

東京弁護士会所属。東京都出身。
弁護士になる前、私は公務員として自治体業務に携わってきました。その経験から、法的な正しさだけでなく、社会的な公平性や、一人ひとりの生活に寄り添うことの重要性を深く理解しています。
立ち退き問題は、住まいや事業所といった生活の根幹に関わる問題であり、そこには多大な不安やストレスが伴います。私は「弁護士は敷居が高い」というイメージを払拭し、何でも気軽に話せる相談相手であることを常に心がけています。
複雑な法律用語を分かりやすく整理し、今後の見通しを丁寧にご説明した上で、依頼者様が「相談して良かった」と心から思える解決を目指します。公務員時代から大切にしている「誠実に向き合う」姿勢を貫き、皆様の正当な権利を守るために全力で取り組んでまいります。

賃貸借契約において、退去時の原状回復費用をめぐるトラブルは非常に多く、「どこまで負担する必要があるかかわからない」と悩む方も少なくありません。
2024年、国土交通省は「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」[注1]を再改定し、耐用年数や費用負担の考え方、経年劣化と過失損傷の区分などが整理されました。
本記事では、再改定のポイントを踏まえ、原状回復費用の判断基準やトラブル時の対処法について、弁護士の視点からわかりやすく解説します。
「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」[注1]は、賃貸住宅の退去時に生じやすい費用負担トラブルを防ぐため、国土交通省が示した判断指針です。
契約時や入退去時の物件確認の参考資料として利用が想定されています。
この章では、原状回復の前提となるルールと、2024年再改定の概要を整理します。
賃貸住宅の原状回復とは、賃借人が退去する際に、物件を借りた時の状態に戻す義務を指します。
ただし、すべての損耗を元の状態に戻す必要はありません。
原状回復の対象は、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、または通常の使用を超える使用による損耗・毀損に限られます。
一方、建物の自然な劣化(経年変化)や通常の使用による損耗は、賃貸人が負担する費用です。
これは、賃料に減価償却費や修繕費が含まれているという考え方に基づいています。
2020年4月の民法改正により、原状回復義務の範囲が法律で明確化されました。
改正民法第621条[注2]では、通常使用による損耗や経年変化が借主の原状回復義務から除外され、これによりガイドラインの考え方が法的に裏づけられています。
ガイドライン自体には法的拘束力はありませんが、契約内容を解釈する際の重要な判断基準です。
契約書に記載された特約は、著しく不公平、あるいは法律に反する場合には無効とされる可能性があります。
一方で、特約によっては借主が通常の原状回復義務を超える負担を負う場合もあるため、契約時には特約の記載を十分に確認しましょう。
2024年の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」再改定版[注1]では、耐用年数経過後の残存価値(1円)の適用範囲や設備ごとの区分が定められました。
設備には通常の使用期間である耐用年数があり、借主の過失で設備を破損させても耐用年数経過後の負担額はほぼゼロ(1円)とする考え方です。
耐用年数を経過する前であっても、使用年数に応じて設備の価値は減少しており、減少した価値は借主負担分から控除されます。
入居から数年経っているにも関わらず新品交換費用を請求されているときは、経年劣化による価値の減少が考慮されていない可能性が高いでしょう。

原状回復ガイドライン[注1]は、借主と貸主の公平な負担による解決をめざしています。
特に重要となるポイントは、以下の①~⑤です。
2024年改定では、経年劣化による価値の減少分は借主負担とならない点がさらに強調されました。
借主と貸主の負担範囲を算定するための重要なポイントとして確認していきましょう。
通常損耗や経年劣化による損傷の修繕費用は、賃料に含まれているとみなされ、原則として貸主負担です。
具体例は、以下があります。
家具や家電による床の設置跡
冷蔵庫やソファ、ベッドなどの床についた設置跡やテレビ裏の電気ヤケは、家具や家電を通常使用した結果であるとみなされます。
壁や床の日焼け
長期間、日光にさらされてできた自然な日焼けや変色は、借主の過失ではなく通常使用の範囲内です。
窓枠のシミ
手入れをしていても発生するような木枠のシミなどは経年劣化によるとみなされます。
壁にある画鋲の穴
壁にカレンダーやポスターなどを掲示するときの画鋲の穴は通常損耗であり、借主が修繕費用を負担する必要はありません。
蛇口やパイプなどの不具合
水漏れなどが経年劣化で発生したときは、日常生活による故障とみなされます。
