この記事でわかること
- 借金や共有財産がある場合など、相続放棄のメリットが理解できる
- 手続きが必要な「相続放棄」と「財産放棄」との違いが分かる
- 相続放棄手続きの内容や、口約束が法的に有効ではない理由が分かる
- 遺産相続の権利放棄前に考えておきたい注意点があることが分かる
- 親族が相続を拒否したときの手続きや手続き前の注意点が分かる
身近な方が亡くなると、好むと好まざるとに関係なく、親族は遺産相続に関わらざるを得ません。
遺産相続を巡っては親族間で揉めることもあり、多額な借金がある場合などでは、トラブルに発展する悲劇も発生します。
相続を巡るトラブルはだれしも避けたいもの。
揉め事に巻き込まれたくないとの思いから、亡くなった方の財産を放棄する方も少なくありません。
ところで、財産を放棄することと、相続を放棄することとは、その意味も手続きも異なることをご存知でしょうか。
放棄すれば、借金の支払い義務が免除され、遺産相続の話し合いに関わらなくて済みますが、口約束では対外的な効果はありません。
以下では、「財産」放棄と「相続」放棄の違いは何かや、法的な手続き、手続き前の注意点について紹介します。
また、親族内での話し合いを行う際に、トラブルにならないための方法や考え方についても、合わせて紹介しましょう。
目次
遺産の相続放棄をするメリットとは
相続を放棄すれば、借金の免除や不動産のわずらわしい共有関係の解消、揉めている遺産相続からの離脱などのメリットがあります。
返済義務の免除
遺産を相続放棄したときの最大のメリットは、多額な借金がある場合に返済義務を免れる点にあります。
相続の対象となる財産には、預貯金や不動産などプラスの財産だけでなく、借金などマイナスの財産も含まれます。
そのため、借金が多額で、プラスの財産を処分して支払っても不足する場合には、借金の返済を引き継ぐ義務が生じます。
放棄の判断と手続きは、相続人一人で完結することができます。
相続放棄をすれば返済を免除され、相続前と同じ状態に戻ることができるのです。
共有関係の解消
また、亡くなった方が不動産を他人と共有していたような場合、相続を放棄することによって、共有関係に巻き込まれずに済みます。
たとえば、経営に問題が発生している投資用不動産を共有状態で相続すれば、賃貸でも売却でも、トラブルの発生が予想されます。
また、今は問題がない不動産であるとしても、共有相手によっては、後の維持管理や売却などの際にトラブルに巻き込まれる懸念もあります。
このような場合、財産の共有関係を免れることができ、後のトラブルに巻き込まれるリスクを回避できます。
遺産分割協議からの離脱
親族内での遺産分割協議が揉めている場合や、関わりたくない場合は、相続放棄によって話し合いから離脱できます。
遺言がない場合は、一人も欠けることなく相続人全員で遺産分割協議を行い、誰が何を相続するかを決める必要があります。
しかしながら、故人の兄弟姉妹などにまで相続人の範囲が広がると、すでに亡くなっている方がいれば代襲相続人も加わるなど、人間関係が遠くなりがちです。
親しい関係が続いている方々であれば話しやすいのですが、疎遠になっているような場合は、和気あいあいと話し合えるケースも少ないでしょう。
さらに、財産の分け方を決めるとなれば、互いの利害関係が衝突することもあり、穏やかな話し合いが期待できるとは限りません。
財産にこだわらないのであれば、相続人の地位を捨て、遺産分割協議からの離脱ができるのです。
「相続放棄」と「財産放棄」の違い
相続放棄と財産放棄は、どちらも似たような意味に感じますが、両者の手続きと及ぼす効果は違います。
借金を相続したくない場合は「相続放棄」でなければ、債権者に対して法律的な効果を持ちません。
相続放棄
相続放棄は、マイナスの財産だけでなく、プラスの財産を含めた財産すべてを相続せず、もともと相続人には該当しないことにする方法です。
他の相続人が放棄を認めれば借金の取り立てを回避できそうにも思われるのですが、回避するためには第三者に認められる法的手続きが必要です。
その手続きは、家庭裁判所に申立てを行うもので、裁判所に認められると最初から「相続人ではない」ことになり、負債を免れます。
