

大阪弁護士会所属。京都市出身。
建物の老朽化や土地活用に伴う「立ち退き」の問題は、賃貸人・賃借人双方の利害が複雑に絡み合い、解決が長引くほどオーナー様にとって大きな精神的・経済的負担となります。
円滑な明渡しを実現するためには、正当事由の精査といった法律知識に加え、妥当な立ち退き料の算定や、相手方の状況に応じた柔軟な交渉力が欠かせません。
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書籍:「事業をやり直したい」と思ったときの会社のたたみ方

大崎駅周辺は都市再生緊急整備地域に指定されており、東口・西口から五反田方面にかけて、市街地再開発事業や地区計画を使った建替えが段階的に進んでいます。自分のビルや店舗が「どの地区の、どの段階」にあるかによって、今とるべき対応は変わります。
大崎駅周辺は、2002年7月24日に、都市再生特別措置法に基づく都市再生緊急整備地域(大崎駅周辺地域)に指定されました(平成14年政令第257号)。国の地域整備方針では、東京のものづくり産業をリードする新産業・業務拠点を形成することが、目標の一つとされています。
出典:大崎駅周辺地域 地域整備方針|内閣府
地元の関係者と品川区などで構成する「大崎駅周辺地域 都市再生緊急整備地域まちづくり連絡会」も、2004年11月に「大崎駅周辺地域 都市再生ビジョン」を取りまとめ、ものづくり産業を先導する拠点づくりを掲げました。品川区は、これを同地域の整備方針として位置づけています。
まちの更新は今も続いています。ただし、外から見れば同じ「再開発」でも、すでに工事が進んでいる地区もあれば、準備組合ができたばかりの地区もあります。市街地再開発事業ではない手法で進む開発もあります。以下では、地区ごとの状況を確認していきます。
※本章の情報は執筆時点(2026年10月)のものです。各地区の最新の段階は、品川区のウェブサイトの「土地区画整理事業、市街地再開発事業、防災街区整備事業」で確認できます。
大崎駅東口第4地区では、西地区・東地区ともに2026年7月10日に都市計画決定がされ、現在は組合設立の認可を待つ段階にあります。認可が公告されれば、借家人にとって最初の期限が動き出します。
大崎駅東口第4地区(品川区大崎一丁目)は、JR山手線と山手通り(環状6号線)に挟まれ、東端が目黒川に面するエリアです。準備組合は、東地区で2015年9月、西地区で2019年10月に設立されました。
出典:大崎駅東口第4地区 まちづくりガイドライン (改定版)|大崎駅東口第4地区まちづくり連絡会
地区計画の区域は約4.6haで、このうち市街地再開発事業の施行区域は西地区が約2.0ha、東地区が約2.1haです。
出典:東京都市計画地区計画の決定(東京都決定)、東京都市計画第一種市街地再開発事業の決定(品川区決定)[西地区][東地区]
この事業は、狭い道路や古い建物が残る区域を、業務・住宅・商業の機能を備えた複合市街地に生まれ変わらせるものです。道路の新設・拡幅や広場の整備も含まれています。西地区の都市計画案では、3つの街区に最高高さ140m・100m・35mの建物を建て、住宅を約520戸整備する計画が示されています。
出典:東京都市計画第一種市街地再開発事業の決定(品川区決定)
これまでの手続きの経過は、次のとおりです。
出典:土地区画整理事業、市街地再開発事業、防災街区整備事業|品川区、第186回品川区都市計画審議会議事録
都市計画決定の次の節目は、組合設立の認可です。組合が施行する事業では、認可の公告があった日から30日以内に、新しいビルに入らず転出するかどうかを申し出なければなりません(都市再開発法71条1項・3項)。この30日が、借家人にとって最初の分岐点になります(「3-2. 転出する場合|期限内の申出と補償金の受取り」参照)。
自分の店舗や事務所が第4地区の中にあるなら、公告を待ってから考え始めたのでは間に合わないおそれがあります。認可前の今のうちに、契約書や営業資料を整理し、自分の方針を検討しておきましょう。
大崎駅西口側では、木造住宅が密集していた区域の再開発が完成の段階を迎えつつあり、駅前の旧耐震の分譲マンションでも、再開発による建替えに向けた動きがあります。分譲マンションの一室を借りて事務所や店舗を構えているなら、自分には関係ないと考えず、今のうちに状況を確認しておきましょう。
大崎駅西口F南地区(大崎二丁目・三丁目)では、木造住宅が密集していた区域の建物をまとめて建て替え、住宅・事務所・店舗・保育所などが入る複合ビルを整備する再開発事業が進められてきました。建物は2026年2月に竣工しましたが、品川区の一覧では現在も「事業中」と表示されています。再開発事業は、建物が完成しても、清算や組合の解散まで手続きが続くためです。
出典:大崎駅西口F南地区第一種市街地再開発事業|都市整備局、【公式】大崎ステーションレジデンス | 住友不動産の賃貸レジデンス
これから動きが出てくる可能性があるのが、駅前の大崎西口駅前地区です。品川区は「マンション再生まちづくり計画」で、この地区にある旧耐震基準の分譲マンションについて、市街地再開発事業等による敷地の共同化を進める方針を示しています。
分譲マンションの一室を借りて事務所や店舗を構えている場合、再開発に同意するかどうかを決めるのは、部屋を所有する家主(区分所有者)です。再開発後の新しいビルに部屋を持つのか、補償金を受け取って転出するのかを選ぶのも家主であり、借りているあなたはその判断に加わることができません。
ところが、家主の判断は、あなたの今後を大きく左右します。家主が新しいビルに部屋を持てば、あなたは引き続きその家主から部屋を借りることができます。一方、家主が転出すれば、新しいビルで借りるのは施行者が持つ部屋となり、家賃などを話し合う相手も変わります(「3-1. 新しいビルに入居する場合|借家権の取得と家賃などの条件」参照)。家主が再開発を機に部屋を売却した場合も、交渉の相手は新しい所有者に代わります。
注意したいのは、こうした動きをあなたが知らないまま、手続きが進むおそれがあることです。管理組合や準備組合からの案内は、家主には届いても、借りているあなたには届かないことがあるからです。
マンションで再開発の話が出ていると気づいたら、家主に直接連絡し、今後どうするつもりなのかを確認しておきましょう。
大崎駅と五反田駅の間や目黒川沿いでも、再開発が続いています。ただし、地区によって進み具合も開発の手法も異なるため、「近くで工事が始まったから、自分のところも同じだろう」と考えないことが大切です。
