

東京弁護士会所属。新潟県上越市出身。
建物の取り壊しや土地売却などに伴う立ち退き問題は、生活基盤や事業拠点に関わる重大な局面であり、金銭面だけでなく精神的にも大きな負担となります。
適正な立ち退き料を算出・獲得するためには、法律の知識はもちろん、不動産価値の評価や移転に伴う経済的損失を正確に把握する視点が欠かせません。 私は証券会社や金融機関での10年以上の実務経験を活かし、客観的なデータに基づいた説得力のある交渉を行うことを得意としています。 依頼者様の不安に寄り添い、経済的・心理的に最善の結果を得られるよう尽力いたします。まずはお気軽にご相談ください。
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書籍: 他の専門家から声がかかる 事業承継弁護士養成講座

福岡で立ち退きが起きやすい背景には、3つの事情が重なっています。天神・博多の2大プロジェクトによるビルの建替え、都市再開発法に基づく市街地再開発事業、そして移転先が見つかりにくい賃貸市場です。
この3つは、どれも「再開発」という言葉でひとくくりにされがちです。しかし法律の世界では、市の誘導制度を使った民間ビルの建替えと、都市再開発法に基づく市街地再開発事業は、まったく別のものとして扱われます。前者であれば借地借家法、後者であれば都市再開発法が適用され、あなたが争える点も、守るべき期限も変わります。
この章では、福岡で再開発が進む事情を整理しながら、それぞれがあなたの立ち退きにどう関わるのかを確認します。
※本章の地域情報は、執筆時点(2026年10月)の福岡市の公表資料に基づくものです。計画や制度は変更されることがあるため、最新の状況は福岡市のウェブサイトで確認してください。
天神ビッグバンは、規制緩和によって天神の老朽ビルの建替えを一斉に促す福岡市の取り組みです。その中心は個々のオーナーによる建替えですが、エリア内には都市再開発法に基づく市街地再開発事業も3地区あります。
天神は福岡空港に近いため、航空法による建物の高さ制限を受けてきました。福岡市は2014年5月に国家戦略特区に指定され、この高さ制限をエリア単位で緩和できるようになりました。2014年11月には、天神明治通り地区で高さ制限が約67m(地上15階程度)から約76m(地上17階程度)に緩和されています。市はこれに独自の容積率緩和を組み合わせ、2015年2月に天神ビッグバンを始動しました。対象は、天神交差点から半径約500m(約80ha)の区域です。
出典:航空法の高さ制限の緩和|福岡市、天神ビッグバン|福岡市
市がこの取り組みの目的として掲げているのが、警固断層のリスクを踏まえ、更新期を迎えたビルを耐震性の高いビルに建て替えることです。
この「耐震性」は、立ち退きの交渉でオーナー側が持ち出してくる代表的な理由でもあります。建物の老朽化や耐震性の不足は、正当事由の判断で「建物の現況」として考慮されるからです(借地借家法28条)。ただし、裁判所が重く見るのは、耐震診断の結果(Is値など)といった客観的な資料です。「天神は建替えの時期だから」「警固断層があるから」という一般論だけで、あなたの建物について正当事由が認められるわけではありません(「3-3. 正当事由の判断で考慮される貸主側・借主側の事情」参照)。
一方で、天神ビッグバンのエリア内のすべてが、民間の建替えというわけではありません。エリア内には、都市再開発法に基づく第一種市街地再開発事業として都市計画決定された地区が、3つあります。
このように、天神ビッグバンのエリアには、民間の建替えと法定の再開発事業が混在しています。あなたのビルがどちらに当たるかによって、適用される法律は、借地借家法と都市再開発法に分かれます。エリア内にビルがあるというだけでは、自分の立ち退きにどのルールが適用されるかは決まりません。見分け方は「2. 自分の立ち退きは『法定の再開発事業』と『民間の建替え』のどちら?」で解説します。
博多コネクティッドは、博多駅周辺のビルの建替えを誘導する福岡市の取り組みです。制度の中心は民間ビルの建替えであり、テナントであるあなたに退去を求めるには、原則として借地借家法28条の正当事由が必要です。
博多コネクティッドの対象は、博多駅から半径約500m(約80ha)の区域です。地下鉄七隈線の延伸やはかた駅前通りの再整備といった交通基盤の拡充と、容積率などの規制緩和を組み合わせ、耐震性の高いビルへの建替えを進めています。市の公表によれば、2019年1月から2026年3月末までに建築確認申請が出されたビルは35棟、2026年3月末時点で竣工したビルは30棟です。2028年末までに約35棟の建替えが見込まれています。
出典:博多コネクティッド|福岡市
博多駅前で特に争点になりやすいのが、立地への依存度です。駅直結や地下街との接続を前提に営業している飲食店、物販店、クリニックなどは、少し離れた場所に移るだけで客足を失うことがあります。この事情は、あなたがその場所を使い続ける必要性を示す材料になります。営業補償のうち「得意先の喪失」を算定する際の根拠にもなります(「3-3. 正当事由の判断で考慮される貸主側・借主側の事情」「5-3. 休業や顧客離れによる営業上の損失」参照)。
天神ビッグバンのエリアには、法定の再開発事業として進む地区もあります。これに対して、博多区で市の一覧に掲載されている市街地再開発事業は、執筆時点ではいずれも完了済みのものです。そのため、博多駅周辺で建替えを理由に退去を求められた場合は、オーナーによる民間の建替えとして、借地借家法のルールで判断されることが考えられます。
もっとも、市の一覧は更新されるまでに時間がかかることがあります。「博多だから法定の再開発事業ではない」と決めつけず、自分のビルについては、市の一覧や担当課で最新の状況を確認しておきましょう。
期限内に竣工したビルは容積率の上乗せを受けられるため、オーナーにはテナントの退去を急ぐ経済的な動機があります。しかし、その期限はオーナー側の事情であり、それだけであなたに退去の義務が生じるわけではありません。
天神ビッグバンボーナス認定制度の対象は、2024年12月31日までに竣工予定のビルと、感染症対策などに取り組み2026年12月31日までに竣工予定のビルです。複数の街区にまたがって段階的・連鎖的に建て替える計画については、期限が個別に判断されます。博多コネクティッドボーナスの対象は、2028年12月31日までに竣工予定のビルです。2026年10月時点で、これらの期限の延長や変更は公表されていません。
出典:天神ビッグバンボーナスとは|福岡市、博多コネクティッド|福岡市
ボーナス認定を受けたビルは、市独自の容積率緩和制度(都心部機能更新誘導方策)の緩和幅が拡大され、緑化やパブリックアートの設置などの取り組みに応じて、最大で+50%の緩和を受けられます。容積率が上がれば、同じ敷地により大きなビルを建てられ、賃料収入も増えます。オーナーから見れば、期限内に竣工できるかどうかは大きな経済的利益に直結します。テナントに退去を急がせる動機は、ここから生まれます。
ただし、ボーナスの期限は、あくまでオーナーが容積率の上乗せを受けるための条件です。あなたとの賃貸借契約を終わらせる法的な根拠にはなりません(「3-2. 『再開発のため』『ボーナスの期限があるため』だけでは正当事由として足りないことがある」参照)。
見方を変えれば、期限が迫っているオーナーほど、交渉が長引くこと自体が負担になります。早く合意することに経済的なメリットがあるため、期限の存在が、あなたの側の交渉材料になることもあり得ます。もっとも、それによって必ず立ち退き料が上がるわけではなく、オーナー側の計画の状況や、あなたの事情を資料で示せるかどうかによって結果は変わります。
