最終更新日:2021/8/2
個人事業主が法人成りを考える目安となる利益はいくら?法人化の適切なタイミングとは
この記事でわかること
- 法人成りとは何かがわかる
- 利益にかかる税金や税率について、個人事業主より法人の方が低く抑えられることがわかる
- 法人成りを検討する際の利益水準は500万円から700万円であることがわかる
- 法人成りによる節税効果が、数字で具体的に理解できる
- 法人成りすることによって、消費税を先送りするメリットがあることが分かる
経営が軌道に乗り、利益が増えていくことは、個人事業主にとって大きな喜びです。
しかしながら、個人事業主のままだと、利益が増えれば増えるほど税金が高額になってしまいます。
これは、所得税の税率が超過累進課税方式であることが、大きな原因です。
このため、ある程度の利益が確保できるようになった段階で、節税などのメリットを受けることができる法人成りを検討することが大切です。
会社設立は、個人事業主が節税するためにも重要な手段です。
この記事では、節税をメインに、法人成りを検討する際の利益水準について、詳しく紹介します。
個人事業主と法人の利益にかかる税金の種類や税率、税額の比較、また、法人成りを検討する利益水準の目安と、その水準の具体的な検証、法人成りすることによってできる消費税の先送りについて、くわしく紹介します。
法人成りとは?
法人成りは「ほうじんなり」と読み、個人事業主が会社設立により法人化することを指します。
株式会社や合同会社などに「成り代わる」ことが一般的で、一定額以上の利益がある個人事業主なら、法人化により節税のメリットを享受することができます。
法人成りを考えるべき「事業所得(利益)」の目安
法人化のタイミングを検討する際には、「一定額以上の利益」が重要な指標です。
個人事業主であれ、法人であれ、事業で得た利益には様々な税金がかかります。
どの程度の利益があれば法人成りによる節税効果が得られるかを理解するために、個人事業主と法人の税金や税率の違い、目安になる金額について確認しましょう。
それぞれの利益にかかる税金
会社設立による法人化の大きなメリットは、節税です。
節税できるかどうかは、利益にかかる税金で決まることになりますから、まずは、それぞれが納めなければならない税金について確認しましょう。
個人事業主の場合は3種類
個人事業主の利益にかかる税金は、所得税、住民税、事業税の3種類です。
また、売上が1,000万円以上となった場合は、消費税の支払い義務が発生します。
1年間の利益にかかるのが所得税で、個人事業主が納める税金のうち、最も大きなものです。
所得税は超過累進課税方式のため、利益が大きくなればなるほど税額も大きくなります。
所得税は、次の式で計算します。
所得税=課税所得(収入-経費-青色申告特別控除額-所得控除額)×税率-税額控除
たとえば、課税所得が700万円の場合、税額は97万4千円です。
所得税額=課税所得(利益)×税率-控除
=700万円×23% -63万6,000円
=97万4,000円
所得税の税率
課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
195万円以下 | 5% | 0円 |
195万円を超え 330万円以下 | 10% | 97,500円 |
330万円を超え 695万円以下 | 20% | 427,500円 |
695万円を超え 900万円以下 | 23% | 636,000円 |
900万円を超え 1,800万円以下 | 33% | 1,536,000円 |
1,800万円を超え 4,000万円以下 | 40% | 2,796,000円 |
4,000万円超 | 45% | 4,796,000円 |
法人の場合も3種類
法人にかかる税金には様々なものがありますが、利益にかかるものは大別すると3種類で、最もウェイトの大きい法人税のほか、法人事業税、法人住民税です。
個人事業主にかかる所得税の場合は、利益に対する税率が細かく設定されている一方、法人税率はシンプルです。
なお、個人事業主と同様、1,000万円以上の売り上げがある場合は消費税が発生します。
法人税の税率
資本金と事業所得による区分 | 平31.4.1以後事業開始の税率 | ||
---|---|---|---|
普通法人 | 1億円以下 | 年800万円以下の部分 | 15% |
年800万円超の部分 | 23.2% | ||
資本金1億円超 | 23.2% |
税額の比較は合計で
利益が800万円の場合の所得税率と法人税率を比較すると、個人事業主なら23%、法人なら23.2%とほぼ同率です。
一方、個人事業主の場合は、利益が増えると所得税率も33%、40%、45%と大きく膨らんでいき、法人に比べ高い税金がかかることが分かります。
この税率だけを比較すると800万円が分かれ目で、どちらが節税になるか判断できそうに思われます。
しかしながら、法人には、個人事業主にはない「実効税率」や「利益の範囲」などに違いがあるため、もう少し慎重に比較しなければいけません。
また、税額に占める所得税や法人税の割合が大きいとはいえ、事業税や住民税を加えた上での比較も忘れてはいけません。
法人は実際の税負担が抑えられている
法人の税金は、本来、法人税と法人事業税、法人住民税それぞれの税率を単純に合計したものと一致するはずですが、国際的な競争力を高めるための政策誘導により、実際の税負担が少なく抑えられます。
