相続によって取得した不動産を相続税の申告期限までに譲渡した場合に、財産評価基本通達に基づく相続税評価額を下回る価額でしか売却できなかった、というケースがあります。
この場合、売却価額を相続税評価額として相続税の申告をすることはできるのでしょうか?
国税不服審判所による裁決事例を基に、相続税評価額を下回る価額で相続した不動産を売却した場合の相続税申告について、詳しく解説します。
目次
不動産の相続税評価額が売却価額を上回る
相続によって取得した不動産を、相続税評価額を下回る価額で売却した場合に、税務署は路線価方式による評価でなければ認めないということはなく、相続税法上の「時価」として適切であれば、譲渡価額による相続税申告が可能です。
一般的に、市場での売買価額であれば、それが客観的交換価値を表す「時価」となると思いがちですが、なかなかそうはいかないようです。令和5年10月24日、国税不服審判所は、納税者が売却価額を相続税評価額として相続税申告したものを「財産評価基本通達に定める方法によっては評価できない特別の事情は認められない」と判断しました(非公開裁決、2025年3⽉26⽇ 税のしるべ電⼦版)。
相続税申告における財産評価|「時価」とは?
相続税の申告において、財産の価額は時価で評価します。では、この「時価」は、実際の売買価額を指すのでしょうか、それとも不動産鑑定士による評価額を指すのでしょうか。時価を調べるために、すべての不動産を売却することは現実的ではありませんし、不動産鑑定士に鑑定評価を依頼すると費用がかかります。
あらかじめ定められた評価方法により画一的に財産評価する方が、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地からみて合理的となります。したがって、あらかじめ定められた評価方法を形式的にすべての納税者に適用して財産評価を行うことが、租税負担の実質的公平をも実現し、租税平等主義にもかなうことから、財産評価基本通達が定められ、これによる評価額を時価として扱うとされています。
なお、財産評価基本通達による評価額が時価よりも高いと法に反するため、路線価による相続税評価額は公示価格の8割になるように設定されていますが、景気後退局面などでは、実際に売却したときの売却価額が相続税評価額を上回ってしまうことがあります。
国税庁による平成4年4月付事務連絡
相続税評価額が売買価額を上回ってしまう現象は、平成初期のバブル崩壊あたりからよく見られ、相続税の負担に耐えかねて自殺者が出るなど社会問題となり、平成4年4月に国税庁は事務連絡を発出しました。
この事務連絡には、
- 路線価等に基づく評価額が、その土地の課税時期の「時価」を上回ることについて、申告や更正の請求の相談があった場合、路線価等に基づく評価額での申告等でなければ受け付けないなどということのないようにすること
- 路線価を下回る価額で、申告や更正の請求があった場合には、相続税法上の「時価」として適切であるか否かにつき適正な判断を行うこと
と記載されていました。
具体的には、各種地価動向調査等による当該土地周辺の地価動向を把握し、たとえば、当該土地が売却され、その売買価額を根拠として申告等がなされた場合には、他の売買事例との比較から当該土地の売買が適正な価格での取引といえるかどうかを判断する、あるいは精通者(不動産鑑定士等)への意見聴取を行うなどして、当該土地の課税時期における「時価」の把握を行うこととするという内容となっています。
売却価額での評価が認められなかった事例|令和5年10月24日非公開裁決
冒頭で挙げた令和5年10月24日裁決事例では、被相続人(亡くなった人)は複数の土地(土地1~土地3)を所有し、被相続人の配偶者がすべての土地を相続しています。
被相続人が亡くなる 被相続人の配偶者がすべての土地を相続する |
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平成30年4月ごろ | 相続税の納税や遺産分割の代償金の資金の確保、本件各土地にかかる固定資産税等の負担削減を目的として、不動産1から3を売却することとする |
平成30年5月25日 | 仲介業者へ7月から8月ごろまでに相続した不動産を売却したい旨の依頼をする |
平成30年7月1日 | 仲介業者は多数の不動産業者に対して購入を打診する電子メールを送信する |
最も高値を提示した買主と、仲介業者を介して交渉し、相続した不動産を一括で売却する | |
平成30年11月2日 | 法定申告期限内に、相続税の申告書を提出する |
納税者らは、売却に至った仲介業者に依頼するまでは、接触したほとんどの不動産業者が土地1、2の周辺道路が狭く車両が通ることができないなどの理由から買値をつけることはできず、これらの個別の事情が路線価に反映されていないため、財産評価基本通達に定める評価方法によっては適正な時価を算定できない特別の事情があると納税者は主張しました。
