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最終更新日:2025/2/13

【国が敗訴】総則6項を巡る仙台薬局事件、今後どうなる?|令和6年8月28日東京高裁判決

高山弥生(税理士)
この記事の執筆者税理士 高山弥生

ベンチャーサポート相続税理士法人 税理士。

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書籍:税理士事務所スタッフは見た!ある資産家の相続
Twitter:@takayama1976

総則6項を巡る仙台薬局事件

令和6年8月28日、非上場株式の相続税評価を巡る事件について東京高等裁判所で判決があり、裁判所は「類似業種比準方式を適用した納税者側」を支持し、「評価会社による専門的評価をすべきとする国税当局側」は敗訴しました。(TAINSコード:Z888-2667

時価とは

相続税において、財産は「時価」で評価するとされています。現預金や上場株式のようなわかりやすい財産はともかくとして、土地や非上場株式などの時価、つまりは客観的な交換価値がいくらなのかは、売却しないとわかりません。そこで、通常は「財産評価基本通達」に従って評価した額を使用します。この通達に従って評価したものは時価とみなしてもらえるからです。

財産評価基本通達は、税務署の職員にとっては職務命令として従う必要がありますが、納税者には法的拘束力はなく、従う義務はありません。義務はないものの、たとえば不動産であれば不動産鑑定士に鑑定を依頼するなど他の評価手段をおこなう場合に発生する金銭的な負担がなく、そもそもどうしてその評価手段が合理的なのかといった根拠も問われないため、納税者側も財産評価基本通達に基づいて評価しています。

総則6項

国税庁長官が発する財産評価基本通達ですが、万能ではありません。「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」という一文があり、たとえ財産評価基本通達に従って評価している場合でも、その評価額が認められないことがあります。この一文が「総則6項」です。 

流れが変わるきっかけとなった<札幌事件>

これまで、国税当局による総則6項の適用は、評価額と時価との間に大きな乖離があることを重視したものとなっており、裁判においても、ほぼ国税当局側による総則6項の適用が認められ、納税者側が敗訴となってきました。

その潮目が変わったのが札幌事件(令和4年4月19日最高裁判決)です。札幌事件は、高齢の被相続人が亡くなる直前に金融機関などから多額の借入をして不動産を購入し、評価通達によって評価することで納税額を0円と申告したところ、国税当局が総則6項によって否認し、裁判となった事件です。             

札幌事件は結果としては納税者側が敗訴したものの、最高裁はこれまでのような、大きな乖離があることだけを重視して総則6項の適用を認めたのではありませんでした。  

最高裁は、国税当局が通達に従って評価をしていることは周知の事実であり、特定の納税者だけ鑑定評価とするのは、合理的な理由がないのであれば、租税法の適用に関しては同じ状況のものは同様に取り扱われるべきであるとする租税法上の一般原則としての平等原則に違反するものとして違法であると述べた上で、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、鑑定評価であっても平等原則に違反するものではないとしました。

札幌事件は、被相続人が金融機関などから多額の借り入れをして甲乙不動産を購入したのは租税負担の軽減を意図して行ったものであり、このようなことをしない、またはすることのできない他の納税者との間に看過し難い不均衡を生じさせ、これは実質的な租税負担の公平に反するとして、鑑定評価で評価することに合理的な理由がある、と判示したのです。             

金融機関から多額の借入をして不動産を購入するという節税手法は富裕層しかできません。このような行為をせず、またはすることのできない他の納税者と上告人らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するといえますので、通達評価でなく鑑定評価に合理的な理由があるとして裁判所は総則6項の適用を認めたのです。

仙台薬局事件の概要<令和6年8月28日判決>

上述の札幌事件は、仙台薬局事件(令和6年8月28日東京高裁判決)に大きな影響を及ぼします。

仙台薬局事件とは、地方の有力薬局と大手企業とのM&Aの話が持ち上がり、売買契約締結に至る前段階である基本合意書(1株当たりの予定売買価格:約10万5,000円)の締結直後に、地方の有力薬局のオーナー社長の相続が発生し、まだ株式の譲渡をしていない段階だったため、株の評価は類似業種比準価額(1株当たり:約8,000円)で申告したところ、国税当局は総則6項を適用し、評価会社による専門的評価額(1株当たり:約8万円)で更正処分を行い、これを相続人が不服として裁判になった事件です。

事件の経緯
2014.01.16 地方の有力薬局の代表者が、自社株式の売却等のため大手企業と秘密保持契約を締結
2014.02.28 代表者が都市銀行とM&Aのアドバイス契約を締結
2014.05.29 株価を1株当たり約10万5,000円として、大手企業と売却協議の基本合意を締結
2014.06.11 代表者死去(相続発生)
2014.07.14 相続人が株式譲渡を引き継ぎ、大手企業へ基本合意書どおりの価格で株式を売却
2015.02.27 相続人が、国税庁の通達に基づき1株当たり約8,000円で相続税を申告
2018.08.07 国税当局が「総則6項」を適用。専門家に依頼して算定した株価(1株当たり約8万円)に基づき更正処分等を行う
2021.01.26 課税処分を不服とした相続人が、東京地裁に提訴
2024.01.18 東京地裁判決、納税者側勝訴
2024.08.28 東京高裁判決、納税者側勝訴

国税不服審判所の裁決が出た時点では、札幌事件の最高裁令和4年判決が出ておらず、不服審判所は従来どおり、大きな乖離があることを重視し、総則6項の適用を認めました。その後、相続人は提訴します。東京地方裁判所、続いて東京高等裁判所は不服審判所とは逆の判決を下します。判決日が札幌事件判決の後であり、地裁も高裁も最高裁の判決を踏襲したものとなったからです。

札幌事件は、個別事件としては総則6項の適用が認められましたが、総則6項を適用するためには大きな乖離だけでなく、実質的な租税負担の公平に反するという合理的な理由が必要とされていました。仙台薬局事件において、相続開始前に株式譲渡契約が締結され、売買が成立した後に相続開始となったならば、相続財産として多額の金銭があったはずで、被相続人、相続人の行為は租税回避どころか相続税額が跳ね上がるものであり、他の納税者との租税負担の不公平は生じていません。高裁は合理的な理由がないとして総則6項の適用を認めず、国税当局は上告を断念、納税者勝訴が確定したのです。

株式評価額の乖離
株式価格の種類 1株当たり
2014年の基本合意時点での価格 10万5,068円
2015年の相続税申告の額(国税庁の通達に基づき算出) 8,186円 約10倍の乖離
2018年に国税当局が更正処分等をした額(DCF法で算定) 8万373円

税理士の見解 〜総則6項の適用を巡って~

実務に携わる者としては、通達評価額と時価の差がどのくらいあると総則6項の適用があるのか、不動産を取得して相続開始直後に売却すると総則6項の適用があるのではないか、といった指標を求めてしまいますが、その部分は裁判では判示されていません。

通達評価と時価との間に大きな乖離があった場合、どちらで申告するのがよいのでしょうか。

通達評価の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情があるかどうかを念頭に置きつつ、お客様と丁寧に向き合って一緒に答えを出していくしかないと考えています。

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