立ち退き料とは、物件の建替えや取り壊しで退去が必要になる際、入居者の引越し代や損害などを補てんするために物件オーナーが入居者に対して支払う金銭のことをいいます。
立ち退き料に含まれるのは、引っ越し・移転費用、次の物件の家賃や契約費用(仲介手数料・礼金)、新たに契約するインターネット等の通信費用などです。
店舗の立ち退きの場合は、移転に伴う休業が必要となるため、休業期間の補償や通勤できなくなった従業員の新規雇用にかかる費用なども含まれます。
なお、「正当事由」がなければ立ち退き要請はできませんが、立ち退き料には正当事由を補完する意味合いがあるので、オーナー都合による立ち退きであれば、ほとんどのケースで立ち退き料を支払うことになるでしょう。
立ち退き料に法的な支払い義務はないため、あくまでも通例・慣例に従った費用だと理解してください。
オーナー都合による退去であれば、基本的には立ち退き料を支払いますが、建物の使用状況や契約形態によっては、オーナー都合でも立ち退き料は不要です。
具体的には次のようなケースが該当するので、不要な立ち退き料を支払うことがないよう注意してください。
以下のようなケースであれば、立ち退き料の支払いが必要です。
立ち退き料が必要なケース
ではそれぞれのケースについて、具体的に解説します。
一時的に賃貸していた建物を再びオーナーが使うときは、退去する賃借人へ立ち退き料を支払います。
転勤期間中の空き家を貸していた場合などが該当しますが、賃借人がほとんど建物を使っていなかったようなケースでは、立ち退き料が不要になることもあります。
老朽化による建替えや大規模修繕、土地売却のための取り壊しはオーナー都合になり、立ち退き料の支払いが必要になります。
再開発による建物の移転や取り壊しでも、賃借人には立ち退き料を支払います。
なお、再開発の場合は、一般的な相場よりも高めの立ち退き料になることが一般的です。
以下のようなケースであれば、立ち退き料の支払いは不要です。
立ち退き料が不要なケース
では、具体的な内容をみていきましょう。
賃貸借契約には「普通建物賃貸借契約」と「定期建物賃貸借契約」があり、普通建物賃貸借契約は原則としてオーナー(貸主)側からの一方的な解除はできません。
一方、定期建物賃貸借契約は契約更新がないため、契約期間終了時の退去であれば、立ち退き料は不要です。
家賃滞納や無断転貸(無断で第三者に貸し付ける)などの契約違反があったときは、貸主側から契約解除できます。
このようなケースでは立ち退き料の支払いも不要です。
建物が解体されるまでの期限付きで貸している場合は、解体に伴う立ち退き料を支払う必要はありません。
極端に古い建物で耐震性に問題がある場合や、軟弱地盤のため地震による倒壊リスクがあるなど、重大な危険性があれば、立ち退き料が不要になる可能性があります。
立ち退き料は建物の用途によって相場が異なり、計算方法にもいくつかの種類があります。
貸主と借主が立ち退きを巡って争うケースもありますが、過去の判例から相場形成されている例もあるので、物件オーナーの方は事例を知っておくとよいでしょう。
賃貸の戸建てやアパートの場合、立ち退き料は家賃の6ヶ月分が相場となっています。
家賃7万円であれば立ち退き料は42万円(7万円×6ヶ月)ですが、引越し代も支払うケースが多いため、100万円以上の立ち退き料も特に珍しくはありません。
なお、建物の状態や賃借人の状況から、次のような立ち退き料になった判例もあります。
築40年以上の貸事務所について、耐震補強工事のため賃借人に退去を要請した事例です。
事例事務所の立ち退き料500万円の事例
貸主側は約440万円、賃借人は約1,240万円の立ち退き料を提示したところ、工事費用が5,000万円を超えることおよび、賃借の継続が必須ではないことが考慮されました。
最終的に地方裁判所が立ち退き料500万円と判断しました。
築50年近い木造アパートについて、耐震補強工事のため賃借人に退去を要請した事例です。
事例木造アパートの立ち退き料35万円の事例
地方裁判所は立ち退き料35万円が妥当と判断しましたが、これには工事費用が建替えと同程度になることおよび、当該賃借人以外は退去していることが考慮されています。
また、当該賃借人は生活保護受給者であり、引っ越し代相当額の支払いを受ければ引き続き居住する必要性が低いことも考慮されました。
建物2階部分に居住している貸主が、1階部分の賃借人に退去を要請した事例です。
事例店舗の立ち退き料180万円の事例
貸主には他に居住できるところがなく、常時介護も必要でしたが、2階部分だけでは介護者との生活が手狭になっていた状況です。
1階部分は飲食店に貸していましたが、貸主側の建物使用理由が飲食店の賃貸の緊急性・必要性を上回ると判断され、立ち退きの正当事由となりました。
なお、立ち退き料は180万円が妥当と判断されました。
貸主が2億円の立ち退き料を提示しても、立ち退きの正当事由として認められなかった判例もあります。
事例高額な立ち退き料や立ち退きが認められなかった事例
老朽化による建替えを立ち退き理由とした事例ですが、賃借人は店舗を経営しており、耐用年数の残存期間は18年です。
