この記事でわかること
- 事業承継税制と相続時精算課税制度を併用できることがわかる
- 事業承継税制と相続時精算課税制度を併用するメリットがわかる
- 相続時精算課税と暦年贈与の税額の違いを知ることができる
中小企業のオーナーが事業承継を行う際、その後継者に株式を移転させなければなりません。
株式を後継者が引き継ぐ際には、贈与や相続によることとなりますが、贈与の場合は課税制度に違いがあります。
通常の贈与にあたる暦年贈与の他、事業承継税制や相続時精算課税制度を利用することができるためです。
ここでは、事業承継税制と相続時精算課税制度を併用する方法や、相続時精算課税制度と暦年贈与の違いなどを解説していきます。
目次
事業承継税制と相続時精算課税制度は併用できる
事業承継税制を利用して株式を後継者に贈与すると、従来の制度では発行済株式総数の3分の2について、100%納税猶予となります。
非常に大きな納税猶予となりますが、手続きの複雑さや条件の厳しさなどから、適用をあきらめるケースもありました。
また、事業承継税制を利用したものの、後で納税猶予が取り消されてしまうこともあり得ました。
納税猶予が取り消されると、通常の贈与を行った場合と同じように贈与税がかかります。
非上場会社の株式を後継者に贈与する場合、株式の評価額が高くなると、贈与税の額も非常に大きなものとなります。
事業承継税制を利用しても多額の贈与税が発生するリスクがあるため、後継者への事業承継が進まない要因となっていました。
そこで、平成29年度の税制改正では事業承継税制と相続時精算課税制度の併用が認められることとなりました。
具体的には、事業承継税制の適用が後から取り消され贈与税が発生する場合に、相続時精算課税制度を利用することになります。
相続時精算課税制度によると、先代オーナーが後継者に贈与した財産は2,500万円まで非課税とされます。
また、2,500万円を超える財産を贈与した場合は、一律20%の税率で贈与税の計算を行います。
相続時精算課税制度を利用して贈与された財産は、最終的に相続財産に含めて相続税の対象となります。
ただ、すでに相続時精算課税制度により納税した税額は控除されるため、結果的に株式を相続したのと同じ税負担となるのです。
事業承継税制と相続時精算課税制度を併用するメリット
事業承継税制を適用すると、株式の贈与を行った時に発生する贈与税の納税が猶予されます。
この事業承継税制は納税猶予が認められる制度であり、完全に納税義務が消滅するわけではありません。
そのため、事業承継を行った後に納税義務が発生し、税金を支払うこととなる場合があり得ます。
この時に計算する税金は贈与税となりますが、贈与税の計算方法には大きく分けて2種類あります。
1つは暦年贈与、そしてもう1つは相続時精算課税制度です。
相続時精算課税制度を利用した方が、納税猶予が取り消された時の負担が軽くなります。
次に、その理由について解説していきます。
税率が低いために税額が少なくなる
暦年贈与は、一般的に贈与を行った場合に用いる贈与税の計算方法です。
その特徴は、1年間に110万円の基礎控除があること、そして贈与額が増えれば税率も高くなることです。
1年間に110万円の基礎控除があるため、110万円以内の贈与であれば贈与税は発生しません。
また1年ごとに贈与する財産の金額を少なくすれば、適用される税率が低くなるため、贈与税の額も抑えられます。
しかし、納税義務が免除される前提で事業承継税制を利用した場合は、1年に大量の株式を贈与しているでしょう。
そのため、納税猶予が取り消されて暦年贈与により贈与税の計算を行うと、多額の贈与税が発生することとなります。
贈与税の税率は最高で55%にもなり、かなり大きな負担となるでしょう。
一方、前述したように相続時精算課税制度を利用すると、2,500万円までは贈与税が非課税となります。
こちらは控除額も大きく、税率の計算も一律であることから相続時精算課税制度の方が、納税猶予を取り消された時に支払う税額を少なくすることができます。
利子税の金額が少なくなる