機械設備の自然故障
エアコンを通常の方法で使用し、手入れも欠かさなかったにも関わらず故障した場合は自然故障です。
入居から数年経過すると通常損耗や経年劣化による損傷が多くなるため、借主が原状回復で新品交換費用を負担しなければならないケースは稀でしょう。
故意や過失による損傷は、善管注意義務違反として借主が修繕費用を負担しなければなりません。
善管注意義務とは、借主として通常期待される程度の注意を払い、賃貸物件を大切に扱う義務です。
具体例は、主に以下の通りです。
引っ越しのときの傷
重い家具を設置するときに引きずってできた傷などは、故意や過失による損耗とみなされます。
壁にあるネジや釘による大きな穴
ネジや釘を使用した大きな穴や、下地ボードまで貫通した深い穴の補修費用は、原則として借主が負担しなければなりません。
タバコのヤニ汚れや黄ばみ、焦げ跡など
タバコの喫煙によるヤニ汚れや黄ばみ、焦げ跡などは借主の故意や過失として原状回復費用を請求されます。
結露放置によるカビ
窓ガラスの結露を放置したために窓枠にシミやカビが発生したときは借主の過失によるとみなされます。
ペットによる傷や臭いの染みつきなど
飼育していたペットによる床や壁の爪とぎ跡、染みついたトイレの臭いなどの原状回復は借主負担です。
エアコンや給湯器の故障など、設備の修繕は高額になりがちであり、費用負担を巡って借主と貸主がトラブルになるケースがあります。
設備の修繕は、経年による故障や寿命は原則として貸主負担です。
設備の所有権や管理責任は、原則として貸主に帰属します。
通常の日常生活で設備を使用した結果、借主の故意や過失がなくても年数の経過によって故障するためです。
一方で、借主が故意や過失で設備を故障させた場合は、借主が修繕費用を負担しなければなりません。
設備が故障した後、借主が貸主に報告しないまま放置して被害を拡大させたようなケースも含まれます。

原状回復ガイドライン[注1]では、設備などの経過年数(入居年数)を考慮した負担割合の算定方法が示されています。
以下は、主な設備の耐用年数で、法定耐用年数とは異なる基準で定められています。
襖や障子、畳などは、破れたらその都度張り替えるため、消耗品としての側面があります。
損傷の軽重にかかわらず価値の減少が大きいため、経過年数を考慮せず、交換費用は損傷を発生させた借主の負担です。
実際の負担額は契約内容や損傷状況、特約の有効性などを踏まえて判断される点に注意しましょう。
契約書に記載された特約は、当事者間の合意内容を尊重するために一般原則より優先されます。
一方で、以下のように暴利的な内容や、借主を一方的に不利にする内容は消費者契約法などで無効とされる可能性があります。
たとえばハウスクリーニング特約が有効となるには、以下の要件を満たさなければなりません。
特約がある契約書に署名捺印した場合でも諦めず、弁護士に相談しましょう。
原状回復費用の負担は賃貸借契約でもトラブルになりやすいポイントであり、たとえば以下のようなケースがあります。
貸主とトラブルになったときは感情的な対立になりがちですが、原状回復ガイドライン[注1]を基準として解決するのが重要です。
ここからは、原状回復費用のトラブル事例と判断基準についてご紹介します。
原状回復費用は、一般的に損傷の程度や部屋の広さによって数万円~数十万円ほどかかります。
請求額が100万円を超えるときは、一般的に高額請求と言えるでしょう。
高額請求を受けた場合、費用明細について以下のようなポイントを確認するのが重要です。
原状回復費用として貸主が負担する項目が含まれている場合、金額の修正を求めましょう。
経年劣化により価値が減少しているにも関わらず、新品交換費用に相当する金額を請求されている場合も、原則として減額を要求できます。
原状回復費用のトラブルとして原因になりやすいのは、以下のようなポイントです。
クロスの張り替え
原状回復ガイドライン[注1]によると、借主負担は原則として「交換が必要な損傷個所を含む一面分」までです。
張替え費用の目安は1㎡あたり1,000~1,500円ほどですが、大幅に超えるときは全面張替えの費用を請求されている可能性があります。
ペットによる損傷
ペットによる爪とぎの跡や臭いは除去が難しく、高額な原状回復費用を借主が負担しなければならないケースが多いです。
特にペット禁止物件のときは高額な違約金も請求される恐れがあるでしょう。
タバコのヤニ汚れや臭いの染み込み
タバコのヤニ汚れや臭いの除去は借主負担ですが、汚損の範囲によって除去費用は大幅に変わります。
軽度のときは通常の清掃費用のみで除去できる場合もあります。
経年劣化による価値の減少分が考慮されているかも重要なポイントです。
たとえばクロスは耐用年数が6年であり、6年以上使用しているときは借主の費用負担となるクロスの価値はほぼゼロ(1円)です。
