この記事でわかること
- 事業承継税制の納税猶予が取り消されるケースがあることがわかる
- 納税猶予が取り消されると利子税が発生することがわかる
- 納税猶予が取り消される事由には何があるか知ることができる
後継者への株式の移転をスムーズに進めるために、事業承継税制を利用することがあります。
事業承継税制を利用すれば、納付すべき贈与税や相続税がゼロになることもあるため、大きなメリットがあります。
ただし、あくまでも納税が「猶予」されているだけの状態であり、後から納税しなければならない場合もあり得ます。
ここでは納税猶予が取り消されるとどうなるのか、そして納税猶予となるのはどのような場合なのか、確認していきましょう。
目次
事業承継税制とは?
事業承継税制は、後継者に株式を贈与、あるいは後継者が株式を相続する場合に発生する税額の納税が猶予される制度です。
後継者に株式を贈与すれば、贈与税が発生します。
また、後継者が相続人となって株式を相続すれば、相続税が発生します。
この制度が適用されれば贈与税や相続税の額について、その納税が猶予され税金を支払う必要がなくなるのです。
納税猶予となる背景には、中小企業の後継者問題があります。
後継者がいない、あるいは後継者がスムーズに事業を引き継げないために、消滅の危機にある会社も少なくありません。
中小企業が消滅してしまうと、その会社で働く人が仕事を失い、影響はその家族にも及ぶこととなってしまいます。
また、その会社が持つ技術が失われることとなり、そのことが取引先の大企業の業績をも左右しかねません。
中小企業の中には、利益を計上していて順調に経営しているのに後継者がいない会社も少なくありません。
そのような会社をどのように存続させるか、その対策として実施されているのが事業承継税制なのです。
事業承継税制の納税猶予が取り消されたら?
事業承継税制の適用を受けると、納付すべき税額のうち一定の税額の納税が猶予されます。
特に特例措置の適用を受けると、贈与税や相続税の全額が納税猶予の対象となります。
そのため、株式だけを贈与あるいは相続した場合には、納税する金額が発生しないこともあります。
ただし、納税猶予とはあくまでも納税が「猶予」されているだけの状態であることに注意が必要です。
猶予というとおり、納税義務が一時的に免除されていますが、納税義務が完全に消滅したわけではありません。
そのため、納税猶予の適用を受けても、その後に納税猶予が取り消されることがあり得ます。
納税猶予が取り消されると、当初の計算で発生した贈与税や相続税を納税しなければなりません。
またそれだけでなく、期間の経過に応じて利子税の計算を行い、納付する必要があります。
こうなると、結果的に納税猶予の適用を受けなかった場合より多くの税金を税務署に支払うこととなるでしょう。
事業承継税制の納税猶予取り消しで納付すべき利子税額
事業承継税制による納税猶予を受けていたもの、その後に取り消されることは決して珍しいことではありません。
前述したように、納税猶予が取り消されるともともと発生していた税額に加えて利子税を納付することになります。
この利子税はどのように計算するのか、実際にどれくらいの金額になるのかをご紹介します。
利子税の計算方法
利子税の計算方法で重要なのは、①どれだけの期間が利子税の計算対象になるのか②税率はどれだけになるのかです。
①どれだけの期間が対象となるのか
利子税の計算は、申告期限の翌日から納税猶予が取り消される理由となった事由が発生するまでの期間で行います。
実際には申告期限前に申告していた場合でも、申告期限の翌日からが対象期間となります。
②税率はどれだけになるのか
利子税の税率は、年率3.6%で計算します。
ただし、各年の特例基準割合が7.3%に満たない場合は、以下の計算式で利子税の割合を求めます。
ここにいう利子税特例基準割合は、国税庁が年度ごとに定めています。
各年の前々年の9月から前年8月までの各月における銀行の新規短期貸出約定平均金利の平均値に、0.5%を加算した割合となります。
令和4年の利子税特例基準割合は0.9%と定められているため、利子税の割合は以下のようになります。
したがって、令和4年については、実際に適用される利子税の税率は0.4%として計算されます。
経営承継期間経過後の場合は免除期間がある
利子税の計算でもう1つ重要なのが、納税猶予が取り消されたのが経営承継期間内か、あるいは経営承継期間後かということです。
経営承継期間とは、納税猶予の対象となった非上場株式を継続して保有していなければならない期間のことです。
贈与を行った場合、経営承継期間が開始するのは事業承継税制の適用にかかる贈与税の申告期限の翌日です。
令和3年7月に株式を贈与された場合、令和4年3月15日が贈与税の申告期限となり、経営承継期間は3月16日からとなります。
そして、この日から5年間が経営承継期間となります。
相続が発生した場合、事業承継税制の適用にかかる相続税の申告期限の翌日に経営承継期間が開始となります。
