最終更新日:2021/12/15
開業届の提出は義務?開業届を出すメリットとデメリット
この記事でわかること
- 開業届の提出は法律上の義務であるが、罰則はない
- 開業届を提出するメリット
- 開業届を提出しなかった場合のデメリット
- 副業の場合の開業届提出義務
- 開業から1カ月以上経過してからの開業届の提出
個人の方が開業した場合には開業届の提出を行うこととされています。
ところが、開業届の提出はするべきではないという意見も聞かれます。
そこで本稿では、開業届の提出は法律上の義務なのかを法律の観点から確認するとともに、もし、開業届を提出しなかった場合にどのような問題が生じるかという視点から、開業届の提出を行うべきか否かについて見ていきたいと思います。
開業届は出さなくてもいいもの?
開業届とは
所得税法は第229条で以下のような規定を定めています。
「居住者または非居住者は、国内において新たに不動産所得、事業所得または山林所得を生ずべき事業を開始し、または当該事業にかかる事務所、事業所その他これらに準ずるものを設け、もしくはこれらを移転しもしくは廃止した場合には財務省令で定めるところにより、その旨その他必要な事項を記載した届出書を、その事実があった日から一月以内に、税務署長に提出しなければならない。」
ここで税務署長に提出しなければならないとしている「届出書」がいわゆる「開業届」です。
このように所得税法第229条は事業を開始した個人に対して、開業届を「提出しなければならない」として義務づけていることがわかります。
開業届の目的は個人の事業収入を把握するため
なぜ、このような開業届の提出を義務づけているのでしょうか。
それは、個人事業者を把握するためだと考えられます。
会社などの法人の場合には登記等でその設立・存在を確認することができます。
しかし、個人の場合には事業をしている人と事業をしていない人とを区別する手段がありません。
そのため、税務署としても個人の事業収入の有無を把握することが困難となります。
そこで、個人事業主に対して、事業を開始したときには開業届の提出をさせることによって、個人事業主による事業の存在を把握できるようにしようとしたのです。
開業届を提出しなくても罰則はない
このように、開業届の提出自体は、所得税法で定められた義務となります。
しかし、所得税法は、開業届の提出義務違反に対して罰則を定めていません。
その結果、開業届を提出しなかったとしても所得税法に基づいて何らかの罰則を科されるということはありません。
ただし、現実には、開業届を提出しない場合には、後に述べるようなデメリットが生じたり、また、開業届を提出した場合には認められるメリットを受けられないといった影響が出てきます。
開業届を出すメリット
青色申告が可能となる
個人事業主について青色申告を行うためには、開業届を提出していることが大前提となります。
つまり、開業届を提出している個人事業主に限って、青色申告をすることが可能となるわけです。
言い換えれば、開業届を提出することによって、青色申告によるメリットを享受できるということになります。
そして、具体的に青色申告を行うことにより享受できるメリットとしては以下の様なものがあります。
ただし青色申告をするためには、事前に青色申告承認申請書を提出しなければいけません。
基本的には開業届を出してから2ヶ月以内が、青色申告承認申請書の提出期限になります。
青色申告をする予定なら、開業届と一緒に青色申告承認申請書を提出しましょう。
最大で65万円までの青色申告特別控除が受けられる
青色申告をした場合、無条件で最大65万円の特別控除が認められます。
その結果、大きな節税効果を享受することができることになります。
青色事業専従者給与を必要経費にできる
配偶者などの同居している家族を青色事業専従者として届出することによって、その者への給与を上限の制限なく必要経費とすることが可能になります。
白色申告の場合でも専従者控除は認められていますが、その額は最大で86万円に制限されています。
これに対して青色事業専従者給与については、このような上限額の制限なく経費として計上することが可能となるため、より大きな節税効果が期待できることになります。
赤字の繰越が認められる
青色申告をしている場合には、ある年の決算において赤字となった場合、その赤字額を翌年以降3年間に繰り越すことができます。
その結果、当該赤字になった事業年度以降に黒字となった年の黒字額と赤字額とを相殺することで、翌年以降の黒字額を減少させる、黒字になった年の所得税額を減額することが可能となります。
30万円までの固定資産を一度に経費にできる(少額減価償却資産の特例)
事業者が取得した固定資産については、原則としてその耐用年数を通じて減価償却を行うこととされます。
しかし、青色申告をしている場合にはその価格が30万円までの固定資産については減価償却をすることなく、一括して経費として計上することが認められています。
屋号での預金口座の作成が可能となる
個人の場合、法人の登記のような証明制度がないため、銀行等の金融機関としても、本当にその人が当該屋号を用いて個人事業主として事業を行っているのか判断できません。
その結果、個人事業主が屋号で預金口座を作ることについては、通常認めないという取り扱いがなされることがあります。
しかし、個人事業主でも開業届を提出していると、その屋号を用いて事業を行っている証明がなされたものとして、金融機関も屋号での預金口座を認めてくれる傾向にあります。
このように、屋号での預金口座を作ることが可能になるということも、開業届を提出したことによるメリットと考えることができるでしょう。
事業資金の融資が受けやすくなる
上記と同様の理由によって、個人事業主が金融機関などから事業資金の融資を受けようとしても、その事業を行っていることの証明がないとして融資を受けられない場合が多くあります。
これに対して、開業届を提出している場合には、個人事業主として事業を行っていることの証明があったものとして、事業資金の融資を受けることが可能となる場合があります。
開業届を出すデメリット
失業保険が受けられなくなる
個人が勤務していた会社を退職した場合には、失業保険を受けることが可能となります。
ところが、会社を退職した人が個人として事業を開始した場合、その人は個人事業主として仕事をしていることになり、最早「失業者」ではないことになります。
その結果、その人が開業届を提出して、公的に個人事業者(自営業者)と認定された場合には、たとえ、収入がまだない場合であっても、失業保険による給付を受けることはできなくなります。
扶養から外される可能性がある
会社の健康保険組合の規約等の中には「開業者は扶養対象者としない」といった定めを設けている場合があります。
そのような規定が設けられている場合には、配偶者や親の扶養に入っていた者が個人事業主として事業を開始して、開業届を提出した場合には、その収入が130万円未満であっても、扶養家族としては認められなくなる可能性があります。
副業でも開業届を出す必要はあるのか?
