この記事でわかること
- 生前贈与に対して遺留分侵害額請求ができるかわかる
- 遺留分侵害額請求の注意点がわかる
- 遺留分について理解できる
生前贈与に対しても遺留分侵害額請求は可能
遺留分侵害額請求権は、遺留分を害された法定相続人に与えられた権利ですが、生前贈与に対しても遺留分侵害額請求はできるのでしょうか。
結論を言えば、生前贈与に対しても遺留分侵害額請求は可能です。
ただし、いつ贈与されたのか、誰に贈与されたのか、どんな贈与なのかで変わってきます。
生前贈与のすべてに対して遺留分侵害額請求ができるわけではありませんので、注意しておきましょう。
相続人以外への生前贈与
まず、相続人以外への生前贈与について、遺留分侵害額請求ができるかどうか見てみましょう。
無条件に遺留分侵害額請求の対象となる生前贈与
相続人ではない人に対しての生前贈与は、原則として相続開始前の1年間に限り、遺留分侵害額請求の対象となります。
たとえば、相続人以外の人に対する相続開始2年前の贈与に対しては、遺留分侵害額請求することはできません。
無条件に生前贈与を遺留分侵害額請求の対象としてしまうと、受贈者に思わぬ不利益をこうむらせることになるためです。
しかし、生前贈与に対してまったく遺留分侵害額請求を認めないと、基礎となる相続財産の価額が不足しかねませんので、受贈者の権利と遺留分制度の調整が必要です。
当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与
生前贈与のうち、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、相続開始の1年以上前にしたものについても、遺留分侵害額請求の対象となります。
この場合は、相続開始2年前の贈与であっても、その生前贈与に対して遺留分侵害額請求することができます。
相続人への生前贈与
相続人に対する生前贈与も、何十年も前の贈与まで遺留分侵害額請求の対象となるわけではありません。
相続人が婚姻や養子縁組のため、または生計の資本として受けた贈与の場合は、相続開始前10年間に行われた贈与に限り、遺留分侵害額請求の対象となります。
ただし、こちらも相続人と贈与者(被相続人)双方が、遺留分権利者に損害を加えることを知っていたのであれば、相続開始前10年より前に行われた贈与も、遺留分侵害額請求の対象となります。
婚姻や養子縁組のため、または生計の資本として受けた贈与のことを、特別受益といいます。
20年も30年も前の特別受益まで遺留分侵害額請求されると、相続人の負担が重すぎるため、このような決まりがあります。
生前贈与でも遺留分侵害額請求の対象とならないケース
日常的な儀礼でなされた贈与(お歳暮など)は、遺留分侵害額請求の対象とはなりません。
また、法律上の義務から生じる贈与、たとえば養育費や慰謝料なども、遺留分侵害額請求の対象となりません。
ただし、負担付贈与は対象となる場合もあります。
遺留分とは
次に、遺留分と遺言などの関係を見ていきましょう。
遺言については、遺留分を害する遺言であっても無効にはなりません。
ただし、一定の法定相続人は被相続人の財産を相続できるという利益と、遺言をする自由の尊重を調整する必要があります。
そこで、一定の法定相続人に限っては、遺留分が認められています。
遺留分を有する法定相続人は、遺留分侵害額の請求をすることができます。
法定相続分と遺留分の関係
法定相続分と遺留分について、確認していきましょう。
法定相続人と法定相続分
それぞれの法定相続人の相続順位、法定相続分は以下の通りです。
配偶者と第1順位 (子) |
配偶者1/2、子1/2 ※子は代襲相続・再代襲あり |
---|---|
配偶者と第2順位 (直系尊属) |
配偶者2/3、直系尊属1/3 ※直系尊属は代襲相続なし |
配偶者と第3順位 (兄弟姉妹) |
配偶者3/4、兄弟姉妹1/4 (代襲相続あり、再代襲はない) (被相続人と父母を異にする兄弟姉妹は他の兄弟姉妹の2分の1) |
遺留分権利者と遺留分割合
遺留分権利者と遺留分割合は以下のようになります。
遺留分権利者 | 遺留分割合 |
---|---|
・配偶者のみ ・子のみ ・配偶者と子 ・配偶者と直系尊属 ・配偶者と兄弟姉妹 (ただし、兄弟姉妹に遺留分は認められない) |
遺留分を算定する財産の価額の2分の1 |
直系尊属のみ | 遺留分を算定する財産の価額の3分の1 |
兄弟姉妹のみ | 遺留分は認められない |
被相続人の兄弟姉妹が法定相続人になるケースであっても、遺留分は兄弟姉妹には認められません。
事例
たとえば、法定相続人が被相続人Xの妻Yと、子A、子Bの場合で遺留分を計算してみましょう。
Xが全財産を法定相続人以外に遺贈したケースで考えます。
YとA、Bの遺留分は全体で2分の1です。
遺留分算定の基礎となる財産の価額が6000万円だとすると、YとA、Bの遺留分は合計で3000万円となります。
この3000万円に法定相続分の割合を乗じると各自の遺留分を算出できます。
このケースでは、Yの遺留分は1500万円、AとBの遺留分は各750万円となります。
なお、遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時に有した財産の価額に、その贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額とされています。
遺留分侵害額請求の手続き方法・流れ
遺留分侵害額請求の手続き方法と流れを見ておきましょう。
遺留分侵害額請求の方式
遺留分侵害額の請求は、口頭でも遺留分侵害額の請求ができ、書面など様式は必要とされていません。
ただし、いつ遺留分侵害額請求をしたか、内容は相手に到達したかなどを証明するためにも、書面で行うのが望ましいでしょう。