天神の2026年12月31日の期限は、執筆時点で残り3カ月を切っています。段階的・連鎖的な計画には個別の期限が設定されている場合もあるため、オーナーが示す「期限」が何を指しているのかは、市の公表資料で確認しておきましょう。
天神・博多では、同じ条件の移転先を近くで見つけるのが難しいことがあります。この事情は、正当事由の判断でも立ち退き料の算定でも、あなたにとって有利な材料になり得ます。
福岡市では人口の増加が続いており、都心部ではオフィスや店舗の需要が高い状態にあります。建替えで新しくなったビルは賃料水準も上がることがあるため、同じ広さ・同じ賃料・同じ立地という条件で移転先を探すのは容易ではありません。
近くに代わりとなる物件がないことは、あなたがその建物を使い続ける必要性を重くする事情になります。また、移転先との賃料差額や、移転先での内装工事費が大きくなれば、それは立ち退き料の算定にも反映されます(「5-2. 移転にかかる実費」参照)。
ここで大切なのが、物件を探した経過を記録しておくことです。不動産会社への問い合わせ、内見の記録、移転先の見積書などは、「探しても見つからなかった」「移ればこれだけ費用がかかる」という事実を示す資料として、そのまま交渉や訴訟で使えます。
法定の市街地再開発事業であれば、正当事由を争うのではなく、新しいビルに入るか、転出して補償を受けるかを選ぶ手続きになります。民間の建替えや売却であれば、借地借家法28条の正当事由と立ち退き料が問題になります。どちらに当たるかによって、争い方そのものが変わります。
あなたが最初にすべきことは、相手の言い分に答えることではなく、自分の立ち退きがどちらの手続きに基づくものかを確かめることです。
法定の再開発事業では「どのような条件を確保するか」が、民間の建替えでは「そもそも出ていく必要があるのか」が、交渉の中心になります。
法定の市街地再開発事業は、都市計画決定、組合設立の認可、権利変換計画の認可という法律上の手続きを経て進みます。最終的には明渡しを強制される仕組みもあります。そのため、退去を拒むことよりも、新しいビルでの家賃や補償額といった条件をどう確保するかが重要になります(「4. 市街地再開発事業の対象になったら借家人にはどんな権利がある?」参照)。
ここで注意したいのは、借家人は再開発組合の組合員にならないという点です。組合員となるのは、施行地区内の宅地について所有権または借地権を持つ人です(都市再開発法20条1項)。あなたには、事業の意思決定に参加する議決権がありません。補償額や新しいビルでの入居条件は、あなた自身が主張しなければ反映されにくい仕組みになっています。なお、自宅や自社ビルの敷地を所有している場合や、借地権を持っている場合は、組合員として扱われるため、立場が異なります。
これに対して、民間の建替えや売却では、都市再開発法のような手続きで明渡しが進むことはありません。普通借家契約であれば、貸主は、正当事由がなければ更新を拒絶したり解約を申し入れたりできません(借地借家法28条)。あなたが直ちに退去に応じる義務はなく、条件の話に入る前に、そもそも退去に応じる必要があるのかを争えます(「3. 民間の建替えや売却による立ち退きは拒否できる?」参照)。
あなたの立ち退きが法定の再開発事業と民間の建替えのどちらに当たるかは、「都市計画」「通知の差出人」「事業の段階」の3点を確認すれば、おおむね判断できます。
1つ目は、都市計画です。自分の建物がある場所について、「第一種市街地再開発事業」の都市計画決定がされているかを確認します。福岡市のウェブサイトの「市街地整備の状況」から区ごとのページを開くと、市街地再開発事業の地区名、都市計画決定日、区域面積、事業が完了しているかどうかを確認できます。事業がどこまで進んでいるかは、各地区のページの「お知らせ」で確認できます。都市計画決定がなければ、法定の再開発事業として進んでいる可能性は低く、民間の建替えとして借地借家法で判断されることになります。
2つ目は、通知の差出人です。「〇〇地区市街地再開発組合」のように認可を受けた組合の名義であれば、法定の再開発事業の手続きが始まっている可能性があります。「〇〇準備組合」「〇〇協議会」の名義であれば、まだ組合設立の認可前の段階です(「2-3. 『再開発準備組合』からの退去要請には法的な強制力がない」参照)。ビルのオーナーや新しい所有者、管理会社の名義であれば、民間の建替えや売却であることが珍しくありません。
オーナーからの通知や説明の中で、「このビルは市のボーナス認定を受けている」と言われることもあります。しかし、天神ビッグバンボーナスや博多コネクティッドボーナスの認定は、市の誘導制度上の認定であり、都市再開発法に基づく手続きではありません。「市の認定を受けた計画だから従うしかない」と考える必要はありません。ボーナス認定を受けているかどうかと、どの法律が適用されるかは別の問題です。法定の再開発事業でなければ、適用されるのは借地借家法です。
3つ目は、事業の段階です。法定の再開発事業は、構想・準備組合、都市計画決定、組合設立の認可・事業計画の認可、権利変換計画の認可、明渡しという順序で進みます。今どの段階にあるかによって、あなたが使える手段も、迫っている期限も変わります。たとえば、組合設立の認可の公告があれば、そこから30日の転出申出の期限が始まります(「4-2. 転出を選ぶなら組合設立認可の公告から30日以内の申出が必要」参照)。
市のウェブサイトは、計画の変更が反映されるまでに時間がかかることがあります。最新の段階は、施行者や市の担当課に直接確認するのが確実です。
再開発準備組合は、組合設立の認可を受ける前の任意の団体です。準備組合から退去を求められても、それは任意の交渉にすぎず、都市再開発法による強制的な明渡しの効力はありません。
都市再開発法に基づいて明渡しを求められるのは、組合設立の認可、権利変換計画の認可を経て権利変換期日を迎えた後、工事のため必要があるときです(同法96条1項)。
準備組合は、この手続きを進める主体ではありません。そのため、準備組合の段階では、あなたとオーナーとの賃貸借には、引き続き借地借家法が適用されます。オーナーが退去を求めるのであれば、正当事由が必要なことに変わりはありません。
ところが、準備組合から「再開発が決まったので退去を」と言われると、法定の手続きがすでに始まっていると思い込み、そのまま応じてしまうことは珍しくありません。準備組合の名称には「再開発」という言葉が入っており、配られる書面も、認可を受けた組合の通知と見た目がよく似ているからです。
一方で、組合設立の認可の公告があれば、状況は変わります。都市再開発法の手続きが始まり、転出を申し出るかどうかの30日の期限も動き出します(「4-2. 転出を選ぶなら組合設立認可の公告から30日以内の申出が必要」参照)。準備組合の段階なのか、認可を受けた後なのかによって、あなたが取るべき対応は大きく変わるということです。
福岡でも、この境目にある地区があります。天神二丁目南ブロック駅前東街区では、2026年7月23日に「施行地区となるべき区域」の公告が行われ、同年10月には組合設立の認可に向けた事業計画案の縦覧も行われました。組合設立の認可はまだ出ていません(2026年10月時点)。認可の公告がいつ行われるかによって、それまでの任意の交渉から、期限のある法律上の手続きへと切り替わります。自分のビルがある地区が今どちらの段階にあるのかは、市の公表資料や施行者に確認しておきましょう。
また、準備組合から「再開発への同意書」の提出を求められることもあります。事業への賛同にとどまる内容であることが珍しくありませんが、文言によっては、明渡しを承諾したと読める条項が含まれていることがあります。法的な強制力がない段階でも、署名した書面は、その後の交渉で持ち出されることがあります。内容を確かめてから署名しましょう(「6-3. 同意書・合意書・承諾書にすぐ署名しない」参照)。