開業届は、所得税の徴収に関連して、税務署が個人について個人事業主としての事業収入を得ているか否かを把握できるようにするための制度です。
したがって、本業であろうと、副業であろうと、事業収入が発生する場合には、開業届を提出する必要があります。
実際、所得税法第229条も単に「事業所得…を生ずべき事業を開始」した場合とするのみで、本業の場合に限定していません。
副業で事業収入が出た場合に「金額が小さいから、申告はやめておこう」と申告作業をしないのは危険です。
なぜなら意図的に所得を隠したとして、通常よりも金額の多い課税をされるかもしれないからです。
副業で事業収入が出たら、しっかり開業届を出して、確定申告を行いましょう。
開業届の提出期限が過ぎてしまった後でも届出はできるのか?
所得税法第229条は開業から1カ月以内に開業届を提出するべき旨を定めています。
しかし、個人事業主の場合、いつをもって「事業を開始した日」と認定できるかが不明確であり、個人事業主本人が事業開始日を自由に決定できると考えられています。
したがって、実際に事業を開始した日から1カ月以上経過した後でも、その提出日から1カ月以内の日を開業日として届出をすることは可能になるのです。
また、現実問題としても、所得税法第229条違反については罰則が定められていないため、たとえ開業から1カ月を経過してから開業届が提出したとしても、基本的に問題にはならないと考えられます。
税務署としても、個人の事業収入を把握するためには開業届を提出してもらった方がいいわけですから、開業から1カ月を経過しているからといって開業届の受理を拒否するということはありません。
開業届で気になること
私は開業届を出して、個人事業主として5年間働いています。
過去の経験を振り返って、開業届を出すときに気になったこと・知りたかったことについて紹介します。
開業届を提出するのは簡単
開業届を出す前に気になるのが「開業届を提出するのって大変なのか?」ではないでしょうか。
開業届に自分で記入をして、税務署まで行くのは、面倒に感じられるかもしれません。
しかし、実際に開業届を出してみると、とても簡単でした。
開業届は決まった形式があるので、それに合わせて自分の情報を記入するだけです。
税務署に開業届を持っていって、ミスがなければすぐに受理してくれます。
時間もそこまでかからず、書類の記入も簡単な部類でした。
「開業届を出すのが面倒だから、提出してない」という人は、そこまで難しくないので、サクッと提出してみましょう。
開業時に選ぶ職業で税率が変わる
開業すると、事業に対して個人事業税がかかります。
個人事業税とは、年間の所得が290万円を超えたときに、住んでいる都道府県に支払う税金です。
少しややこしいのですが、個人事業税は一律の金額ではなく、事業の種類によって税率が変わります。
東京都の場合だと、保険業・不動産貸付業では税率が5%です。
しかしマッサージ事業だと、税率が3%まで下がります。
このように事業が変わるだけで、個人事業税が2%も変動するため、開業時には税率をチェックしておきましょう。
屋号はつけなくてもいい
開業届には、屋号を記入する項目があります。
屋号とは個人事業の名前であり、法人でいう会社名のようなものです。
「開業する=屋号をつけて事業する」というイメージがあるかもしれませんが、個人事業主の場合は屋号をつけなくても開業できます。
私は屋号をつけずに開業して、個人事業主として5年ほど働いていますが、特に困ったことはありません。
屋号は後からでもつけれたり変更できたりするため、開業時にはなくても大丈夫です。
まとめ
以上、見てきたように、開業届を提出することによるデメリットは、失業保険と扶養家族から外れるということだけと考えていいでしょう。
開業届を提出すると事業所得を隠せないという指摘をする人がいますが、そもそも、事業所得がありながらそれを申告しない行為は「脱税」行為であり、許されることではありません。
きちんと申告して必要な納税は行うべきです。
その意味からも、きちんと開業届を提出した上で、青色申告という適正な方法での節税を図るべきといえるでしょう。