相続税の申告期限は相続が開始された日から10か月であり、その翌日から経営承継期間が始まるのです。
経営承継期間はその開始の日から5年間となりますが、相続の前に贈与がある場合は、その期間は通算されます。
この経営承継期間が経過した後に納税猶予が打ち切りになると、経営承継期間分の利子税は免除されます。
一方で、経営承継期間内に納税猶予が打ち切りになる場合は、その経営承継期間開始からの期間で利子税を計算します。
経営承継期間経過後の10年目に打ち切りとなった場合
経営承継期間である5年を経過した後に、納税猶予が取り消しになった場合に該当します。
この場合は、まず利子税の計算対象期間を確認しなければなりません。
後継者が事業を承継し、申告期限から10年後に納税猶予が打ち切りになった場合、経営承継期間は利子税の計算期間に含まれません。
そのため、対象期間は10年-5年=5年となります。
たとえば納税猶予となった税額が5,000万円、利子税の税率が0.4%となった場合、実際の利子税は以下のようになります。
この場合、利子税として100万円が発生し、もとの税額を合わせた5,100万円を納める必要があるということです。
経営承継期間経過前の4年目に打ち切りとなった場合
経営承継期間である5年を経過する前に、納税猶予が取り消しになった場合に該当します。
この場合は、事業承継期間開始から取り消された日までの日数にもとづいて利子税の計算を行います。
後継者が株式を承継し、その申告期限から4年を経過したところで納税猶予が取り消された場合、利子税は次のように計算を行います。
(納税猶予の対象金額が5,000万円、利子税の税率が0.4%とします)
この場合、利子税の額は5,000万円×4年×0.4%=80万円となります。
そこで、本来の税額と合わせた5,080万円を税務署に納付することになります。
事業承継税制の取り消し事由を確認
それでは、実際にどのようなことが起きると納税猶予は取り消されるのでしょうか。
ここではその取り消し事由を確認していきます。
経営承継期間の5年間だけ制限される場合
事業承継を行ってから5年間だけ、納税猶予が取り消される事由があります。
5年を経過した後は、該当しても納税猶予が取り消されることにはなりません。
- ①後継者が代表者でなくなった場合
- ②5年平均従業員数が承継時の80%を下回った場合
- ③後継者とその同族関係者で保有する株式が50%以下となった場合
- ④後継者以外の同族関係者が筆頭株主となった場合
- ⑤納税猶予の対象となった株式の全部または一部を譲渡した場合
- ⑥一定の組織変更や解散を行った場合
- ⑦都道府県知事や税務署への書類の提出を怠った場合
- ⑧資産管理会社となった場合
- ⑨資本金や準備金の額を減少した場合
これらの事由に該当する場合は、納税猶予が取り消されることとなります。
ただし、その事由が発生した理由によっては、納税猶予が取り消されない場合もあります。
たとえば①にあるように、経営承継期間内に後継者が代表者を外れた場合には、納税猶予が取り消されます。
ただし、後継者が身体障害者となったり要介護認定を受けたりした場合には、代表者でなくなることにやむを得ない理由があります。
そのため、このような理由で代表者を退任した場合には、納税猶予は取り消されません。
経営承継期間6年目以降に制限される場合
経営承継期間の5年を経過した後は、納税猶予が取り消される事由の数は大きく減ります。
しかし、5年を経過したからといって納税猶予の取り消しがないわけではありません。
以下のような事由に該当すると、納税猶予は取り消されることとなります。
- ①納税猶予の対象となった株式の一部を譲渡した場合
- ②資産管理会社に該当することとなった場合
- ③本業の収入金額がゼロとなった場合
- ④税務署への届け出を怠った場合
- ⑤資本金や準備金の額を減少した場合
なお、①の株式譲渡については、譲渡した部分の株式についてのみ納税猶予が取り消しとなります。
経営承継期間内は、1株でも譲渡すると納税猶予の全体が取り消しとなっていたため、その中身はずいぶん違うのです。
また、経営承継期間を経過した後は、代表者の退任や同族関係者と合わせた保有割合が50%以下になることが取消事由でなくなります。
そのため、経営承継期間が経過した後は、柔軟な経営を行うことが可能となっているのです。
まとめ
事業承継税制の適用を受けると、贈与税や相続税の納税が猶予されるため、後継者には大きなメリットとなります。
一方で、納税猶予が取り消されると納税しなければならず、かつ利子税の負担も加わるとあって、利用をためらう人もいるでしょう。
しかし、実際に利子税の金額を計算すると思ったほど大きな負担にならないことも考えられます。
また、取消事由に該当しそうなケースはそれほど多くないでしょう。
実際に猶予が取り消される可能性があるのか、利子税がいくらになるのかを知っておくと安心して利用できるでしょう。