なお、相続人ではないと認められると、相続の権利は次の順位の相続人に移行します。
財産放棄
これに対し「財産放棄」は、「遺産放棄」とも呼ばれ、明確な定義がありません。
一般的には、法律に基づいた放棄の手続きを行わないまま、自分の相続分を他の相続人に譲ることを意味します。
財産放棄では裁判所での手続きが必要なく、相続人全員の話合いだけで決まります。
その際は「遺産分割協議書」を作成し、財産を放棄する旨や、他の相続人だけが財産を取得することを記載して、証拠を残します。
ただし、法律に基づく手続きをしていませんから、相続権があることに変わりはありません。
、
つまり故人に借金がある場合は、返済義務を免れることができないのです。
債務の相続を免れるためには「相続放棄」の手続きを行う必要があります。
その手続きを経ない「財産放棄」では、基本的に第三者には効果が及びません。
相続放棄の手続きの内容・口約束はNG
相続放棄の手続きは、自分が相続人であることを知った時から3カ月以内に、家庭裁判所に申立てを行います。
この手続きを経なければ、他の相続人に口約束しても、法的に有効ではありません。
相続放棄の手続き
まず、手続きの期限を理解した上で、内容を確認していきましょう。
手続きの期限は3カ月
手続きには期限があり「自身に相続が始まったことを知ったときから3ヶ月以内」に、家庭裁判所への申立てが必要です。
被相続人の死亡によって相続人になったことを、すぐには知り得ない場合もあるわけですが、「知った時」から3カ月です。
なお、相続人や財産の調査に手間取ることがあり、3カ月を超えてしまいそうな場合は、期間の延長を申立てることも可能です。
手続き
家庭裁判所での手続きの内容と流れについてのポイントを整理すると、以下のようになります。
- ・申立てを行う裁判所の確認と「相続放棄申述書」の入手
- ・申述書の作成と必要書類の収集
主な必要書類
(1) 相続放棄申述書
(2) 亡くなった方の戸籍謄本
(3) 亡くなった方の住民票の除票か戸籍の附票
(4) 相続放棄する方の戸籍謄本 - ・裁判所の窓口に必要書類を持参するか、郵送で申立て
申立てのポイント
〇原則として、相続人自身で手続きを行う必要があります。
ただし、未成年者や成年被後見人の場合は法定相続人が、親と未成年の子がともに相続人の場合は特別代理人が手続きを行います。
〇費用としては、申立てする方一人について800円の収入印紙代と、家庭裁判所からの連絡用郵便切手代金がかかります。 - ・裁判所から送付される「照会書」に、丁寧に回答を記入して返信
- ・照会書の返信から7日から10日前後で、裁判所から「相続放棄申述受理通知書」が届く
- ・届いた「相続放棄申述受理通知書」は相続放棄が認められた証拠となり、手続き終了
口約束が法的に有効でない理由
相続放棄が法的に有効になるためには、法律に基づく家庭裁判所への手続きを行う必要があることは、すでに確認したとおりです。
このため、手続きなしで「相続放棄」の口約束をしても、対外的にはすべての権利と義務を相続したことになり、効果が発生しません。
なぜなら、期限内に法的な手続きをしなければ、すべてを相続する「単純承認」を選択したことになるためです。
たとえ、遺産分割協議で相続しないことを記載し、署名と実印による押印を済ませた場合でも、相続人としての対外的な立場は変わりません。
借金の融資をしていた債権者から見れば、遺産分割協議の内容は関係ないことに注意が必要です。
遺産相続の権利放棄前に!考えたい注意点
すべて相続しなければ、借金の返済を背負い込むこともなく、遺産分割のわずらわしい話し合いに参加する必要もなくなります。
しかしながら、すべての財産を相続できず、故人と同居していた場合には、自宅に住み続けることもできなくなってしまいます。
相続の対象となる全ての遺産を把握
多額の借金から逃れるために放棄したものの、その後に借金を上回る債権が発見されるケースも存在します。
よく調べないうちに決めてしまうと、後戻りすることができません。
遺品や事業の財産の中に、思いもよらない価値の高いものがないかどうか、手続き前に財産をしっかり調査することが重要です。
相続権利が全てなくなるデメリットを考える
いったん相続放棄が認められると、取り消しが利きません。
