この記事でわかること
- 遺言書の内容に不服がある場合の対処法を知ることができる
- 遺言書が無効になる具体的な事例を知ることができる
- 遺言書をめぐる争いを避けるためのポイントを知ることができる
相続対策や遺産分割への備えとして、遺言書を作成する人が近年増えてきています。
遺言書は形式的な要件さえ満たせば、遺言者が1人で作成することができ、役所での手続きも不要です。
ただし、作成にあたってはハードルの低い遺言書ですが、その分遺言書の有効性をめぐる争いも多く起きています。
そこで、遺言書が無効であると争う場合の原因や方法について解説していきます。
また、争いが起きないような遺言書の作成方法についてもご紹介します。
遺言書の内容に不服の場合は裁判で争うことができる
遺言書を作成する人の数は、近年増加傾向にあります。
これは、遺言書を作成することで相続における数多くのトラブルを回避できると考えられているためです。
遺言書がない場合に起こるトラブルの一例
相続のトラブルとしてよくあるのが、遺産分割でだれがどの財産を相続するかの争いです。
遺言書がない場合には、すべての法定相続人が集まって、どのように遺産を分けるのか話し合いを行わなければなりません。
しかし、この時にすんなりとは遺産分割の方法が決まらないのです。
まず、どのような割合で遺産を分けるのかをめぐって争いとなることが考えられます。
法定相続割合に基づく場合もあれば、全員均等にする場合もありますが、全員が納得するまでは何度も話し合う必要があるでしょう。
また、金額や割合を決めても、誰がどの財産を具体的に相続するのかで争いとなります。
自宅を相続したいという人も、現金や預金だけでいいという人もいますが、すべての人の希望をかなえられるわけではないのです。
遺産分割協議が成立するためには、何度も話し合いを行う必要があります。
ただ、話し合いで成立しない場合には、最終的に裁判所での調停や訴訟に持ち込まれることとなるのです。
このような事態を避けるため、あらかじめ遺言書を作成しておき、死亡した時にはその遺言書のとおりに遺産分割を行うのです。
遺言書があってもトラブルになる場合がある
しかし、遺言書があれば相続が発生してもスムーズに手続きが進められるとは限りません。
遺言書自体の有効性を問題とした争いが発生する可能性があるのです。
遺言書が有効に成立するためには、法律が定めるいくつもの要件を満たしていなければなりません。
しかし、この要件を満たしていない遺言書については、無効となることがあるのです。
もし遺言書自体が無効となれば、改めて相続人で遺産分割協議を行う必要が出てきます。
また、遺言書に書かれている内容の一部が無効とされれば、その部分の記述がないこととされます。
どのような場合に遺言書が無効になるのか、事例をあげながら確認していきましょう。
遺言書が無効になる例を3つ解説
遺言書が有効に成立しているかどうかを争う場合には、大きく分けて3つのパターンがあります。
それぞれのパターンごとに、その原因について考えてみます。
(1)遺言書の作成過程において要件を満たしていない場合
遺言書が無効となる場合で最も多いのが、遺言書自体が正しく作成されていないために無効となるケースです。
遺言書のうち自筆証書遺言は、自分1人で作成することができます。
また、遺言書を作成する時は、他の人に知られないように作成したいと考えるため、その内容を他人に見せることもありません。
そのため、作成した本人は遺言書のつもりで作成していても、法的には効力が生じていないケースが考えられるのです。
具体的に遺言書の効力について争いが生じる原因には、以下のようなものがあります。
1.自筆証書遺言の本文が自筆されていない
ワープロやパソコンなどを使って作成された遺言書については、議論の余地なく無効とされます。
ただし、2019年1月13日以降に作成した自筆証書遺言については、財産目録をワープロなどで作成することができるようになりました。
この場合も、財産目録以外はすべて自筆する必要があることに注意が必要です。
2.自筆証書遺言に押印を忘れてしまった
自筆証書遺言の場合、自筆とともに重要な要件に押印があります。
基本的に押印がない遺言書についても無効とされます。
ただし、本文中の押印が漏れた場合で、変更等の押印漏れでなく、かつ綴じ目の押印があれば有効と判断されることもあります。
ただ、裁判で有効か無効かの判断を仰ぐことがないようにするためには、本文中の押印も忘れないようにしましょう。
3.自筆証書遺言に作成日が記載されていない、あるいは日付を特定できない
遺言書の作成日を書き忘れてはいけません。
また、記載した日付が「令和2年10月吉日」というように特定できない場合も無効となります。
「遺言者の満80歳の誕生日」などとして、日付が特定できれば有効と認められるケースもあります。
しかし、無用の争いを避けるためには、しっかり日付を記載するようにしましょう。
4. 遺言能力が無いのに遺言書を作成した
遺言能力の無い人が作成した遺言書については、たとえ形式的に成立していても無効となるため、問題となります。
遺言能力があるのは15歳以上の人とされます。
15歳未満の人は、たとえ法定代理人が同意する、あるいは法定代理人が代わりに遺言書を作成するということはできません。
