

大阪弁護士会所属。京都市出身。
労働環境が激変する現代において、企業が直面する労務リスクは経営の根幹を揺るがしかねない重要課題です。私は、大学卒業後のIT企業勤務、経営コンサルタント、企業役員といった10数年のビジネス現場での経験を経て弁護士となりました。
法律はあくまで手段であり、目的は「企業の持続的な成長と安定」であるべきだと考えています。そのため、単に「法的に可能か不可能か」を答えるだけでなく、現場のオペレーションや事業への影響、経営者の想いを汲み取った上での「最適な次の一手」を提示することを最優先しています。
使用者側(企業側)の専門弁護士として、労働紛争の早期解決はもちろん、トラブルを未然に防ぐための強固な労務基盤の構築を支援いたします。経営者の皆様が事業に専念できるよう、法的側面から強力にサポートさせていただきます。
PROFILE:https://vs-group.jp/lawyer/profile/fukunishi/
書籍:「事業をやり直したい」と思ったときの会社のたたみ方
監修:プロが教える!失敗しない起業・会社設立のすべて
共著:民事信託 ――組成時の留意点と信託契約後の実務

この記事でわかること
労働安全衛生法では、一定の労働者を雇い入れる際、企業に雇用時健康診断の実施を義務付けています。
しかし、定期健康診断との区別が曖昧な場合や、実施対象者を誤解している場合は、法律の義務を果たしていない可能性があります。
特に、健康情報を「採用の条件」や「本採用の判断」に使用するのは危険です。
就職差別や不当解雇と評価される重大な労務リスクにつながる恐れがあるためです。
健康診断を採否の判断材料として扱うのではなく、適正な配置や安全配慮義務を果たすための制度として適切に運用する視点が重要です。
今回は、雇用時健康診断の対象者や検査項目を確認し、就職差別などの法的リスクを避けながら適切に運用するためのポイントを解説します。
目次
雇用時健康診断とは、常時使用する労働者を雇い入れる際に、企業へ実施が義務付けられている健康診断です(労働安全衛生規則第43条[注1])。
労働者の健康状態を把握し、入社後の適正配置や健康管理、安全配慮義務を果たすために行います。
対象は新卒や正社員だけではなく、要件を満たす中途採用者やパート・アルバイトなども含まれます。
実施を怠った場合は、50万円以下の罰金の対象となる可能性があります(労働安全衛生法第120条[注2])。
雇用時健康診断は、新しく入社するすべての従業員に義務付けられているわけではありません。
法律上は「常時使用する労働者」を雇い入れる際に実施する必要があります。
正社員は、試用期間中であっても原則対象です。
一定の条件を満たしたパート・アルバイト・契約社員も、対象者となります。
対象者を誤って判断すると法令違反につながるため、採用時に契約内容を確認し、対象者であるかを確認しましょう。
【パート・アルバイト・契約社員の判断基準】
| 1年以上の雇用継続見込み | 週所定労働時間 | 雇用時健康診断 |
|---|---|---|
| あり | 通常労働者の4分の3以上 | 実施義務がある |
| あり | 通常労働者の2分の1以上かつ4分の3未満 | 実施が望ましい |
| なし | 2分の1未満 | 法令上の実施義務なし |
なお、特定業務従事者(深夜業、著しい暑熱・寒冷場所での業務、坑内業務など)や有害業務を行う労働者はこの限りではありません。
対象の範囲や実施健康診断が異なる場合があるため、個別の確認が必要です。
雇用時健康診断は原則として実施が必要ですが、一定の場合には受診を省略できます。
具体的には、入社前3カ月以内に医師による健康診断を受け、その結果を証明する書面の提出があった場合です。
その内容が法定の検査項目を満たしている場合は、その範囲について雇用時健康診断に代えられます。
しかし、検査項目が不足している場合は、不足分のみ追加で受診しなければなりません。
法定の検査項目との照合を行うチェック体制の整備が、実務上の重要なポイントです。
「雇用時健康診断」と「入社前健康診断」は同じ意味で使われる場合があります。
しかし実務では、健康診断の実施目的を確認した上で、区別して考える必要があります。
労働安全衛生規則に基づく雇用時健康診断は、入社後の適正配置や健康管理、安全配慮義務を果たすための制度です。
一方、採用選考の一環として実施される入社前健康診断は、法律上義務付けられている「雇用時健康診断」と同じ目的ではありません。
健康診断結果を理由に安易に採用を見送れば、就職差別につながる恐れがあります。
企業は健康情報を「採否を決める資料」として扱うのではなく、法律の趣旨に沿って適切に利用する姿勢が求められます。
健康診断費用について、法律に会社負担を明記した規定はありません。
しかし昭和47年の行政通達では、会社に実施義務が課されている以上、会社負担が当然という考え方が示されています。
費用を従業員の自己負担とすると、応募辞退や従業員とのトラブルを招くだけでなく、法令の趣旨に反する運用と受け取られる可能性があります。
採用時には費用負担のルールを明確にし、健康診断の受診方法や精算手続きまで含めて社内ルールとして整備しましょう。
[注1]労働安全衛生規則/e-Gov
労働安全衛生規則第43条
[注2]労働安全衛生法/e-Gov
労働安全衛生法第120条
雇用時健康診断の検査項目は、労働安全衛生規則第43条[注3]で、具体的に次のとおりに定められています。
なお、定期健康診断では、医師が必要ないと認めた項目について一定の省略が認められる場合があります。
雇用時健康診断では法定項目の省略は認められておらず、原則として11項目すべてを満たさなければなりません。
入社前の健康診断結果を利用する場合も、法定項目に不足があれば、その項目のみ追加受診が必要です。
「健康診断を受けているか」だけでなく「法定11項目を満たしているか」という点も確認しましょう。
[注3]労働安全衛生規則/e-Gov
労働安全衛生規則第43条