民間の建替えや売却を理由に退去を求められても、普通借家契約であれば、貸主には正当事由が必要であり、あなたが直ちに応じる義務はありません(借地借家法28条)。正当事由が認められるかどうかは、双方の事情と立ち退き料の額を総合して判断されます。
貸主には、退去を求める時期についての制限もあります。期間の定めのある契約で更新を拒絶するには、期間満了の1年前から6カ月前までの間に通知しなければなりません(同法26条1項)。期間の定めのない契約では、解約の申入れから6カ月を経過しなければ、契約は終了しません(同法27条1項)。
もっとも、「拒否すれば必ず借り続けられる」という単純な話ではありません。貸主側の事情が強ければ、立ち退き料の支払いと引換えに明渡しが認められることもあります。結論を左右するのは、あなたの側の事情をどれだけ具体的に示せるかです。
貸主があなたとの賃貸借契約を終わらせるには、正当事由が必要です。正当事由を欠く更新拒絶や解約申入れは、効力を生じません。
借地借家法28条は、正当事由を判断する際の考慮要素として、次のものを挙げています。
このうち最後の「財産上の給付」が、いわゆる立ち退き料です。条文上、立ち退き料は独立した要件ではなく、正当事由を判断する要素の一つという位置づけです。立ち退き料が提示されたからといって、それだけで正当事由が認められるわけではありません。
正当事由を欠く更新拒絶の通知は、同法28条により効力を生じません。有効な通知がなかったことになるため、契約は従前と同一の条件で更新されたものとみなされます(同法26条1項)。オーナーから通知が届いても、正当事由がなければ、あなたは今までどおりの条件で借り続けることができます。
建替えや土地の高度利用は、貸主側の事情として考慮されますが、それだけで正当事由が認められるわけではありません。ボーナスの期限も、貸主の経済的な事情にとどまり、あなたに退去を急がせる法的な根拠にはなりません。
建替えを理由とする場合、裁判所が見るのは、その計画がどこまで具体的に進んでいるかです。設計の進み具合、建築確認の見通し、資金の手当て、他のテナントの退去状況などが判断材料になります。「建替えを検討している」という構想段階の計画は、具体性に乏しいと評価されることがあります。また、建設費の高騰などで計画が見直されれば、貸主側の必要性の評価も変わり得ます。
天神ビッグバンや博多コネクティッドのように、行政の政策に沿った建替えであることは、公益性を示す一つの事情として考慮される可能性はあります。しかし、政策に沿った建替えだからといって、オーナーの事情が、その場所で生活や営業を続けるあなたの事情より当然に重く見られるわけではありません。正当事由は、あくまで、あなたとオーナーとの間の個別の事情を比べて判断されるものだからです。
オーナーから言われやすい「ボーナスの期限があるので」という言葉も、同じように考えることができます。ボーナスの期限は、オーナーが容積率の上乗せという経済的な利益を得るための条件です。期限に間に合わなければオーナーの収益は減りますが、それはオーナー側の経営上の事情にすぎません。
借地借家法が貸主に正当事由を求めているのは、貸主の都合だけで、借主の生活や営業が一方的に奪われないようにするためです。収益を増やしたいというオーナーの事情だけでは、あなたとの契約を終わらせる理由として十分とはいえません。
正当事由の判断は、貸主の「建て替えて高度利用したい」という必要性と、あなたの「この場所でなければ営業や生活が成り立たない」という必要性を比べて行われます。あなたの事情を資料で示せるかどうかで、判断の結果は変わります。
あなたの側で重く評価され得る事情には、次のようなものがあります。
一方、貸主側の事情としては、耐震性の不足、修繕費が過大であること、具体的な建替え計画などが挙げられます。
このうち、福岡で主張されることがあるのが、警固断層を背景にした耐震性の不足です。耐震性の主張は、資料の有無によって評価が大きく分かれます。耐震診断を実施していない、あるいは結果を示さないまま「古いから危ない」と主張するだけであれば、貸主側の事情として重視されにくいのが実態です。逆に、Is値などの客観的な診断結果によって耐震性の不足が具体的に示されれば、貸主側の必要性は重く評価されます。この場合は、あなたの生計を維持する必要性が強くても、立ち退き料と引換えに明渡しが認められることがあります。
こうして双方の事情を比べた結果、貸主側の事情だけでは足りない場合に、その不足を補うのが立ち退き料です。立ち退き料は補完的な要素であり、払えば必ず正当事由が認められるというものではありません。貸主側の必要性がもともと弱ければ、どれだけ金額を積み上げても、明渡しが認められないことがあります。
反対に、貸主側にも一定の必要性があれば、立ち退き料の額が結論を左右します。そして、その額は、貸主が最初に提示した金額にとどまるとは限りません。最高裁は、貸主が「300万円もしくはこれと格段の相違のない範囲内で裁判所の決定する額」を支払う意思を示していた事案で、500万円の立ち退き料と引換えに明渡しを命じた判断を相当としています(最高裁昭和46年11月25日判決/民集25巻8号1343頁)。また、解約の申入れ後に立ち退き料の提供や増額を申し出た場合でも、正当事由の判断で考慮できるとしています(最高裁平成3年3月22日判決/民集45巻3号293頁)。
この判例のとおり、貸主が訴訟の途中で立ち退き料を引き上げてくることもあります。最初に提示された金額は、交渉の出発点として出された数字にすぎないことが珍しくありません。
建替えを見込んでビルが売却されても、あなたの賃貸借契約は、そのまま新しいオーナーに引き継がれます。新しいオーナーから退去を求められても、普通借家契約であれば、正当事由が必要です。
天神・博多では、建替えを前提にビルが売却され、新しいオーナーから「建て替えるので退去してほしい」と求められる場面があります。所有者が代わったと聞くと、契約もそこで終わるように感じるかもしれません。
しかし、オーナーが代わったという理由だけで、あなたに出ていく義務が生じることはありません。
建物の引渡しを受けて使っている借主は、その後に建物を取得した新しい所有者に対しても、賃貸借を主張できます(借地借家法31条)。賃貸人の地位も、原則として新しい所有者に移ります(民法605条の2第1項)。新しいオーナーが退去を求める場合も、旧オーナーのときと同じく正当事由が必要です(借地借家法28条)。
なお、旧オーナーに預けた敷金を返還する義務も、新しい所有者に引き継がれます(民法605条の2第4項)。
「建替えまでの期間限定」「暫定利用」として入居していても、契約の実質によっては普通借家として扱われ、正当事由が必要になることがあります。契約書の不利な特約も、そのとおりの効力が認められるとは限りません。
建替えが予定されたビルでは、「建替えまでの期間限定」「暫定利用」という条件で出店や入居をしているケースが少なくありません。この場合に問題になるのは、その契約の実質が、定期借家契約なのか、一時使用目的の賃貸借(借地借家法40条)なのか、普通借家契約なのかです。どれに当たるかによって、退去を求められたときの結論が変わります。
定期借家契約として認められるには、公正証書などの書面(または電磁的記録)で契約しなければなりません(同法38条1項・2項)。さらに貸主は、契約の前に、更新がなく期間満了で終了することを記載した書面を交付して説明しなければならず(同条3項)、この説明をしなかった場合は、更新しない旨の定めが無効になります(同条5項)。この説明の書面は、契約書とは別個独立の書面であることが必要です(最高裁平成24年9月13日判決/民集66巻9号3263頁)。契約書に「本契約は更新しない」と書かれているだけでは足りないということです。
