この記事でわかること
- 預金の取り戻しを請求する前の必要な準備がわかる
- 預金の使い込みのケース別に対処法がわかる
- 預金を正当に取り戻すためにどのような法的手段をとればいいのかがわかる
被相続人が亡くなり、遺産相続の話し合いをしようとしたところ、相続人のなかの誰かによる被相続人の預金の使い込みが発覚し、トラブルになるケースがよくあります。
被相続人の預金は相続財産であり、正式に遺産分割をするまでは相続人全員の共有財産です。
これを勝手に使い込んだ人がいれば、他の相続人が本来の相続分を相続できない場合もあり、不公平になってしまいます。
遺産を公平に分割するためには、使い込まれた預金を取り戻す必要があります。
使い込んだ人が素直にそのお金を返してくれれば問題ありませんが、そうでない場合はどうすればいいのでしょうか。
この記事では、無断で使い込まれた被相続人の預金を取り戻す方法を解説します。
預金の相続は意外に面倒
相続の際に評価額を計算しなければならない不動産や有価証券と違って、預金の財産的価値は額面によって明らかです。
そのため、相続人間で公平に分割するのは簡単です。
しかし、被相続人が亡くなると銀行口座が凍結されることから、実際に預金を分割する際には面倒な手続が必要になります。
口座の凍結を解除する手続
口座が凍結されると、その口座に入金されている預金を引き出すことも、口座の名義変更もできなくなってしまいます。
そのため、預金の遺産分割をするときには、まず口座の凍結を解除しなければなりません。
そのためには、相続人全員の相続関係を証明する書類を銀行の窓口に提出する必要があります。
具体的には、以下の書類が必要です。
手続きする銀行によっては他にも書類が必要となる場合もあります。
- ・被相続人の出生から死亡までの除籍謄本、戸籍謄本、改正原戸籍謄本のすべて
- ・相続人全員の戸籍謄本
- ・相続人全員の印鑑証明書
- ・遺言書または遺産分割協議書
自筆証書遺言書の場合は、先に家庭裁判所で検認を受けておく必要があります。
すぐにお金が必要な場合は仮払制度を利用できる
遺言書がなく、遺産分割協議もまだ終わっていない場合は、相続人全員で申請するか、相続人全員の同意書がなければ口座の凍結を解除することはできません。
しかし、葬儀費用や、被相続人が入院していた病院への支払いなどのために、すぐにお金が必要になる場合もあるでしょう。
そんなときのために、2019年7月から「預金の仮払制度」が実施されています。
仮払制度を利用すれば、相続人のうちの1人が単独でも預金の仮払いを受けることができます。
ただし、仮払いによって引き出せる金額には上限があります。
「相続開始時の預金残高×1/3×申請した相続人の法定相続分」以内で、かつ、150万円以内となっているので注意が必要です。
口座の凍結だけでは預金の使い込みを防止することはできない
被相続人が亡くなった後に銀行の口座が凍結されるのは、遺産分割未了の間に預金を勝手に引き出されるのを防ぐのが大きな理由となっています。
しかし、それだけでは一部の相続人による預金の使い込みを完全に防止することはできません。
被相続人が亡くなったからといって役所から銀行に連絡が入るわけではないので、しばらく口座が凍結されないこともあるからです。
また、被相続人の生前に一部の相続人が既に預金を引き出しているケースもあります。
このような場合に、どうやって引き出された預金を取り戻すかが問題となります。
まずは証拠を可能な限り集めよう
被相続人の預金を引き出したのが誰であるのかがほぼ推測できる場合でも、いきなりその人を犯人扱いして追及するのは得策ではありません。
それでは相手も意地になり、トラブルがさらに深刻化するおそれがあります。
相手に話を聞く前に、まずは可能な限り証拠を集めておきましょう。
証拠としては、通帳などで口座の取引履歴を明らかにするのが第一です。
口座が凍結されていると通帳の記帳もできませんが、相続人から申請すれば、銀行から取引履歴を開示してもらうことができます。
疑わしい相手本人が預金を引き出したことを直接証明するような証拠を確保するのは難しいかもしれません。
しかし、最低限、その人が預金を引き出せる状況にあったことと、被相続人を含めて他の人は預金を引き出せる状況にはなかったことを説明できるようにしておきましょう。
相手に対して、最初はやんわりと尋ねること
以上のような証拠がそろったら、疑わしい相手から話を聞くことになります。
しかし、最初から「使ったお金を返せ」と迫るのではなく、相手が話しやすい状態で使い道を尋ねるべきです。
引き出したお金の使い道によっては取り戻す方法が異なる場合もありますし、取り戻せない場合もあるため、何にいくら使ったのかを正確に聞き出すことが重要です。
【ケース別】預金の使い込みへの対処法
被相続人の預金を勝手に引き出した人にお金の使い道を聞いてみると、正当な支払いだった場合もあれば、私的に着服していた場合もあります。
一部は正当な支払いだったものの、一部は着服していた場合など、様々なケースがあります。
そこで、引き出したお金の使い道のケース別に対処法をみていきましょう。
被相続人の代わりに引き出していたケース
生前に病気などで寝たきりになっていた被相続人に代わって、同居の親族が被相続人の預金を引き出しているケースがあります。
この場合、本来は預金を引き出すためには被相続人から委任を受けていることが必要です。
しかし、家族の間で預金の引き出しのために正式な委任の手続をとることは一般的ではありません。
