最終更新日:2022/6/13
個人事業主が赤字でも税金を申告すべき?【赤字でも確定申告をするメリットを解説】
ベンチャーサポート税理士法人 税理士。
大学を卒業後、他業種で働きながら税理士を志し科目を取得。
その後大手税理士法人を経験し、現在に至る。
PROFILE:https://vs-group.jp/tax/startup/profile_writing/#p-tori
この記事でわかること
- 赤字でも確定申告をすべきかどうかがわかる
- 赤字でも確定申告をするメリットがわかる
- 赤字の場合の確定申告書の作成方法がわかる
個人事業を行っている場合、決算が赤字になったときでも、確定申告をするべきなのか?という疑問が湧くことがあります。
また、赤字の場合でも、確定申告を行うことで何かメリットがあるのでしょうか?
そこで、個人事業主が赤字でも税金を申告すべき?赤字でも確定申告をするメリットなどについて解説します。
事業が赤字であれば確定申告の義務はない
確定申告とは、そもそも、納めるべき税額を計算して申告するものです。
個人事業主が、決算で赤字になった場合は、税額を計算するための所得が0円となるため、所得税と住民税がかかりません。
そのため、事業が赤字の場合は、確定申告をする義務がありません。
しかし、申告の義務はなくても、申告することで生じるメリットがあり、また、申告しないことでデメリットが生じることがあります。
なお、申告しない場合でも、その年の会計帳簿や領収書などは、きちんと保管しておく必要があります。
事業が赤字でも確定申告をするメリット
個人事業主が赤字でも確定申告をするメリットやしないことによるデメリットは、次のようにあります。
- ・損失の繰越ができるメリット
- ・過去の損失の黒字と相殺できるメリット
- ・所得の証明ができないデメリット
- ・課税証明書が発行してもらえないデメリット
- ・国民健康保険料の優遇が受けられないデメリット
損失の繰越ができるメリット
赤字でも確定申告をすることで得られる最大のメリットは、青色申告の場合、3年間の損失繰越ができることです。
損失の繰越とは、その年に生じた赤字を、翌年以降の黒字で相殺することで、黒字部分から発生する所得税や住民税の額を引き下げることができます。
いくつかの例で見てみましょう。
便宜上、所得控除額の合計が100万円として計算します。
所得税の税率は下記の通りです。
所得税の速算表
課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
195万円以下 | 5% | 0円 |
195万円超330万円以下 | 10% | 97,500円 |
330万円超695万円以下 | 20% | 427,500円 |
695万円超900万円以下 | 23% | 636,000円 |
900万円超1,800万円以下 | 33% | 1,536,000円 |
1,800万円超 | 40% | 2,796,000円 |
2020年は200万円赤字、2021年は350万円黒字の場合
2020年分の所得税額は、確定申告をしてもしなくても0円と変わりませんが、2021年分の所得税額は2020年分の200万円を相殺できるため、次のように変わります。
- ・確定申告を行わない場合
2020年分 確定申告を行わないため、0円
2021年分 (3,500,000-1,000,000)×10%-97,500=152,500円 - ・確定申告を行った場合
2020年分 赤字のため、0円
2021年分 (3,500,000-2,000,000-1,000,000)×5%=25,000円
確定申告を行うことで、127,500円所得税額を減らすことができます。
2020年は200万円赤字、2021年は150万円黒字、2022年は300万円黒字の場合
こちらも2020年分の所得税額は確定申告をしてもしなくても0円と変わりませんが、損失繰越は3年間できるため、2021年分と2022年分の所得税額が次のように変わります。
- ・確定申告を行わない場合
2020年分 確定申告を行わないため、0円
2021年分 (1,500,000-1,000,000)×5%=25,000円
2022年分 (3,000,000-1,000,000)×10%-97,500=102,500円 - ・確定申告を行った場合