また、期間が1年以上の定期借家契約では、貸主は期間満了の1年前から6カ月前までの間に、契約が終了する旨を通知しなければなりません(同条6項)。
一時使用目的の賃貸借と認められるのは、賃貸借の目的や動機などの事情から、短期間に限って存続させる趣旨であることが客観的に判断できる場合に限られます。契約書に「一時使用」と書かれていても、実態が伴わなければ普通借家と扱われることがあります。
契約の種類とあわせて確認しておきたいのが、契約書の特約です。「建替えが決まったら無条件で退去する」「立ち退き料は請求しない」といった条項は、借主に不利な特約として、普通借家契約では効力が否定される場合があります(同法30条)。
ただし、すべての特約が無効になるわけではありません。造作買取請求権(同法33条)を排除する特約は有効です。借主に不利な特約を無効とする同法37条は、対象として31条・34条・35条を挙げており、33条を含めていないからです。この場合でも、内装への投資は、立ち退き料の算定の中で主張することになります(「5-5. 内装・設備への投資や原状回復費用の扱い」参照)。
「どうせ無効だろう」「署名した以上は従うしかない」と自分で結論を出さず、条項ごとに有効性を確認することが大切です。
あなたの立ち退きが法定の市街地再開発事業によるものであれば、借家人であっても、原則として新しいビルに入居する権利を得られます。入居を望まなければ、転出して補償を受けることもできます。再開発と聞くと「追い出されるしかない」と考えてしまいがちですが、制度は、借家人も新しいビルに戻れることを原則としています。
この場面では、民間の建替えのように正当事由の有無を争うことはありません(「2-1. どちらに当たるかで適用される法律と交渉の進め方が変わる」参照)。その代わりに、新しいビルに戻るか転出するかの選択、新しいビルでの家賃などの条件、補償額をめぐって、決められた手続きと期限の中で自分の権利を主張していくことになります。
福岡でも、天神一丁目15・16番街区、天神二丁目南ブロック駅前西街区、天神二丁目南ブロック駅前東街区の3地区で、第一種市街地再開発事業が都市計画決定されています(「1-1. 天神ビッグバン|航空法の高さ制限緩和をきっかけに天神の老朽ビルが一斉に建替え期へ」参照)。各地区の段階は異なるため、自分のビルがある地区の最新の段階は、市の公表資料や施行者に確認してください。
権利変換計画では、もとの建物の借家人に、新しいビルの一部について借家権が与えられるよう定めなければなりません(都市再開発法77条5項)。あなたが希望しない旨を申し出た場合を除き、新しいビルに戻る道は制度上確保されています。
ただし、戻れることと、戻って事業が成り立つことは、分けて考える必要があります。新しいビルの家賃は再開発後の水準で決まるため、従前より上がることがあります。工事期間の数年間は仮店舗や仮住まいで過ごすことになり、その間に常連客が離れてしまうおそれもあります。なお、仮店舗や仮住まいにかかる費用は、明渡しによって通常受ける損失として補償の対象になり得ます(同法97条)。
戻るか転出するかによって変わるのは、事業の採算だけではありません。受け取るお金にかかる税金の扱いも変わります。転出して補償金を受け取る場合でも、収用等の場合の特別控除(租税特別措置法33条の4)の対象になるのは、新しいビルで与えられる床が著しく小さいため権利変換を受けられない場合や、老齢・身体の障害などの「やむを得ない事情」があると施行者が認めた場合などに限られます(同法33条1項3号の2)。こうした事情がなく、自分の判断で転出を選んだ場合は、この特例の対象になりません。一方、土地や建物を所有している方が権利変換で新しいビルの一部を取得する場合は、課税の繰延べ(同法33条の3)が問題になります(「8-4. 立ち退き料に税金はかかる?」参照)。
このように、戻るか転出するかは、事業の採算、仮営業の負担、補償額、税金を総合して判断すべき選択です。新しいビルの家賃の見込みや補償額の見通しなど、判断材料をそろえてから決めることが大切です。
宅地の所有者や借地権者が新しいビルに戻らず転出したい場合は、組合施行の事業であれば、組合設立の認可の公告があった日から起算して30日以内に申し出なければなりません(都市再開発法71条1項)。借家権の取得を希望しない借家人も、同じ30日以内に申し出る必要があります(同条3項)。
申出の起算点となる公告は、施行者の種類によって異なります。組合施行であれば組合設立の認可の公告(同法19条1項)、個人施行者や再開発会社であれば施行の認可の公告、地方公共団体などであれば事業計画の決定または認可の公告です。
この期限を過ぎると、原則として、権利変換を受ける前提(借家人であれば、新しいビルで借家権を得る前提)で手続きが進みます。問題は、この30日の時点では、具体的な補償額がまだ示されていないことが珍しくない点です。いくら受け取れるのか分からないまま、戻るか出るかを決めなければならない構造になっています。転出するつもりだったのに、判断を先送りしているうちに期限が過ぎていた、という失敗も起こり得ます。
もっとも、事業が長期化した場合には、判断をやり直せる仕組みがあります。転出の申出期間が過ぎてから6カ月以内に権利変換計画の縦覧が始まらないときは、その6カ月の経過後30日以内に、申出を撤回したり、新たに申し出たりできます(同条4項)。ただし、これは事業が遅れた場合の例外です。最初からこれを当てにせず、30日以内に判断できるよう、公告の前から準備を進めておきましょう。
新しいビルの家賃などの借家条件は、新しいビルの区画を取得する家主とあなたとの協議で決まります(都市再開発法102条1項)。協議がまとまらなければ、申立てによる裁定や、裁定の変更を求める訴えで決着をつける仕組みがあります。
協議の相手方は、原則として施行者ではなく家主です。もとの家主が権利変換によって新しいビルの区画を取得すれば、その家主と協議します。一方、もとの家主が転出し、その区画を施行者が所有することになった場合は、施行者があなたの賃貸人となり(同法77条5項ただし書)、施行者が協議の相手方になります。家主が戻るか転出するかによって、交渉の相手が変わるということです。
施行者が賃貸人になるケースでは、家賃の金額がいつ確定するかにも注意が必要です。権利変換の段階で示される家賃は見込みの額にとどまり、正式な金額は、工事完了後に施行者が確定してあなたに通知します(同法103条1項)。見込みの額だけを見て戻ることを決めると、確定した家賃が想定より高く、思わぬ負担を負うおそれがあります。
家主との協議が、新しいビルの建築工事が完了した旨の公告の日(同法100条2項)までにまとまらないときは、施行者は、当事者の一方または双方の申立てにより、審査委員の過半数の同意などを得て、次の事項を裁定します(同法102条2項)。
申立ては、あなたの側からもできます。協議が平行線のまま放置されるわけではありません。家賃の額を裁定する際には、賃貸人が受けるべき適正な利潤なども考慮されます(同条3項)。
もっとも、裁定に持ち込まれると、あなたの個別の事情は反映されにくくなります。協議の段階で、近隣の賃料水準、従前の家賃との差、営業規模などの根拠を示しておくことが重要です。それでも裁定に納得できない場合は、裁定があった日から60日以内に、協議の相手方を被告として、裁定の変更を求める訴えを起こすことができます(同条6項・7項)。
なお、2026年5月27日に公布された都市再生特別措置法等の一部を改正する法律(令和8年法律第23号)により、102条に新しい規定(2項)が加わります。改正後は、権利変換計画が定められる前の段階から、家主とあなたが互いに家賃などの借家条件の協議を求められるようになります。施行日は公布から1年以内(2027年5月26日まで)の政令で定める日とされ、執筆時点では施行日を定める政令はまだ出ていません。施行後は、裁定は102条3項、適正な利潤の考慮は同条4項、裁定の変更の訴えは同条7項・8項に繰り下がります。