目黒川沿いの東五反田二丁目では、第1地区から第5地区まで、順番に再開発が進められてきました。第1地区は2002年、第2地区は2011年に完了し、第3地区では2023年11月に工事が始まっています。第3地区は2027年に完成する予定で、目黒川沿いの水辺の空間や緑道も整備されます。
出典:東五反田二丁目第3地区第一種市街地再開発事業|都市整備局
これに対し、第4地区と第5地区は、まだ準備組合が設立された段階です。どちらも、都市計画決定や組合設立には至っていません。ただし、第4地区では動きが出ています。2026年5月31日と6月1日には、準備組合による近隣住民向けの説明会が開かれ、地上40階・高さ約148m・延床面積約90,700㎡のビルを建てる計画案が示されました。今後は、品川区への企画提案や都市計画の手続きへと進む見通しです。なお、第4地区は、品川区のマンション再生まちづくり計画の対象にもなっています。
出典:マンション再生まちづくり計画(品川区)、東五反田二丁目第4地区における再開発事業に係る事業者による近隣説明会の開催について|都市環境部都市開発課
五反田駅前の西五反田七丁目では、市街地再開発事業とは別の手法で、大型ビルの建替えが計画されています。2022年4月に地区計画と高度利用地区が決定され、当初は地上30階・高さ約150mのビルへの建替えが計画されていました。しかし2024年4月に建築費の高騰などを理由に計画が見直され、2025年9月には着工時期が2036年以降へ再延期されています。現在のTOCビルは解体されず、耐震補強工事を進めながら営業を続けています。
出典:地域地区・地区計画等|品川区、新TOCビル計画の変更等に関するお知らせ|株式会社テーオーシー
この場合、都市再開発法の権利変換の手続きは使われず、ビルのテナントとオーナーの関係は、借地借家法のルールで判断されます。外から見れば同じ「再開発」でも、手法によって適用される法律が変わるため注意が必要です(「2-2. 民間の建替え・売却は借地借家法のルールで判断される」参照)。
自分のビルが再開発事業の区域外にあっても、オーナーが売却や建替えを決めれば、退去を求められることがあります。この場合に問題となるのは、「都市再開発法」ではなく「借地借家法」です。
周辺で開発が進むと、区域外のビルにも売却や建替えの話が持ち込まれることがあります。西五反田七丁目のように、市街地再開発事業ではなく、地区計画などを使って民間主体で建替えが進むケースもあります。
注意したいのは、地区計画の区域と再開発事業の施行区域が、必ずしも一致しないという点です。区域図だけを見て「自分の建物は事業区域の外だから関係ない」と考えるのは早計です。たとえば、自分のビルが施行区域の外にあっても、オーナーが隣地とまとめて売却することを決めれば、通知1通で退去を求められる可能性があります。
区域の内か外かにかかわらず、退去を求める通知が届いたら、それがどの法律に基づくものかを確かめることから始めましょう。
都市計画決定された市街地再開発事業であれば都市再開発法、オーナーの判断による建替えや売却であれば借地借家法が適用され、両者のルールはまったく異なります。どちらに当たるかは、手元に届いた通知書からある程度判断できます。
次のような手掛かりがあれば、法定の再開発事業である可能性が高いといえます。
一方、次のような通知であれば、民間の建替えや売却であるケースが珍しくありません。
特に紛らわしいのが、「準備組合」名義の書面です。準備組合は、組合設立の認可を受ける前の任意団体にすぎません。この段階で求められる同意書や意向調査への回答は、都市再開発法に基づく手続きではなく、法的な強制力もありません。しかし、準備組合の書面は組合名義の通知と見た目がよく似ているため、受け取った側が区別するのは容易ではありません。
自分の建物がある地区の段階は、品川区のウェブサイトの「土地区画整理事業、市街地再開発事業、防災街区整備事業」で確認できます。地区名、都市計画決定の告示番号、組合設立の有無、進捗状況が一覧で掲載されています。
通知書の差出人や記載内容を、公表されている事業の段階と照らし合わせれば、どの類型に当たり、今どの段階にあり、どの期限が迫っているのかを特定できます。自分で判断がつかないときは、届いた通知書を持って弁護士に相談すれば、どの手続きに当たり、どの期限に注意すべきかを確認できます。
都市計画決定された市街地再開発事業は、都市再開発法に定められた「権利変換」という仕組みで進みます。借家人であるあなたの権利も、新しいビルを借りる権利(借家権)に移るか、補償金を受け取って転出するかのどちらかになります。
権利変換とは、もとの土地や建物に関する権利を、再開発後の新しいビルに関する権利へ置き換える手続きです。手続きは、おおむね次の順番で進みます。
組合を設立するには、施行地区となる区域内の宅地について所有権を持つすべての人と、借地権を持つすべての人の、それぞれ3分の2以上の同意が必要です。さらに、同意した人が所有する宅地と借りている土地の面積の合計が、区域内の宅地と借地の総面積の3分の2以上でなければなりません(同法14条1項)。そのため、人数で3分の2を超えていても、面積が足りなければ組合は設立できないということになります。ただし、建物を借りているだけの借家人は、この同意を求められる対象に含まれていません。そのため、あなたが知らないうちに地権者の同意がそろい、手続きが進んでいることもあります。
権利変換の処分に不服がある場合は、審査請求や取消訴訟で争う方法もあります。しかし、いずれも申し立てられる期間が限られているうえ、事業には公共性があるため、計画そのものを止めるのは難しいのが実情です。実際の争いは、補償の範囲や金額をめぐるものが中心になることが珍しくありません。
だからこそ、処分が出る前の対応が重要です。特に、権利変換計画の縦覧期間内に意見書を提出しておくことは、のちに収用委員会で補償額を争うための前提条件になります(「3-4. 補償額に不服があるときは収用委員会の裁決などで争える」参照)。
民間の建替えや売却を理由に退去を求められた場合、オーナーが賃貸借契約を終わらせるには、借地借家法28条の「正当事由」が必要です。退去を求める通知が届いたからといって、すぐに出ていかなければならないわけではありません。