実際の税額を求めるための税率は、それぞれの税率ではなく、税金の合計額に対する利益の割合(税額合計÷利益)として与えられる「実効税率」を当てはめます。
株式会社や合同会社などの普通法人は、税率29.74%と利益額の多少にかかわらず一定ですが、資本金が1億円以下の中小法人の場合は、利益の額に応じて税率が分けられています。
中小法人の実効税率(2019年度)
利益 | 400万円以下 | 400万円超 800万円以下 | 800万円超 |
---|---|---|---|
実効税率 | 25.99% | 27.57% | 33.59% |
たとえば、利益が1,000万円の中小法人の税額は、281万4,000円です。
税額の計算は、400万円以下の利益にかかる税金と、400万円超800万円以下の利益にかかる税金、さらに、800万円超の利益にかかる税金に分けて計算し、合計します。
税額 = 「400万円以下」× 25.99% +「400~800万円」× 27.57% + 「800万円超」× 33.59%
=400万円 × 25.99% + 400万円 × 27.57% + 200万円× 33.59%
=281万4,000円
法人は、経費として認められる費用の幅が広い
法人の場合、個人事業主に比べ、経費として認められる費用の幅が広く、このため、同じ収入でも利益が少なくなります。
これは、実際に得られる利益というよりも、税金を課税するための利益が減ることを意味するため、税額を減らすことにつながります。
経費が大きい = 税金が減る
経費としての扱いに大きな違いがある費用としては、厚生年金保険や健康保険など社会保険、法人向け保険、役員報酬などがあります。
法人成りの利益水準は500万円から700万円程度
利益水準は、実効税率や経費に含めることができる費用の違いがあることなどから、一律には当てはまりませんが、一般的に500万円から700万円程度が目安です。
次では、この水準を目安として、法人化する場合の具体的な税額と節税効果を検証してみましょう。
ケース別に解説 法人成りによる具体的な節税効果
利益水準の目安とされる、500万円から700万円を基準に、個人事業主が会社設立により法人成りを検討し始めるほうが良い3つのケースを検証しましょう。
シミュレーション単純化のための条件
シミュレーションを単純化するため、以下の条件を設定します。
- ①個人事業主の事業税:通常3%~5%の幅がある税率を5%に設定
- ②青色申告特別控除:複式簿記による65万円の特別控除に該当
- ③法人成りした場合の利益:全額を役員報酬として損金(経費)扱い
- ④法人の規模:資本金1,000万円以下、従業員50人以下
また、個人住民税と法人住民税については、特に扶養家族など、それぞれの状況で控除額が大きく異なるため、検証の対象に含めないこととします。
ここに注目!法人成りの節税効果
③の条件に設定すると、課税所得がゼロになるため、法人税と法人事業税はかかりません。
この場合は、法人住民税の「均等割り」だけ支払えば済みます。
また、役員報酬は、一般労働者と同じく給与所得控除があります。
給与所得控除は、給与所得者の必要経費と言われ、実際の支出がなくても一定額を控除できます。
個人事業者が法人成りし、役員報酬をもらう場合は、通常の経費に加えて給与所得控除額を差し引くことができます。
このため、経費の二重計上とも言えますが、個人の社会保険料は増額になるためご注意ください。
給与所得控除
給与等の収入金額 (給与所得の源泉徴収票の支払金額) | 給与所得控除額 |
---|---|
1,800,000円以下 | 収入金額×40% |
650,000円に満たない場合には650,000円 | |
1,800,000円超 3,600,000円以下 | 収入金額×30%+180,000円 |
3,600,000円超 6,600,000円以下 | 収入金額×20%+540,000円 |
6,600,000円超 10,000,000円以下 | 収入金額×10%+1,200,000円 |
10,000,000円超 | 2,200,000円(上限) |
シミュレーション:利益が500万円
利益が500万円ある場合を検証すると、会社設立での法人成りによって約14万円の節税になることがわかります。
法人成りを検討し始める目安として、500万円は妥当な金額であると言えるでしょう。
個人事業主の税金
所得税が36万6,500円、事業税が10万5,000円で、個人事業主としての税額は47万1,500円です。
所得税=(利益-青色申告特別控除額-所得控除額)×税率-税額控除
=(500万円-65万円–基礎控除38万円)×20%-427,500円
=36万6,500円
事業税=(利益-事業主控除)×税率
=(500万円-290万円)×5%
=10万5,000円
法人成りの税金
役員報酬の所得税が26万4,500円、法人住民税の均等割額が7万円で、法人成りした場合の税額は33万4,500円です。
役員報酬の所得税=(利益-給与所得控除)×税率-税額控除
=(500万円-154万円)×20%-427,500円
=26万4,500円
法人住民税の均等割額=7万円 (資本金1千万円以下、従業員50人以下の場合)
シミュレーション:利益が700万円
次は、500万円から700万円とした利益水準のうち、700万円のケースについて検証します。
