この記事でわかること
- 遺産放棄とは
- 遺産放棄と相続放棄の違いとは
- 相続放棄が認められない事例とは
相続が開始すると、被相続人の遺産は相続人へ承継されます。
遺産として預貯金などプラスの財産だけでなく、借金などマイナスの財産も承継されるため、相続したくないケースもあるでしょう。
遺産を相続しない方法には、相続人間の合意による「遺産放棄」と、家庭裁判所の手続きによる「相続放棄」があります。
特に相続放棄は手続きが厳格に定められており、期限内に申請しなければ認められないため注意しましょう。
ここでは、遺産放棄と相続放棄の違いやそれぞれのメリット・デメリットなどを解説します。
目次
遺産放棄(財産放棄)とは
遺産放棄(財産放棄)は、遺産分割協議などの合意により、他の相続人へ財産を承継しない意思を伝える方法です。
あくまで相続人間の約束事であり、手続きの期限がなく、遺産分割協議書への署名捺印のみで成立するため簡易迅速に放棄できます。
一方、被相続人に借金がある場合は債権者から返済の督促があると返済義務を免れません。
相続放棄とは
相続放棄は、相続人間の合意によらず家庭裁判所への申立で成立する法的な手続きです。
家庭裁判所に申立後、本人の意思を確認する照会書が届き、回答を返送すると相続放棄が成立します。
成立後はすべての遺産を承継しないため、遺産に高額な借金が含まれる場合などにメリットがあります。
相続人の地位を喪失させる重大な手続きであり、申立てができる期間に制限があるため注意しましょう。
遺産放棄(財産放棄)と相続放棄の違い
財産放棄 | 相続放棄 | |
---|---|---|
債務の相続 | 相続する | 相続しない |
相続人の地位の変更 | 変動する | 変動する可能性がある |
手続き方法 | 遺産分割協議による | 家庭裁判所での申述 |
手続きの期限 | なし | 相続開始から3カ月以内 |
それぞれの特徴をよく理解した上で、どちらの手続きを進めるのかを考えてみましょう。
債務の相続
遺産放棄(財産放棄)を行った場合、遺産を相続しません。
ただし、相続財産の中に債務があれば、債務を負担しなければならない場合があります。
一般的には遺産分割協議の場で「遺産を相続しない」と言ったとき、基本的に債務も引き継ぎません。
しかし、債務を引き継いだ相続人が途中で返済に行きづまった場合、債権者から他の相続人に請求されます。
この場合、財産放棄しただけの相続人は、債務の負担を免れません。
一方で相続放棄した相続人は、一切の債務の負担せずに済みます。
相続人の地位の変更
遺産放棄(財産放棄)した相続人は、法的に相続権を失うわけではありません。
一旦遺産放棄した後でも、撤回できます。
一方、相続放棄した相続人は、法的にも始めから相続人でなかったとみなされます。
相続放棄した相続人はその後どのような事情があっても、相続放棄を撤回できません。
手続き方法
遺産放棄(財産放棄)をする際は、特に決まった方式はありません。
遺産分割協議の場などで他の相続人に対して意思表示を行うだけです。
相続人間で遺産分割協議を行った内容をまとめた遺産分割協議書に何も相続しなかった旨を記載し、署名・押印をします。
一方の相続放棄は、家庭裁判所に申述書を提出しなければなりません。
戸籍謄本などの必要書類をそろえて手続きを行い、申述が認められる必要があります。
手続きの期限
遺産放棄(財産放棄)には、手続きの期限はありません。
遺産分割協議が完了するときまでに財産放棄する意思表示を行い、他の相続人に認められれば、財産放棄は完了します。
一方の相続放棄は、厳格な手続きの期限が定められています。
自己のために相続が開始したと知った日から3カ月以内に、家庭裁判所に相続放棄の申述を行わなければなりません。
遺産放棄(財産放棄)のメリット
遺産放棄は特別な手続きが必要なく、簡潔に実行できる点がメリットです。
家庭裁判所やその他の機関での手続きは不要です。
また、手続きを実行するまでの期間に制限はないため、遺産分割協議が成立する前であれば、いつでも実行できます。
遺産放棄(財産放棄)のデメリット
遺産放棄は、遺産を相続しなくとも被相続人の残した負債の返済義務から完全に逃れられない場合があります。
遺産分割協議において債務も相続する人が、返済できなくなったとき、他の相続人に対して返済を求めるケースも珍しくありません。
遺産分割協議で債務を引き継いでいなくても、後から返済義務が生じる可能性があります。
相続放棄のメリット
相続放棄をすると、すべての債務の返済義務が免除されます。
遺産放棄では、債務を引き継いだ人が返済しなかった場合に、他の相続人に返済義務が生じるケースがあります。
しかし、相続放棄すれば始めから相続人ではなくなるため、他の相続人の返済状況に影響を受けません。