協議を早く始められるようになる分、根拠をそろえて協議に臨む準備も、これまで以上に早める必要があります。
転出する場合は借家権の価額に相当する補償金が、明渡しによって通常受ける損失には損失補償が支払われます。ただし、あなたの側から資料を示さなければ、反映されにくい項目があります。
権利変換を受けない借家人には、借家権の価額に相当する補償金が支払われます(都市再開発法91条)。この補償金の算定の基準となるのは、転出の申出期間(30日)を経過した日です(同法80条1項)。「4-2. 転出を選ぶなら組合設立認可の公告から30日以内の申出が必要」で解説した30日の期限は、戻るか出るかの選択の期限であると同時に、補償額の基準日を決める期限でもあるということです。
また、施行者は、明渡しによって通常受ける損失を補償しなければなりません(同法97条)。移転費用、営業補償、仮店舗・仮住まいの費用などがこれに当たります。
これらの補償額は、公共用地の損失補償基準に準じて算定されることがあります。ここで注意したいのが、休業期間や得意先の喪失といった営業補償の項目です。施行者は手元にある資料の範囲で算定するため、あなたが決算書などを提出して損失を申告しなければ、その分は算定に十分に反映されにくくなります(「5. 立ち退き料・補償金はどのように決まる?」参照)。
一方で、補償の内容に納得できないからといって、明渡しを拒み続ければよいわけではありません。施行者は、期限を定めて明渡しを求めることができます。その期限は、請求があった日の翌日から起算して30日を経過した後の日でなければなりません(同法96条)。なお、補償金(同法91条1項)や損失補償(同法97条3項)が支払われていないうちは、明渡しに応じる義務はありません(同法96条3項ただし書)。明渡しに応じない場合、制度上は、施行者の請求を受けた都道府県知事などが、行政代執行法に従って代執行をすることができます(同法98条2項)。その費用には、あなたが施行者から受け取るはずだった補償金が充てられることもあります(同条3項)。実際に代執行まで至る例は限られます。それでも、補償額に不服がある場合は、明渡しを拒むのではなく、次に解説する手続きの中で争うことになります。
権利変換計画で定められた補償額に納得できない場合は、収用委員会に裁決を申請して争うことができます。ただし、申請できるのは、権利変換計画の縦覧期間(2週間)内に意見書を提出していた人に限られます。この期間に意見書を出していなければ、後から権利変換計画で定められた補償金の額を争うことはできません。
施行者は、権利変換計画を定めようとするとき、計画を2週間公衆の縦覧に供します(都市再開発法83条1項)。施行地区内の土地や建物に権利を持つ人は、借家人も含めて、この期間内に意見書を提出できます(同条2項)。施行者がその意見を採択しないときは、意見書を出した人にその旨が通知されます(同条3項)。
権利変換計画で定められた価額について収用委員会に裁決を申請できるのは、この不採択の通知を受けた人に限られます。申請の期限は、意見書を採択しない旨の通知を受けた日から30日以内です(同法85条1項)。福岡の事業であれば、福岡県収用委員会が担当します。また、明渡しに伴う損失補償について協議がまとまらない場合も、収用委員会の裁決で決まります(同法97条4項)。
ただし、裁決を申請しても、再開発の事業そのものは止まりません(同法85条2項)。裁決や訴えによって変わり得るのは補償の金額であり、新しいビルのどの区画が誰に与えられるかといった内容は変わりません(同条4項)。争えるのはあくまで金額である、という点を理解したうえで準備を進める必要があります。
権利変換処分そのものに不服がある場合は、審査請求や取消訴訟を検討することになります。審査請求は処分があったことを知った日の翌日から起算して3カ月以内(行政不服審査法18条1項)、取消訴訟は処分があったことを知った日から6カ月以内(行政事件訴訟法14条1項)に行う必要があります。ただし、権利変換計画で定められた価額への不服は、審査請求の理由にすることができません(同法128条1項ただし書)。金額を争う場合は、前述の収用委員会の手続きによることになります。
収用委員会の手続きでは、あなたが決算書、内装への投資額、顧客データなどの根拠資料を示さなければ、施行者側の算定がほぼそのまま採用されることもあります。そして、その主張の土台になるのが、縦覧期間内に提出する意見書です。2週間の縦覧期間が始まってから資料を集め始めたのでは、根拠を示した意見書を作成するのは難しいでしょう。
施行者の算定のどこに漏れや誤りがあるのか、それをどの資料で示すのかによって、結果は変わり得ます。縦覧が始まる前の段階で弁護士や不動産鑑定士に相談しておけば、必要な資料を整理し、意見書の提出から収用委員会での主張まで、一貫した準備を進めることができます。
あなたが受け取る立ち退き料や補償金は、移転にかかる実費、営業上の損失、借家権価格などを積み上げ、交渉や手続きの中で決まります。法律で計算式が定められているわけではありません。
ただし、金額の決まり方は、再開発の種類によって異なります。法定の市街地再開発事業では、公共用地の損失補償基準に準じて補償額が算定されることがあります。一方、民間の建替えでは、立ち退き料は、正当事由をどの程度補う必要があるかに応じて増減します。
立ち退き料は、個別の算定要素によって決まります。「家賃の○カ月分が相場」といった一律の目安はありません。
インターネット上では、立ち退き料の相場を家賃の何カ月分と紹介する情報を見かけることがあります。しかし、移転にかかる費用も、営業上の損失も、借家権の価値も、物件や事業によって大きく異なります。相場とされる数字に当てはめて、提示額の高い安いを判断するのは危険です。
提示額を受け取ったら、その金額がどの項目をどのように計算した結果なのかを確かめましょう。たとえば、休業期間を何カ月とみているのか、家賃差額を何年分とみているのか、営業補償が含まれているのかによって、金額は大きく変わります。こうした計算の前提が分かれば、どの項目が漏れているのか、どの前提が実態と合っていないのかを具体的に指摘できるようになります。
民間の建替えでは、正当事由がどの程度そろっているかによって、必要とされる立ち退き料の額も変わります。貸主側の事情が弱いほど、立ち退き料で補わなければならない部分が大きくなり、求められる金額も高くなり得ます。
移転にかかる実費は、見積書などで金額を示しやすく、立ち退き料や補償額の基礎になる項目です。
主な項目は次のとおりです。
天神・博多では、建替え後の新しいビルの賃料が上がりやすく、近くで同じ条件の空き物件を見つけるのが難しいことがあります(「1-4. 人口増加とオフィス需要の高まりで、天神・博多では移転先が見つかりにくい」参照)。その結果、家賃差額や内装工事費が大きくなることがあります。
金額の裏づけとして、引越業者や内装業者から見積書を複数取っておきましょう。自分で用意した資料が、そのまま交渉の根拠になります。
営業上の損失は金額が大きくなりやすい一方で、資料の裏づけがなければ低く見積もられやすい項目です。
主な項目は次のとおりです。
これらの損失を示すには、決算書、確定申告書、月次の売上資料などが欠かせません。帳簿が整っていないと、損失を裏づけることができず、補償額が低く見積もられてしまうことがあります。
特に争点になりやすいのが、得意先の喪失です。駅直結や地下街との接続など、立地への依存度が高い業態では、移転によってどれだけ顧客を失うかが問題になります。来店客の経路や常連客の割合を示すデータがあれば、この点についての主張を補強できます。
