この記事でわかること
- 事業承継税制とはどのような制度かその内容を知ることができる
- 事業承継税制を利用した際のメリットとデメリットがわかる
- 事業承継税制を利用した場合の納税猶予額の計算方法・流れがわかる
事業承継を行う場合、その方法によっては税金が発生します。
これは事業承継が進まない原因の1つとなっており、中小企業の後継者不足に拍車をかけている可能性もあります。
そこで、事業承継によって多額の税金が発生しないように、事業継承制度が設けられています。
事業承継税制と呼ばれる制度の概要や、この制度の利用方法などをわかりやすく解説します。
目次
事業承継税制とは
事業承継税制とは、中小企業の経営者が保有する株式を贈与・相続された後継者に対する納税義務を猶予する制度です。
通常、贈与や相続により取得した財産があると、その金額に応じた贈与税や相続税を負担しなければなりません。
しかし、事業を承継した後継者はそれだけの納税資金を持っていないケースもあります。
すると、株式を引き継ぐことを躊躇したり、贈与により早期に株式を移転させることをあきらめたりすることが起こります。
最悪の場合には会社の株式を引き継ぐ人がいないという事態にもなりかねません。
このような場合、事業承継税制によって、中小企業の税負担が軽減するのです。
事業承継税制の適用要件
前述したように、事業承継税制は、納税者にとっては金銭的に大きなメリットがあります。
しかし、そのメリットを受けるためには、厳格な要件を満たす必要があります。
ここでは、その要件について確認していきましょう。
先代経営者の要件
会社の株式を譲り渡す先代経営者の要件については、以下のように定められています。
- 会社の代表者だったことがある
- 贈与や相続の直前で会社の株式の50%を越える株式を一族で保有している
- 後継者を除き一族の中で筆頭株主である
- 贈与の場合はすでに代表者を退任している
会社の代表権を現在有している、あるいは過去に有していた人が適用対象となります。
なお、贈与税の適用を受ける場合は、贈与時点で代表者を退任している必要があります。
また、株式の保有割合についての要件もあります。
会社の経営権を一族で保有しており、かつその中でも主導的な立場にある人が利用できます。
後継者の要件
贈与や相続を受ける後継者についての要件です。
- 会社の代表者である、あるいは事業承継を機に代表者に就任する
- 贈与や相続の後に会社の株式の50%超を一族で保有している
- 一族の中で筆頭株主である
- 贈与の場合、18歳以上、かつ役員就任後3年以上経過している
- 相続の場合、会社の役員である
事業承継により会社の経営を引き継ぐ後継者は、まず会社の代表者となることが大前提です。
後継者は、先代経営者の家族や親族でない第三者でも問題ありません。
その上で、経営権を確保できるだけの株式を保有していなければなりません。
また、事業承継する前に役員に就任していなければならず、贈与の場合はその年数や年齢についても定められています。
とくに相続の場合は相続発生時点で役員となっていなければならないため、注意が必要です。
会社の要件
事業承継の適用が受けられる会社として、一般的にイメージする中小企業の多くが該当します。
中小企業にあたるかどうかの判断基準は、資本金と従業員数のいずれかが基準以下かどうかによります。
各数値は業種ごとに定められており、たとえば製造業の場合は資本金が3億円以下または従業員数が300人以下となっています。
いずれかの要件を満たせば中小企業に該当し、事業承継税制の適用が受けられます。
業種目 | 資本金 | 従業員数 |
---|---|---|
製造業その他 | 3億円以下 | 300人以下 |
製造業のうちゴム製品製造業(自動車又は航空機用タイヤ及びチューブ製造業並びに工業用ベルト製造業を除く) | 3億円以下 | 900人以下 |
卸売業 | 1億円以下 | 100人以下 |
小売業 | 5,000万円以下 | 50人以下 |
サービス業 | 5,000万円以下 | 100人以下 |
サービス業のうちソフトウェア業又は情報処理サービス業 | 3億円以下 | 300人以下 |
サービス業のうち旅館業 | 5,000万円以下 | 200人以下 |
なお、資本金と従業員数の基準は、いずれかを満たせばいいこととされています。
また、資産管理会社に該当する場合は、これらの基準を満たしても事業承継税制を適用することはできません。
いずれの数値も業種ごとに定められており、たとえば製造業の場合は、資本金が3億円以下または従業員数が300人以下となっています。
いずれかの要件を満たせば中小企業に該当し、事業承継税制の適用が受けられます。
担保の要件
事業承継税制の適用を受けて納税を猶予してもらうためには、贈与や相続された自社株式など担保となる財産を税務署に提供する必要があります。
また株券発行会社の場合は、その株券を税務署に提供しなければならないため、注意が必要です。
事業継承税制活用後の要件
事業承継税制により納税猶予となったあとも、クリアしなければならない要件があります。