相続放棄のデメリット
一方、相続放棄のデメリットは、債務だけでなく財産もすべて相続できなくなる点です。
「借金は相続したくないが、自宅だけは相続したい」は認められません。
遺産放棄(財産放棄)の手続きがおすすめのケース
遺産放棄(財産放棄)の手続きがおすすめのケースは、以下の通りです。
- 相続放棄の手続きが面倒な場合
- 一部の財産のみ受け取りたい場合
- 相続放棄によって相続トラブルが発生する恐れがある場合
それぞれのケースについて見ていきましょう。
相続放棄の手続きが面倒な場合
相続放棄の手続きは家庭裁判所に申述を行う必要があるため、手間がかかります。
そこで、相続放棄を行うよりも簡単にできる遺産放棄を選択するケースがあります。
遺産放棄であれば家庭裁判所での手続きは不要であり、期限を心配する必要もありません。
ただ、遺産放棄と相続放棄は根本的に異なる制度であり、遺産放棄の選択によってデメリットが生じる可能性もあります。
一部の財産のみ受け取りたい場合
遺産放棄の場合、個別の遺産ごとに相続するかどうかを選択できます。
遺産の中にどうしても相続したいと考える財産がある場合には、遺産放棄がおすすめです。
特に、自宅や事業のために使う財産がある場合、遺産放棄を選択するとよいでしょう。
もし相続放棄をすると、すべての財産が相続できなくなります。
相続放棄によって相続トラブルが発生する恐れがある場合
相続放棄すると、相続権は他の相続人に移ります。
もし第一順位の相続人である子が全員相続放棄すると、相続権は第二順位の相続人である直系尊属に移ります。
直系尊属がすでに全員亡くなっている場合に相続権が移る人は、第三順位の兄弟姉妹です。
このように、相続放棄すると相続権は次順位の人に移り、新たに相続人となった人は遺産の相続または放棄を選択します。
遺産放棄の場合、相続権が次順位の相続人に移らないため相続トラブルを防げる可能性が高くなります。
相続放棄の手続きがおすすめのケース
相続放棄をおすすめするのは、以下のようなケースです。
- プラスの財産よりも大きなマイナスの財産がある場合
- プラスの財産とマイナスの財産の詳細がわからない場合
- 相続トラブルに巻き込まれたくない場合
それぞれのケースについて詳しく解説します。
プラスの財産よりも大きなマイナスの財産がある場合
プラスの財産よりマイナスの財産の方が明らかに大きい場合、基本的には相続放棄をしたほうがよいでしょう。
遺産放棄をしても、他の相続人が相続放棄すれば、結局はすべてのマイナスの財産を1人で引き継ぎ、返済します。
相続放棄をすると自宅をはじめとするすべての財産を相続できなくなるため、相続人として思うところはあるかもしれません。
しかし、相続後にマイナスの財産を返済しなければならないため、現実的には相続放棄する方がよいでしょう。
プラスの財産とマイナスの財産の詳細がわからない場合
プラスの財産とマイナスの財産の詳細がわからない場合、本来は限定承認を選択するとデメリットがなくなります。
限定承認とは、被相続人が残した借金を遺産の中から返済し、残った遺産がある場合には相続人が引き継ぐ制度です。
しかし、限定承認は相続人全員が足並みをそろえる必要があり、親族との合意が困難な可能性があります。
プラスの財産とマイナスの財産の詳細がわからない場合には、相続放棄を検討しましょう。
特に、マイナスの財産が想定外に大きな金額になるリスクから逃れられます。
相続トラブルに巻き込まれたくない場合
相続の手続きでは、相続人同士の話し合いが必要不可欠であり、意見の対立が発生するケースもあります。
特に遺産分割協議ではすべての相続人の意見がまとまるまで、何度も話し合いを重ねなければなりません。
話し合いや相続人どうしの対立に巻き込まれたくない人が、相続放棄するケースがあります。
相続放棄した人はこれ以後の話し合いに参加する必要はなく、時間の拘束から逃れ、精神的な負担もなくなるでしょう。
遺産放棄(財産放棄)の流れ
遺産放棄をするときは、遺産分割協議書に協議して決めた内容を記載します。
遺産のどれを誰が相続するのか、誰が相続しないのかを明記します。
被相続人がかなりの財産を遺していない限り、遺産分割協議書の作成自体は労力を要しません。
ただし、証明力のある遺産分割協議書にしたい場合は、相続人全員の署名はもちろん、押印するなら必ず実印を使用しましょう。
相続人全員分の印鑑登録証明書の添付も大切です。
遺産分割協議書は相続人と同じ数を作成し、それぞれが1通ずつ保管します。
遺産放棄(財産放棄)の注意点
相続人間で遺産分割協議が終了した後、見つかった新たな遺産をどうするか再び相続人同士で協議して決めなければいけません。