前述の通り、契約書に特約があっても必ず有効になるとは限りません。
たとえば、貸主に故意や過失があっても一切責任を負わないとする免責条項や暴利的な違約金などは無効と判断される可能性があります。
以下の判例では、自然損耗および通常使用による損耗の原状回復費用を借主負担とする特約が消費者契約法第10条[注3]に違反するとして無効となりました。
事例事件名:敷金返還請求等
裁判所・部:京都地方裁判所 第7民事部
判決日:2004年3月16日
要旨:自然損耗および通常使用による損耗の原状回復義務を借主に負担させる旨の特約は、消費者契約法第10条[注3]により無効である。
出典:裁判所判例検索(京都地裁 2004/3/16 判決)PDF
消費者契約法第10条[注3]では、消費者の利益を一方的に害する内容は無効であり、署名捺印した契約書の特約であっても無効になる可能性が示されています。
貸主から請求された原状回復費用に納得できないときは、焦って合意せず、まずは弁護士に相談しましょう。
退去の立ち会いをしたときに署名を求められた場合は、請求内容を確認する意思を伝え、署名を拒否してください。
弁護士や公的機関に相談をした後、請求内容を精査してから書面で異議申立てを行うのが望ましいです。
慌てて支払ってしまうと、貸主から合意があったと主張されてしまう可能性があるため、冷静に対処するのが問題解決に繋がります。
高額な原状回復費用を請求されたときは、契約書、見積書、原状回復ガイドライン[注1]の3点によってセルフチェックを行います。
貸主と交渉を行うためには、まずは事実確認とともに交渉に必要な武器を集めなければなりません。
契約書や原状回復ガイドライン[注1]に算定根拠はあるか、見積書の明細に貸主負担の費用が含まれていないかなどの観点から確認しましょう。
手元に契約書の原本や控えがないときは、重要事項説明書でも契約内容を確認できます。
入居時の写真や記録が残っている場合、提出できれば貸主との交渉が有利に進められる可能性が高くなります。
見積書に詳細な明細が記載されていないケースもありますが、その場合は詳細がわかる資料を貸主に請求しましょう。
貸主からの請求内容が不当であったにも関わらず支払ってしまった場合、不当利得として返還請求を検討しましょう。
不当利得返還請求とは、不当な方法で他人の財産や労力から利益を得た者に対し、返還を求める権利です。
本来は貸主負担にも関わらず借主が負担している場合、貸主に生じる利益は不当利得と言えます。
一方で、書面に署名捺印しているときは貸主からの合意があったと反論されるため後から覆すのが難しく、返還の難易度が高くなる可能性があります。
すぐに諦める必要はありませんが、現実的な回収方法などを弁護士に相談しながら貸主へ請求しましょう。
貸主と費用負担を巡ってトラブルになりそうなときは、弁護士への相談がおすすめです。
弁護士に相談すると以下のようなメリットがあります。
法的な根拠をもって減額を要求できる
弁護士名義ではなく個人で貸主や管理会社に費用の減額を要求しても、反論されるケースや無視されるケースもあるでしょう。
弁護士であれば、過去の判例や原状回復ガイドライン[注1]など法的な根拠をもって要求できるため、減額に応じてもらえる可能性が高くなります。
交渉の労力や精神的負担を大幅に軽減できる
貸主との交渉では、お互いが感情的になってしまい、労力や精神的負担が重くかかるケースが少なくありません。
弁護士に依頼すると、貸主や管理会社の話し合いを代行してもらえるため負担が大幅に軽減できます。
たとえ数万円の敷金返還であっても、今後のトラブル回避や精神的負担の軽減の観点から弁護士に依頼するメリットは十分にあるでしょう。
VSG弁護士法人は、お客様の負担を軽減できるよう経験豊富な弁護士が親身なサポートを実施しています。
退去時の原状回復は借主の義務ですが、貸主から不当な高額請求を受けるケースも珍しくありません。
2024年の原状回復ガイドライン[注1]の再改定では、経年劣化による価値の減少分は借主の費用負担とならない点が明記されました。
たとえば借りた本を返すとき、過失で破いたら弁償しなければなりませんが、読むときに自然についたクセのために新品交換するのは考えにくいでしょう。
賃貸物件も同様に、自然な損耗や経年劣化を無視した新品交換など、本来の負担範囲を超えた費用を支払う必要はありません。
不当な請求が疑われるときは、焦って合意せず、できるだけ早く弁護士へ相談すると解決につながる可能性が高くなります。
[注1] 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」について
[注2]民法/e-Gov
民法第621条(賃借人の原状回復義務)
[注3]消費者契約法/e-Gov
消費者契約法第10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)