立ち退き料とは、物件から退去する借主の損失補填や慰謝料を目的として貸主から支払われる金銭です。
立ち退き料の金額に明確な基準はありませんが、一般的には賃料の6カ月~1年分に転居費用や損失補填を加えた額が相場になります。
例外的に、借主の契約違反や建物の取り壊し予定がある場合などは立ち退き料の請求が認められません。
立ち退き料を多くもらうためには、転居が難しい理由や、立ち退きによる損害額を算出した上で貸主と交渉する必要があります。
貸主との交渉や、立ち退き料の算出には専門的な知見が必要になるため、弁護士に依頼しましょう。
ここでは、立ち退き料を算出する方法や、立ち退き料をできるだけ多くもらう方法などについて解説します。
目次
立ち退き料は、引っ越しや店舗の営業損失など立ち退きに伴う借主側の損失を補填する費用です。
日本の借地借家法は「借主の保護」を原則としており、立ち退き料は貸主都合で退去を求めるほとんどの事例で必要です。
ただし、借主に家賃滞納や契約義務違反がある場合などは、例外的に立ち退き料を請求できません。
立ち退き料は、貸主と借主の利害を調整する役割を持つため、双方の事情を総合的に考慮した結果で判断されます。
立ち退き要請には、借主に契約違反がないにもかかわらず契約を終了させてもやむを得ない理由である正当事由が必要です。
次の5つの要素を考慮して、立ち退き要請が正当な事由であるかどうかを判断します。
立ち退き要請が正当事由にあたるかどうかは、双方にとっての建物の使用に対する必要性が考慮されます。
そのうえで、他の要素についても総合的に考慮され、正当事由として認められるかどうか判断されます。
貸主から借主へ支払われる立ち退き料の金額には、立ち退き要請の正当事由の内容が大きく影響します。
正当事由の内容が強いほど立ち退き料の金額は安くなり、反対に正当事由の内容が弱いほど立ち退き料の金額は高くなります。
正当事由として強い内容とは、たとえば貸主が経済的な事情で物件を自ら使用しなければならない場合などです。
一方で、貸主の都合で物件を売却する場合や、倒壊しない程度の老朽化で建物を建て替える場合は、正当事由の内容として弱いと判断されるでしょう。
立ち退き料の相場は家賃の6カ月~1年分といわれています。
たとえば、賃貸住宅の家賃が8万円の場合の立ち退き料は、48~96万円です。
基本的には、以下の計算式をベースにして立ち退き料を求めます。
営業用店舗では、上記の計算式だけでなく、休業中の補償も考慮されます。
物件の種類ごとにどのような要素が考慮されるのか、具体的な内訳をみていきましょう。
賃貸アパートやマンションなどの立ち退き料の内訳は、以下の通りです。
家賃の差額については、貸主側の正当事由が強ければ期間が短く、弱い場合は3年程度を目安に補償されます。
慰謝料・借家権相当額・居住権相当額は明確な基準がないため、引っ越し代などの上乗せ分とするケースもあります。
店舗の場合は移転に伴う損失が大きいため、立ち退き料には以下の費用が考慮されます。
休業補償は、主に3つの補償があります。
休業補償の全額は貸主の支払能力を超える可能性が高いため、すべて考慮されるとは限りません。
改装工事費は移転先での営業再開のための費用であり、一般的には実費分をもらえます。
事務所の立ち退き料の相場は、現在の家賃の1~3年分です。
店舗の立ち退き料に比べて低い理由は、特殊な設備移転や顧客喪失の影響が少ないためです。
ここからは、正当事由ごとに立ち退き料の相場を解説します。
それぞれの相場について見ていきましょう。
都市計画上の用地にある土地などは、道路拡張を理由に行政から立ち退きを要求されるケースがあります。
道路拡張による立ち退き料は、次のように提供する土地面積と土地の公示価格から算出されます。
提供する土地の上に保有する建物がある場合、建物を取り壊さなければなりません。
この場合、次のような費用を建物に関する補償金として請求できます。
新しい建物の建設費用は行政側との交渉により決まりますが、原則として既存の建物と同等の金額までしか補償されないため注意しましょう。
区画整理とは、行政開発の区域内などで土地の区画や形質を開発したり、まちづくりの一環で行政施設を建設したりする事業です。
たとえば、学校や公園などの公共施設が不足している地域で、地権者から土地を提供してもらい運用するケースなどがあります。
