この記事でわかること
- 電車への飛び込み自殺など、人身事故の原因に故意や過失があると賠償責任が生じることが理解できる
- 人身事故で賠償責任がある本人が死亡した時は、遺族に責任が相続されることが分かる
- 損害賠償責任は、預金や不動産などすべての財産と同時に相続放棄できることが分かる
- 自殺遺族になってしまったときにすべきことが分かる
- 人身事故で生じる遺族に対する損害賠償の事例と、事例に基づく対応法が分かる
目次
自殺などの電車の人身事故で遺族への賠償責任が生じるケース
ホームに進入してくる電車への飛び込み自殺、泥酔してホームで電車と接触するなど、電車に関する人身事故は、乗客や周囲にいる人々に被害が及ぶことも珍しくなく、電車が遅延すれば多くの利用客にも影響が及びます。
こうした人身事故では、電車が正常な状況で運行している限り、亡くなった方の遺族が賠償責任を問われる可能性が高くなります。
故意または過失の人身事故は損害賠償責任を負う
電車が正常に運行している場合の人身事故は、鉄道会社には非がありません。
人身事故の原因になれば、刑事責任を問われるだけでなく、電車を遅延させると民法709条の不法行為に該当するかもしれません。
不法行為に該当するときは、故意または過失によって他人の権利や利益を侵害した場合、行為者にその損害を賠償する責任が生じます。
人身事故を起こすと、事故で損傷した車両や線路、関連機器・設備の修理費用、ケガをした乗客などの損害賠償が発生する恐れがあります。
また、長時間にわたって電車を遅延させてしまった場合は、代替交通機関の振替輸送費や、事故対応のための人件費、乗車券や特急券などの払戻などが発生します。
遺族への賠償責任が生じる電車の人身事故のケース
人身事故の原因が、亡くなった方の故意や過失であれば、損害賠償責任は遺族が負います。
人身事故による賠償責任を遺族が負うケースについて具体的に確認しましょう。
電車への飛び込み自殺
自殺した本人は無残な姿に変わり果て、遺体の処理は長時間に及ぶことになります。
飛び込み自殺に巻き込まれた電車は、急停車する事態になり、乗客がケガをしているかもしれません。
また、通勤や通学のラッシュ時間帯にぶつかれば、ホームへの入場制限が行われるほど利用客があふれ、バスなどによる振替輸送が必要になるなど、遅延によって多大な影響が発生します。
このような故意に引き起こされた人身事故は、鉄道会社からの損害賠償請求だけでなく、乗客側からも賠償請求される恐れがあります。
電車通過直前の踏切への無理な進入や踏切内での立ち往生
人でも車でも起こりうる死亡人身事故として、踏切内に無理に進入して事故になるケースがあります。
また意図的ではない場合でも、人身事故の原因に過失があれば、損害賠償の責任を負う可能性があります。
たとえば人身事故が、踏切内での立ち往生によって引き起こされたとします。
運転操作を誤って脱輪した場合や、整備不良によるエンジン停止などが判明すれば、故意や過失による損害賠償請求を受ける恐れが高まります。
ワンポイント:過失割合
賠償責任は、人や車側では違法行為や整備不良、鉄道側では踏切の整備や作動状況などについて事故調査が行われ、過失割合が決められます。
電車を含む人身事故などの損害賠償の相続上の扱い
本来、損害賠償の責任は人身事故を引き起こした本人が負うものですが、人身事故で死亡すれば責任を果たすことは不可能です。
亡くなった方に財産があれば相続で引き継ぐことになりますが、この際、相続人は権利だけでなく、債務などの義務も引き継がなければなりません。
つまり、損害賠償責任も相続の対象になり、相続人が負うことになるのです。
損害賠償は相続放棄できる
相続放棄とは、プラスとマイナスの財産の両方とも、すべてを相続しないという選択です。
遺産がほとんどなく、人身事故による賠償金が支払える経済状況ではない場合、相続放棄をすることで損害賠償責任を負わなくて済みます。
人身事故が裁判になれば、電車遅延の原因を作った本人は死亡しているため、相続人に対して、故人の遺産から賠償金を払うよう民事訴訟が起こされます。
しかしながら、すべての相続人が相続放棄をしてしまえば、遺族には賠償請求に応じる義務がなくなります。