売却の過程において、納税者らは、土地1、2が売れ残り、これらの固定資産税等の負担が継続することを危惧して、特段問題のない土地3を含め一括で売却することとしています。仲介業者は土地1、2の地積が広いことから、少しは値が下がるものの不動産業者に売却することを提案し、納税者はこれを了承しています。
国税不服審判所は、「本件売買価額は、その取引の際の個別的な事情によって左右されていることから、本件売買価額が客観的交換価値とは認められないし、本件各土地については、道路が狭いなどの事情は路線価に反映されており、本件売買価額と本件各土地の評価額とが乖離しているという事情は取引の際の個別的な事情に基因するものであると判断し、財産評価基本通達に定める方法によっては評価できない特別の事情とは認められない」としました。
相続税の納税資金の確保などのために売り急いだこと、さらに土地1から3を一括で売却するといった行為が取引の際の個別的な事情に該当すること、周辺道路が狭いなどの事情は路線価に反映されているといった理由から、売却価額での評価は認められなかったのです。
売却価額での評価が認められた事例|平成22年9月27日裁決
続いて、売却価額での評価が認められたケースを見てみましょう。
平成22年9月27日裁決事例(TAINSコード:F0-3-249)では、納税者らは、相続により取得したマンションについて、財産評価基本通達に基づいて算定した相続税評価額で、法定申告期限までに相続税の申告をしています。
一度は相続税の申告をしたものの、相続税評価額がマンションの売却価額を上回っていることから、売却価額を基とした価額が相続開始時の時価であるとして「更正の請求」をしたところ、原処分庁が「売却価額を基とした価額は時価とはいえないとして、更正をすべき理由がない」旨の各通知処分を行ったことから、納税者らがその一部の取り消しを求めた事案です。
課税庁は、次の(イ)から(ハ)の理由から、本件マンションの売却価額を基として算定した金額は、本件マンションの相続開始日における適正な時価とは認められないと主張しました。
- (イ)本件マンションの売買は、納税者らの売申込により行われたこと
- (ロ)本件マンションの売買契約は、本件相続開始日からおおむね6カ月経過後にされたものであること
- (ハ)本件マンションの売却価額については、他の売買実例との比較がされていないこと
これに対して国税不服審判所は、
- 本件マンションは、耐震構造等が現行の建築関係法令に合致したものではない等、種々の固有の事情が認められるところ、不動産業者による価格の査定、同社との媒介契約の状況および本件売買契約に至るまでの経緯やその状況等からすれば、本件マンションの売却価額は、これらの事情を十分考慮した上で決定された価額であると認められる
- 納税者らの売申込により売却したことが、例えばいわゆる売り急ぎに該当し、これを理由としてその売却価額が下落したといえる事情に該当するとも認められない
- 納税者らと本件買受人と間に親族等の特別な関係が認められない
などの事情から判断すると、その売却価額に恣意的な要素が入る余地はなく、本件マンションの売却価額は、売却時における本件マンションの適正な時価を反映しているものと認められるとしました。
不動産の売却価額を基に相続税申告をする際は注意しよう
不動産の売却価額が相続税評価額を下回ることはまま起こり得ることですが、そのときに必ずしも売却価額を時価にできるとは限りません。
売買価額によって申告する場合、平成4年4月付事務連絡にあるようにその売買価額が「適正な価格での取引」であれば認められますが、第三者ではない親族などへの売却や、売り急ぎ、周辺の地価動向と比較して明らかに低いといったときは適正な価格での取引とはいえず、否認される可能性が高まります。
実際の不動産の売却価額を基に申告する場合は、近隣の売買事例や売買に係る経緯、仲介業者とのやり取りなども含め、適正価格での取引である証拠記録を残すことが重要になるでしょう。
相続税の納税資金などを確保するために、相続した不動産を売却することがあらかじめ決まっているのであれば、相続開始前に不動産の査定を依頼し、金額によっては被相続人の生前に売却することも一案でしょう。このとき、相続開始後に売却した場合の「空き家特例」や「取得費加算」といった譲渡の特例を適用した譲渡所得税と相続税の合計額と、相続開始前に売却した場合の譲渡所得税と相続税の合計額とを比較して、どちらが有利かも考慮すべきところになります。
不動産の売却価額が相続税評価額を下回るときは、相続専門の税理士に相談したうえで、相続税申告をすることをおすすめします。