区画整理事業が決定すると、住民説明会が開催された後に行政側と立ち退き料の交渉が行われるのが一般的です。
立ち退き料は、道路拡張の場合と同様に土地の価格と建物の移転補償で計算されます。
区画整理では、損失した土地の同価値の土地を代わりにもらえる換地処分を選択できるケースもあります。
換地処分を選択して従前と同じ価値の土地を受け取った場合、立ち退き料は受け取れません。
国や自治体の再開発計画により、対象となる土地からの立ち退きを求められるケースがあります。
たとえば、駅前にもかかわらず未使用になっている土地に大型の商業施設をつくる再開発事業などです。
立ち退き料は、道路拡張や区画整理の場合と同様に、土地の価格と建物の移転補償から算出されます。
再開発では、開発後の建物の権利を対価として所有できるケースもあります。
たとえば、老朽化したビルの店舗を取り壊し、再開発後の高層ビルに新しく同じ系列の店舗をつくる場合です。
再開発は、行政が主導する法定再開発の他に、民間企業が企画する民間再開発があります。
民間再開発は法律上の強制的な立ち退きではなく、地権者に納得してもらうために立ち退き料は高額になるケースが多いでしょう。
立ち退き料に含まれる費用は、以下のとおりです。
それぞれの内容について、詳しく解説します。
立ち退き料には、住居を移転するために必要な引っ越し、移転費用が含まれています。
たとえば、梱包や運送、保険、分解取付調整、住所変更届、移転通知などの費用です。
立ち退きを迫られた場合、借主は退去する前に新たな転居先を探さなければなりません。
新たな引っ越し先を探すため、ほとんどの人は不動産業者を利用し、仲介手数料や礼金などを支払います。
立ち退きがなければ引っ越しせずに済んだため、新規契約するときの仲介手数料や礼金を支払う必要はなかったはずです。
そのため、不動産屋へ支払う仲介手数料や礼金などの金額は、立ち退き料に含まれます。
支払われる金額の相場は、引っ越し先の家賃の1~2カ月分程度です。
これまでの生活環境をできるだけ維持できる新たな転居先を探した結果、前と比べて家賃が高くなるかもしれません。
立ち退きにより生じた家賃の差分は、立ち退き料に加えるのを認められる可能性があります。
相場は、家賃の差分の1~3年分程度です。
借家の借主は、借家を利用する権利である借家権と呼ばれる権利を持っています。
借家に住んでいる人の場合、住み心地や住みやすさといった数値に現れない権利が立ち退きにより侵害されるため、補償してもらえます。
ただし、利用権の取引を金銭で行う地域は限定的であり、取引を行わない地域は少なくありません。
借家権の評価は、他の計算過程に含めて行うケースもあります。
利益の補償とは、店舗の営業により発生する営業補償です。
利益の補償は、店舗がその場所で営業しているために今の利益があるとの考え方に基づきます。
店舗の立地が売上に大きく影響するため、立ち退きにより店舗の場所が変わってしまうと、売上金額も大きく影響を受けます。
一般的に考えて立地が良くなったと思われるような場合でも、既存の顧客が失われてしまい、売上が増えるとは限りません。
移転に伴う休業期間の補償や、通勤できなくなった従業員の新規雇用にかかる費用なども必要です。
店舗の移転の場合には、利益の補償が高額になるケースが多いでしょう。
立ち退き料の支払われるタイミングは、借主が物件を明け渡した後です。
立ち退きが完了する前に支払ってしまうと、立ち退き料を受け取ったにも関わらず退去しないといったトラブルが起きる可能性があるためです。
ただし、退去には多額の初期費用がかかるため、借主側で初期費用を工面できないのを理由に立ち退きを応じないケースも少なくありません。
初期費用を貸主から立て替える点を譲歩できれば、交渉がスムーズに進む可能性があります。
特に借主にとって初期費用が支障となっている場合、貸主側から費用を一部先払いするのも一つの方法でしょう。
立ち退き交渉がまとまると、立ち退き料の金額や支払時期について合意書を結びます。
立ち退き料の計算には、以下の4つの計算方法が使われています。
それぞれの計算式の違いについてみていきましょう。
収益還元方式は、現在の家賃と転居先の物件の家賃の差額から立ち退き料を求める計算方法です。
下記の計算式で借家権を求め、立ち退き料を算定します。
立ち退きに伴い発生する転居先の賃料との差額がポイントとなるため、差額賃料還元方式とも呼ばれる計算方法です。
