交通事故の被害を受けてしまった場合、物損事故か人身事故かでは、賠償額に大きな差が出る可能性があります。
実際に身体に被害が出れば人身事故ということになりますが、最初にその判断をして公的な調書を作るのは、現場に駆け付けた警察官の仕事です。
事故に関する警察の調書は、物損事故の場合は『物件事故報告書』、人身事故の場合は『実況見分調書』といいます。
警察は当事者ではないため、事故直後に怪我が分かりにくかった場合や、後から症状が重くなったような場合には、人身扱いとすべき事故を物損として扱ってしまうことがあります。
物損事故扱いのままにしておくと、後から治療費や慰謝料が請求できなくなってしまうこともあるでしょう。
この記事では、人身事故を物損事故扱いのままにした場合のリスク・デメリットや、人身事故への切り替え方法を詳しく解説していきます。
交通事故を人身扱いにしない場合の最も大きなリスク・デメリットは、治療費等の怪我にかかわる賠償金がもらえない可能性が出てくることです。
物損事故とはその名のとおり、車や自転車等など『物』を損壊させる事故を言います。
警察の調書を『物損』のままにしておくと、怪我の治療や慰謝料などの人身への被害に対する賠償金は請求出来なくなることがあります。
人身事故で請求できる賠償金の種類は、以下の通りです。
では、ひとつずつ簡単に解説していきましょう。
慰謝料とは、精神的苦痛に対する賠償金です。
交通事故の場合、入院通院のストレスに対しての慰謝料、後遺障害に対しての慰謝料、または被害者本人が死亡したときに家族が請求できる死亡慰謝料の3種類に分かれます。
物損事故扱いのまま放置してしまうと、後になって発覚した怪我が原因で死亡しても、最悪の場合は家族が死亡慰謝料を受け取れない可能性も考えられます。
治療費は、入院通院についてかかった費用や薬の代金のことです。
物損扱いにしてしまうと、身体に怪我はないはずですので、治療費も出ない可能性があります。
休業損害とは、怪我によって現に働けなかったために得られなかった収入のことをいいます。
こちらも物損扱いにしてしまうと、加害者への請求が難しくなることがあります。
逸失利益とは、後遺障害などが原因となって将来的に発生する減収のことです。
物損事故としてしまうと後遺障害もないとされるため、こちらの請求も難しくなることがあります。
交通事故被害者が、物損事故から人身事故に切り替えることにデメリットはありません。
反対に加害者側は、物損扱いの方にメリットがあります。
加害者が物損で済ませたい理由を簡単に解説します。
事故が物損で済んだ場合に得られる加害者側のメリットには、次のようなものがあります。
このように、刑事・行政・民事での責任がすべてにおいて軽くなります。
一般的な交通事故によって他人を怪我または死亡させた場合、『自動車運転過失致死傷罪』という罪に該当します。
物損の場合は、器物損壊や建造物損壊に該当することがありますが、人身に対する罪である『自動車運転過失致死傷罪』が成立するか否かは、加害者にとって大きな差です。
罪が成立すれば、加害者には刑事罰、いわゆる前科がついてしまうため、できれば物損で済ませたいと考えるのが自然でしょう。
物損事故のみの場合、原則として運転免許の違反加点はありません(当て逃げは除く)。
これに対し人身事故の場合は、事案により変わりますが一発免停になることもあり得ます。
そのため、特に仕事で車を使う人であれば、物損で済ませて欲しいという気持ちになるでしょう。
最後に、民事責任(賠償金)についてです。
物損の場合、現に被害に遭った車両の修理代金や代車の利用代金などが賠償の対象です。
これに対し、人身事故では、先述した通り、治療費や慰謝料の各種賠償金が発生します。
これらの金銭的な負担も、物損事故扱いの方が人身事故よりもはるかに小さくて済みます。
被害者としては、実際の被害を正しく処理してもらってようやく平等と言えますので、人身事故はしっかりと人身事故として扱ってもらうようにしましょう。
交通事故を人身事故扱いとするには、警察による事故の調書記録を『人身事故』としてもらう必要があります。
人身事故として記載されるタイミングは2パターンあり、事故直後に作成される調書で人身事故としてもらうか、その場で物損扱いにされた場合には、後日人身事故扱いへの変更の申請を行う必要があります。
それぞれ、手続きの詳細を解説していきます。
事故によって救急車で運ばれることになれば、当然ながら人身事故となります。
そうした事態にならずに現場で警察官と話ができるのなら、自分の怪我の状況をしっかり伝えて人身事故扱いにしてもらうようにしましょう。
その場で被害者に目立った外傷もなく、痛みもないように主張すれば、一旦は物損事故として処理されるでしょう。
事故の後間もなく怪我が発覚した場合や、トラウマから精神障害(PTSD等)となったような場合には、警察署で物損から人身事故への切り替えの手続きをする必要があります。