借家権価格とは、その建物を今の条件で借り続けられる地位の経済的な価値です。法定の再開発事業では転出時の補償金の中心となり、民間の建替えでは立ち退き料を算定する要素の一つになります。
たとえば、今の家賃が周辺の相場より低い場合、その差額などを基礎として、借り続けられること自体の価値が評価されます。評価の方法は、不動産鑑定評価基準に定められています。
法定の市街地再開発事業では、転出する借家人に支払われる補償金(都市再開発法91条)は、この借家権の価額をもとに算定されます。
一方、民間の建替えでは、借家権価格の全額が立ち退き料として認められるとは限りません。貸主側の正当事由がどの程度認められるかに応じて、裁判所が金額を調整することがあります。
借家権価格は、評価の手法や前提の置き方によって数字が大きく変わります。不動産鑑定士の意見書があるかどうかで、主張の説得力も変わります(「7-5. 不動産鑑定士・税理士と連携した対応が期待できる」参照)。
なお、借家権価格の計算方法については、関連記事『借家権価格とは?割合や計算方法、立ち退き料の算出方法をわかりやすく解説』で詳しく解説しています。
移転先での内装工事費は移転実費として、まだ回収できていない内装投資は損失として、立ち退き料や補償の算定に含めて主張できます。
貸主の同意を得て取り付けた造作であれば、契約の終了時に、貸主に時価での買取りを求められる場合があります(造作買取請求権。借地借家法33条)。ただし、この権利は特約で排除できるため、契約書で排除されていることも珍しくありません。その場合でも、内装への投資は、立ち退き料の算定要素として主張する余地があります(「3-5. 定期借家・暫定利用の契約や不利な特約にも争える余地がある」参照)。
金額以外の交渉項目として、原状回復義務の免除を求めることも検討しましょう。店舗を内装のない状態(スケルトン)に戻す工事には、大きな費用がかかることがあります。原状回復が免除されれば、その工事費の分だけ、あなたの負担は軽くなります。
こうした主張の裏づけとして、内装工事の契約書や領収書、減価償却資産台帳を保存しておいてください。
公共用地の損失補償基準は、法定の再開発事業では補償額を算定する基準として、民間の建替えでは算定の目安の一つとして使われることがあります。ただし、この基準どおりに算定することが、あなたにとって有利とは限りません。
「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」(昭和37年6月29日閣議決定)とその細則は、国や自治体が公共事業のために土地を取得する際の補償の基準です。市街地再開発事業の補償の実務でも参照されています。
注意したいのは、基準には、補償の対象期間や金額に上限が設けられている項目があることです。実際の損失がその上限を超えていても、基準どおりに算定すれば、補償額は上限で頭打ちになります。
そのため、法定の再開発事業では、基準の枠内で、あなたの損失が漏れなく算定されているかを点検することが重要です。
一方、民間の建替えには、この基準は適用されません。相手方がこの基準に基づく金額を示してくることはありますが、それはあくまで目安の一つであり、上限ではありません。あなたの側は、基準に含まれていない事情も損失として積み上げて主張できます。
立ち退きを求められたら、返事や署名をする前に、自分の契約の種類と、事業の根拠や段階を確認しておきましょう。あわせて、自分の損失を示す資料をそろえておくことが重要です。
立ち退きを求められた直後は、相手から回答や署名を急かされることがあります。しかし、その場で返した一言や、その場で書いた署名が、その後の交渉の前提になります。
この章では、自分で対応した場合に陥りやすい失敗と、その避け方を解説します。
提示された金額について話し始める前に、その場所から退去するかどうかの方針を決めておく必要があります。順序を誤ると、退去すること自体は受け入れたという前提で、交渉が条件だけの話になってしまいます。
立ち退きの交渉では、オーナー側から低い立ち退き料を提示され、思わず「これでは移転費用に足りないので、もう少し上乗せしてもらえませんか」と返してしまうことがあります。移転費用が足りないのは事実であり、その不足分を求めるのは、当然の要求に思えるでしょう。しかし、この一言には、「足りない分さえ上乗せしてもらえれば出ていく」という前提が含まれています。そのため相手からは、あなたが退去そのものには同意した、つまり明渡しの義務を認めたと受け取られるおそれがあります。
そうなると、民間の建替えであれば本来争点になるはずだった「そもそも出ていく必要があるのか」という正当事由の問題を、自分の手で手放すことになります。交渉のテーマは「いくらで出ていくか」に絞られ、相手は増額の幅だけを考えればよくなります。後から「この場所でなければ営業が成り立たない」と主張しても、自分の過去の発言と矛盾してしまいます。
こうした事態を避けるには、金額を提示された時点で、その場で返答しないことが大切です。「検討のうえ、書面で回答します」と伝えて保留するのが、不用意な発言で明渡しを認めたと受け取られないための有効な方法の一つです。
保留している間に、自分の会社や店にとって、その場所で営業を続ける必要性がどれだけあるのかを整理しましょう。たとえば、売上のどれだけが立地に支えられているのか、近くに代わりの物件があるのか、移転すればどれだけの顧客を失うのかといった点です。そのうえで退去するかどうかの方針を決め、金額の話はその後に入ります。
この段階で弁護士に相談しておけば、あなたの事情を整理したうえで、回答書に何を書き、何を書かないかを判断して返事をすることができます。
相手方は、あなたとのやり取りを記録していることがあります。メールやLINE、説明会や面談での発言が、後の訴訟で証拠として使われることがあります。
たとえば、説明会の質疑応答で「移転するなら、いつ頃までにお金が出るのか」と尋ねたことや、担当者とのLINEで「移転先を探し始めています」と送ったことが、問題になることがあります。こうしたやり取りは、明渡しの合意があったことや、あなたがその場所を使い続ける必要性が低いことを示す材料として持ち出されかねません。
説明会を欠席しただけで、法的に不利になるわけではありません(「8-2. 再開発の説明会に参加しないと不利になる?」参照)。出席する場合に気をつけたいのは、発言の内容です。退去の条件や金額について、その場で意見を述べるのは控えましょう。配布資料は、出席したかどうかにかかわらず、入手して保管しておいてください。
あわせて、あなたの側でも、いつ、誰から、何を言われたかを記録しておきましょう。日時、相手の名前、発言の内容をメモしておくだけでも、後で口頭の説明と書面の内容が食い違ったときの証拠になります。
署名を求められた書面は、その性質と文言を確かめてから署名しましょう。一度署名すると、後から取り消すのは容易ではありません。
準備組合から求められる「再開発への同意書」と、オーナーから求められる「明渡し合意書」は、性質が異なります。前者は事業への賛同にとどまることが珍しくありませんが、文言によっては、明渡しを承諾したと読める条項が紛れ込んでいることがあります。
合意書に「本合意書に定めるもののほか、何らの請求もしない」といった清算条項(権利放棄条項)が入っていると、後から営業補償などを追加で請求するのは難しくなります。
署名した後でも、錯誤(民法95条)や詐欺(同法96条)に当たれば、合意を取り消せる場合があります。ただ、錯誤や詐欺があったことはあなたの側で立証しなければならず、実務上のハードルは高いのが実態です。
移転先を探しておくことは交渉の材料になりますが、補償の合意がまとまる前に契約までしてしまうと、交渉で不利になるおそれがあります。
移転先探しが交渉の材料になるのは、探しても条件に合う物件が見つからないという事実が、あなたがその建物を使い続ける必要性を示すからです。見つかった物件の家賃や初期費用も、補償額を算定する根拠になります。