また、認知症となったために遺言能力が問題となることもあります。
判断能力が低下した人のうち、被保佐人・被補助人は単独で遺言することができます。
一方、成年被後見人については、2名以上の医師の立会いのもとであれば単独で遺言することが可能です。
5.公正証書遺言や秘密証書遺言の証人が要件を満たしていない
証人となることのできる人については、一定の制限があります。
未成年者や推定相続人、受遺者およびこれらの配偶者などは証人となることができません。
もしこのような人が証人となった場合には、公正証書遺言や秘密証書遺言として有効に成立しないのです。
6.秘密証書遺言の本文に押した印鑑と封印に用いた印鑑が異なる
秘密証書遺言を作成した場合、遺言書に押した印鑑と封印に用いた印鑑は同じものでなければなりません。
もし印鑑が異なっている場合は、遺言書が無効となる可能性があります。
(2)遺言書の内容に不備があり一部が無効となる場合
遺言書自体は有効に成立しても、その内容について問題があると一部無効となる場合があります。
たとえば、いったん遺言書に記載した内容を訂正する場合、正しい方法で訂正しなければその部分が無効となります。
すると、無効となった部分に記載された財産については、相続する人について何も決めていないのと同じ状態となってしまうのです。
また、遺留分をまったく考慮していない遺言書については、ただちに無効となるわけではありません。
しかし、相続人が遺留分侵害額請求を行い、遺贈を受けた人から遺留分に満たない額の支払いを受けることがあります。
この場合、遺言書に記載された内容について無効となるのと同じ結果となります。
(3)法的効力が発生する内容の記載がない場合
遺言書自体は有効に成立している場合でも、その記載内容によっては特段の効果が発生しない場合があります。
たとえば、「兄弟仲良く生活していきなさい」というような記載があっても、それにより何か特別な法的効果は発生しません。
遺言書に記載して効果が生ずる項目は、おもに4種類に分類されます。
- 1.相続に関する事項の指定
相続人の相続分を指定したり、誰がどの財産を相続するかを指定したりすることが含まれます。 - 2.相続以外での財産処分方法の指定
相続人以外の人に財産を遺贈したり、財産を非営利組織や自治体に寄付したりすることがあります。 - 3.身分上の行為に関する事項の決定
後見人を指定したり子供を認知したりすることがあります。 - 4.遺言の執行に関する事項の決定
遺言の執行者を決定することなどです。
この4種類の内容については、遺言書に記載があることでその効果が発生します。
これ以外については遺言書で効力は生じませんし、法的には何の意味もない単なるメッセージとして取り扱われます。
遺言書を争う方法
遺言書に書かれた内容について問題がある場合には、2つの方法でその無効を争うこととなります。
1つはその遺言書自体が有効か無効かを争う場合、そしてもう1つは遺言書に書かれた内容について争う場合です。
この2つの争いについて、その手続きの方法や具体的な主張の内容を確認しておきます。
遺言書自体の成立を争う場合
遺言書が自筆されていない、日付が特定できない、あるいは偽造されたものであるなどとして無効であることを主張する場合です。
遺言書が無効と認められれば、その遺言書はなかったのと同じことになります。
そのため、その前に書かれた遺言書が有効になるか、相続人で遺産分割協議を行うこととなります。
遺言書そのものが有効か無効かを争う場合、「遺言無効確認訴訟」を起こす必要があります。
ただし、訴訟を起こす前に調停により当事者どうしで解決することが求められます。
そのため、まずは「遺言無効確認調停」を相手方の住所地の家庭裁判所または当事者間で定める家庭裁判所に申し立てます。
ただ、遺言無効確認調停を申し立てても、実際には話し合いで解決することはほとんどありません。
話し合いで解決するのであれば、その前の段階で解決しており、調停や訴訟に持ち込まれることがないためです。
そこで、調停を申し立てても解決の見込みがない場合には、いきなり遺言無効確認訴訟を起こすこともできます。
遺言無効確認訴訟は、調停とは違い地方裁判所で行う通常の裁判手続きとなります。
被相続人の最後の住所地の地方裁判所または遺言執行者・遺言で利益を受ける人の住所地の地方裁判所に提訴することとなります。
遺言書に書かれた内容について争う場合
遺言書自体は有効に成立しているが、その記載内容について争うこととなります。
遺留分に満たない財産しか相続できない人は遺留分侵害額請求を起こすことができます。
また、遺産の範囲について疑義がある場合には、遺産確認の訴えにより遺産の範囲を争うこととなります。
これらの争いとなった場合も、まずは家庭裁判所での調停を行うべきであるとされています。
基本的に当事者どうしで話し合いを行い、解決するのが望ましいと考えられているためです。
しかし、実際にはこの段階から話し合いを行うことも難しいケースは少なくありません。
そのため、調停が成立しない場合には、地方裁判所に訴訟を提起するという流れになるのです。
訴訟となった場合は、弁護士に依頼してその手続きを進める必要があるため、早めに相談するようにしましょう。