相当の期間(1週間から10日程度)経過してしまうと、事故と怪我との因果関係が認められにくくなり、手続きが難しくなることがありますので注意しましょう。
切り替え手続きに必要な準備と注意点は、以下の通りです。
人身事故への切り替え手続きでは、医師から診断書をもらって警察に提出する必要があります。
病院の科目は、外傷であれば、まず整形外科に通うとよいでしょう。
ご自身の状況によって、脳神経外科や精神科等の受診が必要になるかもしれませんので、医師の指示に従い治療を行いましょう。
診断書の発行は、病院によっては診断から1~2週間ほどかかる場合があります。
その際には、先に警察署に連絡し、人身事故扱いへの変更申請を行う意思があることを伝えておくとよいでしょう。
なお、整骨院や接骨院は医療機関ではないため、診断書は発行されません。
必ず病院を受診するようにしましょう。
加害者の保険会社にも連絡し、物損から人身事故へ切り替える旨を伝えておきましょう。
診断書の用意ができたら、警察での手続きの予約をしましょう。
人身事故扱いとするには、実況見分調書が必要になり、警察官とともに現場に行くことになるでしょう。
そのため、予約がないと断られてしまうこともあり得ます。
また、加害者からも意見を聴くため、加害者の同席を求められることがあります。
ただし加害者は人身事故扱いにされたくない立場ですし、積極的に被害者と一緒に現場に行く加害者はあまり多くありません。
そうした際の対応も警察によって多少異なりますので、警察署に行く前には必ず事前に電話するようにしましょう。
以上のすべてが準備できたら、警察署に行き変更の手続きを行います。
事故の後相当の期間(1週間~10日以上)が経過している場合でも、基本的には上記と同じ方向で手続きを進めることになります。
手続きがそのまま進めば問題ありませんが、やはり時間が経過してしまうと、事故と怪我との因果関係が認められにくくなり、証拠が分かりにくくなることも考えられます。
そのため、どうしても受理されない場合があるかもしれません。
そうした場合にできることを、順番に解説していきます。
人身事故への切り替えが少しでも難しいと感じたら、現在の状況を弁護士に相談することをおすすめします。
警察署で手続きを一度断られても、弁護士が同席することで受理されることもあります。
警察で人身事故への切り替えができなくても、その事情を書面(人身事故証明書入手不能理由書)に記載し、医師の診断書等を加えて提出することで、保険会社が人身被害を認めて賠償に応じてくれることがあります。
(『人身事故証明書入手不能理由書』は、各保険会社が専用の書式を用意することがほとんどです)
しかし、警察での人身事故扱いへの切り替えができていなければ、やはり賠償額には大きな差が出てしまう可能性があるため、この方法を個人で行うことはあまりおすすめできません。
物損事故を人身扱いにするか、悩んでしまう方は少なくありません。
加害者に前科がつく、免許停止になると言われると、自身の怪我が軽い場合には、物損で済ませてあげたくなる気持ちも自然とわくでしょう。
しかし、起こってしまったことを適正に処理するのは当然の権利ですし、加害者や警察から言われて、気を遣う必要はありません。
万が一後遺症などが発生した場合、物損扱いのままでは仕事や家族にも迷惑がかかってしまう可能性も考えられます。
切り替えに悩んだ時は、原則として人身扱いにする方向で話を進めておいた方がよいと言えるでしょう。
事故による怪我がない、または軽いと思っても、まずは病院で検査を受けておくとよいでしょう。
事故後は興奮していてすぐに痛みがわからないことがあり、病院で精密検査をすることによって怪我が発覚することも少なくありません。
実際の怪我の程度が分かれば、人身事故扱いに切り替えるための判断材料になります。
悩んだ際は、弁護士に相談するのもおすすめの方法です。
事故後はショックやストレスから判断力が低下してしまうことも多く、「分からないことが分からない」状態の方も少なくありません。
また加害者と揉めたくないような場合にも、法的に適正な手続きを取ることで区切りがつき、ストレスから解放される場合もあります。
一度専門の弁護士に相談しておくことで、今後の見通しがたてやすくなるでしょう。
本記事では、交通事故を人身扱いにしない場合のリスクとデメリットを解説しました。
交通事故は人生でそう何度もあることではなく、事故直後は気が動転してしまうものです。
物損で済ませてはいけないと事前にわかっている人でも、相手方からお願いされ、また警察官からの圧力を感じると、その場では物損事故として進めてしまうこともあるでしょう。
しかし、繰り返しになりますが、物損事故のままにしておくことは被害者に何のメリットもありません。
また、悩みを抱えたままでいると、その気持ちが精神的な負担となってしまうことも。
些細なことでも自己判断せず、早めに弁護士に相談するとよいでしょう。