納税猶予の適用開始から5年間は、以下の要件を満たし続けなければなりません。
- 後継者が会社の代表者であること
- 従業員の雇用の8割を維持すること
- 贈与された株式を保有し続けること
- 後継者が筆頭株主であること
- 資産管理会社、風俗営業会社、総収入金額がゼロの会社に該当しないこと
また、上記の要件を満たしたまま5年間が経過し、下記の要件に該当すると、相続税の納税が免除されます。
- 経営承継相続人が死亡した場合
- 会社が破産又は特別清算した場合
- 次の後継者に株式を一括贈与した場合
- 対象株式の時価が納税猶予税額を下回る中、その株式の譲渡を行った場合(時価を超える猶予税額のみ)
後継者が会社の代表者であり続けることや株式を保有し続けることは、それほど難しくないでしょう。
従業員の8割の雇用を維持することも要件とされていますが、この要件は慢性化する人手不足と従業員の高齢化といった理由からも達成が難しいのが現実です。
そのため、平成30年度の税制改正で、やむを得ない場合には報告をすれば8割の雇用を維持できなくても良いこととされました。
さらに事業承継後も、都道府県に対する年次報告や税務署に対する継続届出書の提出が義務付けられています。
事業承継税制の適用期間
事業承継税制の特例措置は、2018(平成30)年1月~2027(令和9)年12月までの10年間に、対象となる会社の株式を贈与又は相続した際に適用されます。
10年間に限定された特例制度となっていることに、注意が必要です。
なお、実際には株式を贈与するだけでは適用を受けることはできません。
2018(平成30)年4月~2024(令和6)年3月の6年間に特例承継計画を作成し、都道府県知事の確認を受ける必要があります。
事業承継税制の「一般措置」と「特例措置」
特例措置 | 一般措置 | |
---|---|---|
事前の計画策定 | 特例承継計画の提出(2018年4月1日~2024年3月31日) | 不要 |
適用期限 | 2018年1月1日~2027年12月31日の10年間 | 期限なし |
対象となる株数 | 全株式 | 総株式数の3分の2まで |
納税猶予割合 | 100% | 贈与の場合100%、相続の場合80% |
後継者 | 最大3人、20歳以上であれば誰でも対象になる | 1人、推定相続人や孫に限定される |
雇用確保要件 | 弾力化 | 平均8割の雇用維持が厳格に適用される |
事業承継税制には、2018年から適用が開始された特例措置のほか、それ以前から制度化されている一般措置と呼ばれる制度があります。
特例措置は、それまでの一般措置の特例として設けられたものであり、より税制上のメリットが大きくなるようになっています。
具体的には、対象となる株式は一般措置の3分の2から全株式とされました。
また、納税猶予となる税額の割合は、相続について従来は80%までとされていましたが、特例措置では100%となり税負担が発生しないこととされました。
後継者は1人に限定されていましたが、特例措置では最大3人の後継者を定めて適用を受けることができます。
事業継承税制が免除・取消になる主な事由
事業承継税制は、要件をクリアできなくなるとその適用が取り消されてしまいます。
以下のような場合には、納税猶予が取り消され、発生していたはずの税金を納付しなければなりません。
- 後継者が会社の代表者を退任した場合
- 後継者とその親族が議決権の過半数や筆頭株主の要件を満たさなくなった場合
- 後継者が納税猶予対象株式を譲渡した場合
- 会社分割を行い、後継者が買い手企業や新設分割設立会社の株式等を配当として受け取った場合
- 会社が株式交換・株式移転で他社の完全子会社となった場合又は合併により消滅した場合
- 上場会社となった場合
- 風俗営業会社となった場合
- 資産保有会社・資産運用会社となった場合
- 会社が解散した場合
- 資本金や準備金を減少した場合
- 年次報告書を提出しなかった場合又は虚偽の報告を行った場合
- 従業員の雇用の平均8割維持要件を満たさなくなった場合
事業承継税制を受けるメリット・デメリット
事業承継税制の適用を受けると、どのようなメリットがあるのでしょうか。
また、逆にデメリットはないのでしょうか。
事業承継税制を受けるメリット
事業承継税制を利用する最大のメリットは、納税猶予を受けられることです。
贈与税や相続税の金額は、数百万円から数千万円という金額になることもあります。
しかし、事業承継税制を利用すれば、金額にかかわらずその支払いは猶予されます。
事業承継税制の適用を受けるには多くの要件がありますが、実行することで会社の経営に悪影響が出ることはありません。
贈与税・相続税の節税のために株価の評価額を下げようとすると、会社の収支や財務状況の悪化に繋がるケースもありますが、その心配もいらないのです。
事業承継税制の適用を受けると、納税が発生しないケースも多くあります。
新たに代表者となった人が納税資金に苦しむこともなく、事業に集中できることも大きなメリットと言えるでしょう。
事業承継税制を受けるデメリット
事業承継税制のデメリットは次の通りです。