雇用時健康診断は、企業が法令に基づいて実施する制度ですが、運用を誤ると重大な労務トラブルにつながります。
特に経営者や人事担当者が陥りやすいのが「健康な人を採用したい」という理由で、健康診断結果を内定や本採用の判断に使用するケースです。
健康状態を採否の判断材料とする運用は、就職差別と評価される恐れがあり、採用者から損害賠償を請求されるリスクがあります。
企業は健康情報の取扱いと利用目的を明確にし、法の趣旨に沿った運用を徹底しましょう。
雇用時健康診断で持病や異常が判明すると、健康状況の不安から、内定取消しや試用期間中の本採用拒否を検討したくなるケースがあります。
しかし、健康診断結果のみを理由とした一方的な対応は、労働契約法第16条[注4]に反する不当解雇として無効と判断されるリスクが高くなります。
企業に求められるのは「解雇権の行使」ではなく、安全配慮義務を果たす対応です。
産業医の意見も踏まえながら、残業制限や配置転換、業務内容の見直し等、就業可能な環境を検討するプロセスが欠かせません。
病気を抱える従業員への対応は法的判断を伴うため、独自判断は避け、早い段階で弁護士へ相談しましょう。
実務では「3カ月以内の健康診断書を自費で取得してください」と求職者へ案内する企業も少なくありません。
しかし、数千円から1万円程度の費用を自己負担とすると「法令で義務付けられた健康診断なのに会社が負担しないのか」という不信感につながります。
結果的に、入社直後から「ブラック企業」というイメージを持たれ、早期離職やその後の労務トラブルの原因になりかねません。
行政通達でも、会社に実施義務がある以上、費用は会社負担が当然との考え方が示されています。
法令遵守だけでなく、人材確保や定着率の向上という観点からも、費用負担のルールを明確にし、会社負担を基本とする運用を整備しましょう。
「パートやアルバイトだから雇用時健康診断は不要」と判断してしまうケースは、実務上よくある誤りです。
対象となるかどうかは雇用形態ではなく、雇用継続の見込みや週所定労働時間などの要件によって判断します。
対象者であるにもかかわらず健康診断を実施していない場合は、労働基準監督署の調査で指摘を受け、行政指導の対象となる可能性があります。
採用時のチェックリストに確認項目を組み込み、実施漏れを防ぐしくみを構築する視点が重要です。
[注4]労働契約法/e-Gov
労働契約法第16条
雇用時健康診断は、企業が法令に基づいて実施しなければなりません。
その目的は採用選考ではなく、従業員の健康状態を把握し、適正配置や安全配慮義務を果たす点にあります。
安易な採用見送りや解雇は、就職差別や不当解雇の重大な労務リスクを招くため、法令の趣旨を踏まえた慎重な対応が不可欠です。
健康診断結果の取扱いや就業上の配慮など、判断に迷うケースでは、トラブルが発生してからではなく事前に弁護士へ相談してください。
労働問題への対応に不安がある企業様は、自社の実情に応じた実務的なアドバイスを受け、適正な労務管理体制を構築しましょう。