事業承継税制による納税猶予が取り消された場合、贈与税以外にも金銭的な負担が発生します。
その負担とは利子税です。
本来の贈与税の納期限から遅れて納税していることとなるため、その遅れた日数分に応じた利息を負担しなければなりません。
この遅延利息に相当する金額が利子税であり、納税猶予が取り消された場合にも発生するものとされています。
この利子税の金額は、本来納付しなければならない税金の額と、納税猶予が取り消された日までの日数にもとづいて計算されます。
そのため、暦年贈与による場合は、その暦年贈与により計算した贈与税の額を基礎として計算します。
一方、相続時精算課税制度による場合は、相続時精算課税制度により求められた税額を基礎とすることとなります。
このように両者の計算方法は異なり、贈与された財産の金額が大きくなるほど、相続時精算課税制度の方が税額は少なくなります。
そして税額が少なくなるほど、その金額をもとに計算される利子税の金額も少なくなるのです。
相続時の負担を考えても税額が少なく済む
暦年贈与を行った場合は、贈与税を支払う一方、その後の相続税の負担は発生しません。
一方、相続時精算課税制度を利用して贈与した場合、その財産は相続財産に含まれるため、相続税の計算を行うこととなります。
贈与税を支払った上に相続税も支払うこととなれば、二重に税金を支払っているため、お金が無駄になると考えるかもしれません。
しかし、相続税の計算を行った時には、相続時精算課税制度を利用して支払った贈与税を差し引くことができます。
相続時精算課税制度であれば、税金の計算を2回行うこととなっても、トータルの税負担は少なく済む可能性が高いといえます。
相続時精算課税制度を利用した場合は、贈与税の計算を行っていますが、最終的にはすべての財産を相続した時と同じ税額になります。
相続税の方が贈与税に比べて基礎控除が大きく税率が低くなるため、税額が少なく済みます。
事業承継税制が取り消されても、相続時精算課税制度を利用すれば相続で株式を引き継いだのと同じ結果とすることができます。
相続時精算課税と暦年贈与の選択で変わる納税額
事業承継税制と相続時精算課税制度を併用すると、どのように税額を計算することとなるのでしょうか。
また、相続時精算課税制度ではなく暦年制度を利用すると、税額にはどれくらいの違いがあるのでしょうか。
ここでは、納税猶予が取り消されて相続時精算課税制度を利用した場合と、通常の暦年課税を適用した場合の違いを見ていきます。
検討する事例
以下のような事例で事業承継を行った場合を想定します。
事例
- ・先代経営者である父親が100%の株式を保有している(評価額3億円)
- ・後継者である長男に事業承継税制の特例制度を利用して、そのすべての株式を贈与し納税猶予を受ける
- ・その後、納税猶予が取り消されて、すべての株式を贈与したものとして納税義務が発生する
- ・法定相続人は長男1人であり、他に相続財産はないものとする
相続時精算課税制度を利用した場合
父親から長男へ株式を贈与し、事業承継税制の特例制度を利用すれば、その時点での納税は発生しません。
ただし、事業承継を行った後に、何らかの事情が発生して納税猶予が取り消されることもあります。
事業承継税制を利用した後に納税猶予が取り消された場合、相続時精算課税制度を併用して税額を計算できるようになりました。
先ほどの事例で相続時精算課税制度を利用した場合、贈与税額は以下のようになります。
納税猶予を取り消された場合には、5,500万円が贈与税として発生します。
利子税の計算も、この5,500万円をもとに計算されることとなります。
相続時精算課税制度を利用して株式を移転した場合、その株式は相続財産となり相続税の対象となります。
3億円の財産を1人の相続人が相続した場合、その相続税額は以下のように計算されます。
この場合、相続税額は9,180万円と計算されます。
ただ、相続時精算課税制度により贈与した時に発生した税額5,500万円については、相続税の額に充当することができます。