納税猶予が取り消される可能性がある
事業承継税制は、あくまで納税が猶予されている状態であり、その猶予が取り消されてしまう可能性があります。
以下のようなケースが代表的な取消事由です。
- 後継者が代表者を退任した場合
- 一族での持株比率が半数を切った場合
また意外なところでは、資本金を減少した場合にも納税猶予が取り消される可能性があります。
納税猶予が取り消されると、通常の税額に加えて利子税の負担も発生するため、相当大きな負担となってしまいます。
対応できる専門家が少ない
事業承継税制を実際に利用している人は、贈与税や相続税の申告に比べて非常に少ないのが現状です。
この一因として事業承継税制を利用したいと思っても、対応できる専門家が少ないことが挙げられます。
専門家のアドバイスがなければ事業承継税制の適用を受けることは難しいため、早めに対応できる専門家を探しましょう。
事業承継税制の納税猶予額の計算方法
それでは、実際に事業承継税制の適用を受けた場合、どのように納税猶予額の計算を行うのか確認しておきましょう。
贈与税の納税猶予額
贈与税の計算は、1年間に贈与された財産の金額を合計して行います。
そのため、実際に贈与税の計算ができるのは贈与された日の属する年の翌年1月以降となります。
- ① 贈与されたすべての財産の合計額を求め、贈与税を計算します。
- ② ①のうち贈与された株式の評価額から、株式に係る贈与税を計算します。
- ③ ①から②を差し引いた金額が納付すべき贈与税となるため、納付します。
納税猶予の額は、会社の株式の評価額が求められれば計算できます。
しかし、他に贈与された財産がある場合、実際に納付する税額はすべての財産の金額がわからなければ計算できません。
相続税の納税猶予額
相続税の申告・納付の期限は、相続が発生してから10か月以内とされています。
この間に相続財産の評価額を計算し、申告・納税まで済ませなければならないのです。
手順としては以下のようになります。
- ① 相続人が相続したすべての相続財産の評価額を計算し、後継者分の相続税額を求めます。
- ② 後継者が会社の株式だけを相続し、他の相続人は同じように相続したものとして、後継者分の相続税額を計算します。
- ③ ①から②を差し引いた金額が、後継者が納付すべき相続税となります。
相続税の計算は、特定の相続人だけで行うことができず、相続財産全体の金額から計算しなければなりません。
相続税の計算を2回行う形となるため、かなり複雑です。
事業承継税制の手続きの流れ・必要書類
事業承継税制の適用を受けるためには、多くの要件を満たしていることを確認するためにいくつかの手続きが必要になります。
手続きの流れに沿ってご紹介します。
1)特例承継計画を提出する
事業承継税制のうち特例措置を利用する場合は、事業承継を実施する前に特例承継計画を都道府県知事に提出します。
特例承継計画の作成にあたっては、税理士や金融機関などの認定経営革新等支援機関の指導や助言を受ける必要があります。
事業承継後5年間の事業計画を作成し、都道府県知事による確認を受け認定書の交付を受けます。
2)贈与や相続により株式を移転する
贈与を行う場合は、その前に先代経営者が代表者を退任し、後継者が代表者に就任している必要があります。
代表者の交代後、株式を先代経営者から後継者に一括贈与します。
相続を行う場合、後継者は相続発生前に会社の役員になっていなければなりません。
相続が発生したあとから役員になっても適用されないため要注意です。
3)申告書を税務署に提出する
贈与が行われた場合は、贈与を行った日の属する年の翌年2月1日から3月15日が申告の期限です。
贈与税が発生しない場合でも、申告書を提出しないと特例の適用が受けられない可能性があるため、必ず期限内に提出しましょう。
また、相続によって事業承継が行われた場合は、相続が発生してから10か月以内に申告・納付しなければなりません。
この間にすべての相続財産の評価額を計算し、遺産の分割方法を決定した上で申告書を提出する必要があります。
4)税務署に担保を提供する
納税猶予の対象となった税額とそこから計算される利子税の額に応じて、担保の金額が決定されるため、その金額に相応しい担保を税務署に提供する必要があります。
なお、特例を受けた会社の株式をすべて担保とすれば、それ以上の担保を提供する必要はありません。
5)事業承継後の報告を行う
事業承継を行った後、5年経過するまでは毎年都道府県に年次報告書を、税務署には継続届出書を提出します。
また、5年経過した後は3年ごとに税務署に継続届出書を提出しなければなりません。
まとめ
事業承継税制は、贈与税や相続税の納税がゼロになる可能性もあるなど事業承継には大変効果的な制度です。
ただし、贈与や相続の際に納税が発生しなくても、あくまで納税が猶予されているだけであることを忘れてはいけません。
事業承継を終えたあとでも、納税猶予の取り消しや猶予期間が終わる前に納税が必要となる場合があるので、注意しましょう。
事業継承税制に対応できる専門家を簡単に探せない可能性もあるため、さまざまな方法を検討する必要があります。