

東京弁護士会所属。イギリス(ロンドン)出身。
企業の価値を支える「人」に関する問題は、ひとたびトラブルに発展すれば、組織の生産性や社会的信用を大きく損なう要因となります。私はこれまで、都内の大規模法律事務所で企業法務の最前線に立ち、多くの法人様の法的課題に向き合ってまいりました。
使用者側の視点に立ち、単に法律を適用するだけでなく、現場の規律維持や企業の持続可能性を重視したアドバイスを心がけています。特に、労使間のトラブルにおいては、迅速かつ正確な初動対応がその後の結果を大きく左右します。
「人生は演劇。あなたが台本を書き、主役を演じ、スポットライトを浴びる。」という言葉を胸に、経営者の皆様が理想とする組織運営を実現できるよう、法務のプロフェッショナルとして最適な台本作成と舞台裏のサポートに尽力いたします。親身なヒアリングを通じて、共に最良の解決を目指しましょう。

この記事でわかること
年俸制を採用している企業では「年俸に残業代が含まれているから、別途支払う必要はない」と考えてしまうケースがあります。
しかし「年俸制だから」という理由だけで、残業代の支払い義務がなくなるわけではありません。
会社の担当者や経営者は、年俸制における残業代の基本的な考え方から、例外となるケース、年俸に残業代を含める場合の注意点を確認しましょう。
この記事では、実際に支払う必要がある残業代の計算方法も紹介しています。
担当者が適切な給与制度を確認するために役立つ内容です。
目次
年俸制は、あらかじめ年間の賃金額を定める給与制度です。
しかし、年俸制であっても、残業代を支払わなければならない点は、その他の給与形態と変わりません。
原則として、法定労働時間を超えて働かせた場合は、残業代の支払いが必要です。
年俸制における残業代の基本ルールと、企業が注意したい未払い残業代リスクを確認しましょう。
年俸を「残業代も含めた報酬」として金額を設定している企業も少なくありません。
そのため「年俸制=残業代不要」と考えられているケースがありますが、年俸制というだけで労働基準法の規制がなくなるわけではありません。
原則として、1日8時間、週40時間の法定労働時間を超えて労働させた場合、企業には割増賃金を支払う義務があります(労基法第37条[注1])。
また、法定労働時間を超えて仕事をさせる場合、企業は原則として36協定を締結し、労基署へ届け出なくてはなりません。
ただし、36協定は時間外労働をさせるための手続きであり、残業代の支払いの免除が認められるものではないことに注意しましょう(労基法第36条[注2])。
36協定を適切に締結・届出していたとしても、法定労働時間を超えて働かせた場合は、割増賃金を支払う必要があります。
特に注意が必要なのは、年俸に固定残業代を含めているつもりでも、有効な固定残業代として認められないケースです。
この場合、すでに支払った年俸とは別に、未払い残業代の支払いが必要となる可能性があります。
また、未払い残業代の消滅時効は3年です。
退職した従業員が労基署へ相談するなどして、未払い残業代が問題となった場合、過去3年間分に遡って未払い残業代を支払う可能性も生じます。
さらに、裁判に持ち込まれた場合、会社側の対応によっては、ペナルティとして未払い残業代と同額の付加金の支払いが命じられる恐れもあります。
会社側の金銭的負担は一気に跳ね上がり、会社経営を揺るがすリスクになりかねないため、注意が必要です。
[注1]労働基準法/e-Gov
労働基準法第37条
[注2]労働基準法/e-Gov
労働基準法第36条
年俸制であっても、原則として残業代の支払いが必要ですが、例外となるケースがあります。
しかし、例外に該当するかの判断を誤ると、未払い残業代リスクにつながるため、注意点を確認してください。
管理監督者に該当する従業員は、労基法上の労働時間・休憩・休日に関する規定の適用から除外されます(労基法第41条2号[注3])。
そのため、原則として時間外労働や休日労働について、割増賃金を支払う必要がありません。
ただ、深夜労働(22時~翌朝5時)に対する割増賃金の支払いは除外されていない点には、注意が必要です。
なお、管理監督者に該当しないと判断された場合は、残業代を支払う必要があります。
管理監督者に該当するかを判断する際は、次の3つの点が重要です。
管理監督者に該当するかは、役職名だけでなく、実際の権限や勤務実態、待遇などを踏まえて総合的に判断されます。
