この記事でわかること
- 遺言書がない場合の相続手続きの流れがわかる
- 相続人間で遺産分割協議がまとまらない場合の対応がわかる
- 遺言書の重要性が理解できる
身内に不幸があり葬儀を終わらせて一息つくと、気になるのが相続です。
自宅など不動産の相続登記には期限がありませんが、相続税の申告は原則として相続開始後10カ月以内に行わなくてはならないため、それまでに相続を確定させなくてはなりません。
しかし、相続手続きは煩雑で何から手を付けたらよいかわからないという方も多いのではないでしょうか。
ここでは、相続の開始から流れに沿って、遺言書がない場合の遺産分割および親族間の協議で合意できない場合の対応方法について説明します。
目次
遺言書が見つからない場合にすべきこと
被相続人が残した遺言書がある場合、相続は遺言どおり行うのが原則です。
相続開始後に相続人が最初にするべきことは、遺言書を探すことです。
しかし、遺言書を書いたことを知られたくないために、被相続人が遺言書があることを誰にも伝えておらず、相続人が苦労するケースも少なくありません。
遺言書の保管場所と探し方
遺言書には、公正証書遺言、秘密証書遺言、自筆証書遺言の3種類があります。
遺言書の種類別に、遺言書の保管場所と探し方を説明します。
自筆証書遺言の場合
自筆証書遺言は、費用負担もなく気軽に書けるため、一般的な方法です。
しかし、自筆証書遺言の保管場所に決まりはないため、貸金庫や自宅、弁護士や親しい知人など、さまざまです。
そのため、被相続人が予め保管場所を明らかにしていない場合、見つけることが難しいというデメリットがあります。
自筆証書遺言が見つかったらその場で開封せず、家庭裁判所に検認の申し立てをします。
検認を行わずに遺言書を開封してしまうと罰金(過料)が課せられるほか、他の相続人から遺言書の改ざんを疑われ、無効を主張される恐れがありますので気をつけましょう。
なお、2020年7月10日から、法務局による「自筆証書遺言保管制度」が新たに開始しました。
相続開始後であれば、相続人が法務局に遺言書が預けられているか確認することができますので、遺言書が発見されないリスクも低くなります。
また、安価な手数料で保管してもらえたり、家庭裁判所の検認が不要といったメリットが多く、今後の活用が期待されています。
秘密証書遺言の場合
秘密証書遺言は、公証人が遺言書を作成した事実と日付の記録、証明を行いますが、遺言者本人が保管します。
相続開始後、相続人が公証役場に問い合わせることで、遺言書があることを確認できます。
ただし、被相続人が予め保管場所を伝えていないと遺言書を探すのが大変な点は、自筆証書遺言と同じです。
また、見つかった遺言書は、家庭裁判所の検認が必要な点も自筆証書遺言と同様です。
公正証書遺言の場合
公正証書遺言の場合、遺言書の原本は公証役場が保管します。
あわせて、遺言書の正本と謄本は遺言者任意の場所に保管されます。
相続開始後、相続人は公証役場で遺言書の有無を確認できるほか、家庭裁判所の検認を受けずに遺言書を開封して内容を確認することができます。
ただし、公正証書遺言であっても、遺言書を書いたことを相続人に知らせておかないと、相続開始後に遺言書を見つけてもらえない可能性があります。
遺言書がない場合は法定相続人を探す
遺言書がない場合、または探したけれど見つからない場合は、次のステップとして法定相続人の調査を行うことになります。
民法に定められる法定相続人と相続順位は、以下のとおりです。
- 1位…配偶者と子ども
- 2位…直系尊属
- 3位…兄弟姉妹
被相続人に配偶者と子どもがいる場合は、直系尊属や兄弟姉妹は相続人にはなりません。
ただし、相続開始の時点で子どもが先に死亡している場合でも、孫がいる場合は孫が代襲相続します。
また、非嫡出子(婚外子)や養子であっても、嫡出子と同様に法定相続人となります。
子どもがいない場合は、配偶者と直系尊属(親や祖父母)が相続します。
子どもも直系尊属もいない場合は、配偶者と兄弟姉妹で相続します。
なお、相続開始の時点で兄弟姉妹が死亡している場合でも、甥や姪(兄弟姉妹の子ども)がいる場合は代襲相続が発生します。
ちなみに配偶者は常に相続人となりますが、相続開始の時点の配偶者に限定されます。
内縁関係にあった場合は、法定相続人とはなり得ません。
法定相続人の調査方法
法定相続人の調査は、被相続人の戸籍を遡っていく作業になります。
被相続人が亡くなったことが記載されている除籍謄本では、相続開始時の被相続人の本籍地と配偶者や子どもなどの相続人の情報が確認できます。