借地借家法は、オーナーが契約を終わらせる際の手順も定めています。契約期間が決まっている場合、オーナーは期間が終わる1年前から6カ月前までの間に「更新しない」と通知しなければなりません。この通知がなければ、契約はこれまでと同じ条件で更新されたものとみなされます(同法26条1項)。契約期間が決まっていない場合は、オーナーが解約を申し入れてから6カ月がたつまで、契約は終わりません(同法27条1項)。契約書に、これらのルールより借主に不利な取り決めがあっても、その部分は無効です(同法30条)。
ビルが売却された場合も、考え方は変わりません。すでに建物の引渡しを受けて使っている借主は、新しいオーナーに対しても、借りる権利を主張できます(同法31条)。「ビルが売れたので出て行ってほしい」と言われても、それだけでは退去しなければならない理由にはなりません。
あなたが退去に合意しない限り、賃貸借契約はそのまま続きます。オーナーがそれでも退去を求める場合は、オーナー自身が明渡しを求める訴訟を起こし、裁判で正当事由があることを証明しなければなりません。退去を求められても、その場で応じる必要はないことを知っておくと、相手のペースに流されず落ち着いて対応を考えられます。
法定の再開発事業では、新しいビルを借りて営業を続けるか、期限内に申し出て補償金を受け取り、別の場所へ移るか(転出)を選べます。何も申し出なければ、原則として、新しいビルを借りる側として扱われます。
どちらを選ぶかは、「戻れる権利があるから戻る」と単純に決めるのではなく、事業を続けられるかどうかという観点から判断することが大切です。具体的には、次のような点を検討します。
あわせて確認しておきたいのが、家主の意向です。家主が新しいビルの一部(部屋や店舗の区画)を取得するのか、転出するのかによって、新しいビルであなたが借りる部分や、家賃を話し合う相手が変わります。自分の判断だけでなく、家主がどうするつもりなのかも早めに確認しておきましょう。
新しいビルに入居する場合、制度上は、新しいビルを借りる権利(借家権)が与えられる仕組みになっています。ただし、「戻れる」ことと「戻っても採算が合う」ことは別の問題です。
権利変換計画では、もとの建物を借りていた人に、新しいビルの一部を借りる権利が与えられるよう定めなければなりません(都市再開発法77条5項)。家主が新しいビルの一部を取得する場合はその部分を、家主が転出する場合は施行者が取得する部分を借りることになります(同項ただし書)。
新しいビルの家賃などの条件は、家主とあなたの話し合いで決めます(同法102条1項)。話し合いがまとまらない場合は、どちらかが申し立てることで、施行者が審査委員の過半数の同意を得て条件を決めます(裁定。同条2項)。話し合いが平行線のまま放置されるわけではなく、あなたの側から裁定を求めることもできます。
注意したいのは、新築のビルでは、家賃がこれまでより大幅に上がることも珍しくない点です。また、工事期間中は仮店舗で営業することになり、その間に常連客が離れてしまうおそれもあります。仮店舗の家賃や、仮営業中に売上が減った分がどこまで補償されるのかを、入居を決める前に確認しておきましょう。
家賃の話し合いでは、近隣の新築ビルの家賃と比べた資料を用意しておくとよいでしょう。裁定で家賃を決める際には、家主が得るべき適正な利潤なども考慮されます(同条3項)。話し合いの段階で根拠を示しておかなければ、裁定に移ったときに、あなたの事情は反映されにくくなります。
裁定の内容にも納得できない場合は、裁定があった日から60日以内に、話し合いの相手を訴えて、内容の変更を求めることができます(同条6項・7項)。
なお、2026年5月に公布された改正法(令和8年法律第23号)により、今後は、権利変換計画が決まる前の段階から、家主とあなたが互いに家賃などの話し合いを求められるようになります。施行日は公布から1年以内(2027年5月26日まで)の政令で定める日とされ、執筆時点ではまだ施行されていません。施行後は話し合いを始める時期が早まるため、資料の準備も早めに進めておく必要があります。
新しいビルに入らず転出したい場合は、組合設立の認可の公告があった日から30日以内に、その旨を申し出なければなりません(都市再開発法71条1項・3項)。この期限を過ぎると、原則として、新しいビルを借りる前提で手続きが進みます。
転出した場合は、借家権の価値に見合った補償金が支払われます(同法91条)。この補償金の額は、組合設立の認可の公告の日から30日を経過した日を基準に計算されます(同法80条1項)。つまり、30日以内に転出するかどうかを決めることは、補償金の計算の前提を決めることでもあります。
30日という期間は、思っている以上に短いものです。説明会の資料に申出書が同封されているだけということもあり、気づかないまま期限を過ぎてしまうおそれがあります。
しかも、申し出る時点では、具体的な補償額がまだ示されていないことが珍しくありません。いくら受け取れるのか分からないまま、残るか転出するかを決めなければならないのです。申し出る前に、借家権の価値や営業上の損失がどのくらいになりそうかを、自分の側でも見積もっておくことが大切です。
なお、事業が長引いた場合には、判断をやり直せることもあります。申出の期間が過ぎてから6カ月以内に権利変換計画の縦覧が始まらないときは、その6カ月が過ぎた後の30日以内であれば、申出を撤回したり、新たに申し出たりできます(同法71条4項)。ただし、これはあくまで例外です。最初から当てにせず、30日以内に判断するつもりで準備しておきましょう。
権利変換期日を過ぎると、施行者はあなたに建物の明渡しを求めることができます。明渡しに伴う損失は補償されるため、補償の内容が固まる前に、自分から退去しないことが大切です。
施行者が明渡しを求める場合、明渡しの期限は、請求があった日の翌日から数えて30日を過ぎた後の日にしなければなりません(都市再開発法96条)。また、施行者は、明渡しによって通常生じる損失を補償しなければなりません(同法97条)。
主な補償の対象は、次のとおりです。
これらの補償額は、公共用地の損失補償基準に沿って計算されることが珍しくありません(「5-4. 公共用地の損失補償基準はどこまで参考になるか」参照)。
補償金は、原則として明渡しより前に支払われるか、場合によっては供託されます。補償の内容が決まらないうちに自分から退去してしまうと、交渉の材料を手放すことになりかねません。
