺言執行者として遺言に沿った資産の管理、名義変更、引き渡しなど、遺産の分配を行います。
このように、信託銀行の遺言信託は、信託法に基づく本来の遺言信託の仕組みをベースに遺言書作成のアドバイスや遺言書の保管などの付加価値を加えたサービス商品と理解しておきましょう。
信託銀行で遺言を行うメリット
ここでは、信託会社の遺言信託を利用することで得られるメリットについて説明します。
遺言書作成から執行までトータルなサポートを受けられる
信託銀行の遺言信託を利用する最大のメリットは、遺言書の作成から遺言の執行までの一連の手続きにつき、トータルなサポートを受けられることです。
遺言書の作成の相談や支援であれば、弁護士や司法書士、行政書士といった士業でも対応しています。
また、公正証書遺言の作成、保管、変さらについては公証人が対応しますし、遺言執行は特段の資格がなくても対応できます。
しかしながら、本人の死後は相続関係人が公証役場に公正証書遺言の有無を照会する必要があるなど、信託銀行の遺言信託を利用しない場合、委託者および相続関係人が自発的に動かなくてはなりません。
遺言に関する一連の手続きを行うには、それなりの時間と気力・体力が要求されます。
一方、信託銀行の遺言信託を利用すれば、資産状況に応じた運用・管理の観点からより有利な承継の方法についてアドバイスを受けられたり、本人の死亡時にはあらかじめ死亡通知人として設定していた相続人等に信託銀行が保管していた遺言がある旨の通知をしたりしてもらえます。
また、個人の弁護士等に遺言書の保管や遺言執行者を依頼していた場合、その弁護士等が先に死亡してしまうリスクもあります。
この場合、別の弁護士等をあらたに選任して遺言執行者となってもらう必要があります。
信託銀行の場合、遺言に関する手続きを最初から最後まで「おまかせ」できるため、得られる安心感は大きいと言えるでしょう。
故人の遺志を尊重した相続ができる
民事信託は、民法の相続の枠組みを超えて、特定の人に特定の財産を承継させることができます。
そのため、自分の面倒を見てくれた姪など、法定相続人にはなり得ない人にも確実に財産を承継することが可能です。
事業を行っている経営者の場合、後継ぎである長男に会社の株式や事業設備を集約して相続させたい場合にも活用されています。
ただし、法定相続人の遺留分を侵害するような遺言信託は、死後にトラブルの原因となる恐れがありますので、慎重な対応が必要です。
相続人間のトラブルを予防できる
遺言信託では、予め遺言書を作成し公正証書にすることで、財産の承継が明確になります。
また、遺言執行者が遺言内容に従って相続財産を移転しますので、相続人が煩雑な手続きに翻弄されることもありません。
そのため、遺言書がなく相続関係人で遺産分割協議を行う場合と比較して、相続人間のトラブルを未然に防止することができます。
信託銀行の遺言信託のデメリット
信託銀行による遺言信託には、デメリットもあります。
ここでは、信託銀行による遺言信託を利用する場合のデメリットについて説明します。
費用がかかる
信託銀行の遺言信託は遺言書の作成から遺言執行までトータルにサポートしてもらえる反面、実は銀行しかできない業務はありません。
しかしながら、信託銀行の遺言信託は1件あたり30万円以上の基本手数料がかかります。
公正証書遺言の作成には、財産の額に応じた手数料がかかるため、遺言書作成時にかかる手数料総額の目安は20万円から100万円で、多いときは200万円を超えることもあると言われています。
遺言書の保管には5,000円から6,000円程度の年間手数料がさらに必要です。
遺言を変更する場合にも、別途費用が発生します。
また、相続人が負担する費用として、遺言執行時には30万円から150万円の最低料金に財産の額に応じた料率(0.2~2%)が加算されます。
遺言信託の仕組みは複雑ですので、必要な範囲で弁護士等の士業や公証人などの専門家に相談することで費用が抑えられます。
担当者が変わることもある
遺言信託は複雑な仕組みです。
できれば当初から相談し、親族関係や財産状況などの詳細を把握している担当者に継続して対応してもらいたいものです。
個人の弁護士等に相談する場合はずっと同じ弁護士に対応してもらえますが、信託銀行の場合は長期間にわたる遺言信託において途中で担当者が変わることも当然想定されます。
公正証書遺言しか保管してもらえない
本来、遺言信託は公正証書遺言である必要はありません。
しかしながら、信託銀行の遺言信託を利用する場合、信託銀行で保管してくれる遺言書は原則として公正証書遺言のみとなっています。
したがって、信託銀行の遺言信託を利用する場合は、公正証書遺言にする必要があります。