2020年分 赤字のため、0円
2021年分 繰越された損失が所得を上回るため、0円
2022年分 (3,000,000-(2,000,000-1,500,000)-1,000,000)×5%=75,000円
この場合も確定申告を行うことで、繰越損失分がなくなるまで、所得税額が低く抑えられます。
過去の損失の黒字と相殺できるメリット
損失の繰越と同じ考え方で、赤字になった年と前年の黒字を相殺することもできます。
これを、純損失の金額の繰戻しといい、前年に納めた所得税額との相殺分を還付してもらうことができます。
損失繰越と同じように、所得控除の合計額が100万円としたときの例を見てみます。
2019年は450万円黒字、2020年は350万円赤字の場合
- ・確定申告を行わない場合
2019年分 (4,500,000-1,000,000)×20%-427,500=272,500円(納付済)
2020年分 確定申告を行わないため、0円 - ・確定申告を行った場合
2019年分 (4,500,000-1,000,000)×20%-427,500=272,500円(納付済)
2020年分 272,500-(4,500,000-3,500,000)×20%=72,500円(還付金)
確定申告を行うことで、前年に納めた所得税額のうち、72,500円が還付金として戻ってきます。
通算で見た所得税額が低くなるのはもちろんですが、赤字決算からそれほど経っていない時期に還付金が得られるのは大きいと思います。
ただし、前述した損失の繰越と、この繰戻しはどちらかしか選べませんので、今後の収益状況を考えながら選択する必要があります。
所得の証明ができないデメリット
確定申告をすると、税務署に提出した場合は、申告書の控えに収受印が押印され、e-Taxで申告すると、電子申請等証明書が入手でき、これらは所得の証明書として利用できます。
所得の証明は次の場合などで求められます。
- ・事業資金の融資
- ・住宅ローンの審査
- ・クレジットカードの発行 など
確定申告を行う際は、同時に決算書(白色申告の場合は収支内訳書)を添付しますので、確定申告をしていないと、決算に関する書類がない(存在していても証明されたものではない)ことになります。
そのため、確定申告をしないと、所得の証明書が入手できないことになり、大きなデメリットになります。
課税証明書が発行してもらえないデメリット
課税証明書とは、個人の所得金額や扶養の状況、住民税の課税額などが記載された、住所地の市区町村が発行する証明書です。
なお、非課税証明書との違いですが、課税額が0円と記載されている課税証明書のことを、一般的に非課税証明書と言っているだけで、非課税証明書という書類がある訳ではありません。
課税証明書は、所得の証明と同じ意味を持ちますので、次の場合などで求められます。
- ・金融機関での融資審査
- ・児童手当の申請
- ・保育園の入園手続き
- ・奨学金や育英資金の申請
- ・公的年金手続き
- ・公営住宅の入居申請 など
個人事業主の住民税額は、市区町村が確定申告によって得られた所得等の情報から計算するため、確定申告がされていないと、その年分の課税証明書は発行されません。
確定申告がされないと、課税額が0円の課税証明書(非課税証明書)が発行されるということではなく、課税証明書自体が発行されませんので、上記の申請などができず、特に子どもがいる場合には注意が必要です。
国民健康保険料の優遇が受けられないデメリット
個人事業主の健康保険は、基本的に国民健康保険ですが、その国民健康保険料については、やはり、確定申告による所得等の情報によるものです。
確定申告をすることで、赤字の場合は住民税の非課税世帯となるため、国民健康保険料が大きく優遇されることになります。
つまり、確定申告をしないことで、所得の証明がされないため、この国民健康保険料の優遇が受けられないということになります。
赤字の場合の確定申告書類の作成方法
続いて、赤字の場合の確定申告書類の作成方法について解説します。
赤字の場合、作成する申告書類は、通常と異なり、次のものになります。
- ・青色申告決算書(白色申告の場合は、収支内訳書)
- ・確定申告書B第一表・第二表
- ・確定申告書B第四表(損失申告用)