一方で、明渡しを拒み続ければ有利になるわけでもありません。明渡しに応じない場合、施行者の請求を受けた都道府県知事などが、強制的に明渡しを実現する手続き(行政代執行)をとることができます(同法98条2項)。代執行にかかった費用には、あなたが受け取るはずだった補償金が充てられることもあります(同条3項)。実際に代執行まで進むケースは限られますが、制度上はこうした仕組みがあることを知っておきましょう。
補償額に納得できない場合は、収用委員会に判断(裁決)を求めて争うことができます。ただし、そのためには、権利変換計画の縦覧期間(2週間)内に、意見書を提出しておかなければなりません。
施行者は、権利変換計画を決める前に、その内容を2週間、誰でも見られるようにします(縦覧。都市再開発法83条1項)。施行地区内の土地や建物に権利を持つ人は、借家人も含めて、この期間内に意見書を提出できます(同条2項)。施行者がその意見を採用しないときは、意見書を出した人にその旨が通知されます(同条3項)。
権利変換計画で決められた金額について、収用委員会に裁決を求められるのは、この通知を受けた人に限られます。申請の期限は、通知を受けた日から30日以内です(同法85条1項)。つまり、縦覧期間内に意見書を出していなければ、収用委員会で争う機会そのものを失ってしまいます。大崎の事業であれば、東京都収用委員会が担当します。
また、明渡しに伴う損失の補償(同法97条1項)について話し合いがまとまらない場合も、収用委員会の裁決で決着をつけることになります(同条4項)。
ただし、裁決を求めても、再開発の事業そのものは止まりません(同法85条2項)。裁決や裁判で変わるのは補償の金額だけで、新しいビルのどの部分が誰のものになるかといった内容は変わりません(同条4項)。裁決の内容にも納得できない場合は、補償額の増額などを求めて裁判(当事者訴訟)で争うことになります。
収用委員会の手続きでは、不動産鑑定の結果や営業実績の資料が、結論を大きく左右します。2週間の縦覧期間が始まってから資料を集め始めたのでは、間に合わないおそれがあります。意見書の作成や資料の提出、委員会での意見の陳述など、負担も小さくありません。早い段階で弁護士に相談しておけば、資料の準備から手続きの代理まで任せることができます。
民間の建替えや売却が理由であれば、正当事由が認められない限り、すぐに出ていく必要はありません。退去を求める通知を受け取ったら、その場で返事をせず、まずは契約書と通知書の内容を確認しましょう。
自分で交渉を始める前に、特に確認しておきたいのは次の2点です。
この2点によって、そもそも退去を拒めるのか、どのような点を主張できるのかが変わります。
貸主が契約を終わらせるには、正当事由が必要です。正当事由があるかどうかは、貸主とあなたのどちらがその建物をより必要としているかを比べて判断されます。
借地借家法28条は、正当事由を判断する際に考慮する事情として、次のものを挙げています。
裁判所は、これらを一つずつ点数化して判断するわけではありません。中心となるのは、「建て替えたい」「売却したい」という貸主の事情と、「この場所でなければ生活や営業が成り立たない」というあなたの事情の比較です。それ以外の事情は、どちらの言い分をより重く見るかを決める材料として考慮されます。
店舗の場合、駅前の立地や常連客への依存度が高いほど、あなたの側の必要性が重く評価されることがあります。家族の生活がその店の売上で支えられている、近隣で同じ売上を見込める代わりの物件がない、といった事情は、生計を維持するための必要性として主張できます。
また、正当事由は、更新拒絶の通知や解約申入れの時点だけでなく、その後も存続していることが必要です。訴訟になれば、口頭弁論が終わるまでの事情が考慮されます。通知の後に貸主の建替え計画が頓挫したり、あなたの事業の状況が変わったりすれば、判断が変わる可能性もあります。
客観的な資料で裏づけられた貸主の必要性は認められやすく、抽象的な主張にとどまるものは認められにくいといえます。自分のケースがどちらに近いかは、貸主の資料を見なければ判断できません。
正当事由が認められやすいのは、たとえば次のようなケースです。
反対に、次のようなケースでは認められにくくなります。
また、あなたがその場所で長年営業しており、代わりの物件を確保するのが難しいといった事情も、正当事由を否定する方向に働きます。
裁判所は、耐震診断の数値(Is値など)や修繕の見積もりなどを具体的に確認します。たとえば、Is値が0.3未満の場合(または保有水平耐力に係る指標qが0.5未満の場合)には、地震の震動・衝撃に対して倒壊し、または崩壊する危険性が高いとされています(平成18年国土交通省告示第184号 別表第六)。こうした数値が示されれば、あなたの生計維持の必要性が強くても、立ち退き料と引換えに明渡しが認められることがあります。一方、建替えの目的が収益の向上だけであれば、立ち退き料をいくら上積みしても、明渡しが認められないことがあります。
結論は貸主が提出する資料の質によって大きく変わり得ます。耐震診断の結果や建替え計画の資料の開示を求めること自体が、交渉の材料になります。耐震診断を実施していない貸主であれば、開示を求めただけで交渉の構図が変わることもあります。
立ち退き料は正当事由を補う要素の一つにすぎず、支払われれば必ず退去しなければならないものではありません。一方で、最初に提示された金額が上限というわけでもありません。
最高裁は、貸主側の事情だけでは正当事由として足りない場合に、立ち退き料の提供によってこれを補うことを認めています(最高裁昭和38年3月1日判決/民集17巻2号290頁)。裏を返せば、貸主の必要性がもともと弱い場合は、立ち退き料を積み上げても明渡しは認められないことがあります。
一方で、貸主にもある程度の必要性が認められる場合は、立ち退き料の金額が結論を左右します。貸主が「300万円、またはこれと格段の相違のない範囲内で裁判所が決める額」を支払うと申し出ていた事案で、500万円の支払いと引換えに明渡しを認めることを相当とした例もあります(最高裁昭和46年11月25日判決/民集25巻8号1343頁)。
さらに、立ち退き料の提供や増額の申出は、解約の申入れ後にされたものであっても、正当事由の判断で考慮されます(最高裁平成3年3月22日判決/民集45巻3号293頁)。借地の事案では、事実審の口頭弁論が終わるまでにされた申出であれば考慮できるとされています(最高裁平成6年10月25日判決/民集48巻7号1303頁)。実際に、貸主が訴訟の途中で金額を引き上げてくることもあります。