除籍謄本に一つ前の本籍地が記載されている場合は、その本籍地の戸籍謄本を取得します。
同様に戸籍をたどり、最終的には被相続人の出生から死亡までのすべての戸籍を収集します。
戸籍(除籍)謄本を取得できるのは、被相続人の戸籍に記載されている人や直系親族です。
代理人が取得する場合は、委任状が必要になりますので、準備しましょう。
謄本の請求先は、本籍地がある市区町村の役所になります。
遠方の場合は、郵送での請求も可能です。
法定相続人の調査は時間と手間がかかるだけでなく、取得した戸籍謄本では情報が不十分、古い地名で戸籍謄本の請求先となる市区町村が特定できないなど、意外と難しいものです。
さらに、戸籍を遡ることでこれまで知らなかった相続人がいることが判明する場合もあります。
相続財産と債務の調査をして遺産を確定させる
法定相続人の調査のほか、被相続人の相続財産の調査も行う必要があります。
相続財産には、プラスの財産とマイナスの財産(債務)があります。
プラスの財産には、自宅(不動産)や車(動産)、預貯金(金融資産)などが含まれます。
一方の債務は、住宅ローンなどの借入金が代表的な例です。
相続財産の調査は、相続財産の有無や評価額を決める手続きです。
評価額によって相続税の額に影響が出ますので、適正に行う必要があります。
調査を適正に行わなかった結果、相続税の申告を行わない場合は無申告加算税が、過小評価により申告した相続税が不足する場合は過少申告加算税が課されます。
さらに延滞を続けた場合は、これに延滞税が加算されます。
また、調査結果によっては、相続放棄や相続の限定承認を行うことも検討しなくてはなりません。
相続放棄および限定承認は、相続人が相続開始を知った日から3カ月以内に家庭裁判所に申し立てる必要があるため、早期に調査を行って相続財産を確定することが重要になります。
相続財産の調査方法
相続財産が不動産の場合、住所地を所轄する市区町村から発行される固定資産税の課税通知書か、市区町村の窓口で固定資産台帳を閲覧して、被相続人の所有となっている不動産を調査します。
固定資産台帳は、所有者ごとに所有不動産の情報が掲載されているもので、名寄帳(なよせちょう)とも呼ばれています。
ただし、非課税の不動産もありますので、法務局が提供する不動産登記情報をあわせて確認することになります。
預貯金の場合は、被相続人の口座がある金融機関に残高証明書の発行を申請します。
金融機関の通帳、キャッシュカード、郵便物等で特定できることが多いですが、ネットバンクなどで把握が難しい場合は、弁護士に依頼して金融機関に照会してもらうこともできます。
とはいえ、必ずしもすべての金融機関が特定できるわけではありません。
なお、国債や株式などの場合は、証券会社信託銀行を特定して、取引残高報告書を発行してもらいます。
相続財産の調査で必ず押さえておきたいのが、債務の調査です。
まず、金融機関からの返済状況を確認する書類や督促状、消費者金融のキャッシュカードなどを探します。
住宅ローンがある場合は、住宅金融支援機構(旧住宅金融公庫)なども確認しましょう。
また、信用情報機関に対して被相続人の信用情報の開示を請求することにより、加盟しているクレジット会社との契約内容や支払い状況等を把握することもできます。
その他、未払いの税金の有無や第三者の保証人となっていないかなども、慎重に確認する必要があります。
税金であれば滞納や督促の通知が来ていないか、または自治体や税務署に滞納がないかを、保証債務については、保証契約がないか確認します。
なお、2020年4月以降は保証人となる場合に公正証書で保証意思を確認する手続きが必須となりましたので、今後は公証役場で保証契約の有無が確認できるようになることが想定されます。
遺留分は「遺産分割協議」で決定
遺言書がなかったり見つからなかった、または遺言書が無効であった場合は、法定相続人全員による遺産分割協議により相続分が決定します。
日頃から法定相続人間の連絡が密で話がしやすい環境であれば、協議をスムーズに進むことが期待できます。
一方、音信不通の相続人がいる、相続人調査で新たな相続人が判明した、高齢や遠方に住んでいるなどの理由により、全員そろっての話し合いが難しい場合は、個別に連絡をとって進めることとなるため、時間がかかり、なかなか合意できないこともあります。
音信不通の相続人がいる場合は遺産分割協議ができませんので、弁護士など利害関係のない専門家を不在者財産管理人に選任し、家庭裁判所の許可を得ることで、音信不通の相続人の代わりに協議に合意してもらいます。