実際に、店長という役職に就いていても、管理監督者には該当しないと判断された事例があります。
日本マクドナルド事件(東京地裁2008年1月28日判決)は「名ばかり管理職」に関する有名な判例です。
この事案では、店長にアルバイトの採用やシフト決定などの権限はありましたが、権限は店舗内の事項に限られていました。
また、長時間労働を余儀なくされる勤務実態から出退勤の自由も限定的で、待遇も管理監督者として十分とはいえないと判断されました。
結果的に、管理監督者には該当しないと判断され、会社には未払い残業代の支払いが命じられています。
みなし労働時間制は、実際の労働時間に関わらず、あらかじめ定めた時間を働いたとみなす制度です。
たとえば、労働時間をあらかじめ「8時間」と定めた場合、実際の勤務時間が6時間や10時間であっても、8時間分の労働として賃金を支払います。
主な制度は、次のとおりです。
専門業務・企画業務型は、業務の進め方や時間配分について、会社による具体的指示が適さない業務に限り、適用が認められています。
業務の進め方や時間配分が本人に委ねられていない場合、裁量労働制とは認められない可能性があるため、注意が必要です。
事業場外のケースでも、携帯電話などで常に指示・報告できる状態にあるなど、労働時間が算定可能な場合は、適用できない可能性があります。
また、あらかじめ定めた時間が法定労働時間を超えている場合は、超過分の残業代を支払う必要があります。
たとえば、9時間と定められていた場合は、法定労働時間を超える1時間分の残業代を支払わなければなりません。
[注3]労働基準法/e-Gov
労働基準法第41条2号
年俸制の従業員に残業代を支給する場合は、年俸の総額だけでなく、その内訳や残業代の扱いを明確にしておく点が重要です。
ここでは、固定残業代を含む年俸を適切に設計・運用するためのポイントを解説します。
年俸の中に、固定残業代として一定時間分の割増賃金を含める設計自体は違法ではありません。
この場合、年俸のうち固定残業代として扱う部分を明確に区別する必要があります。
たとえば「年俸額600万円(固定残業代を含む)」という記載のみでは、固定残業代部分がいくらで、何時間分に相当するかがわかりません。
会社は、報酬の設定時点で、基本給部分と何時間分に相当する固定残業代が含まれているかを明確にする必要があります。
その上で、あらかじめ設定した時間を超える時間外労働については、別途割増賃金を支払わなければなりません。
たとえば、固定残業代を30時間分として設定した場合、実際の時間外労働が30時間を超えれば、その超過分の割増賃金を支払う必要があります。
労働時間を正確に把握し、設定した固定残業時間を超えたかチェックするしくみも重要です。
固定残業代を導入する場合は、就業規則や雇用契約書等に、その内容を具体的に定めておく必要があります。
具体的な記載項目と記載例は、次のとおりです。
<例>・年俸額は600万円とする。
・毎月の支給額は、年俸額を12等分した金額とし、その内訳は以下の通りとする。
基本給:40万円
固定残業代:10万円(月30時間分の時間外労働手当として支給)
30時間を超える時間外労働については別途超過分を支給する。
給与規程と雇用契約書等の内容にも食い違いが生じないよう、制度全体を整えておきましょう。

年俸制の残業代計算の方法と具体例は、次のとおりです。
<例>固定残業代を含まない年俸600万円・1カ月の平均所定労働時間163.3時間・残業時間30時間のケース
600万円÷12カ月=50万
50万円÷163.3=3,061.8≒3,062円
3,062円×1.25×30時間=114,825円
なお、年俸に賞与などを含んでいる場合は、注意が必要です。
賞与などの「臨時に支払われる賃金」や「1カ月を超える期間ごとに支払われる賃金」は、基礎賃金から除外します。
しかし、あらかじめ支給内容や金額が決定している場合は、判断が異なるケースがあります。
判断に悩む場合は、専門家に相談しましょう。
固定残業代を年俸に含める場合は、就業規則や雇用契約書の緻密な設計が重要です。
ネット上の雛形をそのまま使用すると、自分の会社の賃金制度や実態に合わず、固定残業代の定めが有効と認められない恐れがあります。
特に、労働審判・訴訟への対応が必要となった場合は、社労士への相談だけでなく、弁護士による対応が必要となるケースがあります。
制度設計の段階から、労働問題をワンストップで相談できるVSG弁護士法人へご相談ください。