この例では建替えの必要性が認められず、18年間で得られる営業利益が推定7億9,000万円程度とされたため、2億円では不十分との判断になりました。
店舗の場合は移転に伴う休業が発生するため、居住用アパートやマンションに比べて高額な立ち退き料になります。
立ち退き料の算定には以下の費用も考慮しますが、スーパーなどの小規模な販売店であれば安くても300~400万円程度、診療所や歯医者は1億円以上になることもあるでしょう。
店舗の立ち退きに関しては以下の補償が特徴です。
なお、営業休止補償については、移転により喪失する既存顧客や、営業休止中に発生する固定費(支払利息や保険料)なども考慮します。
販売等を行っていない事務所であれば、顧客喪失や特殊な什器類の移設もほとんどないため、現在の家賃の2年分程度が立ち退き料の相場になっています。
立ち退きまでにはいくつかのステップがあり、以下の流れで進めていきます。
準備期間を含めて半年から1年はかかるので、立ち退き料の交渉や支払いタイミングなどを押さえておきましょう。
立ち退きは入居者への通知からスタートします。
通知手段は口頭または文書になりますが、原則として契約更新日の6ヶ月~1年前までには通知しなければなりません。
また、入居者の反応や建物の使用状況によって、契約解除の方法は以下の3種類に分かれます。
契約解除の方法
簡単に納得してくれない入居者もいるため、通知するときは以下の内容も伝えるようにしましょう。
転居先については、不動産会社へ問い合わせて近隣物件を確認し、書面へ記載しておくとよいでしょう。
次は立ち退き条件の交渉となりますが、入居者にとっては唐突な話であり、引越しの労力や時間など様々な負担もかかってしまいます。
オーナーに正当な事由があっても、すんなりと受け入れてくれない可能性があるため、以下の影響にも配慮しながら交渉を進めてください。
最終的には入居者に妥協してもらう部分も出てきますが、「ここまで配慮してくれたか」という誠意が伝われば、交渉もまとまりやすくなります。
立ち退き料の金額も相場どおり、または相場以下になる可能性もあるので、一方的な退去要請にならないよう注意しましょう。
引越し先の物件探しは手間暇がかかるため、貸主側から情報提供があれば入居者も助かるでしょう。
貸主にとってもメリットがあるので、以下の方法で紹介することをおすすめします。
自己所有の別物件を紹介する、または契約中の管理会社から紹介してもらう場合、立ち退き料を算定しやすく、仲介手数料がかからないケースもあります。
また、必ずしも「立ち退き=デメリット」ではないため、新居探しを入居者に任せた結果、今まで以上に条件のよい物件が見つかる可能性もあります。
立ち退き料は建物の明け渡し日に支払うケースが一般的です。
入居者の合意があれば明け渡し前でも構いませんが、立ち退き料を受け取った後にトラブルが発生する可能性もないとはいえません。
明け渡し前に立ち退き料を支払うときは、ひとまず半金にとどめ、残りを明け渡し日に支払うようにしましょう。
なお、引越しに伴う費用(引越し代や新居の敷金など)は明け渡し前に支払うため、半金だけでも手元にあれば入居者も助かります。
建替えや取り壊しが決まった場合、立ち退き交渉が長引くと収益不動産の有効利用に支障をきたし、オーナー側に損害が出てしまいます。
オーナーとしては少しでも立ち退き料が安くなり、スムーズな退去が理想的となるので次のポイントに注意しながら交渉を進めていきましょう。
敷金の返金は退去時のトラブルになりやすいので、原状回復などに使った残金があるときや、取り壊しの場合は入居者へ返金しましょう。
交渉次第では、敷金分を立ち退き料から減額できるケースもあります。
立ち退きがスムーズに決まれば、大規模修繕や建替えも早めに着手できます。
物件オーナーとしては一日でも早い退去を願いたいところですが、入居者の都合もあるため、あまり急がせないことも重要です。
早期退去を迫った結果、逆にぎりぎりまで居座られてしまうケースもあるので、立ち退き時期にはある程度の余裕をみてあげるとよいでしょう。
入居者の要望が、立ち退き料の金額ではなく支払いタイミングの場合もあります。
引越しには様々な出費が伴うため、早めのタイミングで立ち退き料を支払えば、好意的に受け取ってくれる可能性が高くなります。
立ち退き交渉を有利に進めるため、原状回復費用の免除や、退去までの家賃の減額(または免除)も検討してみましょう。
入居者には好条件になるため、立ち退きの合意を得やすくなり、立ち退き料も安く済む可能性があります。
今回は立ち退き料について詳しく解説しましたが、いざ設定するとなると「本当にこの金額でよいのか?」という不安や疑問も生じます。
物件オーナーにとっては初めての立ち退きでも、過去に立ち退きを経験し、相場や権利に詳しい入居者がいる可能性もあります。
安く設定したことで関係が悪化し、相場以上の立ち退き料でも納得せず、なかなか退去に応じてくれないケースも想定されるでしょう。
また、必要以上に高い立ち退き料を支払った場合は、大規模修繕や建替えなど、オーナー側の資金計画にも支障をきたしてしまいます。
適正な立ち退き料や退去問題で困ったときは、不動産に詳しい弁護士へ相談することをおすすめします。
スムーズな立ち退きが実現できるよう、最善策を提案してもらいましょう。