新たな遺産が判明するたびに遺産分割協議を開くのは面倒だと思う場合があるでしょう。
新たな遺産が発見されると想定して、その遺産を取得する相続人をあらかじめ選んでおく方法もあります。
協議書に「新たな遺産及び債務が判明した場合、相続人〇〇〇〇が全ての遺産及び債務を取得し承継する。」といった一文を追加する方法です。
上記のとおり記載しておけば、再協議せずに済みます。
遺産放棄では、被相続人に債務(借金等)があった場合に、債権者からの支払い請求を拒否できません。
遺産分割協議書に「被相続人の借金は債権者へ支払わない」と明記していても同様です。
借金等をした人の相続人である以上、債権者は相続人へ請求する権利があります。
相続放棄の流れ
相続放棄には期限があり、被相続人が亡くなった事実を知った日から3カ月以内に、手続きを行う必要があります。
相続放棄の申述先は、被相続人が最後に住んでいた住所を管轄する家庭裁判所です。
また、申述人は手続きを進める間に、他の相続人へ相続放棄する旨を報告する、被相続人に債権者がいた場合は対応するなどの必要があります。
相続放棄の必要書類
家庭裁判所には、主に以下の書類を提出します。
- 相続放棄申述書
- 収入印紙800円(申述人1人分)
- 連絡用の郵便切手
- 被相続人の住民票除票または戸籍の附票
- 申述人(放棄をする相続人)の戸籍謄本
被相続人と申述者の間柄(配偶者、子、兄弟姉妹など)によって、追加の提出書類が必要となります。
提出書類の詳細は、裁判所ホームページをご確認ください。
参考:裁判所ホームページ「相続の放棄の申述」
相続放棄の注意点
相続放棄の注意点は、以下の通りです。
- 一度相続放棄したら撤回は不可能
- 他の相続人との間でトラブル発生
一度相続放棄をすれば、撤回はできません。
申述者が相続放棄をしたあと、その後の調査で被相続人の巨額の遺産(プラスの資産)が発見されてもです。
相続放棄をした人は撤回の意思表示をしたところで1円も分与されません。
また、唯一の相続人だった子が相続放棄をした場合、今度は第2順位以降の人達が相続人となります。
被相続人の父母(子からみれば祖父母)または兄弟姉妹(子からみれば「おじ」「おば」)が、負債を引き受ける可能性があります。
トラブルを回避するため、相続権が発生してしまう第2順位以降の人へ、申述前に必ず相続放棄する旨を報告しましょう。
相続放棄の費用
相続放棄を申し立てるには、以下のような費用がかかります。
- 収入印紙:800円
- 郵便切手:数百円ほど(家庭裁判所からの送付用)
- 相続放棄する本人の戸籍謄本:450円
- 被相続人の住民票の除票や戸籍附票:300円
- 被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本:数百円~数千円ほど
- 弁護士費用:5万円~10万円ほど
相続放棄の申立ては本人から手続きをできますが、弁護士に依頼すると戸籍の収集や債権者への対応など手続きをすべて代行してくれます。
遺産放棄(財産放棄)と相続放棄に関するよくある質問
遺産放棄(財産放棄)と相続放棄に関するよくある質問は、以下の通りです。
- 相続放棄が認められない事例は?
- 相続放棄すると全財産はどうなる?
それぞれの質問について回答します。
相続放棄が認められない事例は?
相続放棄は本人からの申立てにより原則として受理されますが、以下の場合は認められません。
- 相続の開始があったと知ったときから3カ月を経過したとき
- 必要な書類が不足しているとき
- 裁判所からの回答書を返送しないとき
- 単純承認が成立したとき
相続放棄の前に遺産を使ったり隠したりした場合、単純承認といって遺産の承継を承認したとみなされ、相続放棄ができません。
相続放棄すると全財産はどうなる?
一部の相続人のみが相続放棄をした場合、すべての遺産が残りの相続人に承継されます。
相続人全員が相続放棄した場合、最終的な遺産の帰属先は国庫です。
債務がある場合、遺産は債権者からの申立てで選任された相続財産管理人に管理され、清算にあてられます。
相続財産管理人の選任までは相続人に管理義務があり、自己の財産と同じように管理しなければならないため注意しましょう。
まとめ
遺産放棄は、遺産分割協議書への署名捺印のみで成立するため簡易な方法ですが、債権者には返済義務の免除を主張できません。
借金などマイナスの財産が大きく、確実に債務を承継したくない場合は相続放棄の手続きを行いましょう。
相続放棄は戸籍などの必要書類を集めれば個人でも申立てできますが、一般的になじみのない手続きで手間や時間がかかる可能性があります。
相続が開始すると、葬儀などで時間が取れない場合もあるため、手続きが難しいときは弁護士に依頼しましょう。