最初の提示額は、あくまで貸主側が出した最初のたたき台です。その金額が、裁判になった場合に認められ得る水準と比べて妥当かどうかを見極めることが欠かせません。
契約書に「定期借家」と書かれていても、法律上の要件を欠いていれば普通借家として扱われ、貸主には正当事由が必要になります。「定期借家だから仕方ない」と、自分で結論を出さないようにしましょう。
定期借家契約として認められるには、主に次の要件を満たす必要があります。
この説明をしなかった場合、更新しないという定めは無効になります(同条5項)。そして、この説明書面は、契約書とは別個独立の書面でなければなりません(最高裁平成24年9月13日判決/民集66巻9号3263頁)。契約書に「本契約は更新しない」と書かれているだけでは、要件を満たさないということです。
また、期間が1年以上の定期借家契約では、貸主は期間満了の1年前から6カ月前までの間に、契約が終了する旨を通知しなければなりません(同条6項)。
「工事が始まるまでの一時使用」として借りている場合も、注意が必要です。一時使用目的の賃貸借(同法40条)と認められるのは、短期間に限って貸す趣旨であることが、客観的な事情から明らかな場合に限られます。契約書に「一時使用」と書いてあるだけでは足りません。
説明書面を受け取ったかどうか、いつ受け取ったかは、本人も覚えていないことが珍しくありません。「定期借家だから出ていくしかない」と判断する前に、契約時に受け取った資料をまとめて、弁護士に確認してもらうとよいでしょう。
「再開発が決まったら無条件で退去する」「立ち退き料は請求しない」といった特約は、借主に不利な特約として無効になる可能性があります(借地借家法30条)。正当事由の制度を実質的に骨抜きにするような条項は、契約書に書かれていても、そのとおりの効力は認められないことがあります。
ただし、例外もあります。法令や契約によって、一定の期間が経過した後に建物を取り壊すことが明らかな場合には、「取壊し予定の建物の賃貸借」として、取壊しの時に契約が終了する旨を定めることができます(同法39条)。この場合、取壊しの事由を記載した書面で契約することが要件です。再開発を見越した賃貸借では、この制度が使われていることもあるため、契約書の確認が欠かせません。
もう一つ注意したいのは、特約が無効であることと、後から署名した書面が有効であることは別の問題だという点です。契約時の特約が無効でも、退去の時期や条件を定めた合意解約の書面に後から署名すれば、その合意自体は有効と扱われるおそれがあります(「6-1. 内容を確かめずに同意書・合意書へ署名する」参照)。
立ち退き料(民間の場合)も補償金(法定事業の場合)も、移転にかかる実費、営業上の損失、借家権の価値を積み上げて算定するのが基本です。
ただし、決まり方には違いがあります。民間の立ち退き料には法律で定められた算定式がなく、交渉や裁判で個別に決まります。一方、法定の再開発事業の補償金は、公共用地の損失補償基準に沿って算定されることが珍しくありません。
どちらの場合も共通しているのは、あなたの側から根拠資料を出さなければ、相手方の算定がそのまま基準になりやすいという点です。
移転にかかる実費は、見積書や領収書で金額を示しやすく、立ち退き料や補償額の土台になる項目です。
主な対象は次のとおりです。
店舗や事務所は、住居に比べて内装や設備の費用が大きくなり、算定する人によって金額に差が出やすい部分です。移転先の見積もりを複数の業者から取り、実際の数字をもとに主張することが有効です。
営業上の損失は、金額が大きくなりやすい一方で、資料の裏づけがなければ低く見積もられやすい項目です。
移転に伴う休業期間の収益の減少に加え、休業中もかかり続ける人件費やリース料などの固定費が補償の対象になります。また、移転後に顧客が離れることによる売上の減少(得意先の喪失)も、算定の対象になり得ます。
これらの損失を示すには、確定申告書、決算書、月次の売上資料などの営業実績が欠かせません。資料が整っていなければ、損失を立証できず、補償額が低く抑えられてしまうことがあります。
特に、駅前の立地に依存している業態では、移転によってどれだけ顧客を失うのかを具体的に示すことが重要です。
借家権価格とは、その場所を相場より有利な条件で使い続けられる権利の経済的な価値です。立ち退き料の中でも金額が大きくなりやすいため、その評価が結果を左右します。
借家権価格の算定には、割合方式や差額賃料還元法など、不動産鑑定評価基準に定められた手法が使われます。どの手法を使い、どのような前提を置くかによって、評価額は大きく変わります。
貸主側が依頼した鑑定と、借主側が依頼した鑑定とで、数字が大きく食い違うことも珍しくありません。相手方の鑑定だけを前提に交渉すると、その数字がそのまま基準になってしまうため、必要に応じて、あなたの側でも不動産鑑定士に鑑定を依頼することを検討します。
ただし、鑑定には費用がかかります。鑑定費用と、鑑定によって見込める増額とを比べたうえで、依頼するかどうかを判断しましょう。
なお、借家権価格の計算方法については、関連記事『借家権価格とは?割合や計算方法、立ち退き料の算出方法をわかりやすく解説』で詳しく解説しています。
公共用地の損失補償基準は、法定の再開発事業では補償額を算定する際の基準として使われ、民間の立ち退きでは請求漏れを防ぐチェックリストとして役立ちます。ただし、民間の立ち退きにそのまま当てはまるものではありません。
「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」(昭和37年閣議決定)には、借家人補償、営業補償、移転料などの項目が体系的に整理されています。法定の再開発事業では、補償額の算定がこの基準に沿って行われることが珍しくありません。
民間の立ち退き料の交渉でも、この基準の項目を一つずつ確認していけば、自分の損失を漏れなく洗い出すことができます。
ただし、民間の立ち退きでは、正当事由がどの程度認められるかによって、立ち退き料は基準による額より高くも低くもなり得ます。基準の金額を、そのまま自分の立ち退き料の相場と考えないよう注意してください。
立ち退き料や補償額を適正な水準に近づけるには、通知を受けた時点から資料を集め始めることが重要です。時間がたつと散逸してしまう資料も少なくありません。