遺産分割について法定相続人全員の合意が得られたら、遺産分割協議書を作成して相続人全員が署名捺印します。
遺産分割協議が成立することで相続分が確定し、相続税の申告が可能になります。
遺言書の調査から法定相続人および相続財産の確認を経て、遺産分割協議を成立させるまでの一連の手続きを、相続開始後10カ月以内に行って相続税の申告まで終わらせるのは、結構大変な作業です。
遺留分の確定
遺産分割協議を行う段階で、遺留分も確定します。
遺留分とは、一定の相続人に認められる相続財産の一定割合のことです。
遺留分が認められるのは、配偶者と子ども、そして直系尊属です。
兄弟姉妹には遺留分はありません。
遺留分の割合は、相続人が直系尊属だけの場合は亡くなった人の財産の3分の1、その他の場合は亡くなった人の財産の2分の1です。
遺留分を主張する相続人(遺留分権利者)が複数いる場合は、これに民法で定められている法定相続分を乗じて配分します。
遺産分割の方法によっては、遺留分が侵害されることもあります。
ただし、遺産分割が遺留分を侵害する場合であっても、相続人間の協議で合意できれば問題ありません。
一方、協議で合意できない場合は、相続税の申告期限に間に合わず、また、相続人間で争いに発展する可能性があります。
遺言書なしの場合の相続の注意点
遺言書がない場合、相続人間の遺産分割協議によって相続分を決定することになりますが、利害関係が衝突する者同士で話し合うため、争いに発展しやすくなります。
遺産分割協議で争いに発展する典型的なケースを見てみます。
よくあるケースとしては、相続財産が自宅とわずかな貯金程度というパターンです。
残された配偶者はそのまま自宅に住み続けることを望んでいるにもかかわらず、他の相続人から相続分や遺留分を請求されたため、自宅を売却せざるを得なくなるというものです。
また、このケースでは、配偶者が自宅を相続することによって、預貯金など他の相続財産を受け取れなくなってしまい、生活費に困窮するという事態もあり得ます。
なお、この点については、2020年4月以降、「配偶者居住権」が新たに制定され、配偶者は終身または一定期間自宅での居住を継続しながら、他の財産も受け取れるようになりましたので、一定の改善が見込まれます。
また、被相続人が行っていた事業を特定の相続人が引き継ぐにあたり、主な相続財産が株式しかなく、他の相続人が相続分や遺留分を主張して譲らないため、事業承継できないケースもあります。
その他、相続人の調査によって、被相続人に婚外子がいることが新たに判明した場合や、被相続人が生前に「言った・言わない」で相続人間の争いになる場合なども、よくあるケースです。
遺留分についてまとまらない場合の対策法
相続分割について相続人間で協議がまとまらない場合は、家庭裁判所に調停や審判の手続を利用することができます。
当事者間の話し合いでの解決を探る調停に対し、審判では裁判官が相続分割を判断します。
遺産分割調停
遺産分割調停は、相続人のうちの一人または何人かが他の相続人全員を相手方として申し立てます。
申立先は、相手方の相続人のうちの一人の住所地を管轄する家庭裁判所が原則です。
調停では、調停委員が相続人の間に入り、当事者双方から意向を聞き、相続財産の鑑定を行うなどして、解決案を提示して話し合いを進めます。
調停は当事者間の話し合いでの解決を目指す手続きですので、話し合いがまとまらず、調停が不成立となることもあります。
遺産分割審判
調停が不成立となった場合は、自動的に遺産分割審判が開始されます。
なお、話し合いでの解決が困難な場合は、最初から審判を申し立てることもできます。
遺産分割審判は、訴訟の一種です。
そのため、裁判官が双方の主張と証拠を踏まえて審理を行い、相続財産の分割方法について審判を下します。
審判の日から2週間が経過すると、審判が確定します。
審判に不服がある場合は、期間内に高等裁判所へ不服申し立てを行って争うことになります。
まとめ
遺言書がない場合、相続手続きについて相続人に大きな負担がかかります。
遺言書があれば、相続人や相続財産の調査の手間が省けるだけでなく、相続人間が遺留分で争うことも防げます。
特定の相続人に相続分を集中させる必要がある場合は、相続人間の争いを防ぐためにも、遺言を残すことは必須と言えます。
ただし、この場合は他の相続人から遺言について無効確認訴訟が提起されたり、遺留分減殺請求が行われたりすることも想定されます。
遺言書を書くときは、相続人に事情を説明して理解を得ておくことも重要です。