争いが起きない遺言書を作るためには
相続の際にスムーズに相続手続ができるよう遺言書を作成しているのに、その遺言書が争いの火種になっては意味がありません。
そこで、遺言書を作成する人が残された人の争いを誘発しないような遺言書を作成する必要があります。
遺言書を作成する際に注意すべきポイントについて、2つの視点からまとめておきます。
遺言書が間違いなく有効に成立するためのポイント
まずはどのような形式の遺言書を作成するのがいいのかという問題があります。
自筆証書遺言を作成する場合は、作成方法により無効となる可能性が高いため、できれば公正証書遺言を作成するようにします。
公正証書遺言の場合、遺言能力がないか証人についての要件を満たしていない場合に無効となります。
認知症などのために遺言能力が疑わしい場合には、成年後見人をたてるなど事前に対応しておきましょう。
また、証人となる人は、公証役場で紹介してもらうことができるため、友人などに無理に頼む必要はありません。
一方、自筆証書遺言の場合は作成上、いくつかの注意点があります。
遺言者本人が自筆する、作成年月日を記載する、署名押印を忘れないといった内容です。
このような要件を満たしていない場合には、ただちに無効となる場合もあります。
遺言者が有効に成立するよう、このような要件に注意して作成するようにしましょう。
なお、自筆証書遺言を事前に他の人がチェックすることはほとんどないため、自分で何度も確認しておく必要があります。
秘密証書遺言を作成することは、あまりないかと思います。
ただ、秘密証書遺言を作成する際には、自筆証書遺言と同じように作成するのがいいでしょう。
そうすれば、もし秘密証書遺言としては無効となっても、自筆証書遺言として有効に成立する可能性があるのです。
秘密証書遺言も誰かにチェックしてもらうことはないと考えられるため、やはり慎重に作成する必要があります。
遺言書の記載内容について争いが生じないためのポイント
遺言書に書かれた内容について争いになるのは、ほとんどが遺留分を侵害するような遺産分割となっているためです。
そのため、法定相続人の遺留分を侵害することのないような遺言書にする必要があります。
特に相続人以外の人に遺贈する場合、遺留分に満たない財産しか相続できなかった相続人は大きな不満を持つこととなります。
そのため、遺留分侵害額請求の訴えを起こすこととなる可能性が高くなります。
残された相続人が困ることのないように、遺留分はすべての相続人が確保できるような分割方法となるようにしましょう。
遺言書の無効を争った裁判事例
裁判においては、遺言書の無効をめぐってどのような点で争われ、どのような結論が出ているのでしょうか。
誰にも実際に起こり得る裁判事例を確認し、遺言書が無効となることのないよう注意しましょう。
自筆証書遺言の日付が「吉日」と記載されていたために無効となった事例
「昭和41年7月吉日」と書かれた自筆証書遺言について、その有効性が問題となった事例です。
相続人は、判断能力がある時に作成されたものかどうか、最新の遺言書かどうかを判定する必要がなければ問題ないと主張しました。
しかし、最高裁判所は日の記載がない遺言書については、他に遺言書が無くても遺言書を有効とすることはできないと判断しました。
したがって、吉日と記載された遺言書については無効としたのです。
(昭和54年5月31日最高裁判所判決)
他人に添え手をしてもらった自筆証書遺言が無効とされた事例
遺言者が自分で遺言書を作成しようとしたものの、字が乱れて判読が難しいため、妻に添え手をしてもらって作成した事例です。
相続人は、添え手で本人の意思に反した遺言書を書かせることはできず、添え手をした者の意思は介入しないと主張しました。
しかし、最高裁判所は添え手をした妻のきれいに字を書こうとする意思が介入しても、民法の自書の要件は満たさないと判断しました。
なお、筆跡鑑定では遺言者本人の筆跡であるという鑑定結果が優勢であったものの、これを採用せず遺言書は無効としています。
(昭和62年10月8日最高裁判所判決)
遺言者は軽度の認知症であったが公正証書遺言は有効とされた事例
遺言者がアルツハイマー型認知症との診断を受けていたために、その遺言書の効力が争われた事例です。
公証役場で公正証書遺言を作成する際には、公証人に遺言の内容を伝えて作成してもらう形になります。
公証人に対して内容を伝える際も問題はなく、公証人や証人も本人の遺言能力に問題を感じていなかったとされています。
裁判所は、遺言者が軽度の認知症であったことを認めつつも、遺言能力があったものとして、この遺言書を有効と判断しています。
(平成14年3月25日東京高裁判決)
まとめ
遺言書をめぐる争いとその原因について確認してきました。
相続に関するトラブルを避けるために作成するはずの遺言書が、かえって新たなトラブルの原因となっては意味がありません。
遺言書を作成する人は、残された人が争うことのないような遺言書を作成するように努めなければならないのです。
特に、遺言書の作成方法や遺留分については、適切に対処しないと必ずといっていいほど問題となります。
せっかく遺言書を作成するのであれば、相続する人のことを考えた遺言書になるようにしましょう。