割合方式は、物件の不動産としての価格および借主の利用権に着目して立ち退き料を求める方法です。
割合方式は、以下の計算式で求めます。
なお、借地権割合および借家権割合は、相続税路線価で確認できます。
相続税路線価とは、道路に面する標準的な宅地の1㎡あたりの価格です。
収益価格控除方式は、貸主が自ら使用した場合の物件の価格と、借主に賃貸して使用させた場合の物件の価格の差額に焦点を当てた計算方法です。
具体的な計算方法は、次の通りです。
収益価格控除方式は、特に賃貸としたために物件の価格が大幅に下がっている場合に用いられます。
比準方式は、これまでにあった借家権の取引事例における価格に焦点を当てた計算方法です。
具体的な計算方法は、以下のようになります。
実際には借家権が市場で取引される事例はあまり多くないため、あくまで概念的な計算方法として認識しておきましょう。
実際に立ち退き料を計算する際は、借主が立ち退きを行う際に負担する費用を合計して算出されるケースが一般的です。
ここまでで紹介してきた4つの計算方法は、借家権をもとにして立ち退き料を算出する方法でした。
しかし、実際は借家権が市場で取引されるのはごく稀であるため、現実的な計算方法としては合理性に欠けています。
実際の立ち退き料の計算は、次のような手順で行いましょう。
立ち退き料の計算手順
1:引っ越し代を算出する
2:転居先の物件を契約する際の仲介手数料を把握する
3:転居に伴う増額分家賃を算出する
4:敷金および礼金を把握する
5:1~4を合計して立ち退き料を計算する
次は具体的な金額を決めて計算のシミュレーションを行ってみましょう。
事例シミュレーション例
【条件】
引っ越し代:15万円
現在の家賃:10万円
現在の物件の退去時に返還される敷金:10万円
転居先周辺の標準家賃:13万円
転居先周辺の標準敷金月数:1カ月
転居先周辺の標準礼金月数:1カ月
家賃差額補償月数:12カ月
【計算シミュレーション】
引っ越し代=15万円
仲介手数料=転居先の標準家賃1カ月分=13万円
家賃増額分=(転居先周辺の標準家賃13万円-現在の家賃10万円)×家賃差額補償月数12カ月
=36万円
敷金の不足分=転居先周辺の標準家賃13万円×転居先周辺の標準敷金月数1カ月-現在の物件の退去時に返還される敷金10万円
=3万円
礼金=転居先周辺の標準家賃13万円×転居先周辺の標準礼金月数1カ月
=13万円
立ち退き料=引っ越し代15万円+仲介手数料13万円+家賃増額分36万円+敷金不足分3万円+礼金13万円
=80万円
以上より、今回の立ち退き料は、80万円となります。
立ち退き料がもらえるのは、たとえば次のようなケースです。
貸主の都合で立ち退きを求める場合
貸主やその親族が物件を使用する場合など、貸主の都合で立ち退きを求めるときは相応の立ち退き料の支払いが必要です。
貸主の都合であっても、緊急性や必要性が高い事情があるケースでは立ち退き料の要否に影響する場合があります。
倒壊のリスクが少ない建物を建て替えるとき
建物の設備を入れ替えて賃料をより高くしたいなどの理由で建物を建て替えるときは、退去する借主へ立ち退き料の支払いが必要です。
例外的に、建物の老朽化が進み、倒壊のリスクが大きいケースでは強い正当事由があるとして立ち退き料が認められなかった判例があります。
地域の区画整理や再開発で立ち退きを要請された場合
前述の通り、行政による区画整理や民間企業の再開発などで立ち退きを要請された場合は立ち退き料を請求できます。
次のケースでは、借主は立ち退き料をもらえません。
借主に契約違反があった場合
家賃の滞納や無断の転貸など、契約上で認められていない行為があるときは立ち退き料が請求できません。
契約違反の場合、貸主は賃貸借契約を解除できるため、借主に物件の明け渡し義務が発生します。
定期建物賃貸借契約の期間が終了した場合
定期建物賃貸借契約は、定められた契約期間の満了により更新なく賃貸借が終了する契約です。
借主は契約期間満了後に更新を請求できないため、立ち退き料を請求できず、物件の明け渡しが必要になります。
取り壊し予定の建物賃貸借の場合
区画整理などの理由があり、賃貸借契約の終了時に建物を取り壊す旨を定めていた場合、立ち退き料は請求できません。
貸主の建物使用の緊急性や必要性が非常に高い場合