集めておきたい資料は、次のとおりです。
この中で見落としやすいのが、顧客の所在地の分布です。顧客が店舗の近隣に集中していることを示せれば、移転による顧客離れの損失を具体的に主張できます。
立ち退きを求められた直後の判断ミスは、その後の補償の水準を大きく左右します。「まず自分で交渉して、うまくいかなければ弁護士に相談する」という進め方には、それ自体にリスクがあります。
以下では、自分で対応した場合にやってしまいがちな5つの対応と、それがなぜ不利に働くのかを解説します。
説明会や個別の面談で示される同意書や合意書には、署名した後では修正がきかない内容が含まれていることがあります。内容を確かめる前に署名してはいけません。
こうした書面には、明渡しの時期や金額を確定させる条項や、「本合意に定めるほか、今後一切の請求をしない」といった清算条項が含まれていることがあります。署名すれば合意解約が成立したと扱われ、正当事由の有無を争う余地を、自ら手放すことになりかねません。
署名した後でも、錯誤や詐欺に当たる場合であれば、合意を取り消せる可能性はあります(民法95条・96条)。しかし、その事実はあなたの側で立証しなければならず、認められるハードルは高いのが実態です。「よく読まずに署名してしまった」というだけでは、救済されにくいと考えてください。
準備組合の同意書にも注意が必要です。準備組合の段階の同意書に法的な強制力はありませんが(「2. 再開発による立ち退きはどの法律のルールで進む?」参照)、事業の推進に賛成した証拠として扱われ、その後の交渉で持ち出されることがあります。
提示された金額に対して自分から上乗せを求めると、退去すること自体には同意したと受け取られるおそれがあります。
相手から低い金額を提示されたとき、つい口にしてしまいがちなのが、次のような一言です。
「この金額では移転費用に足りないので、もう少し上乗せしてもらえませんか」
一見すると、自分の権利を守るための当然の交渉に思えます。しかし、この一言は、「金額さえ折り合えば出ていく」という意思表示として受け取られかねません。つまり、明渡しの義務を自ら認めたと扱われるおそれがあるのです。
そうなると、民間の立ち退きであれば本来最大の争点になるはずの「そもそも出ていく必要があるのか」という正当事由の問題を、自分で放棄することになります。交渉のテーマは「いくらで出ていくか」だけに絞られ、あなたの交渉の余地は大きく狭まります。
しかも、メールやLINEのメッセージ、録音された発言は、訴訟になれば証拠として使われます。後から「この場所でなければ営業を続けられない」と主張しても、自分の過去の発言と矛盾してしまいます。
金額を提示されたときは、その場で返答せず、「退去するかどうか」と「金額」を切り離して検討することが重要です。
補償の合意がまとまる前に移転先と契約すると、退去せざるを得ない状況を自分でつくることになり、交渉力が大きく下がります。
移転先と契約した時点で、今の物件と移転先の二重の賃料を負担することになります。相手方から見れば、「早く補償金を受け取って移りたいはずだ」と足元を見やすい状況です。その結果、低い金額で妥協せざるを得なくなることがあります。
かといって、移転先の検討まで止めてしまう必要はありません。代わりの物件を探しても条件に合うものが見つからないという事実は、あなたがその建物を使い続ける必要性を示す材料にもなるからです(「4-2. 正当事由が認められやすいケース・認められにくいケース」参照)。物件探しは進めつつ、契約は補償の合意後か、少なくとも合意の見通しが立ってからにしましょう。
交渉中に家賃の支払いを止めると、賃料不払いを理由とする契約解除の口実を相手に与えてしまいます。
賃料を滞納しても直ちに解除されるわけではありませんが、不払いが貸主との信頼関係を破壊する程度に至ったと判断されれば、契約の解除が認められます。最高裁も、この信頼関係を基準に解除の可否を判断しています(最高裁昭和39年7月28日判決/民集18巻6号1220頁)。解除が認められれば、正当事由や立ち退き料を議論する前提そのものが崩れ、立ち退き料なしで明渡しを求められる立場に逆転するおそれがあります。
立ち退きをめぐって対立していると、貸主が家賃の受け取りを拒むこともあります。その場合でも、支払いを止めてはいけません。家賃を支払おうとしたのに貸主が受け取りを拒むときは、法務局に家賃を供託すれば、支払いを続けたのと同じ扱いになります(民法494条1項1号)。
立ち退きの手続きには、過ぎてしまうと取り戻せない期限があります。通知を受け取ったら、まず各期限を一覧にすることが重要です。
法定の再開発事業で特に注意したい期限は、次のとおりです。
このうち最も短く、見落としたときに失うものが大きいのが、2週間の縦覧期間です。この期間内に意見書を出していなければ、収用委員会で補償額を争うことができなくなります。
民間の建替えの場合も、期限の確認は欠かせません。たとえば、更新拒絶の通知が期間満了の1年前から6カ月前までに届いているか(借地借家法26条1項)、定期借家であれば終了の通知があったか(同法38条6項)を確認します。期限は、あなたが守らなければならないものであるだけでなく、貸主が守っていなければ、あなたにとって有利な主張の材料にもなります。
こうした期限は、郵送物の中で目立たない形で記載されていることがあり、事業者から丁寧な説明がないまま過ぎてしまうこともあります。
弁護士に依頼すれば、手続きの段階に合わせた判断、根拠に基づく金額の主張、交渉の代理、紛争になった場合の一貫した対応を任せることができます。
再開発の相手方となる組合やデベロッパーには、再開発コンサルタントや補償の専門業者、顧問弁護士がついていることが珍しくありません。一方、借家人にとっては初めての経験であることがほとんどで、情報量にも経験にも大きな差があります。
相手方の担当者は丁寧に説明してくれるかもしれません。しかし、その説明は、事業を円滑に進める立場からのものです。あなたの利益を最大にする立場からの説明ではない、という点は理解しておく必要があります。
もっとも、弁護士に依頼するかどうかは、提示された金額の大きさ、その場所への事業の依存度、争点の有無によって変わります。まずは通知書と契約書を見せて、弁護士の見立てを聞くだけでも、今後の判断材料になります。
弁護士に相談すれば、あなたの立ち退きが今どの段階にあるのかを確認したうえで、その段階で何をすべきか、どの期限が迫っているかを整理できます。