裁判所から発行された相続放棄の受理証明書を示せば、鉄道会社は諦めざるを得なくなり、全てが終了します。
相続を放棄する判断は、それぞれの相続人が単独で下すことができ、相続人の一部の人だけでも、一人でも申し立ての手続きを行うことができます。
ワンポイント:相続放棄はリスクも
相続人が損害賠償責任を負った場合でも、相続放棄すればその責任を免れることができます。
しかし、相続放棄すればすべての問題が解決するわけではありません。
というのも、相続放棄しても損害賠償責任は完全に消えるわけではありません。
1人の相続人が相続放棄しても、同順位の別の相続人の相続権は残ります。
また、同順位のすべての相続人が相続放棄しても、次順位の相続人に相続権が移ります。
そのため、相続放棄すると他の相続人の負担が増えてしまうことに注意が必要です。
電車の人身事故で自殺遺族になってしまったときにするべきこと
まず、損害賠償額を支払うことができるかどうかが問題となるため、支払いが不可能なら相続放棄を検討します。
相続放棄は、自分一人で判断して手続きができ、基本的に、他の相続人の意向は自分の相続放棄とは関係ありません。
損害賠償請求額を確認する
亡くなった方の行為に非があって損害が発生すれば、鉄道会社や被害者から損害賠償請求の連絡が入ります。
会社や弁護士などから連絡が入ることもありますし、内容証明郵便で請求が送られて来ることもあります。
まず重要なことは、請求があるかどうか、また、請求があった時には賠償すべき金額がどれほどになるかを確認することです。
故意や過失がある人身事故なら争う余地はないことがほとんどですから、求められた賠償金額を支払えるかどうかが最も重要で、遺産で支払えるなら現金で用意しなければなりません。
賠償可能な場合は資金を工面する
遺産に現金や預貯金があれば、その解約手続きが必要ですが、すでに相続が発生しているため、口座は凍結されています。
そのため、亡くなった方や相続人の戸籍など必要な書類を準備して、遺産分割協議などの相続手続きを行う必要があります。
賠償できない時は相続放棄を検討する
若くして亡くなった方や、経済的な問題が背景にある場合などは、賠償できる遺産がないことも珍しくありません。
このような場合は、相続放棄を選択することができます。
相続を放棄するためには、死亡から3ヶ月以内に家庭裁判所に申し立てを行う必要があります。
この期限を過ぎると原則的には相続放棄ができなくなってしまうため、熟慮期間として設けられている3ヶ月以内に判断しましょう。
相続放棄は家庭裁判所で手続きをおこなう
相続放棄を決めたら、家庭裁判所で手続きを行います。
相続人が未成年の場合は、法定代理人または特別代理人が亡くなった方の住所地を管轄する家庭裁判所に申し立てを行います。
相続放棄の申し立てが受理されれば、賠償責任から解放されます。
相続人ではない介護者が賠償責任を問われた場合は自己破産も検討する
認知症の人が人身事故を起こした場合、その介護者に賠償責任が発生する恐れがあります。
というのも、認知症などで本人が責任を取ることができない「責任無能力者」の場合、監督義務者が損害賠償責任を負わされることがあるからです。
仮に介護者が相続人ではない場合、賠償請求されても相続放棄は選択できません。
このようなケースで支払い不能の場合は、選択肢の一つとして自己破産があります。
弁護士に相談する
人身事故による賠償請求という事態は、普通に経験することではないため、冷静に対応しようと思っても正常な判断ができない恐れもあります。
特に、高額な賠償請求があった場合や、事故で損害を受けた被害者が多い場合などは、請求への対応だけでも疲れ果ててしまうこともあるでしょう。
そのような中で、相続手続きを伴う遺産の現金化や、家庭裁判所への相続放棄申し立てをするとなれば、かなりの心労となることは想像に難くありません。
このような場合には、総合的な判断や解決が期待できる弁護士に相談するのがおすすめです。
遺族に代わって、確実でスムーズな手続きをサポートしてもらうことができます。
【電車の人身事故】遺族への損害賠償責任に関する事例