所得税率は23%、所得税の税額控除が63万6千円、給与所得控除が190万円に、それぞれ増加しますが、残りの条件は500万円と同じです。
利益が700万円ある場合を検証すると、法人成りすることにより約34万円の節税になることがわかります。
法人成りを検討する目安として、700万円も妥当な金額であると言えます。
個人事業主の税金
所得税が73万7,100円、事業税が20万5,000円で、個人事業主としての税額は94万2,100円です。
所得税=(利益-青色申告特別控除額-所得控除額)×税率-税額控除
=(700万円-65万円–基礎控除38万円)×23%-636,000円
=737,100円
事業税=(利益-事業主控除)×税率
=(700万円-290万円)×5%
=205,000円
法人成りの税金
役員報酬の所得税が53万7千円、法人住民税の均等割額が7万円で、法人成りした場合の税額は60万7,000円です。
役員報酬の所得税=(利益-給与所得控除)×税率-税額控除
=(700万円-190万円)×23%-636,000円
=537,000円
法人住民税の均等割額=7万円 (資本金1千万円以下、従業員50人以下の場合)
シミュレーション:利益が1,000万円
最後は、利益水準の目安を超え、消費税の納税基準となる1,000万円のケースについて検証します。
所得税率は33%、所得税の税額控除が153万6,000円、給与所得控除が220万円に、それぞれ増加しますが、残りの条件はこれまでと同じです。
利益が1,000万円ある場合を検証すると、法人成りすることにより約67万円の節税になることがわかります。
利益1,000万円は、消費税課税事業者にも該当するため、法人成りの検討に値する利益水準でしょう。
個人事業主の税金
所得税が142万4,100円、事業税が35万5,000円で、個人事業主としての税額は177万9,100円です。
所得税=(利益-青色申告特別控除額-所得控除額)×税率-税額控除
=(1,000万円-65万円–基礎控除38万円)×33%-153万6,000円
=142万4,100円
事業税=(利益-事業主控除)×税率
=(1,000万円-290万円)×5%
=35万5,000円
法人成りの税金
役員報酬の所得税が103万8,000円、法人住民税の均等割額が7万円で、法人成りした場合の税額は110万8,000円です。
役員報酬の所得税=(利益-給与所得控除)×税率-税額控除
=(1,000万円-220万円)×33%-1,536,000円
=103万8,000円
法人住民税の均等割額=7万円 (資本金1,000万円以下、従業員50人以下の場合)
法人成りをして、消費税の課税時期を先送りできるメリットも
消費税を先送りできる
消費税は、売上が1,000万円を超えた場合に納税義務が発生します。
ただし、課税は、2年前の売上額が1,000万円を超えた場合に始まることがポイントです。
つまり、1,000万円を超える売上がある場合でも、起業して2年目までの個人事業主は、消費税が免税です。
この場合と同様、資本金1,000万円未満で法人成りする場合は、原則として、設立から2年間消費税が課されないルールがあるため、消費税の課税時期を先送りできるメリットがあります。
このため、法人成りは、このルールを利用して消費税の支払いを先送りする節税対策としても、利用されることが多くなっています。
法人成りの手続きについて
ここからは法人成り・法人化の手続きについて紹介します。
法人成りの手続きは、主に下記の3つです。
- ・法人の設立
- ・資産の移動
- ・個人事業主の廃業
では詳しくみていきましょう。
法人の設立
法人成りの第1歩は、法人の設立です。
具体的には、下記のような手続きを行います。
- ・定款の作成
- ・資本金の振込
- ・登記
まずは定款という「会社のルール」を定めます。
記入すべき項目は決まっており、記入漏れがあると受理されないため、抜かりなく作成しておきましょう。
次に資本金を口座に振り込みます。
創業者の個人資産を、別の口座に振り込んで、その履歴を「資本金の振込」として認識します。
会社の情報を法務局に登録する「登記手続き」を行います。
さらに税務署・労働基準監督署への届出、社会保険の加入手続きも必須です。
法人設立の詳しい手順については、下記の記事を参照ください。
→最短で法人設立する方法|やっておくべき事前準備と具体的な流れ
資産の移動
法人が設立できたら、事業にかかわる個人資産を法人へと移動させます。
移動させる方法は売買契約・現物出資・賃貸借契約と3種類あります。
資金の移動に関しては、自分だけで判断せずに、税理士に相談しながら行いましょう。
なぜなら手続きが複雑であったり、資産の種類によっては税務の処理が大変だったりするからです。
個人事業の廃業
資産の移動が終われば、個人事業主の廃業手続きをします。
所属する都道府県・地方自治体に行って、廃業届を出してください。
まとめ
法人成りを検討する利益の目安として、500万円から700万円が妥当な水準であり、会社設立による節税のメリットを受けられることがお分かりいただけたことでしょう。
さらに、1,000万円前後の利益がある場合は、消費税の課税が先送りされるメリットもあるため、法人化を検討することがおすすめです。
ただし、個人事業主が法人成りを検討する際は、確かに節税できるかどうかが重要なポイントです。
したがって、利益に対する税額を具体的に計算した上で、法人成りすべきかどうかを判断することが重要です。