なお、相続法の改正により、2020年7月10日から法務局で自筆証書遺言を保管できるようになりました。
これにより、1件につき3,900円で遺言書を保管してもらえますので紛失の恐れがありません。
相続人は遺言書の証明書の交付や閲覧が可能になるなど、公証役場における公正証書遺言の保管と遜色ない制度ですので、遺言書を気軽に作成したい場合は検討してみてはいかがでしょうか。
トラブルになりそうな遺言信託は引き受けてもらえない
自由度の高い財産の承継が可能な遺言信託ですが、遺言の内容によっては法定相続人と受益者間で利害関係の対立が生じることもあります。
受益者に承継する財産が法定相続人の遺留分を侵害するような場合は、特に注意が必要です。
法定相続人と受益者間で紛争が発生することが想定されるケースでは、信託銀行は遺言信託を引き受けません。
また、相続開始時に法定相続人と受益者間で紛争が発生している場合は、信託銀行は遺言執行者となることを引き受けません。
トラブルになりそう、トラブルが発生している場合ほどプロに頼りたいものですが、このような場合信託銀行は引き受けてくれない可能性が高いことに注意が必要です。
信託銀行で遺言信託を作成する手続きの流れ
次に、信託銀行で遺言信託を作成する手続きの流れを解説します。
遺言信託を作成するのは、相続開始前(生前)の手続きとなります。
まず、信託銀行に遺言信託の利用を相談するところからはじまります。
大まかな流れは同じですが、信託銀行ごとに業務の範囲や細かな手続きが異なりますので、自分にあったサービスを提供してくれる信託銀行を選びましょう。
信託銀行を選定したら、信託銀行に相談の申し込みをして遺言書作成に向けた具体的な相談に入ります。
信託銀行のアドバイスを受けながら、遺言の内容を固めて公証役場で公正証書遺言を作成します。
このとき、通常は信託銀行を遺言執行者として指定します。
遺言書の作成後は、信託銀行に遺言信託を申し込み、遺言書の正本と謄本を預けて保管してもらいます。
同時に、死亡時に信託銀行に通知する通知人を指定します。
死亡時には通知人から信託銀行に連絡してもらう必要があるので、通知人となる人には遺言信託を利用すること、死亡時の連絡先などを説明しておきましょう。
相続開始までの間、信託銀行は遺言の内容、財産、家族の変更など、遺言の執行に関する事項について変更がないか、定期的に照会します。
信託銀行は、財産や家族の状況の変化により遺言を変更する場合には、遺言書の変更手続きをサポートします。
相続が開始された後の遺言信託の手続きの流れ
続いて、相続開始後の遺言信託の手続きの流れについて説明します。
通知人から信託銀行に相続開始の連絡をすると、相続の有無にかかわらずすべての法定相続人に対し、信託銀行から保管している遺言書が開示されます。
信託銀行は遺言執行者として相続人の確定や遺言執行の対象となる財産調査を行い、財産目録を作成して相続人に交付します。
同時に、信託銀行は遺言に従って財産の名義変更や換金処分、引き渡しなど財産を分配します。
執行手続きがすべて完了した時点で信託銀行から完了報告書が発行され、遺言信託が終了します。
信託銀行の遺言信託を利用したほうが良い人とは
信託銀行の遺言信託を利用するメリットとデメリットから、信託銀行の遺言信託を利用したほうが良い人を考えると、法定相続人以外に財産を承継することを検討している等、相続に関して不安をもっている人と言えます。
ただし、高額な費用がかかりますので、遺言者本人および受益者にある程度まとまった財産があり、遺言にかかる一連の手続きをプロにお任せしたい人におすすめです。
まとめ
民事信託には、遺言信託のほか、老後の資産管理についても対応できる遺言代用信託、結婚・子育て支援信託や教育資金贈与信託のように資金の使い道を特定の目的に限定した信託、特定の人に複数世代にわたって財産を承継できる後継ぎ遺贈型の受益者連続信託など、さまざまな仕組みが用意されています。
一方で、信託の仕組みは複雑なため利用するには一定の理解が必要であるほか、財産を「信じて託せる」委託者の存在が不可欠です。
また、公正証書遺言の作成費用、専門家への相談や委託者・遺言執行者の業務遂行にかかる報酬などを考えると、決して気楽に利用できるものとは言えません。
自筆証書遺言や成年後見制度の活用、生前贈与など、民事信託以外にも相続の生前対策には様々な方法があります。
それぞれの仕組みやメリット・デメリットを理解して、自分にあった方法を見つけましょう。
また、死後トラブルにならないよう家族ともよく話し合って理解を得ることが、円満な相続への近道です。
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