法定の再開発事業では、段階ごとにとるべき行動と期限が変わります。
たとえば、大崎駅東口第4地区であれば、現在は都市計画決定が済み、組合設立の認可を待つ段階です。認可の公告があれば、その日から30日の転出申出の期限が始まります。今のうちに、残るか転出するかを判断するための材料をそろえておく必要があります。
準備組合の段階では、法的な強制力のない同意書や意向調査への回答を求められることがあります。弁護士に相談すれば、署名や回答がその後の交渉にどう影響するかを、事前に判断できます。
民間の建替えであれば、更新拒絶の通知の時期(借地借家法26条)、定期借家の要件(同法38条)、特約の有効性(同法30条)を確認し、そもそも退去の義務があるのかという入口の判断から始められます。
法定の再開発事業で残るか転出するかを選ぶ場面でも、新しいビルの家賃水準、工事期間中の仮営業、補償の見込み額を並べて比較し、事業を続けるという観点から判断材料を整理できます。
自分だけで判断していると、期限が過ぎてから「選択肢がもう残っていなかった」と気づくことがあります。
弁護士に依頼すれば、あなたの損失を算定の要素ごとに整理し、資料に裏づけられた主張として立ち退き料や補償額を求めることができます。
まず、「5. 立ち退き料・補償金の内訳と金額はどのように決まる?」で解説した算定要素ごとに、決算書、確定申告書、内装工事の契約書や領収書、移転先の見積書などを整理し、主張の形にまとめます。
そのうえで、相手方の提示額について、算定の前提を確認します。休業期間を何カ月とみているのか、補償の対象期間をどう設定しているのか、どの項目を算定に含めているのかを一つずつ確かめ、漏れている項目や前提の違いを指摘していきます。金額の大小だけを比べるのではなく、算定の中身を検証できる点に、弁護士に依頼する意味があります。
民間の立ち退きでは、貸主の申出額を上回る立ち退き料と引換えに明渡しが命じられた例もあります(最高裁昭和46年11月25日判決/民集25巻8号1343頁)。弁護士は、こうした判例や裁判例を踏まえ、提示額が訴訟になった場合の見通しと比べて妥当かどうかを判断します。
自分だけで対応した場合、自分の事情を資料で示せないまま、相手方の算定がそのまま基準になってしまうことがあります。
弁護士が代理人として窓口になれば、あなたが相手方と直接やり取りする必要がなくなり、発言や書面にまつわるリスクを管理しながら交渉を進められます。
「6-1. 内容を確かめずに同意書・合意書へ署名する」「6-2. 自分から金額の上乗せを持ちかけてしまう」で解説したとおり、何気ない署名や一言が、交渉の前提を大きく変えてしまうことがあります。代理人を通せば、相手方からの書面にその場で応じることなく、内容を確認してから回答する流れをつくれます。退去するかどうかと金額の問題を切り離したまま、交渉を進めることもできます。
相手方である再開発組合、デベロッパー、新しいオーナーは、再開発や用地取得の手続きに慣れた担当者や代理人を立てていることがあります。自分だけで向き合うと、情報量と交渉経験の差がそのまま結果に表れかねません。
同じビルの他の借家人と、足並みをそろえて交渉すべきか迷うこともあるでしょう。情報を交換することは有益ですが、契約の内容、営業の規模、その場所への依存度は借家人ごとに異なります。まとめて交渉すると、あなた個別の事情が埋もれてしまうこともあります。弁護士に相談すれば、他の借家人との関係をどう保ちながら、自分の事情をどう主張するかを判断できます。
また、営業や日々の生活を続けながら交渉を任せられるため、時間的にも精神的にも負担を減らせます。
交渉がまとまらない場合でも、弁護士に依頼していれば、民事調停や訴訟、収用委員会の手続きまで、同じ弁護士に引き続き任せることができます。
民間の立ち退きで交渉がまとまらない場合は、民事調停や、貸主が起こす明渡しの訴訟で解決を図ることになります。明渡しの訴訟では、あなたは訴えられる側(被告)として、正当事由の有無を争います。退去を拒むために、あなたの方から訴訟を起こす必要はありません。
訴訟では、口頭弁論が終わる時点までの事情をもとに正当事由が判断され、立ち退き料の申出も、それまでにされたものが考慮されます(借地の事案として、最高裁平成6年10月25日判決/民集48巻7号1303頁)。そのため、交渉の段階から積み上げてきた証拠や主張が、そのまま訴訟でも生きてきます。
法定の再開発事業では、収用委員会の裁決と、その後の訴訟で争うことになります。収用委員会の手続きでは、意見書の作成や鑑定資料の提出、審理での意見陳述などが必要です。期限も短いため、個人や中小事業者が自分だけで対応するのは、負担が大きいでしょう。
交渉の段階から同じ弁護士が争点と証拠を整理していれば、手続きが変わっても、主張の一貫性を保てます。また、交渉がまとまらなければ訴訟や収用委員会の手続きに進む、という姿勢を示せること自体が、相手方に適正な金額の提示を促す材料になる場合もあります。
借家権価格の評価や、受け取るお金にかかる税金など、弁護士以外の専門家の判断が必要な場面でも、弁護士が窓口となり、各専門家と連携して対応を進められる場合があります。
借家権価格や営業補償を算定する際には、不動産鑑定士と連携して鑑定書や意見書を用意し、相手方が示した鑑定の内容と比べることができます。相手方の鑑定の前提に誤りがあれば、それを具体的に指摘する根拠にもなります。
立ち退き料や補償金は、どのような名目で受け取るかによって、税金の扱いが変わることがあります。個人であれば、譲渡所得・事業所得・一時所得のどれに当たるか、法人であれば益金としてどう処理するかが問題になります。法定の再開発事業では、収用等の場合の課税の特例を使えるかどうかも検討が必要です(「8-3. 受け取った立ち退き料・補償金に税金はかかる?」参照)。合意した後に名目を変えるのは難しいため、合意書の文言を決める段階から、税理士と連携して確認しておくことが大切です。
このほか、移転先の物件選びや内装工事の見積もりなど、補償額の根拠となる資料についても、どのような資料が評価されやすいかを踏まえた助言を受けられます。
自分で専門家を一人ずつ探して依頼する手間が省けるうえ、補償の主張と税務上の扱いが食い違うといった事態も防ぎやすくなります。
情報を集めるために、出席しておくことをおすすめします。ただし、出席したからといって、その場で同意書などに署名する必要はありません。