そのため、相続発生時には9,180万円-5,500万円=3,680万円を納付することとなります。
結果的に贈与時と相続時のトータルでは、9,180万円の税負担が発生するのです。
暦年贈与となった場合
納税猶予が取り消されると、従来は暦年課税による贈与税の計算を行うしかありませんでした。
また現在でも、事業承継税制と暦年贈与を併用することができます。
この事例では、3億円の株式を父親から長男に贈与したものとされます。
すると、発生する贈与税の額は以下のように計算されます。
納税猶予が取り消されると、約1億5,800万円の納税が発生することとなります。
また、この金額をもとに利子税の計算が行われるため、実際にはこれより納付金額は増えてしまうことになります。
贈与により株式を移転しており、税額も負担しているため、その後の相続においては新たな税負担は発生しません。
そのため、暦年贈与による場合はトータルで1億5,800万円程度の税負担となるのです。
2つのパターンの差額が出る理由
納税猶予が取り消された場合に、暦年贈与によるか相続時精算課税制度によるかで、この事例では6,600万円以上の差が発生します。
この差額が生じるのは、結果的に3億円の財産を贈与したと考えるのか、相続したと考えるのかの違いです。
相続税の金額は贈与税の金額より少なく済むため、このような差が生じるのです。
事業承継税制と相続時精算課税制度を併用するときの注意点
事業承継税制と相続時精算課税制度を併用すると、発生する税額を減らすことができるため、大きなメリットがあります。
ただし、相続時精算課税制度を利用することについては注意しなければならない点もあります。
どのような注意点があるのか、事前によく確認しておきましょう。
相続時精算課税制度を選択すると暦年贈与に変更できない
相続時精算課税制度を利用する際に注意が必要な点は、相続時精算課税制度を利用すると、暦年贈与ができなくなることです。
贈与税の計算方法には、暦年贈与と相続時精算課税制度の2つがあり、いずれかを選択して贈与税の計算を行うこととなります。
そして、相続時精算課税制度を一度利用すると、その後に暦年贈与を行うことができなくなります。
前述したように、暦年贈与の大きな特徴は、毎年110万円の基礎控除が使えることです。
1年間に贈与した金額が110万円以内であれば贈与税はかかりませんし、贈与税の計算上も110万円を控除できます。
一方、相続時精算課税制度は2,500万円までの控除額はありますが、その金額は毎年積み重なっていきます。
たとえば、相続時精算課税制度を利用した最初の年に2,500万円の贈与を行うと、その翌年からは控除額がゼロとなるのです。
相続時精算課税制度を利用したために暦年贈与を利用できなくなると、基礎控除も利用できなくなります。
110万円までの贈与であれば贈与税はかからないという状態から、少額の贈与でも贈与税が発生する状態となってしまうのです。
贈与が発生するたび申告しなければならない
先ほど紹介したとおり、相続時精算課税制度を利用すると、年間110万円の基礎控除は使えなくなります。
また、相続時精算課税制度を利用すると、最大2,500万円までの非課税枠は翌年以降にも持ち越されます。
そのため、少額の財産を贈与した場合にも贈与税の申告をしなければならなくなるのです。
結果的に、相続時精算課税制度を利用することで、申告書の作成や納税など多くの手続きが必要となってしまいます。
また、自身ですべての申告を行うことができない場合には、税理士に依頼する必要があります。
まとめ
事業承継税制は納税義務が猶予されるため、すぐに税金を支払わなくてもいいという大きなメリットがあります。
ただし、納税義務が消滅したわけではなく、納税猶予が取り消されることもあるため、注意が必要です。
また、納税猶予が取り消された場合には、暦年贈与ではなく相続時精算課税制度を利用する方が税負担は少なく済みます。
ただし、相続時精算課税制度を利用する際には注意点もあるため、その制度の内容をよく理解しておくようにしましょう。