貸主が生活に困窮しているため他の物件で住居の確保が難しい場合などは、貸主の事情が考慮されて立ち退き料が認められないケースがあります。
立ち退きの申し入れは期間満了の1年~6カ月前までの間に借主へ通知しなければなりません。
立ち退き通知が借主側に行き渡った後に貸主から立ち退き理由の説明があり、貸主が代替物件を提案してくるかもしれません。
立地や間取り、家賃などの条件は入念にチェックし、必要であれば現地確認もしておくとよいでしょう。
立ち退き料の交渉をする前に、金額設定の根拠を貸主に質問してください。
家賃6カ月分相当額だけだった場合は、引っ越し代や次の物件の契約費用なども上乗せしてもらうよう交渉しましょう。
期限までに立ち退きできない理由や、さまざまな事情も伝えておけば、立ち退き料に反映してもらえる可能性もあります。
立ち退き料の交渉がまとまった後に、引っ越し先を探します。
最終的な立ち退き料に影響するため、貸主に見積りのコピーを渡してください。
立ち退き料に納得できれば、退去手続きが進みます。
立ち退き料は、建物を明け渡すタイミングで支払われます。
立ち退き料にはおおまかな計算方法しかないため、最終的な金額は交渉次第ともいえます。
できるだけ多くもらいたい場合は、次の6項目を参考に交渉してみてください。
それぞれの方法について詳しく解説します。
正当事由の内容によって、貸主都合による立ち退き料は異なります。
正当事由が弱いにもかかわらず、立ち退き料が低く設定されていたときは、金額設定に妥当性がない旨を主張しましょう。
借主側の主張を理解してもらえれば、納得できる立ち退き料に変更してもらえる可能性があります。
なお、都市開発が原因の立ち退きであれば、貸主にも相応の利益が出ます。
少し高めの立ち退き料を請求しても、スムーズに支払われるケースが珍しくありません。
立ち退きが初めての貸主も多いため「半年分の家賃相当額を払えば納得してもらえる」と思い込んでいるケースもあります。
しかし、借主には「立ち退きさえなければ発生しなかった費用」も多く発生します。
引っ越し代や契約費用、設備の移転費用など、必要となる実費を貸主に必ず請求してください。
満額の支払われない場合でも、当初の提示額よりは高くなる可能性があります。
立ち退き料の交渉は、貸主との駆け引きをする場面も少なくありません。
内心は立ち退きを了承していても、表面的には立ち退きの意思がないように振る舞う交渉術もあります。
ただし、法外な立ち退き料は実現性に乏しく、貸主が立ち退き自体を断念する可能性も高くなるため、あくまでも相場を目安にした交渉が必要です。
以下のように、現在の住居や店舗だからこそ得られるメリットがあるときは、物件の必要性を主張しましょう。
上記のような事情が貸主にも伝われば、立ち退き料を増額してくれるかもしれません。
立ち退き料は複数の要素から構成されるため、立ち退きによって発生した損害額も請求しましょう。
特に店舗の損害額は高額になるケースが多く、引っ越し先との差額家賃の額、営業再開までの休業補償の額といった個別の請求が必要です。
漠然とした請求では貸主が受け付けない可能性も高いため、請求額を裏付ける資料を準備しておきましょう。
立ち退き料の交渉がまとまらずに長期化するようであれば、弁護士への相談も検討してください。
もともと立ち退き料は明確な基準がなく、貸主・借主の主張がかみ合わないケースは珍しくありません。
弁護士に依頼すれば、法的理論や過去の判例などを駆使して交渉してくれるため、希望額が支払われる可能性は高くなります。
その他、立ち退き料を弁護士に相談するメリットは以下の記事で詳しく解説しています。
参考にしてください。
立ち退き料は、計算方法に明確な基準がないために貸主との交渉結果で金額が大きく変わる可能性があります。
立ち退き料の算定は一般的に不慣れな方がほとんどであるため、本来もらえる額より低い立ち退き料を提示されるケースは珍しくありません。
立ち退き料の交渉は手間や時間がかかるケースも多く、時間がかかるほど負担は大きくなります。
できるだけ多くの立ち退き料をもらうためには、弁護士に交渉の代行を依頼するのがおすすめです。
立ち退き交渉に精通した弁護士に依頼すると、低い金額を提示されても判例や法令などの根拠に基づいて妥当な金額へ増額を要求できます。
弁護士費用は発生しますが、立ち退き交渉にかかる手間や時間を考えるとメリットの方が大きくなるケースが多いでしょう。