遺留分侵害額請求の書面は任意の書式でもかまいませんが、内容証明郵便を利用するのが一般的です。
遺留分侵害額請求の調停
遺留分侵害額請求を受けて、素直に支払う人は多くないでしょう。
任意の話し合いがまとまらなければ、家庭裁判所の調停を利用することができます。
遺留分侵害額請求調停の手続き
家庭裁判所に遺留分侵害額請求の調停を申し立てても、相手方への意思表示にはなりません。
先述の通り、内容証明郵便などで相手方に遺留分侵害額請求をする旨を伝える必要があります。
申立人 | ・遺留分を侵害された者(兄弟姉妹以外の相続人) ・遺留分を侵害された者の承継人(相続人、相続分譲受人) |
---|---|
申立先 | ・相手方の住所地の家庭裁判所または当事者が合意で定める家庭裁判所 |
申立てに必要な費用 | ・収入印紙1200円分、連絡用の郵便切手 |
申立てに必要な書類 | ・申立書及びその写し(相手方の数の通数) |
申立書の他にも、土地遺産目録、建物遺産目録、現金・預貯金・株式等遺産目録に記載し提出しなければなりません。
なお、標準的な申立添付書類の例は以下の通りです。
遺留分侵害額請求調停の申立添付書類の例
- ・被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍謄本(除籍等)
- ・相続人全員の戸籍謄本
- ・遺言書の写しまたは遺言書の検認調書謄本の写し
- ・遺産に関する証明書(不動産登記事項証明書等)
この他にも、審理に必要な書類を家庭裁判所に追加提出をしなければならない場合があります。
書類集めや申立書の記載には手間と時間がかかるので、忙しくて時間が取れない場合や手続きが不安な場合は、弁護士などの専門家に依頼するとよいでしょう。
遺留分侵害額請求調停の注意点
令和元年7月1日より前に被相続人が亡くなった場合は、遺留分侵害額請求調停を利用できません。
令和元年7月1日以前の制度は遺留分減殺請求と言い、遺留分侵害額請求と異なる内容であったためです。
この場合は、贈与又は遺贈を受けた者に対し、遺留分減殺による物件返還請求等の調停を申し立てる必要があります。
また、遺留分侵害額請求調停が合意できなかった場合は、審判、裁判へとすすみます。
遺留分侵害額請求するときの注意点
遺留分侵害額請求をする際は、次の点に注意しておきましょう。
遺留分侵害額請求するときの注意点
- 1、遺留分侵害額請求の期限がある
- 2、遺留分侵害額請求を不動産に対して行使することはできない
- 3、遺留分侵害額の負担の順番がある
1、遺留分侵害額請求の時効
遺留分侵害額の請求権は、次の事由により時効で消滅します。
- ・相続の開始および遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知った時から1年間行使しないとき
- ・相続開始の時から10年間行使しないとき
どちらかの期限が過ぎてしまえば、遺留分侵害額請求権は行使できなくなります。
相続開始および遺留分を侵害する贈与または遺贈の双方を知ったときから1年以内、相続開始の時から10年以内に遺留分侵害額請求権を行使する必要があります。
2、遺留分侵害額請求を不動産に対して行使することはできない
遺留分侵害額請求権は、金銭に対しての請求権です。
そのため、生前に不動産の贈与がなされていたとしても、遺留分侵害額請により、その不動産の持分を取得することはできません。
事例
Xが生前に子Aに所有不動産を贈与していたとします。
Xに目立つ資産は他になく、XとA双方とも、遺留分権利者に損害を加える贈与であることを知っていました。
Xが死亡すると、Xの他の子Bは、Aに対して遺留分侵害額請求をすることができます。
しかし、Bに認められるのは、遺留分に相当する金銭の支払い請求です。
不動産の持分を、移転するように請求することはできません。
これは、遺留分権利者が権利を主張すると、贈与された不動産が受贈者と遺留分権利者の共有になってしまい、不動産の換価も進まないためです。
亡くなった贈与者の意思も尊重しなければならず、遺留分権利者は、受贈者に対して金銭の支払いしか求めることはできません。
3、遺留分侵害額の負担の順番がある
被相続人が生前贈与だけでなく、遺贈など複数の遺留分を害する行為をしていた場合、遺留分侵害額請求は、次の順に行います。
- ・受遺者と受贈者がいるときは、受遺者に先に遺留分侵害額請求をする
- ・受遺者が複数いるとき、または受贈者が複数いる場合、その贈与が同時にされたものであるときは、原則として、受遺者または受贈者がその目的の価額の割合に応じて負担する
- ・受贈者が複数あるときは、後の贈与に係る受贈者から順次前の贈与における受贈者に遺留分侵害額請求をする
生前贈与と遺贈(遺言による贈与)があった場合は、まずは遺贈を受けた人に遺留分侵害額請求をします。
生前贈与を受けた人が複数いるときは、被相続人が亡くなったときに近い贈与が先に遺留分侵害額請求の対象となります。
遺留分侵害額請求する側が、勝手に遺留分侵害額請求の相手を選ぶことはできません。
まとめ
遺言や生前贈与と遺留分の関係は、非常にデリケートです。
財産を有する人が、生前誰にどのくらい贈与するかは自由だからです。
しかし、残される遺留分権利者の生活が立ち行かない、心情を極端に害するなどのケースもあるでしょう。
そのようなケースでは、後々遺留分侵害額請求がなされて、家族の関係性が悪くなることもあります。
「争族」にならないように、生前贈与をしようとしている親や夫、妻と残される相続人がよく話し合うことが大切です。
生前贈与される人、それ以外の相続人が納得できる財産処分方法を考えてみましょう。
家族で話し合うのが難しい場合は、弁護士に相談してみるのがおすすめです。