なお、不動産や株式等の譲渡所得などがある場合や、不動産所得や譲渡所得、他の事業所得などによる損失を損益通算(後で改めて解説します)したり、翌年以降に損失繰越をしたりする場合は、別途作成する書類が加わります。
作成手順1:青色申告決算書
最初に青色申告決算書(白色申告の場合は、収支内訳書)を作成します。
ここで、決算が赤字になるかどうかが判明します。
なお、税制改正により、2020年分の確定申告から、青色申告特別控除の仕組みが変わりました。
65万円の特別控除が10万円引き下げられて55万円となり、従来通り65万円の特別控除を適用させるには、次のいずれかの要件を満たす必要があります(10万円の特別控除は変更ありません)。
- ・e-Taxによる青色申告決算書および確定申告書の提出
- ・電子帳簿保存法対応の会計ソフトで記帳し、電子帳簿保存の承認申請を税務署に届出
作成手順2:確定申告書B第一表
次に、確定申告書B第一表の作成に入りますが、赤字の場合は、課税する所得を計算するために二度に分けて記入します。
まずは、次の内容のみ記入します。
- ・住所、氏名、個人番号(マイナンバーカード)などの必要事項
- ・種類欄に青色(青色申告の場合)、損失に○をつける
- ・収入金額等(総合譲渡、一時には記入しない)
- ・所得金額(青色申告決算書などから転記、総合譲渡・一時、合計欄には記入しない)
※赤字の場合、所得金額に△をつけて記入することを忘れないようにしましょう。
作業手順3:確定申告書B第二表
確定申告書B第二表も第一表の作成と併せて作成するため、まずは、次の内容を記入します。
- ・住所、氏名
- ・所得の内訳(所得税および復興特別所得税の源泉徴収税額)
- ・雑所得(公的年金等以外)、総合課税の配当所得・譲渡所得、一時所得に関する事項
- ・特例適用条文等
- ・事業専従者に関する事項
作業手順4:確定申告書B第四表(損失申告用)
赤字の場合のみに使用する確定申告書B第四表(損失申告用)を、次の内容を記入して作成します。
- ・住所、氏名
- ・損失額または所得金額
- ・損益の通算
- ・翌年以後に繰り越す損失額
- ・繰越損失を差し引く計算(前年までに繰り越された損失がある場合)
- ・翌年以後に繰り越される本年分の雑損失の金額(ある場合)
- ・翌年以後に繰り越される株式等に係る譲渡損失の金額(ある場合)
- ・翌年以後に繰り越される先物取引に書かある損失の金額(ある場合)
作業手順5:確定申告書B第一表・第二表
確定申告書B第一表・第二表に次の残りの部分を記入し、完成させます。
- ・申告書第一表「所得から差し引かれる金額」
※雑損控除、医療費控除、寄附金控除がある場合は、計算の際に申告書第四表の金額を転記して使用します。 - ・申告書第二表「所得から差し引かれる金額に関する事項」
- ・申告書第一表「税金の計算」(課税される所得金額欄には記入しない)
- ・申告書第一表「その他」
- ・申告書第一表「延納の届出」「還付される税金の受取場所」(必要な場合)
- ・申告書第二表「住民税・事業税に関する事項」
なお、税制改正により、2020年分の確定申告から、基礎控除額が下記の通り変更になりましたので、注意しましょう。
合計所得金額 | 基礎控除額 | |
---|---|---|
改正後 | 改正前 | |
2,400万円以下 | 48万円 | 38万円 (所得制限なし) |
2,400万円超2,450万円以下 | 32万円 | |
2,450万円超2,500万円以下 | 16万円 | |
2,500万円超 | 0円 |
【補足】株式・不動産の売却損失を損益通算できる特例
確定申告での総所得金額を計算する際に、各種の所得の計算で損失が出た場合、他の所得と合計することができます。
これを損益通算といいます。
損益計算を行うことで、事業が赤字の場合に、本来課税されるべき黒字の他の所得を減らしたり、事業が黒字であっても、他の所得の損失によって合計所得を減額したりすることで、所得税額を減らすことができます。
損益通算
損益通算の対象となるのが、次の4つの所得です。
- ・不動産所得
- ・事業所得
- ・山林所得
- ・譲渡所得
ただし、これらの所得が全て損益通算できる訳ではなく、不動産所得と譲渡所得に関する、次の所得は、損益通算の対象とはなりません。
- ・別荘など、生活に通常必要でない不動産に関する損失