問題は、補償の合意前に移転先と契約してしまうことです。あなたが自分の都合で退去したと受け取られ、正当事由や立ち退き料の議論で不利になるおそれがあります。今の物件と移転先の二重の家賃を負担することになれば、相手方から「早く補償金を受け取って移りたいはずだ」と見られ、交渉を引き延ばされることもあり得ます。
天神・博多では移転先が見つかりにくいことがあるため、条件の良い物件が出てくると、焦って先に契約したくなるかもしれません。それでも、移転先との契約は、補償の合意と時期をそろえて進めることが大切です。
交渉が長引いても、家賃は払い続けてください。滞納すると、正当事由や立ち退き料の話に入る前に、契約を解除されるおそれがあります。
賃料を滞納しても直ちに解除されるわけではありませんが、不払いが貸主との信頼関係を破壊する程度に至ったと判断されれば、債務不履行による解除が認められます。最高裁も、この信頼関係を基準に解除の可否を判断しています(最高裁昭和39年7月28日判決/民集18巻6号1220頁)。解除が認められれば、立ち退き料の議論を経ずに明渡しを求められる立場に置かれてしまいます。
立ち退きをめぐって対立していると、オーナーが家賃の受け取りを拒むこともあります。その場合でも、支払いを止めてはいけません。家賃を支払おうとしたのに貸主が受け取りを拒むときは、法務局に家賃を供託することで、債務不履行を避けることができます(民法494条1項1号)。
法定の再開発事業でも民間の建替えでも、あなたの損失は、あなた自身が資料で示さなければ反映されにくいものです。通知を受け取った時点から、資料を集め始めましょう。
集めておきたい資料は、次のとおりです。
見落としやすく、金額が大きくなりやすいのが、従業員の休業手当です。休業期間中に従業員へ支払う手当は営業上の損失として主張できるため、給与台帳などもあわせて整理しておきましょう。
弁護士に依頼すれば、どの手続きに当たるかの見極めから、根拠のある金額の主張、交渉の代理、紛争になった場合の手続きまで、一貫して任せることができます。
立ち退きの相手方となるオーナーやデベロッパー、再開発組合は、建替えや用地取得の手続きに慣れていることがあります。一方、立ち退きを求められる側にとっては、初めての経験であることがほとんどです。相手方の担当者は丁寧に説明してくれるかもしれませんが、それは事業を円滑に進める立場からの説明であり、あなたの利益を最大にする立場からの説明ではありません。
弁護士への相談を検討する目安になるのは、次のようなタイミングです。
なお、あなたに代わって補償や立ち退き料の交渉を行うことは、弁護士の職務です。弁護士でない者が、報酬を得る目的で業としてこうした交渉を代理すると、非弁行為(弁護士法72条)に当たるおそれがあります。最高裁も、弁護士資格のない者が、ビルの所有者から委託を受け、報酬を得る目的でビルの賃借人との立ち退き交渉を業として行った事案で、同条違反の成立を認めています(最高裁平成22年7月20日決定/刑集64巻5号793頁)。「立ち退きの交渉を代わりに引き受けます」と声をかけられたときは、依頼する前に、相手が弁護士かどうかを確認しましょう。
ここからは、2章~6章で解説したリスクごとに、自分で対応した場合につまずきやすい点と、弁護士に依頼することで何が変わるのかを解説します。
弁護士に相談すれば、あなたの立ち退きがどの手続きに基づくもので、今どの段階にあるのかを確かめたうえで、期限を踏まえた方針を立てられます。
自分で対応した場合につまずきやすいのが、期限の管理です。立ち退きに関わる期限は、郵送物の中に目立たない形で書かれていることがあり、事業者から丁寧な説明がないまま過ぎてしまうこともあります。弁護士が関与すれば、次のような期間制限のある手続きを見落とさずに済みます。
このうち、最も短く、見落としたときに失うものが大きいのが、2週間の縦覧期間です。この期間に意見書を出していなければ、権利変換計画で定められた補償金の額を、後から収用委員会で争うことができなくなります(「4-5. 補償額に不服があれば収用委員会に裁決を申請できる」参照)。
民間の建替えの場合は、期限の管理に加えて、そもそも退去の義務があるのかという入口の判断が重要です。弁護士は、契約書から、定期借家の要件を満たしているか、特約が有効か(借地借家法38条・30条)を確認し、争える点を洗い出したうえで方針を立てます。
弁護士に依頼すれば、相手の提示額の前提を一つずつ検証し、資料に裏づけられた金額を主張できます。
まず、「5. 立ち退き料・補償金はどのように決まる?」で解説した算定要素ごとに、決算書、確定申告書、内装工事の契約書、移転先の見積書などを整理し、主張の形にまとめます。
そのうえで、相手の提示額について、休業期間を何カ月とみているか、家賃差額を何年分とみているか、どの項目を算定に含めているかを確認します。前提が分かれば、漏れている項目や実態と合わない前提を、資料に基づいて具体的に指摘できます。提示額が高いか安いかを感覚で判断するのではなく、どこをどう直せば適正な金額になるのかを示せる点が、弁護士に依頼する大きなメリットです。
さらに、民間の建替えであれば、貸主の申出額を上回る立ち退き料と引換えに明渡しを命じた判例(最高裁昭和46年11月25日判決/民集25巻8号1343頁)などを踏まえ、訴訟になった場合の見通しと比べて提示額が妥当かどうかを判断できます。
自分だけで対応した場合は、自分の事情を資料で示せないまま、相手の算定がそのまま基準になってしまうことがあります。
弁護士が代理人として窓口になれば、あなたが相手方と直接やり取りする必要がなくなり、発言や書面にまつわるリスクを管理しながら交渉を進められます。
「6. 立ち退き交渉で損をしないためには何に注意すべき?」で解説したとおり、何気ない一言や署名が、交渉の前提を大きく変えてしまうことがあります。代理人を通せば、相手からの書面にその場で応じることなく、内容を確認してから回答する流れをつくれます。退去するかどうかの問題と金額の問題を切り離したまま、交渉を進めることもできます。
相手方が建替えや用地取得に慣れた担当者や代理人を立てている場合、自分だけで向き合うと、情報量や交渉経験の差がそのまま結果に表れかねません。
また、営業や日々の生活を続けながら交渉を任せられるため、時間的にも精神的にも負担を減らせます。
交渉がまとまらない場合でも、民事調停や訴訟、収用委員会の手続きまで、同じ弁護士に引き続き任せることができます。
民間の建替えで交渉がまとまらない場合は、民事調停や、明渡しを求める訴訟で解決を図ることになります。明渡しの訴訟は、通常、貸主が原告となって起こすものです。あなたが退去を拒むために、自分から訴えを起こさなければならないわけではありません。貸主が判決などを得ない限り、強制的に退去させられることもありません。この構造を知っていれば、「訴訟になったら大変だ」という不安から、交渉の段階で不利な条件に妥協してしまうことを避けやすくなります。
訴訟が始まった後でも、途中で和解が成立し、立ち退き料が上積みされることがあります。ただし、そのためには、あなたの損失や、その場所を使い続ける必要性を裏づける資料がそろっていることが前提です。
法定の再開発事業の場合は、福岡県収用委員会への裁決申請や、審査請求・取消訴訟といった手続きで争うことになります(「4-5. 補償額に不服があれば収用委員会に裁決を申請できる」参照)。意見書の作成、鑑定資料の提出、審理での意見陳述など、個人や中小事業者が自分だけで対応するには負担の大きい手続きです。
どちらの場合も、交渉の段階から同じ弁護士が争点と証拠を整理していれば、交渉で述べた主張と、訴訟や収用委員会での主張に食い違いが生じにくくなります。