たとえば、手続き後に新たなプラスの財産が発見された場合、たとえ3カ月の手続き期間内であるとしても、手続きを撤回することは、原則としてできません。
そうなれば、慌てて手続きを行ったことが仇になり、手続きを行わなかった他の相続人がプラスの財産全てを独占する事態もないとは言えません。
また、故人と共に暮らしていた自宅なら、その後は住むことができなくなるといったデメリットを、よく考える必要があります。
ちなみに、故人の借金はあるものの、特定の財産を手放したくないケースなどでは、「限定承認」を検討する余地があるかもしれません。
親族が相続を拒否したときは?手続き前の注意点
身近な方がなくなった際に遺言がなければ、親族は、遺産の相続について話し合いを行って分け方を決めます。
この際、親族の話し合いでトラブルにならないようにするためには、法律に基づいた対応も必要になります。
法的手続きが必要か
遺産の分け方を巡る話し合いでは、引き継ぐ財産や相続人を決めていくことになります。
その際に、相続を拒否する方や、相続を放棄したいと考える方がいる場合は、親族間で了解していれば良いでしょうか。
通常なら、だれが何を相続することにしたかを「遺産分割協議書」として作成すれば、法務局や金融機関などでの証明になります。
しかしながら、借金などの債務があり相続しない場合は、家庭裁判所への申立てが認められなければ、債務を免れることができません。
したがって、このような場合は、法的な手続きが必要です。
また、一人が放棄すれば、他の相続人や次順位の相続人が債務を負うことになるため、手続きの際は他の相続人に連絡しておく必要もあります。
全ての相続人が返済を免れるためには、全員が手続きを行う必要があるのです。
残った遺産の相続税
プラスの遺産だけで基礎控除額を超える額であれば、相続税の支払い義務が発生するものの、財産を受け取った方だけが課税の対象者です。
したがって相続を放棄すると、相続する権利とともに相続税の支払者も、他の相続人か次順位の相続人に移行します。
つまり、財産を受け取らなかった方は、相続税とも無関係になります。
なお、基礎控除額は相続人の数によって変わりますから、残る相続人の相続税額が増減することになります。
全員が放棄すると財産や借金、税金はどうなる
相続人全員が相続放棄手続きをすると、債権者からの申立てによって、裁判所に選ばれた相続財産管理人が、財産と借金の清算処理を行います。
最終的に、清算処理後に財産の残りがある場合は、国の財産として国庫へ帰属して、全てが終了します。
また、被相続人が滞納したままの税金は、相続放棄がなされた場合、原則として免除されることになります。
トラブルにならないように話し合いをする方法
遺産相続が発生しても、親族間の話し合いや法的な手続きをためらう方もいます。
トラブルになって、せっかく築き上げた親族間の信頼関係が崩れないよう、意思疎通を図りながら話し合いを行うことが大切です。
十分に意思疎通が図られないまま進められる遺産相続は、トラブルが発生する大きな原因となることがよく知られています。
たとえば、正確な財産の把握と情報共有、遺産分割協議や相続税申告までのスケジュールの周知などは、疎遠な立場の相続人が不満を抱きがちなポイントです。
これを解決するためには、財産目録を作成して共有することやスケジュールを全員に周知することが大切です。
また、一方的に遺産分割協議書を準備し、署名や押印を迫るのではなく、互いに協力して決めようという姿勢や思いやりも大切です。
なお、親族間での話合いがまとまらないような場合は、家庭裁判所に介入してもらいながら話し合いを行う「調停」の方法もあります。
まとめ
親族間が揉める遺産相続や、多額の借金のある相続が発生すれば、無関係でいたいと思うことも当然と言えます。
遺産相続には、すべてを相続する単純承認のほかにも、借金を返済しないで済む相続放棄、遺産の範囲内で返済する限定承認があります。
どれを選べばよいかは、揉めている状況や財産の内容などによって異なるため、必ずこの方法が良いと断言することが難しいと言えます。
財産の正確な把握やオープンな情報共有、互いの思いやりが大切ですが、困った時ときは、相続を専門とする弁護士などに相談することをおすすめします。