- ・競走馬(事業用を除く)、ゴルフ会員権など、生活に通常必要でない動産に関する損失
- ・生活用の動産であっても、1個(組)30万円を超える貴金属や書画、骨董などに関する損失
- ・土地(地上権を含む)を取得するために必要な借入金の利子相当額
- ・土地建物等の譲渡により発生した損失
- ・株式等の譲渡により発生した損失
- ・FXなど先物取引の譲渡により発生した損失
ただし、この損益通算には特例という例外があり、そのことについて解説します。
株式の譲渡による損益通算
上記でお伝えした通り、株式等の譲渡、つまり売却によって発生した損失は、事業所得など、他の所得との損益通算はできません。
また、株式には上場株式と一般株式があり、それぞれの売却による譲渡所得は、それぞれ合計を計算しなければならず、上場株式と一般株式の譲渡所得を合計して損益通算することもできません。
しかし、上場株式を売却したことで生じた譲渡所得の損失については、確定申告で分離課税を選択した上場株式等の配当所得等の金額との間のみ損益通算が可能になります。
さらに、損益通算をしても損失額がある場合は、翌年から3年にわたって同様に、譲渡所得と配当所得等の金額から繰越控除を行うことができます。
これらを総称して、上場株式等に係る譲渡損失の損益通算および繰越控除の特例といいます。
不動産の買い換えによる損益通算
通常、土地建物の譲渡により発生した損失は、事業所得など他の所得との損益通算はできませんが、自分が住んでいる住宅(マイホーム)を売却して、新たにマイホームを購入した場合に、旧居宅譲渡による損失(譲渡損失)が生じたときは、次の要件を満たす場合、損益通算を行うことができます。
- ・自分が住んでいるマイホーム(日本国内に限る)を譲渡すること
- ・旧居宅は2021年12月31日までに売却して、新居宅を購入すること
- ・旧居宅を譲渡した年の1月1日現在で、所有期間が5年以上あること
- ・新居宅の床面積が50平方メートル以上であること
- ・新居宅を取得した年の12月31日現在で、10年以上の住宅ローンがあること
- ・旧居宅の売主と買主が、親子や夫婦、特定の親族など特別の関係にないこと
- ・他の居住用財産の損益通算の特例の適用を受けていないこと
なお、損益通算を行っても控除しきれなかった譲渡損失については、翌年以降3年にわたって繰越控除を行うことができます。
ただし、合計所得金額が3,000万円を超える年がある場合は、その年のみ繰越控除の適用ができません。
これらを総称して、マイホームを買い換えた場合の譲渡損失の損益通算および繰越控除の特例といいます。
ローン残高を下回る不動産の譲渡による損益通算
前記と同様に、住宅ローンのあるマイホームを、ローン残高を下回る金額で売却して譲渡損失が発生した場合は、次の要件を満たす場合に限り、事業所得など他の所得との損益通算を行うことができます。
この特例は、新たなマイホーム(買換資産)を取得しない場合でも適用されます。
- ・自分が住んでいるマイホーム(日本国内に限る)を譲渡すること
- ・譲渡した年の1月1日現在で、所有期間が5年以上あること
- ・譲渡したマイホームの売買契約日の前日現在で、10年以上の住宅ローンがあること
- ・マイホームの売却金額が住宅ローンの残高を下回っていること
- ・親子や夫婦、特定の親族など特別の関係にある人に売却していないこと
- ・他の居住用財産の損益通算の特例の適用を受けていないこと
なお、損益通算の限度額は、ローン残高から売却代金を差し引いた金額となります。
さらに、損益通算を行っても控除しきれなかった譲渡損失については、翌年以降3年にわたって繰越控除を行うことができます。
ただし、合計所得金額が3,000万円を超える年がある場合は、その年のみ繰越控除の適用ができません。
これらを総称して、特定のマイホームの譲渡損失の損益通算および繰越控除の特例といいます。
まとめ
ここまで、個人事業主が赤字でも税金を申告すべき?赤字でも確定申告をするメリットなどについて解説してきました。
事業が赤字でもできるだけ確定申告をした方が良いということが、おわかりいただけたと思います。
毎年ある面倒な作業ではありますが、会計帳簿は必ず作成しているので、その延長として、赤字であっても確定申告を行うようにしてはいかがでしょうか。