そのため、委任状などはなくても、被相続人の療養費や生活費として相当な範囲内の金額は正当な支払いとして認めるべきでしょう。
その範囲を超えて引き出されている場合は、使途不明金として取り戻しを請求することになります。
葬儀費用の支払いのために引き出していたケース
被相続人の葬儀費用を誰が負担すべきかということは、法律では定められていません。
喪主が負担している場合も少なくありませんが、遺族で公平に負担するために遺産から費用を支払うのも合理的なこととして認められます。
したがって、葬儀費用として相当な範囲内の金額であれば、正当な支払いとして認めるべきでしょう。
その範囲を超えて引き出されている場合は、やはり使途不明金として取り戻しを請求することになります。
被相続人の生前に贈与を受けていたケース
引き出されたお金が、被相続人の生前に贈与として渡されたものであれば、その金額を特別受益として扱うことになります。
つまり、引き出された金額を現存している相続財産に加算して、その合計額を前提に遺産分割を行うのです。
相手が本当に生前贈与を受けたのかどうか疑わしい場合もありますが、この方法で円満に相続できる場合は、引き出された預金の取り戻しをあえて請求する必要はないでしょう。
しかし、この方法だと他の相続人の相続分が侵害されるといった場合には、引き出された預金の取り戻しを請求しなければなりません。
遺言書の指定に従って引き出したケース
遺言の中でその預金を相続することを指定された人が、その遺言に従って預金を引き出すケースもあります。
遺言によって預金を相続する場合には、銀行にその遺言書や戸籍謄本などの必要書類を提出し、名義変更をしてから引き出さなければなりません。
自筆証書遺言書の場合は、家庭裁判所で検認の手続を受けることも必要です。
こうした正式な手続を踏むことなく、無断で引き出していた場合は問題がありますが、結果として遺言書で指定されたとおりに引き出しているに過ぎない場合は、取り戻しを請求することはできません。
被相続人と特別の関係にあった相続人が自己判断で引き出していたケース
「長年、被相続人を介護してきたのだから少しもらってもいいだろう」「長男だからたくさんもらえるのは当たり前」などと、被相続人と特別の関係にあった相続人が自己判断で預金を引き出しているケースもあります。
しかし、どのような事情があっても、遺言や遺産分割協議によらずに無断で遺産に手をつけることは法的に認められません。
このような場合は、とりあえず預金の引き出しがなかったものとして、つまり特別受益の場合と同じように現存する相続財産に加算して遺産分割協議を行うのがいいでしょう。
その結果、他の相続人の相続分に不足が出る場合は、取り戻しを請求することになります。
一部の相続人が私的に着服していたケース
被相続人の預金を一部の相続人が勝手に引き出し、自分のために費消しているケースも世の中にはたくさんあります。
「生活が苦しかった」「子どもの進学費用が足りなかった」などとさまざまな言い訳をするかもしれませんが、遺産を無断で自分のために費消することは、もちろん認められません。
このように一部の相続人が着服していた場合や、正当な理由のない使途不明金については、取り戻しを請求しなければなりません。
使い込まれた預金を正当に取り戻す方法
話し合いによって相手が引き出した金額を返してくれる場合はそれで解決しますが、そうでない場合は法的手段によって預金を取り戻すことになります。
ただ、預金を使い込んだ相手を告訴して刑事責任を負わせることはできません。
預金の使い込みによって窃盗罪や横領罪が成立する可能性はありますが、親族間の窃盗罪や横領罪の場合は刑罰が科されないことになっているためです。
使い込んだお金を取り戻すためには、民事手続を利用します。
裁判を起こすためには証拠が必要
預金を正当に取り戻すためには「不当利得返還請求」の民事裁判を起こすのが一般的です。
「不法行為に基づく損害賠償請求」としての裁判を起こすこともできますが、この場合は相手の不法行為を立証することが難しい場合があることと、時効が3年と短いことから、「不当利得返還請求」のほうが有利に進められる場合が多いです。
いずれの場合も、裁判で勝訴するためには証拠が必要となります。
証拠としては、口座の取引履歴の他にも、ケースバイケースでさまざまなものが必要になります。
相手が預金を引き出した事実を否認している場合は、以下のような状況証拠が必要になることもあります。
- ・相手が被相続人と同居していたなど、預金の引き出しが可能であったこと
- ・預金が引き出された前後の相手の経済状況
- ・相手の普段の素行や性格など
差押えなどの強制執行が必要になることも
裁判に勝訴しただけでは、預金を取り戻せない場合もあります。
相手が裁判の結果に従わず預金を返さない場合は、強制執行の手続が必要になります。
不動産や預貯金口座、給料などを差押さえるのが一般的ですが、差押え可能な資産を調査しなければならないこともあります。
強制執行の手続や資産の調査については、弁護士に相談したほうがいいでしょう。
まとめ
遺産相続で預金の使い込みのトラブルが発覚した場合は、まず証拠を確保した上で相手から使い道を聞き取り、ケース別に対応を考えます。
預金の取り戻しが必要な場合は、民事的に返還を請求します。
最終的には裁判、強制執行まで必要になる場合もあります。
このように手順を踏んで進めないと、感情的な言い争いとなって収拾がつかなくなるおそれもあります。
円滑に預金を取り戻すためには、できる限り早い段階で弁護士に相談しつつ方針を検討することをおすすめします。