相続における預金債権の取り扱いについては、変遷があります。
さらに、2019年7月1日からは改正相続法が一部を除き施行されました。
本記事では、これらの変遷について確認するとともに、今回の相続法改正により、今後の取り扱いがどうなるかについても考えてみたいと思います。
これまでの変遷
可分債権としての取り扱い
民法第427条は、債権が共有される場合、その債権の目的が過分の時は、共有者は各持分について単独で権利行使できるとしています。
相続の場合についてもこの規定に基づき、各相続人はそれぞれの持分に応じて預金債権を行使できるとされていました。
実際に判例も「相続財産中に可分債権があるときは、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割され、各相続人の分割単独債権となる」としていました(最高裁平成16年4月20日判決判例時報1859-61)。
つまり、相続財産中に1,200万円の預金債権があった場合、相続人が配偶者と子供2人であった場合、配偶者は単独で600万円の引き出しが可能であり、子供はそれぞれ単独で300万円の引き出しが可能ということになります。
銀行実務の取り扱い
しかし、銀行等は、相続人が何人いるか、それぞれの相続分など分かりませんので、相続人の一人から払い戻し請求がなされても、安易に応じることはできません。
そこで、実務上は、相続人全員からの同意書の提出を求めるなどの対応をとっていました。
判例の変更
その後、最高裁は、従来の立場を変更し、預金債権については相続開始と同時に当然に分割されることはなく、その最終的な帰属は遺産分割協議によって決定されると判断するに至りました。
(最高裁平成22年10月8日民集64-7-1719、最高裁大法廷平成28年12月19日決定民集70-8-2121、最高裁平成29年4月6日判決判例時報2337-34)
これによって、各相続人は自分の相続分相当額の支払いを単独で求めることはできず、遺産分割協議によってその帰属を決定して初めて預金の払い戻しを請求できることになりました。
平成30年の民法(相続法)改正
改正法の内容
平成30年の民法(相続法)改正により、新たに民法第909条の2という条文が追加されました。
この規定は、令和元年(2019年)7月1日から施行されています。
その規定は次の通りです。
各共同相続人は、遺産に属する預金債権のうち相続開始の時の債権額の3分の1に第900条及び第901条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額については、単独でその権利を行使することができる。
この場合において、当該権利の行使をした預金債権については、当該共同相続人の遺産の一部分割によりこれを取得したものとみなす。
要は、被相続人が有していた預金の残額の3分の1に、各相続人の相続分を乗じた額までは、各相続人は単独で権利行使できることとしたのです。
ただし、各相続人が単独で権利行使できる額の上限は、法務省令で150万円に制限されました。
そして、この制度によって預金が引き出された場合には、遺産の一部分割によって当該相続人が取得したものと見なされます。
先の例でみてみましょう。
預金債権額が1,200万円ですので、その3分の1である400万円が基準となります。
配偶者はこの400万円×1/2(相続分)=200万円
ただし、上限規制により150万円まで単独で引き出せることになります。
子供たちはそれぞれ、400万円×1/4(相続分)=100万円まで引き出せることになります。
そして、これによって引き出した金額については、遺産分割によって取得したものとされ、全体の遺産分割協議においては既に取得したものとして扱われるということになります。
実際の銀行実務
今回の民法改正により銀行実務がどう変わるかについてはまだ明確ではありませんが、基本的には、当該預金名義人が亡くなった事の証明、および、当該払い戻し請求者の相続分の証明が必要になると考えられます(被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本)。
一方、一部払い戻しの際には相続人全員の同意書は不要になると推測されます。
ただ、実際にこの制度を利用しようとする場合には、事前に各金融機関に必要書類を確認することをおすすめします。
遺産分割協議による分割
民法第909条の2によって預金債権の一部について、単独で権利行使できる制度が設けられましたが、最終的には平成28年の最高裁判決などで示されたとおり、相続人による遺産分割協議によって預金債権の帰属が決定される必要があります。
そして、遺産分割協議の結果を記載した遺産分割協議書(実印押印・印鑑証明添付)を金融機関に提出して、一部払い戻しがなされた残りの預金の払い戻し等を受けることになります。
まとめ
以上、相続における預金債権の取り扱いの変遷、及び、平成30年の相続法改正の内容について見てきました。
預金の取り扱いについては、判例の変更、法律改正がありましたので、「以前はこうだった」というのが通用しなくなっています。
きっちり制度を確認するとともに、実際に金融機関に手続きを確認する等して、適切に対応する必要があるでしょう。
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