判決の要約
多額の借金を抱えた相続人が、遺産分割協議において「自分は財産を何も相続しない(遺産は他の相続人にすべて譲る)」という合意をしたことに対し、第三者である債権者が「それは借金返済逃れのために、わざと自己の財産を減少させる行為(詐害行為)だ」として取り消しを求めた事例です。
最高裁判所は、「遺産分割協議は詐害行為取消権の対象となる」という判断を下しました。
これにより、借金のある人が遺産分割協議で「取り分ゼロ」にすることは、債権者を害する行為として無効(取り消し)にされるリスクが確定しました。
事件についての情報
- 裁判所
- 最高裁判所第二小法廷
- 判決日(決定日)
- 平成11年6月11日
- 事件番号
- 平成10年(オ)第1077号
- 判決全文
- PDFファイルを開く(裁判所ウェブサイト)
本件の経緯
本件は、亡くなった父の遺産(不動産)をめぐる、相続人と債権者のトラブルです。
- 相続人:長男(借金あり)と、他の兄弟たち。
- 状況:長男は自身の事業失敗などで、債権者(整理回収機構など)に対し多額の借金を負っていました。
- 遺産分割協議:父が亡くなり、不動産が遺産として残されました。長男は「自分が遺産を相続しても、すぐに債権者に差し押さえられてしまう」と考え(あるいは単に兄弟への配慮から)、「私は何もいらない。不動産はすべて他の兄弟が相続する」という遺産分割協議書に実印を押しました。
- トラブルの内容:これを知った債権者が、「本来なら長男が相続するはずだった持分(財産)を勝手に放棄するのは、我々への返済原資を減らす詐害行為だ」として、遺産分割協議の取り消しを求めて提訴しました。
争点
最大の争点は、「遺産分割協議は、債権者が取り消せる『財産行為』なのか、それとも個人の自由な意思が尊重される『身分行為』なのか?」という点です。
相続人側の主張
債権者側の主張
- ※
- なお、過去の判例(最高裁昭和49年9月20日判決)で、「家庭裁判所で行う正式な『相続放棄』は、詐害行為取消権の対象にならない(取り消せない)」と判断されています。今回は、その相続放棄とのとの違いも争点となりました。
最終的な判決
最高裁判所は、債権者側の主張を認め、「共同相続人の間で成立した遺産分割協議は詐害行為取消権の対象になる」と判断しました。
判断の理由
最高裁は、「家庭裁判所で行う『相続放棄』は、初めから相続人ではなかったことになる身分的な行為だが、『遺産分割協議』は、一旦相続した財産をどう処分するかという財産権を目的とする法律行為である」と明確に区別しました。
したがって、債務超過の状態にある相続人が、遺産分割協議で自分の権利を放棄し、それが債権者を害することを知って行った場合は、民法424条の詐害行為取消権の対象になると結論づけました。
本事例から学ぶ教訓と対策(税理士からのアドバイス)
この判例は、借金がある相続人にとって重要なルールを示しています。
1. 「遺産分割協議」と「相続放棄」は似て非なるもの
多くの人が「遺産分割で『私はいらない』と言えば、借金取りに遺産を取られずに済む」と勘違いしていますが、これは間違いです。
本判例のとおり、話し合い(協議)で自分の相続分をゼロにしても、債権者から後でひっくり返され、強制的に法定相続分を差し押さえられる可能性があります。
2. 借金があるなら「3カ月以内の家庭裁判所での放棄」を検討
もし借金がある相続人が、実家(不動産)を他の兄弟に渡したいのであれば、「相続開始から3カ月以内に、家庭裁判所に『相続放棄』の申述をする」方法が有効です。
これであれば、前述の昭和49年判例により「詐害行為にはあたらない」とされているため、債権者は文句を言えません。
相続放棄が認められると、申述人は「最初から相続人ではなかった」とみなされます。
今回紹介したケースに当てはめると、長男は相続人としてカウントされず、他の兄弟は安全に全財産を相続できます。
3. 税務上の注意(贈与税のリスク)
もし詐害行為が認められ遺産分割協議で決めた内容が取り消されると、税務も混乱します。
また、債権者問題がないケースでも、遺産分割協議で「私はいらない」と表明した後に、「やっぱり少しだけ…」とお金を受け取った場合、その金銭の性質が「代償分割」なのか「贈与」なのかで課税対象となる税金も変わります。
「借金がある相続人がいる」場合は、相続に詳しい税理士や弁護士に事前に相談し、相続方法や遺産分割協議書への記載方法などを適切に進めることが大切です。