借家権価格の評価や、受け取るお金にかかる税金など、弁護士以外の専門家の判断が必要な場面でも、各専門家と連携して対応を進められる場合があります。
不動産の鑑定評価は、不動産鑑定士の業務です(不動産の鑑定評価に関する法律36条)。借家権価格や新しいビルの家賃水準について、鑑定書や意見書を用意できれば、主張の裏づけになります。相手方が示した鑑定の前提に誤りがあれば、それを具体的に指摘する根拠にもなります(「5-4. 借家権価格」参照)。
立ち退き料や補償金は、内訳によって税金の扱いが変わることがあります(「8-4. 立ち退き料に税金はかかる?」参照)。合意した後に内訳を変えるのは難しいため、合意書の内訳を決める前の段階で、税理士と連携して確認しておくことが望ましいでしょう。
当事務所の拠点は東京と大阪ですが、福岡の方からのご相談にも、オンライン相談や出張相談で対応しています。事務所に足を運ばずにご相談いただけますので、まずはお気軽にお問い合わせください。
住居でも、普通借家契約であれば、貸主が退去を求めるには正当事由が必要です(借地借家法28条)。法定の再開発事業であれば、住居の借家人にも権利変換や補償の仕組みがあります。
店舗との違いは、あなたの側で主張する事情の中身です。住居の場合は、営業補償の代わりに、転居にかかる費用、家賃差額、通勤や通学への影響、高齢や病気で転居が難しいことといった生活上の事情が、その建物を使い続ける必要性として考慮されます。
天神・博多周辺の再開発では、店舗やオフィスのテナントだけでなく、周辺の古い賃貸住宅が建替えの対象になることもあります。住居であっても、立ち退き料の提示に安易に応じず、契約の種類と事業の段階を確認してから判断しましょう。
説明会を欠席しただけで、法的に不利になるわけではありません。ただし、補償額を争う可能性がある場合は、権利変換計画の縦覧期間内に意見書を出しておく必要があります。
説明会では、転出の申出期限や補償の考え方など、今後の判断に関わる情報が示されることがあります。欠席する場合でも、配布資料は入手しておきましょう。
説明会への出欠よりも注意したいのが、縦覧です。縦覧とは、施行者などが計画の内容を一定期間公開し、誰でも閲覧できるようにする手続きです。都市計画法や都市再開発法では、この縦覧期間内に限って、関係者が意見書を提出できると定められています。再開発の手続きには、こうした意見書の提出が認められている縦覧が2種類あり、その性質はまったく異なります。
あなたにとって特に重要なのは、後者の権利変換計画の縦覧です。縦覧の期間は2週間で、この期間内に意見書を提出しておかなければ、権利変換計画で定められた補償金の額について、後から収用委員会に裁決を申請することはできません(同法85条1項)。縦覧がいつ始まるのかは、説明会の資料や施行者からの案内で確認しておきましょう。
なお、説明会に出席する場合は、発言が記録されることがあります。金額や退去の条件について、その場で意見を述べるのは控えましょう(「6-2. 説明会やメール・LINEでの発言は記録されていると考える」参照)。
退去までの期間は、契約の種類や手続きによって異なります。ただし、法律が定める期間は、貸主が守らなければならない最低限のものです。その期間が過ぎたからといって、当然に退去の義務が生じるわけではありません。
民間の普通借家契約では、貸主は、期間満了の1年前から6カ月前までの間に更新しない旨を通知するか(借地借家法26条1項)、期間の定めのない契約であれば解約を申し入れてから6カ月が経過する必要があります(同法27条1項)。ただし、これはあくまで手続き上の期間です。正当事由がなければ、この期間が過ぎても退去の義務は生じません。
定期借家契約で期間が1年以上の場合、貸主は期間満了の1年前から6カ月前までの間に終了の通知をしなければなりません(同法38条6項)。この通知が遅れた場合は、通知の日から6カ月を経過するまで、契約の終了を主張できません。
法定の再開発事業では、施行者が明渡しを求める場合、その期限は請求があった日の翌日から起算して30日を経過した後の日でなければなりません(都市再開発法96条)。もっとも、明渡しの請求に至るまでには、都市計画決定から権利変換計画の認可まで、いくつもの手続きを経ることになります。
実際には、交渉や訴訟の期間を含めると、数カ月から数年かかることもあります。オーナーから「ボーナスの期限に合わせて〇月までに退去を」と求められても、それは貸主側の都合であり、法律で定められた期限ではありません(「1-3. 天神ビッグバンボーナスなどの竣工期限に合わせ、オーナーが退去を急ぎやすい」参照)。
受け取る立ち退き料や補償金には、その性質に応じて税金がかかります。内訳によって扱いが変わるため、具体的な課税関係は税理士にご確認ください。
個人の借家人が受け取る立ち退き料のうち、借家権の消滅の対価にあたる部分は、譲渡所得の収入金額とされます(所得税基本通達33-6)。休業補償など収益の補償にあたる部分は事業所得、それ以外の部分は一時所得となる場合があります。法人が受け取る場合は、原則として益金として扱われます。
法定の市街地再開発事業に伴う補償金については、収用等の場合の課税の特例が問題になることがあります。転出して補償金を受け取る場合でも、5,000万円の特別控除(租税特別措置法33条の4)の対象になるのは、新しいビルで与えられる床が著しく小さいため権利変換を受けられない場合や、施行者が「やむを得ない事情」を認めた場合などに限られます(同法33条1項3号の2)。一方、土地や建物を所有している方が権利変換によって新しいビルの一部を取得する場合は、課税の繰延べ(同法33条の3)が問題になります。
消費税については、借家権の消滅の対価としての立ち退き料は、原則として課税の対象外とされています(消費税基本通達5-2-7)。
合意書で内訳をどう書き分けるかによって、税負担が変わることがあります。合意書を作成する前の段階から、税理士と連携して確認しておくことが望ましいでしょう。
福岡の再開発で立ち退きを迫られたときに押さえておきたいのは、次の3点です。
1つ目は、天神ビッグバンや博多コネクティッドに伴う立ち退きの中心は、民間ビルの建替えであり、借地借家法で判断されるという点です。普通借家契約であれば、貸主が退去を求めるには正当事由が必要です。オーナーが代わったことや、市のボーナス認定を受けていることだけで、あなたに退去の義務が生じるわけではありません。
2つ目は、天神ビッグバンのエリア内には、都市再開発法に基づく市街地再開発事業も3地区あり、自分の立ち退きがどちらに当たるかを見分ける必要があるという点です。法定の再開発事業であれば、組合設立の認可の公告から30日以内の転出の申出や、権利変換計画の縦覧期間(2週間)内の意見書の提出など、過ぎると取り戻せない期限があります。
3つ目は、「ボーナスの期限」は貸主側の都合であり、法律で定められた期限ではないという点です。期限を理由に退去を急かされても、焦って承諾書に署名したり、「もう少し上乗せしてもらえませんか」と自分から金額の交渉を始めたりする前に、退去するかどうかを見極める必要があります。
「VSG弁護士法人」では、再開発に伴う立ち退きの交渉、立ち退き料・補償額の算定と主張、合意書の確認、調停・訴訟や収用委員会の手続きまで、立ち退きに関するさまざまなご相談に対応しています。福岡にお住まいの方や、福岡で事業を営む方からのご相談も、オンラインや出張の形でお受けしています。
「オーナーからボーナスの期限を理由に退去を求められた」「準備組合から同意書への署名を求められた」「提示された立ち退き料が妥当なのか分からない」。このようなお悩みをお持ちの方は、書面に署名する前、そして相手に返事をする前に、当事務所にご相談ください。通知書と契約書を拝見したうえで、あなたの状況に合った進め方をご提案します。