説明会では、事業のスケジュールや期限、補償の考え方など、今後の判断に関わる情報が示されることがあります。配布された資料は持ち帰って保管し、日程や期限、問い合わせ先を確認しておきましょう。質疑応答の内容もメモに残しておけば、後から口頭での説明と書面の内容に食い違いがないかを照らし合わせることができます。
なお、説明会を欠席したことだけで、法的に不利になるわけではありません。それ以上に注意したいのが、権利変換計画の縦覧です。縦覧期間(2週間)内に意見書を提出しておかなければ、後から収用委員会で補償額を争うことができなくなります(都市再開発法85条1項)。説明会への出欠とあわせて、縦覧がいつ行われるのかも必ず把握しておきましょう。
また、説明会での発言は記録されることがあります。退去の条件や金額について、その場で意見を述べるのは控えたほうがよいでしょう(「6-2. 自分から金額の上乗せを持ちかけてしまう」参照)。
全額が戻るとは限りませんが、内装や造作にかけた費用は、移転費用や造作の補償として考慮される可能性があります。
貸主の同意を得て取り付けた造作であれば、契約が終わるときに、貸主に時価で買い取るよう求められる場合があります(造作買取請求権。借地借家法33条)。ただし、この権利は特約でなくすことができ、実際に契約書で排除されていることも珍しくありません。その場合でも、内装に投資した費用は、立ち退き料を算定する際の要素として主張できる余地があります。
金額の交渉とは別に、原状回復義務を免除してもらうよう交渉することも検討しましょう。店舗を内装のない状態(スケルトン)に戻す工事には、大きな費用がかかることがあります。原状回復が免除されれば、その分だけ立ち退き料を上乗せしてもらったのと同じ効果があります。
こうした主張の裏づけとして、内装工事の見積書・請求書・写真は保管しておいてください。
原則として、税金がかかります。どのような名目で受け取るかによって、所得の区分や税額が変わることがあるため、具体的な扱いは税理士に確認してください。
個人の場合、借家権がなくなることへの対価にあたる部分は譲渡所得(所得税基本通達33-6)、休業による収入の減少を補う部分は事業所得、それ以外の部分は一時所得などに区分されることがあります。法人の場合は、益金として扱われます。
法定の再開発事業で受け取る補償金については、収用等の場合の課税の特例を使えるかどうかが問題になることがあります。たとえば、転出して補償金を受け取る場合、5,000万円の特別控除(租税特別措置法33条の4)の対象になるのは、新しいビルで与えられる床が著しく小さいため権利変換を受けられない場合や、老齢・身体の障害などの「やむを得ない事情」があると施行者が認めた場合などに限られます(同法33条1項3号の2)。こうした事情がなく、自分の判断で転出を選んだ場合は、この特例の対象になりません。
一方、新しいビルに残る場合は、借家権の補償金は受け取らないため、その部分について課税の問題は生じません。ただし、仮店舗の費用や休業による損失の補償など、明渡しに伴う補償を受け取った場合は、その内容に応じて課税されることがあります。このように、残るか転出するかによって、税金の扱いも変わります。なお、土地や建物を所有している方が、権利変換によって新しいビルの一部を取得する場合には、課税を繰り延べる特例(同法33条の3)の適用が問題になります。
合意書で名目をどのように書き分けるかが、税額に影響する場合もあります。合意書を作る前に、税理士に確認しておきましょう。
弁護士でない者が、報酬を得る目的で、業として他人の法律事件について交渉を代わりに行うことは、弁護士法72条で禁止されています。立ち退き交渉も、相手と争いになっている場合や、争いになることがほぼ避けられない場合には、これに当たる可能性があります。
最高裁は、弁護士資格のない者が、ビルの所有者から報酬を得て、賃借人との立ち退き交渉を業として請け負った事案で、弁護士法72条違反が成立すると判断しています(最高裁平成22年7月20日決定/刑集64巻5号793頁)。この事案では、賃借人が立ち退く意向を示しておらず、交渉の中で法的な争いが生じることがほぼ避けられない状況でした。賃借人に不安や不快感を与えるような振る舞いがあったことも踏まえた判断であり、立ち退き交渉の代行がすべて違法とされたわけではありません。
それでも、こうした業者に依頼すると、成立した合意が有効かどうかをめぐって新たな争いが生じたり、依頼したあなた自身がトラブルに巻き込まれたりするおそれがあります。
もっとも、立ち退きに関わる業者がすべて違法というわけではありません。たとえば、不動産業者が建物の所有者自身の立場で交渉する場合など、適法な場面もあります。「立ち退きの交渉を代わりに引き受けます」と声をかけられたときは、依頼する前に相手が弁護士かどうかを確認しましょう。
大崎駅周辺の再開発で立ち退きを求められたときに押さえておきたいポイントは、次の3つです。
1つ目は、法定の再開発事業か、民間の建替えや売却かによって、適用されるルールがまったく異なることです。前者では都市再開発法の権利変換と補償の手続きが、後者では借地借家法の正当事由と立ち退き料が問題になります。まずは手元の通知書から、どちらに当たるのかを確かめましょう。
2つ目は、法定の再開発事業には短い期限があることです。転出を希望する場合は、組合設立の認可の公告から30日以内に申し出なければなりません。また、補償額を争うには、権利変換計画の縦覧期間(2週間)内に意見書を提出しておく必要があります。大崎駅東口第4地区のように、都市計画決定を終え、組合設立の認可に向けた準備が進む地区もあります。
3つ目は、金額の話をする前に、退去するかどうかを見極める必要があることです。内容を確かめないままの署名や、「もう少し上乗せしてもらえれば」という一言が、その後の交渉を大きく左右することがあります。
「VSG弁護士法人」では、再開発に伴う立ち退きの交渉、立ち退き料・補償額の算定と主張、合意書の確認、調停・訴訟や収用委員会の手続きまで、立ち退きに関するさまざまなご相談に対応しています。
「準備組合から説明会の案内が届いた」「オーナーから建替えを理由に退去を求められた」「提示された金額が妥当なのか判断できない」。このようなお悩みをお持ちの方は、書面に署名する前や、相手に返事をする前に、当事務所にご相談ください。通知書と契約書を拝見したうえで、あなたの状況に合った進め方をご提案します。