遺族の損害賠償責任に関する事例を紹介します。
裁判になったケース
認知症の男性が線路を徘徊し、電車にはねられ死亡した人身事故は、「JR東海認知症事故訴訟」と呼ばれ、JR東海が損害賠償を裁判に訴えました。
事故から半年後の2008年、内容証明郵便によって約720万円の損害賠償請求書が遺族のもとへ送られ、不動産は仮差押えされる事態となりました。
電車にはねられて死亡した本人は認知症であったため、裁判の争点は本人の責任能力ではなく、介護していた方の「監督義務」責任を問うものとなりました。
賠償金目的というよりも、認知症が原因で引き起こされる人身事故の責任を誰が負うべきかを問いかけた裁判とも考えられています。
判決のポイントは、配偶者や後見人、保護者は監督義務者ではなく、監督義務を負うかどうかは個別具体的に判断すべきということでした。
結果的に、同居していた妻と長男のいずれも損害賠償義務がないと判断され、2016年に鉄道会社側の敗訴の確定に至ったのでした。
裁判にならなかったケース
JR東海認知症事故訴訟以外にも、様々な人身事故が起きているにもかかわらず、鉄道会社が原告になった裁判例は他に見当たらないとされています。
ほとんどが示談で決着
鉄道会社は全ての自殺や人身事故について損害賠償責請求しているわけではなく、社会的なイメージを考慮して示談が成立することも多いため、訴訟に発展することは少ないのが実際です。
飛び込み自殺によって大幅な遅延が生じた場合、鉄道会社は遺族に対応を打診し、遺族が支払いや相続放棄を選択して決着するケースがほとんどと言えます。
過失割合が明確にならないケースも
二人の中年男性が、JRの電車内で目が合って喧嘩を始めたことがきっかけとなった人身事故がありました。
二人はホームに降り立った後、取っ組み合いになったまま電車に接触し、双方が死亡して電車が止まった事件です。
これらの場合のように、双方が死亡してしまった後となっては、責任の所在が追及できず、遅延の過失割合を決められない事故も少なくありません。
このような状況は、より訴訟に発展しにくい要因の一つとなっています。
事例からみる遺族の損害賠償責任と請求への対応法
具体的な事例やケースを確認していくと、人身事故で損害が発生した場合の賠償額が見えてきます。
裁判で責任を追及するケースは少ない
故人の故意による人身事故や、過失のある人身事故なら、争う余地も少ないと言えるでしょう。
鉄道会社に非がなければ、訴訟になっても遺族の勝訴は望めないため、示談か相続放棄が一般的な対応方法です。
これは、鉄道会社側が、訴訟を起こした裁判に勝訴したとしても、賠償金を回収できる遺産がないと判断すれば、あえて裁判に踏み切らないことも背景にあります。
世間で言われるほど巨額な賠償金にはならない
ラッシュ時などに電車を大幅に遅延させると、鉄道会社から巨額の賠償金を請求されるといった話を聞くこともあります。
しかしながら、ラッシュ時かどうかなどケースによって違いはあるものの、専門家が調べた賠償請求額の実態は、一般的に数百万単位、多くても1,000万円台とされています。
請求への対応は請求額によって冷静に判断
巷で言われるほど巨額な賠償請求にはなりにくいため、請求額を遺産で支払えるかどうか冷静な判断が可能です。
支払い不能なら、相続放棄を選択することもできるので、まずは、故人の遺産額を把握することに努めましょう。
まとめ
電車への飛び込みなどによる人身事故の故人の賠償責任は、他の遺産とともに家族が相続することになりますが、遺産から賠償できる場合は支払い、不可能な場合でも相続放棄の選択肢があります。
実際の損害賠償請求額と遺産額を比較して、支払いが可能かどうかを冷静に判断することが大切です。
また、相続放棄を選択する場合、自分だけが放棄すると、他の相続人にしわ寄せがいくことにもなりかねません。
次の順位の相続人がいる場合は、自分が放棄すれば義務を負うことになるため、他の相続人にも連絡して円満に解決できるように心がけることも大切です。
なにより、身内をはじめ、多くの人を巻き込んで迷惑や損害を及ぼし、人生を狂わせることにもなる飛び込み自殺などを、思いとどまることを願わずにはいられません。